平凡な日々

〜下克上等運動会・1〜




晴れ渡る青い空。そして、その下で響く生徒宣誓の声。

ざわめく生徒達も開会式が始まれば、すぐに静寂になり誰一人として口を開こうとする人は一人もいない。




そして、何故か生徒会長の挨拶。



こういうときは普通、体育委員長じゃねぇの?とは思ったものの

跡部部長が出てきた瞬間の歓声のあまりの煩さにより、その思考とは一瞬でどこかにふきとんだ。





(まぁ、生徒会長でも可笑しくはないしね)




耳を押さえながら跡部部長に視線を移す。

跡部部長と言えば手を高く上げ、指をならした。




「俺様の美技に酔いな」




……あれが、この学校の生徒会長なのか。



その言葉に思わず私は額に手をやって天を仰いだ。

跡部部長の口から紡がれたその言葉に覚えたのは落胆と、やっぱり、と言った気持ちで、




正直、この言葉は時と場所、場合(要するにTPO)に全然あっていない。



それに跡部部長の美技にいちいち酔っていては競技に集中できないだろうし、

なかには跡部部長の美技に酔うことすらできない人もいる(むしろどうやったら酔えるのか教えて欲しい)




けど生徒会長の挨拶と言うのは、今更かもしれないけれどもっと堅苦しいイメージで、

今まで特に気にして生徒会長の挨拶を聞いていなかったから、

今の今までそんなことは思ったことはなかったのだけど……





(今までは煩くなるの分かってたからずっと耳をふさいでたもんなぁ)





キャー、キャーと騒ぐのをやめた生徒は恍惚とした表情で

壇上に立つ跡部部長にへと視線をやっている。


しかし中には私のように興味なさげに、と言うか嫌そうな表情を浮かべた人もいる。

もちろん日吉もその中の一人で、私はこの学校にもまともな人は残っているんだと思えて安心した。






りりんはりりんで、他の人たちとはこれまた違った表情で跡部部長を見ている。

きっとりりんのことだ。あらぬ、妄想でもしてるんだろう。

こんな時のりりんに話しかけるのは、ある種禁忌。



その妄想を事細かに話してくれる。


まだ中学生なのにそりゃもう、会話の内容R18じゃね?と思うような内容だ。





「ふふふっ」





聞こえて来たりりんの声に、私と日吉の視線があった。

背筋を走った寒気に、おぞましさを感じながら、私と日吉は頷きあう。




「「(気にしたら負けだ)」」







***










開会式も終わり、生徒の応援席へと戻ればそれぞれ仲の良いチームであつまり、競技の応援へと専念する。


私も、開会式が終わると同時に笑顔で用事があると抜け出したりりんを待ちながら

目の前で行われている最初の種目100メートル競走を見ていた。



私の出る種目はほとんどが午前に集中している。



それはもちろん考え合ってのことでさっさと面倒くさいことは終わらせたいと思ってのことだ。



今日のことは吾郎には言っていないけれど、奴が来ることはもう分かりきったことで、

多くの保護者の中からはその姿を見つけられることはしないけれど、どこかに吾郎がいることは絶対だ。




、ただいま」


「あ、おかえり」




用事が終わったのか私の横にりりんは腰をおろす。

早く帰って来たところを見るとどうやらそこまで大した用事ではなかったらしい。




「って、デジカメ?」


「あぁ、これ?」




しかし、帰って来たりりんの手には先ほどまで持っていなかったピンク色のデジカメ。

不思議に思った私はりりんの手にあるデジカメを見つめ、首をかしげた。




、今日は体育祭よね?」


「何、当たり前のこと言って……それがそのデジカメとどういう関係が」





「あんた、何言ってるのよ!!」




あるの、と言う言葉はりりんの発した言葉によって遮られた。

りりんは立ち上がると凄まじい表情をしてりりんが私を見下ろす。

あまりのその表情の恐さに、内心ビクビクしながら私はやってしまった、と言う気持ちになってしまった。




りりんがここまで怒鳴るようなことをすることは珍しい。

しかし、あることの関係についてだけはりりんを容易にここまで熱くさせる。




そう……アレ、関係のことだ。

分からない人はりりんの趣味だと言えば分かるだろうか。





「普段、制服しかおがめない私達にとって短パン、半そでは夢のまた夢でしょ?!

この機を逃してどうするつもりなのよ!!」


「あ、はい、そうですね……」


「周りを見てみなさい。他の子だって、デジカメは体育祭では必需品なのよ?」




確かに周りを見渡せば、りりんのように手にはデジカメを持っている子が多い。

……だけど、りりんと同じ目的の子はここには少ないだろう。


りりんの写すカメラに、人一人で写されることがないことを私は知っているのだから。




「あれ?」


「どうしたのよ」




再び視線をりりんの持っているデジカメにやる。

このピンクのデジカメどこかで見たことがあるような気がする。

それもここ最近のことで、一体どこで見たのかと思い出そうとするも中々思い出せない。




「なんか、そのデジカメどっかで見たことがあるような気がするんだよね」


「そうなの?まぁ、どこにでもあるようなデジカメだから」




「そっか……」




もしかしたら家でスーパーのちらし見てるときついでに見た電気屋の

ちらしで見かけたのかもしれない、と思いそれ以上考えるのをやめた。




萌えにすべてをかけているらしい、りりんのことだ。

これの為に最新のデジカメを購入したのかもしれない。

そう考えればちらしで見かけたのにも納得がいく。




「それよりも……」




、と名前を呼ばれ私はりりんに視線を戻す。




「いちたす、いちは?」


「ニッ」




その瞬間に、カシャッと音がなり、いつの間にかりりんの顔の前にはデジカメが。

あ、と思ったそのときには私はりりんから写真をとられていた。


えぇぇぇ、ちょ、なんでぇぇぇ?!




「な、な、なにして…!」



「だって、あんた素直に写真撮らせてくれないじゃない」


「そりゃ、当たり前!」




私は写真があまり好きじゃない。

平凡な顔だし、とられるような顔じゃないし、

わざわざそんな顔を一生のこるような形にしなくても良いと思っている。



「だからって、撮らなくて良いじゃん!!」


「別に良いじゃないの。それに、これ初めて使うから写り具合を確かめたかったのよ」


「いやいや、それこそ私じゃなくて、そこらへんの風景でも撮ってれば」




「馬鹿ね。私が撮るのは風景じゃなくて、人なのよ?

風景なんて撮っても意味ないじゃない。人の写り具合で確かめないと」





ま、このデジカメ凄く良いみたいだけど、と言ってりりんの視線はデジカメの画面にうつる。

そこには至って平凡な私の顔が中々のアップで、笑顔に見えなくもないような何ともいえない表情でうつっていた。


自分の顔ながら、なんとも残念な……

まだ、これなら無表情でとってもらえたほうがましだった。




「け、消して!早く!確かめたんだからもう良いでしょ?!」


「嫌よ」


即答っ?!もうちょっと、考えてくれても良いじゃん」



「……嫌よ」


「何、その微妙な間!」


「うるさいわねぇ。あんたが即答が嫌って言うから、考えてあげたのに」


「いやいや、考えてあげたのに、じゃないよね?!それに結局嫌なんじゃん!!」





考えてあげた、と言うのに嫌と言う答えは最初から決まっているようだった。

これ以上りりんには何を言っても無駄だと思った私は、りりんの持っているデジカメへと手を伸ばす。

その瞬間にりりんは私と視線を合わせると、優しく微笑んだ。




……ヤバイ。これは非常にヤバイ。




りりんが、こんな笑顔をうかべるときは大概最悪なことしか考えていない。

背筋に走った寒気に、ひぃぃぃ、と声をだしてしまいそうになるのを抑えて、私は伸ばした手を引っ込めた。





、いい加減にしないと怒るわよ?





私、悪いこと一つもしていないのに、と言う声はりりんには届かなかったようだ。

こんな状態のりりんを敵に回すことなんて私にはできるわけもなく、

私は渋々、頷いた。

どうせ、悪用させることはない(……と思いたいんだけど、りりんだからなぁ)



何故、私のまわりにはこんなに黒い人が多いんだろうと、心の中でひっそりと私は泣いておいた。




「おい、




ふと名前を呼ばれて視線をあげれば、そこには日吉がいた。

となりでりりんが「単品じゃ、意味がないのよ」とボソッと呟いたのは無視しておく。




ごめんね、日吉。

日吉と宍戸先輩と岳人先輩だけでも救ってあげたい気持ちは一杯なんだけど

私にはこの友達をとめることができないんだ。

だって、止めようとしたら私が被害を被ってしまうし。



正直、それだけは絶対に嫌なんだ。




「ん、なに、日吉?」


「綱引きの連中、呼ばれてたぞ。」



「あ、そう言えば。」




ついついりりんと話し込んでいて(あれは話こんでいたのか?)

忘れていたけれど、綱引きは100メートル競走の後だった。

私は立ち上がると日吉にお礼を言ってりりんに視線をやり、いってくるね、と声をかけた。

それにりりんは「頑張ってきなさいよ」と返事を返してくれる。





「もちろん。だって、今日は下克上だからね。ね、日吉!」


「あぁ」


「誰に下克上するのよ」


「そんなの跡部部長に決まってるじゃん……絶対、吠え面をかかせてやるんだから」





自分の色が勝つと思い込んでいる跡部部長。

だからこそ跡部部長を任せた時の事を考えると、楽しくなってくる。

あの跡部部長のほえ面。

相当の間抜けが顔に違いない。

……いつもの仕返しを今日こそ、してやる。


そう心に決めて、私はクラスメイトと一緒に入場門の方へと向かった。

まだ運動会は始まったばかりだ。









 









(2008・11・01)