敵は君のすぐ傍に.6








私は次の日の朝、仁王の昨日の言葉なんてすっかり忘れて学校に登校して行った。しかし、教室のドアを開ければ、目の前には仁王

あまりに咄嗟の事で驚いていれば、仁王はそんな驚く私を一瞥して教室から出て行った。

私は、そんな仁王の態度に何か心の中に残る違和感にふと首をかしげる。

昨日までは自分から挨拶してきて、私が何も返さなかったら無理やりにでも挨拶させていたのに、と思いつつ、






自分の席についたところで私はやっと昨日の帰り道の仁王との会話を思い出した。












「それは好きな女以外にもいえる事なんか?」










あれは、一体どういう意味だったんだろう。そして、今日の朝のあの仁王の態度は一体何?





やっぱりどんなに考えてもその答えなんてでてくるはずもなく、私はハァとため息を零した。嫌い、だと思っていた男にあんな態度をとられて悲しいと思うはずが無い

だけど、昨日まで普通に話していたのにあんな態度をとることはないのに。いや、だけど、私は昨日、私が仁王のことを嫌っているという事がバレてしまったんだっけ

なら、あの態度にも納得はいく。嫌いといわれて、仁王だって良い思いはしないだろう。だから、仁王もあんな態度をとったんじゃないか、と思った










「(今日は一日思いやられる・・・・)」








気持ちが晴れないまま一時間目の授業はゆっくりと進んでいく。

私はなんとなく授業に集中できないで、ぼおっと先生の書いていく黒板を見ながらずっと仁王のことを考えていた

昨日、仁王は何が言いたかったんだろう。私には、何が言いたいかは分からなかったけど、他の人にはわかることなのだろうか。


そう思い隣に座って真面目そうに授業を聞いているブン太の方を見る。いや、でもこいつは馬鹿だからきっと分からないだろうな!








それに私に分からないのに、ブン太に分かるなんて、とても悔しい。よし、ブン太にもきっと分からないということにしておこうと、思えばブン太と目があった









?何見てんだよ」



「別に。ブン太は馬鹿だから分かんないだろうな、と思って」



「な、なんだよ、それ!」






少し声を荒げたブン太は今が授業中だと言うことをまた忘れてしまっているようだ。しかし、今回はすぐに授業中だと言うことを思い出し、声の音量を下げて話し出した

先生はこちらには全然気付かずに授業を進めていく。

私も、ブン太の声に耳を澄ましながら、見た目はしっかりと勉強しているように見えるよう、前を向いた。







「そういえば、お前、仁王と何かあったのかよ?」






・・・・・なんで、そこで仁王がでてくるわけ?






(恐っ!!)いや、だってよぉ、今日の朝とか、お前らおかしかったし」



「そう?別に変わったところなんて一つも無かったと思うけど」



「いやいや、お前らが朝から何も話さないなんて珍しいだろぃ!!」









ブン太に言われて、毎朝の事を考える。確かに、ブン太に言われた通り、私はいつも朝から仁王と話している気がする。

だけど、それは勝手に仁王が話しかけてくるだけであって、私には仁王と話したいという思いはまったくもってない。ただ、話しかけられるから会話をするだけ

それが、どうやらいつの間にか日常となっていたようだった。話さなければ、おかしいと思えるほどに







「ねぇ、ブン太。ブン太は好きな女と好きな女以外の違いって分かる?」



「はぁ?何言って、」



「私にはその違いが分からない、んだよ」








ブン太が一瞬目を見開き驚いた顔でこちらを見た。笑おうとしても、笑顔がひきつってしまう私の顔を見て驚いたのかもしれない

だって、私にはどんなに仁王から言われても、その違いがわからなかった。だけど、その違いというものが、何かしりたいと思ったんだ










「・・・・ったく、」









ブン太が何か言おうとした瞬間に、授業の終わりを伝えるチャイムが鳴り響いた。みんな急いで教科書をしまい、学級委員の号令がかかる

その号令に私は立ち上がり、ブン太の方を見るのはやめて、前を見すえた。そして、礼をして先生が教室から出て行き、私が次の時間の準備をしようとすれば

ブン太に腕を掴まれる。そして、ブン太は私を半ば引きずるような形で教室からでていった。








教室から出て行くときに、一瞬だけ仁王と目があった気がし、た








ボソボソとブン太が何か言っているのは分かるけれど、その内容までは聞こえない。

時折、聞こえてくるのは、「おれが、
仁王から殺されたらどうしてくれるんだ」と言う言葉。

一体誰から殺されるんだろうと、肝心な場所が聞けないまま、私とブン太は屋上までやってきていた。








「まずは、昨日仁王と何があったのか話せ」



「って、次の授業どうするつも「サボるに決まってるだろぃ!」」



「えー、私今までサボりなんかしたことないんだけど、」







不満の声をあげる私にブン太がムッとした顔になる。だけど、私は今まで一回もサボりなんかしたことがないんだ。ブン太とは違って優等生だからね!

それに、あんなブン太と出ていくところなんて見られて、帰ったときどう弁解すれば良いんだ。絶対に、何か勘違いされた事は間違いないだろうと思う。





そして、私がたくさんの女子から睨まれるということも。






お前、人が殺される覚悟でここまで連れてきたっていうのに



「だから、誰に殺されるんだよ」



「・・・・お前には関係ねぇ!」








いやいや、だけど私のせいでブン太が殺されるんなら私も十分関係あると思うんだけど。

だけど、少しだけ必死なブン太が哀れな気がしてそれ以上聞く気にはなれなかった

静かな屋上に次の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴り響く。「好きな女と好きな女以外の違いが知りたいんだろぃ」ブン太が小さな声で呟く






私はその言葉を聞いて、この時間はもうサボってしまおうと、覚悟を決め、ゆっくりと頷いた









「それで、昨日仁王と何があったんだよ」



「えっと、」





昨日あったことをブン太に話していく。もしかしたら、今までブン太と友達をやってきたけれど、こんなに頼りになると思ったのは初めてかもしれない

それだけ、いつものブン太は頼りがないということなんだけど・・・・・・(いや、だって頼りになると言ったらやっぱりジャッカルじゃん?)

私がすべてを話し終わったらブン太はハァと息を吐いた。






「お前、俺らがどれだけモテるか知ってるか?」




えっ、嫌味?それモテない、今まで彼氏なんて一人もできた事が無い私に対しての嫌味だろ?」




「違ぇよ!・・・・・その、俺に限らずテニス部って人気があるだろぃ」



「まぁ、そうだね(こいつちゃっかり、自分も人気があるっていってるし)



「お前だってどのくらい、そのファンが熱狂的か知ってるんじゃねぇか?」








ブン太に言われて考える。テニス部の人気は全校生徒におよび、その中にはファンクラブを作ったりする人たちもいて、熱狂的なファンも多い。

そうだ、野崎さんも熱狂的なファンから呼び出されていたようだし、もしかしたら呼び出しなんて日常茶飯事なことなのかもしれない







だとしても、それが今、その好きな女と好きな女以外の違いに何の関係があるんだろうか







「仮に俺と仲が良い女子がいて、そいつがたくさんの女子から呼び出されたとするだろぃ?」



「うん」



「そこで俺がその女子を助けたらどうなると思う?」



「えっと、特にどうなることも、ないと思うんだけど」









「俺はその女子の事を好きだとは思ってねぇ。だけど、一回助けたら、熱狂的なファン達はもっと良い思いをしなくなるだろうな」








確かに、とブン太の言葉に頷いた。多少、ブン太の説明じゃ分かりにくい部分もあったけれど、まぁ、これはブン太が馬鹿だからしょうがないとして、

でも、ブン太のいうことはよくわかる。熱狂的なファンが目の前でこの女の子はブン太の特別な子だと思ったら、諦めるどころか

もしかしたらいじめはもっとエスカレートするかもしれない。そんなことになったら、助けられた女の子はもっとつらい思いをするかもしれないんだ



だけど、それなら、またブン太が助けてあげれば良いじゃないか、と思い口を開こうとすればそれよりも先にブン太の方が口を開いた








「それで、また苛められても俺は助けられる気がしない」



「・・・・なんで?」



「なんでって、そりゃ俺はその子のこと好きじゃないからだろぃ?

好きな子だったら、何がなんでも守るっていう気持ちになるけど、好きでもない奴にたいして、そんな気持ちなれない」





「でも、」






「それに、呼び出される奴なんて、数えだしたらキリがないんだ。俺と少しだけ話たことがあるだけでも呼び出されるやつがいるかもしれないだろぃ?」



「・・・・・」




「一人、一人助けてたらキリがなくなる。確かに、の言いたいことは分かるが、俺らにだって限界があるんだ」










好きな子と、好きじゃない子の違い。これはブン太や仁王にとって、とてもおおきな違いだったのかもしれない

人気がある、ブン太たちにとって、裏で熱狂的なファンに呼び出される子は多いんだろう。その子を一人ひとり守っていれば、

ブン太たちも大変だし、本当に好きな子を守ることが出来ない。




あぁ、だから、もしかして、







「じゃあ、仁王も?」




「・・・・それはどうかは分からないけど、」




「けど、なに?」



「お前が思っている以上にアイツは、優しい奴だぜ?」











仁王が優しいなんて、とても考えられない。だけど、ブン太の話を聞いた後ならば、仁王は優しいのかもしれない、と思えた。

あの時、野崎さんを助けなかったのも仁王の優しさ?なら、私が仁王に怒る理由や、仁王を嫌う理由なんてない。

それなのに、仁王は酷いやつだと決め付けて、仁王を嫌っていた自分があまりに浅はかに思えて、ギリッと唇を噛み締めた。







私はなんて、最低なんだ。







何もしらないのに、仁王の気持ちなんて少しも考えもせずに、昨日あんな事を言ったなんて。














  











(2007・12・16)