平凡な日々
〜下克上等運動会・小話〜
仁王視点
「今週、氷帝で体育祭があるらしいよ」
友達らしきに言っているんだろう女の言葉。
先ほどまでは俺に言いよっとった癖に相手にされないと分かると次は他校の男か、と
けばく化粧された女を鼻で笑えば目の前に座っていたブン太から怪訝そうな目で見られた。
「何笑ってるんだよ、仁王」
「ピヨ」
「……気持ち悪ぃ」
ブン太の言葉に酷いのぉ、と言いながらも俺の頭の中にはある少女の姿がうかぶ。
けばい女とはまったく正反対の少女。
氷帝に通う彼女は今、何をしているだろうか。
始めてみた時、面白そうな女じゃと思った。
容姿に惹かれるものがあったわけじゃない。
ただ、遠くから見て赤也を投げている少女が自分の周りにいた女達とはまったくもって違うもののように思えた。
いつも自分の周りにいた女は自分たちテニス部レギュラー陣に媚を売ってくるような女だけしかおらず、
あんな風に赤也に対して態度の取れる女を見たのは初めてだった。
思わず上がる口端。歩みをやめようとせずに、少女に近づいていこうとする足。
「俺はこの子の方が全然可愛いと思うぜよ」
これが彼女、との第一接触であり俺が初めて自ら女に近づいた時でもあった。
それに話せば話すほど彼女は自分の予想外の言葉を返してくれる。
この詐欺師とも呼ばれる俺でさえ予想の出来ない言動は見ていて飽きることはない。
「面白そうじゃのぉ」
「何が?」
「ブンちゃんには秘密じゃ」
それにその内わかるじゃろうし、と言う言葉は飲み込む。
幸村に日曜日のことを教えれば今週の練習はきっと氷帝に行くことになるだろう
どういうわけか分からないが幸村も、を気に入っている節がある。
いや、幸村だけではなく彼女と関わった全員が彼女を気に入っている様子があるが。
そのことを考えると、ククッとこみ上げて来る笑いを抑えることはできなかった。
本当に、退屈せん。
この立海テニス部のレギュラー陣を手玉にとった女なんて今まで一人もおらんやったからのぉ。
まぁ、本人は嫌がっているように見えるがその嫌がっている顔を見るのも悪くない。
ダブルスを組んでいる似非紳士に今自分が考えていることが伝わったら「趣味が悪い」なんて一括されてしまいそうじゃが、
この性格は生まれ変わりでもせなかわらんじゃろうと自分でも分かっている。
「今週の日曜日が楽しみぜよ」
彼女に会えることが純粋に楽しみだと思える自分は、まだまだ若いな、と思う(実際若いんじゃが)
俺の予想通り日曜日、部活はなくなり俺達は氷帝の体育祭に来ていた。
レギュラーで歩いていれば回りの賑わっている女共からうぬぼれ何かではなく視線が集まっているのを感じる。
しかし、話かけてくる奴が一人もおらんのは真田効果なのかもしれない。
眉間に皺を寄せた真田にそこらへんにいる女子が10メートル以内に近寄るのは無理な話じゃ。
ま、こちらとしては都合の良い話なんじゃが。
それに。
きっとならば真田効果があろうとなかろうと俺達に近寄ってはこずに、
回りの女共のような瞳で見ることは絶対にありえん。
そんな彼女の様子が容易に思い浮かび、早くに会いたい、と思った。
女々しい思いにふと視線をずらせば視界の端にうつった姿に思わず口端が上がる。
回りの奴らは気づいていない。
これは、チャンスか、と思い俺は幸村に一言言ってその場を離れた。
……後でバレたら大変なことになりそうじゃな。
彼女の後を追いながら、先ほどの幸村の笑顔を思い出し少しだけ背中が寒くなるのを感じた。
「仁王部活、覚えておいてね」
幸村の言葉にやっぱりか、と俺は頭を抱えた。
と一人で密会したのがバレたときは何も言われんかったから安心しちょったけど、そう上手くは何事もいかないらしい。
参謀も知らなかったらしいリレーに参加をしているが入場してくるのを見ていれば、
横でボソリと幸村に告げられた一言。
これはある種の死の宣告とも、とれる。
さすが立海の部長様やのぉ。
横でニコニコと笑みをうかべている姿からは想像もできない真っ黒な姿を思いうかべれば、思わずため息もはきたくなるというもの。
それに二人っきりであっていたといってもその後すぐにの兄である吾郎も来たし、実質二人っきりだった時間は少ない。
確かにそれでも二人っきりになったことに代わりはないが、結局良いところは吾郎に邪魔されてしまったしのぉ。
まぁ、彼女に楽しませてもらったのは事実ではある
(やっぱり、面白い奴じゃ。俺の目に狂いはなかったぜよ)
なにやらとなりの女と話しているに視線をやり、彼女の様子を観察する。
隣の少女に比べたら全然女としての魅力のない少女。
しかし、彼女を応援しにここに来た奴らは彼女の容姿とは裏腹に各校の人気のあるものばかり。
先ほど昼食をとっているときも彼女を囲うメンバーには驚いたものじゃ。
氷帝、そして立海に、まさか青学までいたとは。
なんの変哲もない平凡な少女にはあまりに縁のない奴らばっかりじゃった。
あぁ、もう。
本当になんて飽きない少女なんだろうか。
走る準備をしていると目が合い笑いながら「頑張りんしゃい」といってやれば、
どうやら聞こえたらしい彼女はゆっくりと頷いた。
走り出した彼女に多くの視線が集まる。
まさか、あれほどまでに速いとは思ってなかった俺はまたもや期待が良い意味で裏切られたような気がして嬉しかった。
「……?」
彼女の声援が増える中、異質な存在が一人。
可愛いと言えるような容姿をした少女は、
に多くの人の視線が集まる中で一人だけ冷たい視線で彼女の走る姿を見つめていた。
可笑しなその様子に思わず視線がいけば、
その視線に気づいた女は俺と目が合うと今までの冷たかった視線が嘘のように柔らかく微笑んだ。
その笑みに見間違いだったのか、と首をかしげれば隣にいた柳生が「どうかしましたか?」とこちらを見る。
もうそのときにはすでに微笑んだ女の姿は見えなくなっていた。
「……嵐の予感ぜよ」
「何を言っているんですか?」
僅かに眉間に皺をよせる柳生。自らを紳士と豪語するなら友の言葉一言でこんな評定するのはどうかと思うんじゃが。
この似非紳士が、と心の中では思いながら「何もないぜよ」と言えば、じっとりとして視線で柳生は俺を見た。
そんなに俺を見つめても残念じゃが男に興味はないぜよ。
「…今、下らないこと考えませんでした?」
「プリッ」
ごまかすように口笛をふき、グランドへと視線をうつせば既には走り終わっていた。
嬉しそうに回りの奴らと会話する彼女の笑顔を見ていれば、さっきの女の視線が思い出される。
一体、あの視線の意味は何じゃったのかのぉ。
見間違いかと思ったが、あれは多分見間違いなんかではない。
あの女は確かに彼女を冷たい、憎悪に満ちた目でみていたはずじゃ。
なにやら不穏な空気が漂うのは俺の考えすぎか、それとも……とそこまで考えて頭をふった。
は人から恨まれるような人間じゃないということは、まだ会って間もないと言ってもわかっちょる。
だからさっきのもきっと俺の勘違いぜよ。
まるで自分に言い聞かせるように言いながら、俺は空を見上げた。
(でも、もしさっきのが見間違いじゃなかったら?)
ふとよぎったそんな考え。それに気づかなかったふりをして、俺は視線をへと戻した。
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(2008・12・08)