平凡な日々
〜下克上等運動会・6〜
恨めしい表情で日吉を睨みつけたまま日吉に連れられて入場門へと向かう。
その視線に日吉も気づいているはずなのに日吉は無言のまま。
多分今の私と日吉の周りには黒いオーラがでていることは間違いないだろう。
誰一人として近寄ろうとはしないし、遠くから見ているだけ。
まぁ、私だってもう覚悟は決めたのだからこれ以上日吉にとやかく言うつもりはない。
それに山本さんに「ごめんね、頑張って」と微笑みながら言われたら
言いたくてもいえなくなってしまうし。あとはもう一言。
「跡部さんに下克上のチャンスだぞ」
そんな事日吉から言われ、私は無駄に今闘志をもやしている。
このリレー、忘れてはいたが跡部部長もでている。
一緒に走ることはないが、これで私達の色が勝てばまさに下克上、だ。
日吉も絶対に負けられないと、今私と同じように闘志を燃やしているに違いない。
もう他の人たちは並び終わっているのか、入場門にはリレーの参加者がすでに綺麗にならんでいた。
その中から一人こちらに走り寄ってきたかと思えば、それは宍戸先輩で日吉を見つけるなり声をかけてきた。
「おい、若。代わりの奴見つかったか……って、?!」
「はい。山本の代わりにを連れてきました」
「ほぼ無理やりに連れてこられました」
私の言葉に宍戸先輩は少しだけ眉をひそめると、ハァとため息をついた。
気持ちはわかりますよ。
山本さんの代わりが私ってありえないですよね。
宍戸先輩からも日吉に言ってやってくださいよ。こいつには色別は無理だろう、って。
そんな私の願いは宍戸先輩に届くことはなかったらしい。
私と視線があうと「まぁ、確かになら大丈夫か」なんていっている。
一体、私なら大丈夫ってどういうことですか?
それに、そんな期待されても私ははっきり言って期待にこたえられないタイプなんですけど?
「とりあえず、は走順は最後から2番目な」
「なんで、そんな微妙なんですか」
「山本は女子の中で一番速かったんだよ。だから、女子の一番最後なんだ」
ちょ、そんなこと聞いてないんですけどー?!
それの代わりがコレ(私)ってどういうこと?!絶対、無理に決まっている!
だけど、私の言葉なんてもちろん聞いてもらえずに私は自分の場所へと連れてこられた。
隣を見て敵たちをみる。こういうときって、全員速そうに見えるから不思議だ。
いや、この場合色別にでるって時点で全員速いんだけど。
無理。これは絶対に無理だ。
跡部部長には確かに下克上はしたいけれどこのメンバーは無理だろう。
それに、周りを見れば、テニス部の他の人たちもこのリレーにでるらしい。
宍戸先輩や跡部部長に、岳人先輩と鳳。
そして、何故か忍足先輩までいて、私はチッと思わず舌打ちをしてしまった。
跡部部長と鳳がノワール
岳人先輩はルージュで、私と日吉と宍戸先輩とついでに忍足先輩はブラン
まぁ、並んでいる順番を見ていると忍足先輩は同じ色でも違うチームみたいだ。
色ごとに二つのチーム。要するに6つのチームで争う色別リレー。
同じ色でもある意味敵だと思って走りぬこうと心に決めた
(これが忍足先輩でなかったら私はそう思わなかったに違いない)
入場門から駆け足で入門する。
跡部部長や忍足先輩が駆け足というところが笑いどころではあるけれど、
今日はこの光景を何回も見たのでもう笑ったりはしない。
この言い方では最初は笑ってしまったかのような言い方だが、それはあながち間違いではない。
だってあの跡部部長と忍足先輩やらの駆け足。笑わないはずがない。
まぁ、周りの子達は感嘆のため息をこぼしていたけど。
駆け足がとまり、りりんのほうにふと視線をやれば嫌な笑みで笑っているのが見えた。
本当になんとも嫌な笑みだ。友達に向ける笑みでは、絶対にない。
そして、もう一つ私の視界に飛び込んできた人物。
「〜!」
「うるさい」
……お願いだからあの場所から叫ぶのはやめて欲しい。
恥ずかしすぎて死ねそうな気がする。
それにその声に気づいたのか立海や青学の皆さんの視線も私に集まってるような気がする。
すみません、幸村さんと不二先輩のその真っ白い笑みが逆に凄い恐いです。
仁王さんも、ちょっとはその隣にいらっしゃられる柳生さんの笑みを学んでください。
紳士的な柳生さんの横で、何たくらんでいるんですか、あんたは。
「うわー、でてるッスよ!」
切原は声がでけぇよ。
そんな事いちいち柳さんに報告しないでも柳さんも分かってるよ!
どうせ柳さんのことだから今頃「データでは、玉いれと綱引きだけだったんがな」なんていってるんでしょ?!
「え、柳先輩それ本当ッスか?!じゃあ、なんでがこれに出てるんスかね?」
や っ ぱ り な!
どうやら私が思ったとおりのことを柳さんが言ったみたいだ。
だからこその、切原のあの言葉だろう(そして、やっぱり声がでかいんだよ!)
真田さんは幸村さんから、何かしらのプレッシャー(圧力)をかけられているのか、
口をひらこうともせずただこちらを見ている。
その様子はさながら子供の応援に来たおとうさんであるのは言わなくても分かりきったことだろう。
あと私の視線に飛び込んできたのは裕太と観月さんの二人の姿だった。
裕太には午後からは競技にはでないといっておいたから、裕太は私の姿を見つけて驚いている様子だ。
それを見て思わず、苦笑いがでてしまいそうになる。
そこまで驚かなくてもよいだろうに。
そんな私の視線に裕太はまったく気づかずに、私の視線に気づいたのは観月さんだった。
目が合えば、観月さんはいつものように前髪を手でくるくると扱いながら
何かの言葉を紡いだ。
もちろん、私のところまでは聞こえはしなかったけれど、
なんとなく「が ん ば っ て く だ さ い ね」といわれているような気がした。
「……あなたさんよね?」
「あ、え、はい」
私にしか聞こえないんじゃないかと思うほど小さな声で話かけられ、
私は観月さんたちから視線をはずし隣に座っている少女を見た。
体操服の色からすると三年らしく、目は少しきつめだけど、
綺麗な少女がそこにはいて、宍戸先輩が言ったとおりどうやら、
走順は学年なんて関係なくそれぞれの色ごとに女子は女子、男子は男子で走るように決めているらしい。
だけど、どうしてこの少女は私の名前を知っているんだろうか。
同じ学年でもあるまいし、ただでさえ氷帝はマンモス校。
他の学年、いや他のクラスの人を覚えるなんて無理に近いはずなのに。
まぁ、でもそれは私がテニス部のマネージャーじゃなかったらの話で、
りりんの言ったとおり私はいつの間にか自分の知らないうちに有名人になったらしいから、
多分この人も、だからこそ私の名前を知っているんだろう。
「貴方、マネージャーなんて良いご身分よね」
「はぁ……」
「自分が、どれだけ平凡な顔してるか分かってるの?」
そりゃ、分かっているに決まっている。
10年間以上この顔と一緒に過ごしてきたのだから、他の誰よりも自分がどれだけ平凡なのかは分かっているつもりだ。
しかし、マネージャーに身分も顔も関係ない、と思う。
顔がどんなに良くて身分が良くても
どうせ仕事をしていれば、ドロにまみれて顔が汚くなるのはいつものことだし、
身分なんてもの仕事をこなしていく上で必要なんかじゃない。
そんなことも目の前の少女は分からないんだろうか。
否、分かってはいるけれど私を辞めさせたい一心でこんなことを言っているんだろう。
現に彼女の瞳には憎悪や嫉妬が感じられるし、その表情は笑っている。
……だけど残念なことにこんな言葉に落ち込むほど繊細な私ではない。
「だから、なんですか?」
私の言葉に目の前の先輩は笑っていた表情をいっぺんさせて睨みつける。
こんな正々堂々と言われたのは久しぶりだ
最近では滝先輩と鳳のおかげで呼び出されることはなくなっていたから、いつも影でコソコソ言われるだけだったから。
「―――あんたなんて、マネージャーに相応しくないのよ」
先輩がそう言った瞬間、スタートの砲がなった。
歓声が響きわたり、回りの人たちも応援を始めて一気に騒がしくなった。
そんな中でも先輩はただ私を睨みつけて、言葉を紡いでいく。
それも私にしか聞こえない声で。
「相手にされているなんて勘違いしないでよね」
「あんたなんか、ただあの方たちに利用されているだけなんだから」
「馬鹿みたい。少しチヤホヤされたからって調子にのって」
痛い、とは思わない。ただ、寂しい、とは思った。
人から嫌われるのなんて別にどうでも良いとは思うけど、
やっぱりあからさまに嫌悪されるのは私は嫌い、らしい。
そんな事考えていれば、目の前にいるのはもう一列。バトンはどんどん次の走者、次の走者へと渡されている。
「そんなこと言われても私はマネージャーをやめるつもりはないですよ」
私にテニス部のマネージャーを辞めるなんて選択肢はもうない。
辞めたい、と口では言っているけれど本当はもうそんなことは思っていない。
私はマネージャーをまだやっていたい、と素直に思う。
私の言葉に、先輩は目を見開き顔を真っ赤に染めた。
「……ムカつく!何様のつもりよ、あんた!!」
ここがグランドの中心じゃなかったら私の頬にはきっと、この先輩の手が当たっていたと思う。
叩きたくても叩けないからなのか、先輩の肩は僅かに震えている。
睨みつけられた瞳は血走っているようにも見えた。
「あんたには絶対に負けないから…!」
先輩がその一言を言えば、目の前にいた列はもうない。
私も先輩も立ち上がると、スタートの位置につく。私にバトンを渡すのは日吉、らしい。
ふと視線をグランドの反対側にやれば、そこには日吉がいた。
なんだか、この先輩のおかげか、せいか、先ほどよりも私の負けず嫌いな気持ちに火がついたみたいだ。
私はあの人たちにチヤホヤされているつもりなんて一切ないし、
むしろ苛められているのではないかと思うようなときもある。
なのに、そんな事思ってる私が調子にのっている?
まさか、そんなわけはない。
それに……あの人たちは、人を利用するような人たちじゃない。
私は彼らに利用されているなんて一度も思ってことは、ない。
私だって、負けるつもりはない。
あの人たちの事を何も知らない人に。それなのに、悠々と彼らを語ろうとしたがる人に。
彼らがその言葉に傷つかないとでも思っているんだろうか
人を利用する人だなんて思われて嬉しいわけがないのに。
そんなことを考えていればふつふつと怒りがわいてきて、私はすぅと息をすった。
「日吉ー!!」
歓声が響く中、私の声もグランドに響いた。
テニス部のマネージャーとしていつもコートで叫んでいたおかげか、大きい声も易々とでるようになった。
私の声に視線が集まるのを感じながら、日吉と目があう。
「下克上だからねー!」
私の言葉に日吉が頷いて、笑ったような気がした。
下克上の言葉の意味。
下のものが上のものを打ち勝って権力をてにすること。
別に私は権力が欲しいわけじゃないけれど、ただアッと言わせてやりたくなった。
何も持たない平凡な女。そんな女が、下克上したら、それこそ皆驚くに違いない。
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(2008・11・17)
下克上開始?