平凡な日々

〜下克上等運動会・2〜




綱引きは見事に勝利し、同じく午前中にあった玉入れでも白組…いやブランは一番だった。

まぁ、玉入れの途中に私の手元がうっかりすべり忍足先輩の思わず



玉があたってしまうなんて言う事故もあったけど(あれは事故っち言わん!故意や、故意!)






それにしてもやはり全国レベルのテニス部は見事に陸上部なんて目がないほど、活躍しまくっていた。

応援するつもりなんてもとから、微塵もなかったけれど、

彼らが現れると絶対と言って良いほど歓声が沸く。



だから、知りたくもないのに、あ、今からテニス部(レギュラー陣)がでるんだなぁ、と言うのは分かった。





とりあえず、走っている忍足先輩が私に向かって手を振ってきたので

笑顔で親指を下へと向けながらそれに答えておいた。




そんな不真面目に走っておきながら、悠々とトップでゴールを走りぬけた忍足先輩は



腐っても鯛。

や、気持ち悪くてもテニス部なんだと思い知らされた気がする。





「さぁって、今から昼食ね。……って、お弁当持ってどこに行くつもりなのよ?」

「あっ、えっ、いや、ほ、ほら、もちろんご飯食べに行くに決まってるじゃん!」





そんな当たり前のこと聞かないでよー、ははー、と笑いながら言えば、

隣にいた日吉からはまるで不審者を見るかのような目で見られた。




なんだよ、その目。確かに自分でも可笑しな態度だと思ってるけどそんな目で見ることなくない?



私これでも意外と繊細なんだよ?

……まぁ、本当に繊細な人は部活の先輩に親指を下に向けたりしないとは思うけど。






「そうね、あんたが繊細なわけはないと思うわよ」


「うん、心の声につっこむのはやめて。」



「……で、はなんでそんな不審者みたいな態度なんだ?」





心の声にツッコミをいれる友人。最近、回りの人はこんな人ばっかりだ。

私は別に口があるのだから、テレパシーを使いたくなりたいなんて思ってはいない。

だから、お願いだから、ちゃんと言葉で会話してもらいたい。




そんな私の心の願いも聞こえたのかりりんはニッコリと笑うと「良いじゃない、テレパシー」と言って笑った。




いや、この場合、テレパシーとは言わないのかもしれない。

だって、相手には私の声が聞こえるというのに、私には相手の声が聞こえない。





こういうのは黒魔術って言うんだ。






「いやいや、不審者じゃないから。断固として不審者じゃないから」


「でも日吉の言うとおり、あんた不審者みたいだったわよ」


「そんな、忍足先輩じゃあるまいしー」






私が笑って言えば、日吉は「お前は先輩をなんだと思っているんだ」といわれた。

そっくりそのままお前に言ってやりたい、と思ったのは私だけじゃないだろう。


いつも下克上だと呟きながら、岳人先輩やら跡部部長への態度は絶対に敬語であったとしても


その態度からは年上を敬っている様子は皆無だ。




そんな日吉に先輩をなんだと思っているんだなんていわれたくないし、



それに忍足先輩以外の……いや、忍足先輩と跡部部長以外の先輩に対しては

私は日吉とは違い結構ちゃんとした態度で接している。




日吉みたいに岳人先輩に嫌味なんて一回も一言も言ったことはない。






「って、私こんなところでゆっくりとしてる場合じゃなかったんだ!」


「昼休みはまだ1時間ちかくあるぞ?」


「それは分かってるけど、さっさとこの場所から離れないと、」





奴が来る!と言おうとした瞬間に私の視界に飛び込んでくる一人の男。



遅かったか。

思わず零しそうになった舌打ちに、日吉も気づいてか私の視線の先を見た。

りりんは、ただ笑っているだけでこれと言って反応は見せない。


走りよってくる奴を一瞥して、私は二人にじゃあ、と言葉を残すとその場から走り出した。




今日唯一のマジな競技かもしれない。




後ろからは私を呼ぶ声と、

りりんが「逃げても無駄と思うわよ〜」となんとも本当に私達友達ですか?な言葉が聞こえて来た。























少しだけ乱れた息に後ろを振り返れば、先ほどまで私を追ってきていた奴の姿はなかった。

どうやら私は奴から逃げ切ったらしい。

はぁ、と思わず安堵の息を吐きながらそれでも足をとめることはしない。




場所は裏庭。

ほとんどの人は、グランドの方へといるからここにいる人なんてほとんど、いや、まったくいなかった。

手に持ったお弁当に視線をやる。




本当は教室にへといって食べようかとも思っていたけれど、

勘のよい奴のことだから、もしかしたらもう先回りして私の教室にいるかもしれない。



少し寂しい気もするけれど、このまま裏庭で昼食をとるのも良い手だろう。




確かもう少し先にいったところに丁度良くベンチもあるし、と思ったところで、

後ろから私は何者かに抱きしめられていた。


思わず強張る体。暖かい体温に包まれた、私の思考は一瞬だけストップした。




(何?!何が起きたの…?!)




背中から感じる逞しい胸板を考えるとどうやら私は男の人に抱きつかれているらしい。





まさか、痴漢?!なんて思ったりもしたけれど、私が痴漢にあうわけがない。

そう思った私はとっさに右腕を前とやり思いっきり後ろへとやった。




こういうときに心底、護身術を習っていて良かったと思う。



さらに言えば忍足先輩が、こんな事をしてきたときはさらに習っていて良かったと思っている。

けれども、私の肘が後ろから抱き着いている人の良い所(ある意味、悪いところ)に入る前に

いともも簡単に私の腕はつかまれてしまった。




チッと舌打ちを零す。


しかし、これで対応ができなくなったわけじゃない。

伊達にいつも変態を相手にしているわけじゃないのだから、私をなめられてしまっては困る。




それにこのぐらい避けてもらわなくては面白くない。

乾いた唇を舐めながら私は持っていた弁当から手を離し、後ろにいる奴の襟元あたりに手を伸ばした。





「待ちんしゃい!」


「はっ?!」





思わずかけられた声。

そっと離された体に安堵しながら、急いで振り返れば

そこには銀色の髪をした、一人の男が立っていた。




その髪の毛は後ろで結ばれている。


さらに驚いたのは私がこの男を知っていることだった。

何故、あんたがここに!と思い私服姿の目の前の男を睨みつける。






……そこにいたのは氷帝の生徒ではなく、立海大付属のテニス部である仁王雅治だった。





痴漢より性質が悪いと思ったのも仕方がない話だろう。

と言うかこのぐらいの男ならば私なんかに抱きつかなくてももっと可愛い女の子が抱きつかせてくれるだろうに。



それも喜びながら。

残念ながら私はこの男に抱きつかれて嬉しいだなんて感情、まったくもってわいてこない上に嫌悪感さえでてくる。


現に半そでの私の腕からは鳥肌がたっていた。




「まぁまぁ、落ち着きんしゃい」


「あんたがそれを言うんですか」





後ろからいきなり抱き着いておいて、私が取り乱しているというならばあんたのせいですよ。



しかし、こんなこと言ったって仁王さんはただ静かに笑うだけなんだろう。

現に今も面白くも何にもないだろうに、口端を僅かにあげて笑みを作っている。

不愉快にも程がある。

さっさとこの場から立ち去ろうと思い「じゃあ、」と声をかけようとすればそれよりも早く仁王さんが口をひらいた。





どうやら、さっさと私を解放してくれる気はないらしい。

こっちはおなかが減っているからさっさと解放して欲しいのに。

そう思いながら私はしゃがみこみ、先ほど落とした弁当を手に取った。





崩れてないとは思うんだけど、崩れていたら悲惨だ、と自分でしたことではあったけれどそんなことを考えていた。





「午前中はお疲れ様やったのう」


「(午前中から来てたのかよ)こんな、たかが他校の体育祭にくるとは仁王さんも暇ですね」




嫌みったらしくかえしてやれば、仁王さんはククッ、と笑った。




「俺だけじゃのうて、他の奴らも来とるぜよ?」

「あ、そうなんですか……って、はぁぁぁ?!いやいや、ちょ、まっ、はぁぁ?!



「良い反応じゃ」


「ほ、ほ、他の奴らってもしかして?!」

「テニス部ぜよ」




さも当たり前のように言う仁王さんに私はもう何も言えなかった。


何処のテニス部も、本気で暇らしいな!!何しに来てんだよ!



偵察なら、ちゃんと練習してる時にきやがれって言うんだ!!とは、思いつつも

王者立海に偵察なんてもの必要ないかもしれないけれど。





「…何しに来たって言うんですか」




力なくつぶやく。もう、なんていうかツッコミ疲れだ。

体育祭なのに、それ以外の理由で疲れるとは思っても見なかった。

いや、もっと言うなら立海の人たちがまさかこんなところにくるとは思ってもみなかったのだけど。



だけど、もうこの場所にいるというのなら仕方がない。

そう、とりあえずなるべく関わらないようにするしか、私の平穏への道は開かれないんだ。





「お前さんに会いに「ー!!」」


「ゲッ」





そう思ったときには、時すでに遅く。先ほどまで私を追い回していた吾郎の姿があった。

おいおい、ただでさえ仁王さんの相手だけでも疲れるというのに、吾郎の相手もしなくてはいけないなんて。




神様はどこまで私に試練をあたえるんだろうか。





「って、仁王くんじゃん!なんでと一緒にいるわけ?」





仁王さんの姿に気づくと吾郎の眉間に僅かに皺がよった。

あからさますぎる吾郎の反応にため息をはきながら、二人の様子を伺う




「そりゃあ、俺とは仲が良いけのう」


「仁王さん、それはただの勘違いですよ。私と貴方は他人以上、知り合い未満です


「そうだよ。が仁王くんと仲が良いわけないじゃん。仁王くん、ついに頭わいた?





「兄妹そろって、俺に酷すぎるじゃろ。それに俺の頭はいたって正常ぜよ」





「正常な人はそんな嘘言わないよ〜」



「ピヨ」

「はは、なんかそれすっげぇ腹立つわー」





にっこりと微笑んでいる吾郎の後ろから黒いオーラを感じる。


もちろん仁王さんからも、だ。

そんな二人の様子に口をはさむのはただの馬鹿だと感じた私は、傍観することを決めた。

本当はこの場から立ち去りたいと思ったけれど、少しだけ後が恐い。




それに、こちらに歩きよってくるある人の存在も分かったから、この場にいるほうが安全な気がした。





「ったく、何してんだこいつらは」




不機嫌そうに眉をひそめて、二人をみやり眼鏡をあげた人物は、

二人のやり取りにはさほど興味を持った様子もみせずに、舌打ちを一つ零していた。





 









(2008・11・03)


最後に登場した人は誰でしょう!