平凡な日々
〜他校との遭遇・小話〜
部員の声が響き渡るテニスコート内にいつも見られる姿はない。
そのせい……かどうかは分からないが、
いつも以上に先輩達がうざく感じられるのは勘違いじゃないんだろう。
現に宍戸さんはいつもよりも疲れた表情をしているし、俺もいつも以上に疲れている。
タオルやドリンクの準備を忙しなくしている一年の姿を見れば、
それもいつもよりかは疲れた表情をしているように見えなくはない。
それはそうだろう。
普段はそんなこともせずに練習していれば良いだけなのに、
練習もしてその上でタオルやドリンクの準備をしているのだから。
でも、まぁ、俺が一年のときは練習のあとでもそんなもの余裕でこなしていたのだが。
そんな一年たちを視線の端に移しながら、目の前のコートにいる人物にサーブを放つ。
それを余裕の表情で返され、僅かながらにムッとしながら俺もその球を打ち返した。
そして、帰って来たのはボールと忍足さんの一言。
「なぁなぁ、日吉〜。なんで、なんで今日はちゃんがおらへんの?」
気持ち悪い声をだしながら俺にラリーを返す忍足さん。
さん、と言う敬称をつけるのもうざったくなるような先輩に俺は、思わずチッ、と舌打ちを零した。
そんなこと俺に聞かれても困る。
いや、何故今日がここにいないのか理由は知っているけれど、
それはあんただって知っているだろう。
それなのに、何故俺にそんなこと聞いて来るんだ。
「千葉に行ったからでしょう。そんな分かりきったこと、俺に言わせないで下さい」
「ちゃうねん!俺が言いたいのはそういうことやなくて、」
「じゃあ、何が言いたいんですか。」
「なんでちゃんがいかなあかんのかってことや!」
「(どんなに本人がその事実を認めようとしなくても)
マネージャーだからに決まってるじゃないですかっ!」
そういいながら思いっきり、スマッシュを忍足さんのコートに叩きつける。
しかし、それは地面へとつく前に忍足さんのラケットに当たり俺のコートへと戻ってきた。
「あんな仕事、一年に任せたら良いやん……!」
「チッ、」
静かに俺のコートへと落ちて行くボール。
こんな先輩に負けたくない、と思い俺は必死の思いでボールに追いつく。
「一年に任せられないから、に任せたんでしょう!!」
「だからって、こんなむさくるしい中部活なんてやってられへんわ!」
一ヶ月くらい前まではそのむさくるしい部活が当たり前だったじゃないですか、
と言う言葉は飲み込む。
きっとこの人には何を言っても無駄なんだ。
だけど、テニスコートの周りを見渡せば、こっちにも、あっちにも女子ばかり。
忍足さんに言うようにむさくるしいわけではないと思う。
まぁ、俺は興味なんてないが忍足さんは回りの女子に
手を振ったりしているし、むさくるしいと思っているわけじゃないだろう。
「そりゃ、ちゃんが来るまではこんな中部活やってたけど」
どうやら忍足さんは俺が言いたいことを分かっていたらしい。
再び俺のコートの中にボールが返って来る。
キャーと、回りの女子からの煩い声援が俺の耳に届いた。
「けど、ちゃんがおるのはもう当たり前なんや!」
忍足さんの放ったボールは見事に俺のコートに打ち付けられ、俺がそのボールに届くことはなかった。
そのことで回りの声援はさらに大きくなる。
「やから、ちゃんがおらな調子が狂うねん」
「…そうですか」
「それに、回りの女子は煩いだけやしな」
「それもそうですね。煩くて、うざったいです」
は俺達が練習している間にキャーなんて歓声をあげることなんて絶対にない。
ただ、たまに一言声をかけてくるだけだが、それは回りの女子の応援の声なんてものとは
くらべものにならないくらい、煩くもなく、うざいわけでもなく
……頑張ろうと思えるのは確かだ。
「今日はちゃん、帰ってくるんやろうか」
「千葉ですから、多分学校には戻ってきませんよ」
そもそも面倒くさがりのがわざわざここに戻ってくるとは思えない。
しかし、忍足さんの表情を見る限り眉をわずかにひそめたその表情は、
今まであまり見たことがない表情だ。
俺の知っている忍足さんは、あまり表情をかえることはない。
だからと言って無表情と言うわけではないけれど、でもそこまで感情が顔にでることはなかった。
だが、それも過去形。
がマネージャーとなってからはよく顔に出ているような気がする。
「ま、明日までの我慢やな」
がマネージャーになってから一ヶ月ほど。
たったそんな短い期間の間には、この部活の当たり前の存在になっていた。
マネージャーなんて今までとったとしても、一ヶ月も続かない奴がほとんどだったのに
がマネージャーを辞めるなんて今じゃとてもじゃないけれど考えられない。
先輩達のマネージャーに対しての態度も、自身も今までのマネージャーとは大きく違う。
仕事もちゃんとする。部員に対しての対応もレギュラーとかそんなこと関係なく、平等だ。
だからこそ、先輩達の態度も今までのマネージャーと違うんだろう。
今までは媚をうってくるマネージャーばかりで、
先輩達が自らはなしかけるなんてことはしなかったのだから。
むしろ、に対しては先輩達は自分達から話しかけている。
(はで話しかけられても、むしろ嫌がるから、そんな反応も面白がられてるんだろう)
まったくもってにしたら迷惑な話なんだろうだがな。
「さぁって、俺はちょっと跡部でもからかいに言ってくるわ」
「あ、はい」
忍足さんはそういいながら俺に背中を向けて跡部さんのほうへと歩き出す。
またあの人は自分から死に急ぐようなことを、と思いつつも
あえて口にはだすことはしない。
そして、ふと近づいてきた気配に後ろを振り返った。
「日吉」
「なんだ」
「向こうのコートで、打たない?」
後ろに立っていたのは鳳で、鳳は爽やかな笑顔(に見せているのだけど)で向こうのコートを指差した。
断る理由もなく、ラリーをするなら上手いやつとした方がよいと思っている俺は
それに「あぁ」と答えると鳳のとなりにならび歩き出した。
「あー、今日はいないんだよね。」
「……お前も、のことか」
「お前もって?」
「さっきまで忍足さんとラリーしてたからな」
「なるほど、ね」
忍足さんとラリーしていた、と言っただけで伝わったらしい。
部活内での忍足さんの認識は一体、と思いながら内心ハァとため息を零す。
どいつもこいつものことばかり。
がいなければ練習の一つもできやしないのか、と悪態をついてしまうのも
仕方がないだろう。それだけ、今日の部員はそわそわしているのだから。
芥川さんなんて、姿も見えない。
がマネージャーになるまでは芥川さんが部活中に姿を見せないことは一週間に一、二回はあった。
けれど、がマネージャーになってから、そんなことはなかったはずなのに。
「日吉は、がいなくて寂しいと思ったりしないの?」
「そうだな……寂しいとは思わないが、あいつがいないと困るのは確かだな」
がいないと俺が忍足さんの相手をしないといけなくなるし、
ドリンクだって一年が作ればが作るものにはどうしても劣る。
ここ一ヶ月でのドリンクに飲み慣れてしまったせいか、
どうしてもそのことが気になる。
そして、一番の理由は、先輩達にツッコんでくれる奴が一人でも減ると、俺の疲れは倍増に近い。
ただでさえ、忍足さんの相手で疲れていると言うのに、
その上、ツッコミなんてやってられるわけがない。
だけど、ついついツッコんでしまうから、疲れはたまっていく一方だ。
それに……やはり俺の中でもが部活中に見かけるのはもう当たり前のことになっていて、
その姿が見えないのは気になる。ついついいないと分かっていても、視線を動かし、
を捜してしまうんだろう。
まったく、俺の大分この部活に毒されたものだ。
「コラ、テメー忍足っ!!何やってやがるんだ?!」
「あはははっ!跡部ってば、侑士の膝カックンに引っかかってやんの!」
「やったで!俺はやったで!」
「ふふ、忍足にしては見事な膝カックンだったね」
「おい、滝!俺にしてはってどういうことやねん!」
「お〜ま〜え〜らぁぁっぁぁ!!」
「……何やってんだよ。部活中に…激ダサだぜ」
先輩達の煩すぎるやり取りはこちらにまで響いてくる。
肩をおとしている宍戸さんに僅かに同情をおぼえるも、
俺はそれを見なかったことにして鳳とコートにはいり、かまえた。
ここでがいたらきっと、容赦ないツッコミを先輩達に披露していたことだろう。
本当。さっさと戻って来い、。
お前の癒し系らしい宍戸さんが困り果てているぞ、と思いながら俺はボールを
地面に数回叩きつけた。
とりあえず、これからは他校にを行かせるのは考えてもらおう。
それかこの際、監督に行かせとけばよい。
がいたら、この現状にも容赦なくツッコミをしてくれて、
まともな部活ができていたはずなのだから。
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(2008・09・26)
千葉県騒動の裏側の話