平凡な日々
〜下克上等運動会・8〜
「俺達が一位だCー!」
そう言いながらジロー先輩は跡部部長にニッコリと笑いかけていた。
今までほとんど出番なかった……じゃなかった、
寝ていたように思えたジロー先輩は意外と様々な競技に出ていたようだ。
さすがに樺地につれられて半目でコートまで来た時は驚いたものだけど、それは疲れがたまっていたからのようで
いつも愛らしいジロー先輩の寝顔はどこへ?
と本気で考え込んでいた自分がちょっと恥ずかしい。
しかし、まぁ。
この人たちのテニス馬鹿っぷりもここまでくると呆れるものがある。
普通体育祭のあとなんて部活は休みにするものばかりだと思っていたけれど、
テニス部は普通にこうして部活をしている。
とは、言っても一応自由参加だから参加しなくても良いのだけどレギュラー陣は全員参加していて、
レギュラーが参加するなら平部員が参加しないわけにもいかず
結局はいつもとかわらない部活風景がそこには広がっている。
そりゃ部員は普段の練習から体力がついているからこんな体を動かしたあとでも部活に励めるかもしれないが、
ただのマネージャーである私としてはさっさと家に帰って寝たいし、疲れをとりたい。
あの女の先輩のせいだけじゃないけれど、精神的にもどっと疲れたんだ。
閉会式のあとは立海や青学にもからまれたし、
一緒に帰ると言って聞かない吾郎をなだめるのも大変だった。
本当にひろさんが吾郎を一緒に来てくれてよかった。
吾郎の襟を引っ張っていく姿は何とも言えないなかったけど
彼がいなかったら今頃吾郎はこのテニスコートに一緒にいたと思う。
家に帰ったときのことを考えるといささか怖いけど、その時はそのときで対処すれば良い。
そう思いながら疲れた体にムチをうちながら洗濯機のある場所までへと向かへば、
テニスコートから少しはなれたところに一人の女の子が立っているのが見えた
今日は体育祭のあとだからか、見学にきている女の子達は少ない。
だからこそ、離れたところからテニスコートの中を見ているその女の子へと自然と私の視線はいく。
折角テニスコートの周りにいつものように女の子が囲っているわけじゃないんだから近くで見ればよいのに……
見学に来ている女の子にしては珍しい、
と思いながら洗濯物を抱えなおし歩き出そうとした瞬間にゆっくりとその女の子は私のほうへと振り返った。
交わる視線に私も咄嗟に目をそらすことができずに、彼女も私から視線をそらすことはなかった。
何か心の中に違和感を感じ首をかしげる。
どこかで会った事があるような、ないような。
ただ少しだけ背筋がゾッとするのを感じた私は深く息を吸って、それを吐き出した。
(何、この感じ?)
でもいつまでも眺めていくわけにもいかない。
私にはこの手に持っている洗濯物以外にもやらなければいけないことはたくさんあるし、
今の私の目的はただ一つ。
さっさとマネージャーの仕事を終わらせて帰ってやると言うことだけ
よくよく考えれば他校の女子生徒が練習を見に来るのに今日はうってつけなのかもしれない
普段テニスコートまでをガードしている氷帝生がいないのだから見放題だし。
でも、だからこそ何故あの女の子が離れたところで見ているのかが気になるのだけど。
(どっかで見たことがあるような気がするんだけど……)
その、どこかが思い出せずに私は考え込んだまま洗濯機のところまでへと早足で向かう。
私はそのときまだ思い出せないわけではなく、
思い出したくはない、ということに気づいてはいなかった。
「……なんか、気分悪いかも」
そう言いながら肩で息をして、おでこに手をやる。熱があるわけでないし、喉も痛くない。
風邪ではないらしいけれど少しだけ気分が悪い。
もしかしたら疲れがたまっているのかもしれないと思った私は、
急いで洗濯物を洗濯機の中にほおりこみ、次の仕事へと足を運んだ。
あともうちょっとの辛抱だ。
これに耐えれば明日は体育祭の振替休日だし、ゆっくりと体を休めることが出来る。
よし、と気合を入れなおしテニスコートへと戻ればそのときには既にあの女の子の姿はどこにもなかった。
キョロキョロと辺りを見渡しても、姿は見えなかったからきっと帰ったんだろう。
何故かその事にホッと安堵の息を吐いてしまい、私にはその理由が分からなかった。
初対面の相手にこれほどまでに神経を張り巡らすことなんて私にとっては初めてのことで、
その相手がただ少しの間視線が絡んだだけの少女だと思うと、
私は頭を抱え込んで考えることしかできなかった。
「大丈夫か?」
そんな私に岳人先輩は近づくと優しく声をかけてくれる。
もちろん(と言ったら岳人先輩に怒られるかもだけど)ダブルスのペアの忍足先輩も一緒で、
忍足先輩は私の顔を覗き込むと手をおでこへとやった。
先ほど私が確認した時は熱もなかったから、熱はないのに、と思いながらも手を振り払うのも面倒くさく、
私が忍足先輩の手を振り払うことはしなかった。
大人しくしている、私の態度に少しだけ怪訝そうな表情をして
「やっぱりちゃん、風邪やないと?」と失礼なことを悠々とした表情で言う。
「それどういう意味ですか?」
ニッコリと微笑みながら忍足先輩の手を思いっきり叩き落した。
嘆く忍足先輩に口端を僅かにあげ、良い気味だと思っていれば
岳人先輩は忍足先輩を無視して私のほうへ体を向けて、困ったように笑った。
普段は幼い印象しかうけない岳人先輩だけど、その笑みからはどことなく大人な雰囲気を感じる。
「なんかあったら俺達に相談しろよ」
男らしい……!
あまりの岳人先輩の男らしさにこの人誰よりも漢だ、と感動してしまう。
「お前は溜め込むところがあるからな」
そんなつもりはまったくないけれど、言い返せる雰囲気でもなかったので私はただ大人しく、はい、とだけ返しておいた。
身長は一番低くて先輩に見えない先輩だけど、中身はかなりの漢らしい性格だ。
私の返事に岳人先輩は納得したのか「なら良いんだけどよ」と言って満面の笑みで微笑んでいた。
こんな先輩をもって私は幸せだと思う。
本当どこぞやのダブルスの相方の伊達眼鏡にも見習ってもらいたいくらいだ。
……なんて、忍足先輩には無理に決まっているかと思い忍足先輩を一瞥して私はため息を零した。
「え、ちょ、なんで俺見てため息なん?!」
「まぁ、の気持ちも分かるぜ…」
「岳人先輩いつもお疲れ様です」
岳人先輩と目があうと、私達は二人して肩を落とした。
いや、本当忍足先輩うざいな……!
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(2008・12・02)
おぉぉ、やっと運動会編本編終了です!
次は小話。いつものごとくキャラ視点です。