「私、のことを嫌いにならないで」
私がそういうと、青木裕子の力は緩められ、私の呼吸は少しだけ楽になった。しかし、未だ首を絞められていることに変わりはない。私は崎元を見る。崎元が言わなくちゃいけないのは、ごめんなんて言葉じゃない。青木裕子が崎元に言ってもらいたい言葉は本当は、
「崎元、さん。大好きって青木裕子にいって、あげてください」
再び強くなってきた、手の力で上手く話せない中、伝える。崎元は一瞬、私の言った意味が分からなかったのか戸惑っている様子だったけれど、私が言いたい事が分かったのかゆっくりと口を開いた。
「私は裕子のこと、今でも親友と思ってるから。大好きだよ」
ドスン、と言う音がして私の体が床へと落ちる。新鮮な空気を一気に吸い込み、どうにか呼吸を落ち着かせようとする。その間、青木裕子と崎元は何も話さず、ただお互いを見ているだけだった。やっと動けるようになったのか先輩達が私の周りに集まっていて、二人の様子をじっと見ていた。私は呼吸が上手くできるようになったので、立ち上がりスカートをかるくたたいてホコリを落としながら言う。
「青木裕子が殺そうとした最後の一人は崎元さんじゃなかったんですよ」
その言葉にビクッと青木裕子の方が揺れた。崎元も目を見開き驚いた様子でこちらを見ている。
「だって、大好きな親友を殺せるわけがないじゃないですか。無論、それは裏切られたと思っていても変わらなかった」
「じゃあ、裕子が殺そうとしたのは誰・・・?」
「青木裕子が殺そうとしたのは誰でもない、自分ですよ」
私の言葉に、みんなが息を飲むのが分かった。その中で青木裕子だけが、しゃがみこみ、床に落ちていた楽譜を手にとって握り締めた。ポタリと楽譜に水が落ちる。そう、青木裕子の瞳から零れ落ちた涙が。
「許せないのは崎元さんじゃなくて、崎元さんに嫌われてしまった自分。そうですよね、青木裕子さん」
青木裕子がコクンと頷く。先ほどまでの禍々しい空気はいつの間にか、消えていた。崎元の目からも涙が零れ落ちていた。
「初めは私がに嫌われたのは、あの3人のせいだと思って殺してしまって。だけど、本当は私自身がいけなかったんじゃないかって思いはじめて」
「それで崎元さんを音楽室に呼び出してどうするつもりだったんですか?」
「謝ろうと思った。だけど、もし本当に嫌われていたらと思うと恐くなって・・・」
肩を震えてなく青木裕子はどこにでもいる普通の女の子だった。親友に嫌われるぐらいなら、死んでも良いとおもうのはあまりに大げさな気持ちに私は感じるけれど、きっと青木裕子にとってはそれが当たり前の感情だったんだろう。
「ご、めんね、裕子。私、あの子達に言われて裕子を無視しないと裕子の手を怪我させるって言われて・・・・!!」
青木裕子が静かに崎元に近寄っていく。私達はただその光景を見ることしかできなかった。
「私も大好きだよ、。ずっと親友でいてね」
その言葉を最後に、私達はいつの間にか気を失っていた。気を失っていく途中で「ありがとう」と聞こえてきたのを私は一生忘れない。いや、忘れられないと思う。
****
「あれ?ここは・・・」
私は目を覚まして、まだ覚醒しない頭で辺りを見渡した。私達は確かに、音楽室にいたはずなのに何故かよくクーラーのきた部室にいた。時計を見れば、もう監督と約束した時間を10分ほど過ぎている。携帯の時計を確認しても、もう普通に動いていた。どうやら、私達はこっちの世界に返ってこれたらしい。
「なんや、戻ってこれたみたいやな」
「あぁ」
忍足先輩と跡部部長も目が覚めたのか、立ち上がっている。気付かなかったけど、日吉ももう既に起きていた。
「跡部さん、監督に呼ばれた時間過ぎてるみたいですけど」
「チッ、こいつら全員たたき起こせ」
「人使いが荒いなぁ、景ちゃんは」
「アーン?忍足殺されてぇのか?」
私は思わず忍足先輩と跡部部長のやり取りに笑ってしまいそうになった。あぁ、やっと戻ってこれた。これが私達の日常だ。まるで向こうに何日間もいたような気分で、すごくここが懐かしいものに感じられた。先輩達が寝ている人たちを起こしている間に、私は外にでて空を見上げた。そこにはさんさんと照りつける太陽があった。
「クソクソ、もっと丁寧に起こせよ!!」
「だって、ガックンなかなか起きんのやもん」
「気持ち悪いですよ、忍足さん」
「ったく、さっさと起きろジロー!!樺地、たたき起こせ」
「・・・ウス」
「痛いCー!!って、あれ?ここは」
「戻ってきたみたいだぜ、俺達」
「マジマジ?!」
「えぇ、宍戸さんの言うとおりですよ」
「やったー。これで思う存分テニスができるCー!!」
「その前に監督のところに行くぞ」
跡部部長の一言で全員が部室の外に出た。
「ほら、ちゃん、行くで」
「あ、はい!!」
忍足先輩の声に私はみんなの方へと走り出した
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(2007・08・16)
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