敵は君のすぐ傍に.7











ブン太の話は私の心をキリキリと締め付けた。






自分の行動の浅はかさ、無神経さにすべてに腹が立つ。





よくよく考えてみれば三年になって、仁王と関わるようになったけれど、仁王から私は何かをされたことなんて一回もなかった。

酷いことをされたことなんてない。むしろ……昨日の帰り道は送ってくれたし、私が思っていたような奴じゃないんだ。





なのに、私は酷いことを言った。その言葉で仁王が傷ついているか、いないか、なんてことは分からない。








「私、最悪じゃん」








ボソッと呟けば、私の言葉が聞こえたのかブン太がこちらを振り返った。

もうあとそろそろでチャイムが鳴るという時間。

立ち上がったブン太と私は教室へと向かおうとしていたのだけど、私の一言で二人の足は止まる。










「別に気にすることはねーだろぃ」



「で、でも、明らかに仁王は朝から私のこと無視してるし……」








気にするなって言う方が無理な話だ。

それに、私自身もそんな最悪なことをしているにも関わらず気にしないなんてことできるわけがない。

私はそこまで無情な人間ではないし、自分が悪いことをしたら謝らないと、と言う気持ちにだってなる。

でもあの仁王の態度では謝ろうにも謝りにくい。








どうせ、今の仁王に話しかけたって無視されることは分かりきったことだ。







それに、もしかしたら仁王はもう私なんかと関わりたくないのかもしれない。

嫌い、だと私は彼に告げたし、仁王も私のことを嫌いなのかもしれない。








今更、仁王の話を聞いて、仁王のことを嫌いじゃなくなったなんて、あまりにも都合が良すぎる。

そして、自分の罪悪感を消したいがために、仁王に謝ってスッキリしたいだなんて自分勝手にも程があるんじゃないだろうか。








……勝手だよなぁ。勝手すぎるよ。本当に自分、最悪じゃん。







僅かに滲む涙を手で拭えば、チャイムの音が響いた。

ブン太は何も言わずに視線だけをこちらにむけ、はぁ、と息を吐いた。







「どうしよう、か」




「俺に聞かれても困るし。それにお前、知らなかったんだろぃ?」






確かに私はそんなこと知りもしなかった。

でも、今思えば、考えれば分かることだったということも分かる。

それに知らなかった、で済まされるようなことではないような気がした。







「でも…    ――
バタンッ










勢いよく開いたドア。私の涙はその音に驚きひっこんでしまった。私とブン太はそのドアをあけた人物を見る。

ドアを開けたのは、息を切らし肩を上下させているジャッカルだった。

その表情はとても切羽詰ったもので普段の彼からはあまり想像できない表情。






一体何があったんだろうか、と思い、口を開こうとした瞬間にジャッカルがブン太の方を見て、何かを言おうと口を開く。

思わず私とブン太はジャッカルから何と言う言葉が紡がれるのだろうかと、ゴクリと息を呑んだ。








「……ブン太、まずいことになったぞ」







ジャッカルがそう言った瞬間、私が訳も分からずに首をかしげているにも関わらずブン太の顔が一気に真っ青になった。

どうやらブン太には今の一言が何を意味しているのか分かったらしい。

さすがダブルス名コンビ、だと思っていればブン太がジャッカルに向いていた視線をこちらへと向ける。







それと同じようにジャッカルもこちらを見た……
もしかしなくても、そのまずいことに私って関係してるわけ?






意味が分からずにブン太とジャッカルの顔を交互に見やれば、青い顔をしたままだったブン太が口を開いた。







「悪ぃ、。俺……殺されたくねぇから行くわ!」



「えっ、いや、意味わかんな……」





「ほぉ、こんなとこにおったんか」







突然聞こえてきた声。それは他の誰のものでもなく、仁王の声だった。

ドアの方を見ればジャッカルの後ろから仁王がこちらをのぞき込んでいるのが見える。






それを見た瞬間に、青ざめていたブン太の顔は先ほどよりも一気に青くなり、もう血の気なんてなくなっていた。






なんだ、この展開。






どうして仁王がここにいるのか、とか思うところはたくさんある。

だけど、一番に驚いたのが仁王が僅かに息をきらし、汗を滲ませていることだ。

きっとここまで走ってきたんだ、と言うことは容易に推測することができ、仁王がここまで走ってきた姿を想像すると面白かった。





仁王が走るだなんて、思ってもみなかったし、それは部活の練習のときぐらいだけだろうと思っていたから。







「に、に、仁王じゃねぇか?!ど、ど、どうしたんだよ、こんなところで?!」







「そりゃ、もちろんブンちゃんを探しに来たぜよ?

授業中に急にいなくなるとは、ブンちゃんもやるのぉ」









一気に鋭くなる視線に空気が重くなるのを感じた。

だけど、どんなに空気が重くなるのを感じても、私はどうしてこんな状況になっているのか分からない。

それに私は今は仁王から避けられている身で、口をだしてくても出せる状況ではない。






今、謝ったほうが良いのかな……なんて思っても、それを実行に移せる素直さは私には微塵もないし。










「ジャッカルも、ジャッカルじゃ。俺が何て言ったか覚えとるか?

ブンちゃんを見つけたらすぐに連絡しろっていったじゃろ……?」









低すぎる仁王の声にジャッカルも顔を青くした。と言いたいところだけ実際にはそれほど分からない

でも、なんとなく眉を寄せ怯えた表情をしていることはなんとなくだけど分かった。

ブン太にジャッカル、ご愁傷様と思いつつ心の中で手を合わせれば、仁王の視線がこちらへと向いた。





交わる視線に私は息をのんだ。ごめん、ただその一言がでてこない。








「とりあえず、話は後で聞こうとするかの。




―――ブン太覚悟しとき」








「ちょ、ちょっと待て!これには理由が、」



「うん、なんか言ったかのぉ?」









うっすらと笑顔をうかべる仁王にブン太はこれ以上何もいえなかった。

当たり前だ。笑顔と言ってもその瞳は一切笑っていなくて、関係ない(……と思うんだけど)私でも、怖いと思ってしまったんだから。

そしてブン太はまるで助けを求めるような視線をこちらに向けてくる。






お、お前!この状況を私にどうにかしろと……?!








無理だ、無理と視線でブン太に伝えようとしても、ジャッカルまでもがまるで私に助けをこうかのようにこちらに視線を向ける

ジャッカルにそんな目で見られるとさすがに、私もうっと言葉につまり……どうにでもなれと思い、仁王のほうを見て口を開いていた。



ジャッカルには勝てません。だって、いつもお世話になってるんだもん。

でも、私は今仁王に無視されている存在なんだよ?

それなのに私が言ったことを聞いてくれるわけがないと思うのに。








「あの、仁王、ブン太は悪くないから」




「……」








痛い、痛いです、仁王!その冷たい視線が痛い!!

今度は私がブン太とジャッカルに助けを求める番だった。二人に助けを求めた視線を送る。

その視線にブン太はハァと息を吐くと、「そろそろクラスに戻ろうぜ」と声をだす。

その声は少し弱弱しく感じられたけど、でも、その一言で仁王は踵を返して歩き出した。





ホッと安堵するブン太とジャッカル。

それに反して、私は安堵するどころか、どうすればよいのだろうか、と言う不安の方が大きかった。






あの仁王の冷たい視線。



謝るべき……だよね。でも、謝っても聞いてもらえるかなんて分からない。








「ほら、、教室に戻るぞ」







ジャッカルのその一言で私はやっと足を動かすことができた。

教室に戻るまで誰も一言も話すことはなかった。



私の視線の先にはもう既に教室に戻ってしまったであろう仁王の背中があった。その背中にごめんと、いえたらどれだけ良かっただろうか。






でも……実際に私の目の前には誰もいない。















***
















放課後。結局、今日一日私は仁王と話をすることはなかった。

何度も話しかけようと思っても、素直に謝るなんて私には出来ずに伸ばした手が仁王を呼び止めることはなかった。






本当にどうしたものかと頭を抱えながら、やっぱり謝りたいという気持ちが私の中にある







しかし、今は仁王はもうテニスコート。

謝ろうにも、あのテニスコートまでいくような勇気は私の中にはない。






女子達の声援の中、仁王を呼び出したりしたら……それに呼び出したところで仁王が素直に呼び出しに応じてくれるかも分からない

呼び出しても来てもらえないなんて、そんなの寂しすぎる。








はぁ、と漏れるため息。まさか、仁王のことでここまで悩む日がくるとはとても思えなかったのに。







でも、すべての原因は自分だ。

机に額をあわせ、うー、と唸ろうともここには誰一人それを不審がる人物なんていない。






先ほど立ち上がってテニスコートを見たとき、そこには仁王とブン太の姿が見えた。

仲良く話していたように私には見えたのだけど……男の子は仲直りが早くて良いな、と思わず思ってしまった。

別に私は仁王と仲直りがしたいわけじゃない。それに今までだって仲が良かったというものでもない。







だけど、謝ってまた仁王と話せるようになれば良い、とは思う。








今までは勝手に嫌って仁王の良いところなんて見ようともしなかったけど、今は違う。

今の気持ちで仁王と接すればブン太の言うように、私にも仁王の良いところが見えてくるはず。

……その前に、謝る方が先なんだけど、ね。


ため息がまた零れる。これで一体何回のため息なんだろうか。












だけど、ここでうじうじしても始まらない。






行くだけ行ってみようと思った私は鞄をもつと、少しだけ急ぐようにテニスコートへと向かった。

どうか、謝れますように。と願いをこめる。鞄を持つ手に力がはいり、勇気をもつんだ、と自分に言い聞かせる。



しかし、テニスコートまで行けばその願いが無駄に終わったことを悟った。









「(無理だ……!)」








教室から見たときも圧倒される、テニスコート。

たくさんの女子から囲まれ、その中心にいるテニス部の人たちはとても教室にいるときは雰囲気が違う。




ブン太だってジャッカルだって、もちろん仁王だって。





ここにきてやっと、みんなは人気者なんだ、と実感することができた。

世界が違いすぎる、とまで思ってしまうのもあの声援のなかを平然と練習に取り組む姿を見てしまえば仕方ないこと。

今日は諦めて帰ろう。明日、謝れば良いじゃないか。







しかし、明日謝れるなんて確証は私の中にはない。

そう思ったときに私の視線がテニスコートの中の仁王と視線が交わったような気がした。

はっきりとは分からないけれどジッとこちらを見ているように見える仁王。

私はその瞬間、何を思ったのか、聞こえるわけもないのに「ごめん!」と叫んでいた。






あまりにもこの場に似合わない言葉に、この言葉が聞こえた女の子達が怪訝そうに私のほうを見る。


しかし私はそれを気にすることなくもう一度「ごめん」と叫ぶと踵を返して走り出していた。









聞こえてなかったのなら、また明日にでも言えば良い。







そう思い、走り出した私の足はテニスコートに向かうまでよりもずっと軽くなっていた。











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(2008・05・11)

もう少し更新速度を早くし隊(所詮希望