平凡な日々
〜下克上等運動会・5〜
氷帝の体育祭の醍醐味と言ったら種目の最後にある色別リレーと、
そして各色の応援合戦だといわれている。
昼食後すぐにおこなわれる応援合戦ではそれぞれの色の団長を中心として
応援団が様々なパフォーマンスをこなしてくれ、
応援団もはっきり言って学校の人気者ばかりを集めているものだから、盛り上がりは凄まじいものがある。
もちろん学校の人気者と呼ばれるからには不本意ながらテニス部のメンツもいたりする。
とは言っても、私の隣で眉をひそめながら応援合戦を見ている日吉のように
どんなに人気があっても参加していない生徒も中にはいるのだけど。
……でも、多分来年は何を日吉が何を言おうとも無理やり応援団にいれられ、
もしかしたら団長にまでさせられるに違いないとは思う。
「学ランってとこが良いわ〜」
「「……」」
「氷帝はブレザーだからこんなチャンス滅多にないのよね。
これで絡んでくれたらもっとおいしいのに」
「ちょ、りりんさーん!ここ健全サイトだからね!言葉には気をつけてー!」
「あら、私としたらやっちゃったわ。来年はあそこに日吉も加わるのね」
「俺は応援団は」
「無理にでもさせられるに決まってるでしょ」
その言葉に日吉は何も言えなくなる。
日吉にもどうやら自覚があるらしい。
今年はなんとか応援団はさけれたが、来年はさけられないということを。
そんな二人のやりとりに少しだけハラハラしつつ、
胃が痛くなるのを感じながらグランドに視線を戻す。
どうやら団長にさせられてしまった宍戸先輩が中心で必死に声をだしているのが見える。
(あれが、来年の日吉の姿か……)
そう思いながら日吉を見れば、丁度ハァとため息をついているところだった。
そのため息をつきたくなる気持ち。私に分からないわけじゃない。
どうせ粗方私と同じように宍戸先輩を来年の自分と重ねてみてしまったんだろう。
ブランの応援合戦が終われば最後はノワールの応援合戦だ。
ノワールの応援団長は言わなくても分かるかもしれないけれど、あの跡部部長。
他の2色に比べたら絶対に段違いに派手なことはもう分かりきっていた。
そんなことにお金をかけるくらいなら違うことに使えばよいのに、
と思うのはこの金持ちばかりが通う学校では珍しいのかもしれない。
いや、まともな思考をもっている人なら当たり前のように私と同じ考えだろう。
……金持ちの考えることって、分からないことばかりだ。
「さっすが跡部先輩ね……」
ボソッと呟かれたりりんの一言に、私と日吉は思わず目の前の光景からめをそらしたくなかった。
つい先ほど、一緒に食事をしていたはずの跡部部長が登場してきたのは何故か空の上から。
パラパラとヘリコプターの音を聞きながら、正直目の前の現実から目をそむけたかったりする。
何故。何故、空から登場する必要があるの?
そんな私の思いを知ってか知らずか、ヘリコプターから降りてきた跡部部長は
他の色の応援団のように学ランを身に纏いながら、いつもの台詞を口にしていた
「『俺様の美技に酔いな』か……」
「?」
「あんな部長になんでこんな歓声があがるのかまったくもって分からないんだけど」
私が呆れたように言えば日吉は「あれでもテニスは強いんだがな」と呟いていた。
跡部部長を見ていると本当に美形だったら何をしても許されてしまうのじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
でも、何だかんだ言いつつ跡部部長は顔がよいだけじゃない。
もちろん権力やお金があるだけ、というわけじゃない。
何だかんだ言いつつ部員200人を纏める統括力も持っているし、生徒会長として能力もあり頭もよい。
だから、こんな馬鹿なことをしても歓声があがるというのは分かっている
…そう、分かっていはいるのだけどやっぱり納得はいかない。
これは体育祭じゃないの?
なんでこんなアイドルのコンサート会場になってるの?と思わず聞きたくなってくる。
それにこんなノワールだけヘリコプターで登場している時点で他の色と差別されているんじゃないだろうか。
朝は正々堂々と戦いましょうなんていっておいて、
ここで自分だけヘリコプターで登場してるんじゃ正々堂々とはとてもじゃないけど言えないと思う。
一応、応援合戦もポイントがつく。
ヘリコプターで登場した時点でノワールの印象が強くなることは間違いないし、
きっと応援合戦の一位はノワールになるに違いない。
他の色の生徒達はそんなことに気づいていないのか私達と同じ色であるクラスメイトは
「跡部先輩、素敵〜」だなんていっている。
跡部部長よりも、私達の色が勝つほうが大事だろ?!といってやりたいのは山々だけど
人の恋路に口出しするつもりはないのでここは黙っておくことにする。
それに跡部部長の信者は跡部部長のように、言葉が通じないから何を言っても無駄なところがあるし。
「跡部先輩、脱いでくれないかしら」
「ちょっとぉぉぉお、りりんさーん?!」
残すところもあと二つ。私は少しだけ飽きてきた体育祭に欠伸を一つ零しながら、
目の前で行われている競技を見ていた。
もうちょっとで終わると思うと少しだけ感慨深い気持ちになりそうだけど、
早く終わってくれという気持ちもないことはなかった。
今、隣にいるのはりりんだけ。先ほどまで日吉も一緒にいたけれど、
色別のリレーのバトン練習をしに宍戸先輩に呼ばれて行った。
現在の点差は僅かな差で跡部部長率いるノワールに負けている。
……なんか悔しい。
ルージュに負けることに対しては何も思うことはないのだけどあの跡部部長が率いるノワールに負けたなくはない。
自分がでる競技ではないので何かをすることは私にはできないけど、
日吉たちには絶対に勝ってもらいところだ。
まぁ、日吉も下克上だ、と呟きながら行ったので大丈夫だとは思うけど。
「キャアッ!」
突然の悲鳴に私とりりんは顔を合わせる。
何かあったのかしら、と首をかしげるりりんに私も一緒になって首をかしげる。
ざわざわと騒がしくなる声が聞こえてきたと思えば、こちらに向かってきているのは
色別リレーにでるはずだった山本さんと、山本さんに肩をかしている日吉の姿。
うわー、日吉にしては珍しい、なんて思いながらふと気がつけば山本さんの膝には
真っ赤な血が滴り落ちている。どうやらさっきの声は山本さんで、彼女は怪我をしてしまったらしい。
これはヤバイなと思いながらここはテニス部マネージャーの性が働いたのか
私はいつの間にか山本さんにかけよっていた。
「りりん、悪いけど救護テントから救急箱借りてきて。」
「分かったわよ」
「ごめん、誰か水持ってない?」
しゃがみこみ、山本さんの膝の状態を見る。
結構酷い怪我らしく、血はまだとまっていないらしい。
日吉に視線をやれば、日吉にもその視線の意味が分かったのか
「バトンの練習中にこけたんだ」と山本さんの怪我の理由を教えてくれた。
彼女を座らせてクラスメイトが持ってきてくれた水を
怪我の場所にかけて、汚れを落とす。
「ほら、持ってきたわよ」
「ありがと」
りりんから受け取った救急箱をあけて、急いで怪我の治療をしていく。
さっすがテニス部マネージャーね、とりりんに言われて気恥ずかしい気持ちになりながら、
治療をこなしていけば、すぐに山本さんの膝はガーゼに覆われ私なりの完璧な治療が終わっていた。
周りから「凄いねー」という声が聞こえてきて、ちょっと居たたまれなくなってしまう。
そんな風に周りから言われるのは初めてでなんて返したら良いのか分からないから。
「さすがだな。ここに連れてきたのに間違いはなかったな」
「ありがとう、ちゃん」
ニッコリと微笑みながら山本さんにお礼を言われて私も笑みを返していた。
って言うか、まさか日吉から褒められるとは思ってなかった。
保険委員より私を選ぶのは少々買いかぶりすぎだとは思ったけれど、
少しだけ私のマネージャーとしての仕事が認められているようで嬉しかったのは事実だ。
「お、どうしたんだ〜?」
「先生ー、山本さんが怪我したんですよ」
突然現れた我らが担任はクラスメイトからの言葉を聞くと山本さんの膝に視線をやった。
そして治療された怪我のあとを見て、僅かに眉をひそめる。
「確か山本は色別にでるんだったよな?これじゃあ、無理じゃないのか?」
先生の言葉に彼女は頭を下げると、ごめんなさい、という言葉を呟いた。
その言葉に回りのクラスメイトは気にしないで良いよ、なんていっている。
だけど、もう色別リレーまで時間はない。
クラスメイトの中で足の早い女子……とは言っても、すぐに思い浮かばず私達は頭を抱えた。
「先生、4月の体力測定の結果は?」クラスの一人の男子が先生に問う。
「あー、どうだったけ?」
「他に陸上部の子とかいないのー?それか運動部」
「文化部でも速い奴はいるだろ」
皆それぞれが思ったことをいっていく。
その間にも刻々と時間は進んでいき、このまま決まらなければ山本さんが無理してでも走るなんて言いそうだ。
現に彼女もオロオロと視線をやりながら、手を握り締めている。
ハァ……こういうときに纏めるのが学級委員の仕事、
いや、今ここには担任がいるのだから、担任の仕事だと思うのに。
やっぱり、この担任使えない。
そんなことを思っているとボソリ、と日吉が口をひらいた。
「が良いんじゃないのか?」
「……」
バッと視線をあげて日吉を見る。一体日吉は今何を言ったんだろうか。
もしかしなくても、私の名前を出したりしてない?
……そんなまさか、と思いながらも私と視線のあった日吉は口端をあげると、
日吉にしては珍しく意地悪い笑みを見せた。
こんな笑顔するからSなんていわれるんだよ!と思わず言いそうになったけれど、日吉の反感を買いたくはないので黙っておく。
「いやいやいやいや、無理だから!色別なんて速い子がでないと、負けちゃうから!」
「ならいけるんじゃないのかー?」
「ちょ、担任!無責任なこと言ってんじゃないですよ!」
「えぇー、ちょっとそれ担任に対する言い方じゃなくね?」
「テニス部のマネージャーで体力もあるし、お前ならうってつけだろう」
自信満々と言った様子で日吉は言い放つ。いやいや、おま、ちょ、待てよ!
しかし、そんな私の気持ちなど無視するかのように回りのクラスメイトは
「良いんじゃない?」「よし、決まりだな!」なんてお気楽に言っている。
ちょっと今、決まりだな!って言った奴前に出て来い!
私の気持ちを無視してそんなこと言ってんじゃないよ!!
「ほら、体力あるかもしれないけど、足遅いし!」
「高崎、そうなのか?」
日吉がそういうとりりんに視線をうつす。何故!何故私じゃなくてりりんに聞くんだよ!
自分の足の速さなんて本人が一番知ってるに決まってるじゃん!
「は今年の体力測定の50メートルの時気分悪いって言って測ってないわよ。
でも、の足の速さはあんたも知ってるでしょ、日吉。
あのレギュラー陣から一回は逃げ切ったのよ?」
ニッコリと微笑みながらそんなことを言っているりりんは私からは悪魔にしか見えなかった。
そんな過去の出来事を引っ張り出すなんて!
あの時は、私の命の危機でもあったから底力がでて逃げ切れたんだ。
それにただ走るだけじゃなくて、隠れるものもいくつかあったし、
だからこそ私は一度逃げ切ることができた(ま、結局は滝先輩に捕まったけど、何か?!)
そうでなければあのレギュラー陣から逃げ切れるわけはない。
そんなことりりんも日吉も分かっていると思っていたのに!
「じゃあ、に決まりだな」
私の顔を見てはっきりと日吉から告げられた言葉。
引きつる私の表情。
でも、「え、嫌だ」と口を開こうとすればそれよりも早くクラスメイトが盛り上がりを見せて、
そんなこと言える雰囲気ではなくて、
私はなきそうになるのをこらえながらせめてもの抵抗にと日吉をキッと睨みつけていた。
しかし、日吉はそれに臆した様子も見せず諦めろと私に言った。
「呪ってやる……!」
「捨て台詞がそれはどうかと思うぞ」
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(2008・11・10)
りりんが少し暴走してしまった回