平凡な日々

〜他校との遭遇・4〜






無事私と吾郎とは東京へと帰ってきて、スーパーへと寄って家への帰路を歩いていた。

吾郎と一緒にスーパーに行って買い物なんて久しぶりだったかもしれない。





それに吾郎がいつもより静かなのが通常では考えられないことなのでとても気になる。

ここまで吾郎が珍しく騒がないところを見ると一応、私を気遣ってくれているのかもしれない。




スーパーで買ったものだって持ってくれているし、ここだけ見ると良い兄だ。





だけど、吾郎が静かだとそれはそれで気味が悪いものがある。








なんと言うか、例えるなら跡部部長が静かだとか、


忍足先輩の発言がまともだとか、そんな気味の悪さだ。








そんなことを考えながらとなりの吾郎に視線をやれば、吾郎は真面目な顔で遠くを見ていた。

何を考えているんだろう、と思いながら少しの間吾郎の横顔を盗み見していれば、吾郎が口を開いた。





でも、視線はこちらへと向いていない。

それは、いつも人の顔を見て物事を話す吾郎にしては珍しいことだった。







、ごめんな」



「いや、別に……って、何が?」







吾郎の突然の言葉に私は吾郎に視線をやり吾郎を凝視した。




確かにこいつが謝るのはそんなに珍しいことではないけれど、

こんなに真面目に謝られたのは久しぶりだった。








こちらを見た吾郎の真剣な眼差しは少しだけ私の忘れたい過去を思い出させる。

逃げてばかりはダメだと分かっていても、私はまだその思い出を引きずっている。

吾郎はその事に気づいてないんだろう。

まっすぐとその視線がそらされることはない。




もしも、私が今、吾郎のその視線で考えていることに気づいたら

吾郎は私の目を見てくれるのはやめてくれるに違いない。





吾郎は私の本当に嫌がることは絶対にしないから。


ふつふつよみがえる記憶。

思い出したくない記憶の最後は手を握られながら吾郎に謝られるところで終わる。








あぁ、思い出したくもない。







「佐伯くんの前じゃ、のこと怒っちゃったけど、俺も騒ぎすぎちゃったかなーって思って」


「まぁ、それはそうだとは思うけど」


「即答で認めちゃうのね……だから、ごめんな」




「…私の自己管理ができてなかっただけだから」




しゅんとなっている吾郎。


いつものように軽く謝られてこられたら、

きっと容赦なく吾郎をせめると思うのに、こんなにもへこまれるとそんなことできやしない。



それに事実、吾郎が悪いわけではないのだ。

久しぶりに会った友達には普通騒がずにはいられないだろう。







ただ、それを見て、自分と吾郎の違いを思い知っただけだ。




少しの間忘れていたあの気持ち。

最近、吾郎のことなんて知らないで自分だけを見てくれる人が増えた。


だから、忘れてしまっていた。


私と、吾郎がどれだけ違うのか、といことを。





忘れてはいけないのに。





「でも……ごめんな」




視線を下げて、ごめんを繰り返す吾郎。

そんな吾郎を見ながら、ここまで謝られてはどうして良いのか分からなくなる。



いつもみたいに軽く謝ってくれればよいのに。

そうしたら、私も怒りながらも結局最後は許して、それで追われるのに。




はぁ、と思わずため息を零しそうになりながらも私はそれを飲み込む。






「だから、吾郎は悪くないってば。それに、次からは気をつけるから」




私が言えば、吾郎はやっと納得したようにホッと息を吐きながら前を向いた。

それにしても、部活であれだけコキつかわれても倒れないのに、今日少し海で騒いだだけで倒れるとは。





今日の晩御飯はいつも以上に栄養のつくものにしようと思う。

また倒れたりしたらそれこそ、吾郎がうるさそうだし、それに学校で倒れたりしたらきっとあの人たちも煩いに違いない。














「あ、ちゃんだ〜!」




今日の晩御飯の献立を考えていたら、自分の名前を呼ばれる声がした。



その声に私と吾郎も立ち止まり、声のしたほうを見る。

ゲッ、と思わず零した言葉は聞こえなかったのか視線の先には笑みをうかべた千石さんがいた。


その後ろには、目つきの悪い人も一緒だ。





……あの人絶対不良だ





見た目だけで判断するのはどうかと思うけれど、あの目つき。

そして、あの髪の毛の色。そう思わずにはいられない。






「あれ〜、千石くんと、亜久津くんだ。久しぶりだね」


「チッ」


「うん、久しぶりだね」





どうやら吾郎は千石さんと、その後ろにいた不良さんと知り合いらしい。

不良さんのほうは吾郎の言葉に舌打ちをしてこたえる。

少しだけ彼とは仲良くなれそうだ、と思ったのは吾郎に対してあの態度だったからだろうか。




自分と同じようなものを感じて、本当に不良さんが恐くて大きな声では言えないけれど、

正直親近感が沸いた。









ちゃんも、久しぶり。

こんなところでちゃんと会えるなんて俺って本当にラッキーだなぁ」







千石さんにそういわれ、私も苦笑をうかべることしかできなかった。

以前、氷帝探偵団なんていうくだらないものに付き合わされたときに、

千石さんに会った事が知り合いだと知られた時にレギュラー陣に色々言われた。



その多くは忍足先輩からだったんだけど、ぶっちゃけ、

忍足先輩には千石さんも言われたくないんじゃないの?と思ったのは内緒だ。







でも事実、内心他の人たちは思っていたに違いない。






だけど、忍足先輩にあんなこと言われるくらい千石さんは女癖が悪いんだろうか。

まぁ、私みたいなのを相手にするわけないから気にしなくてもよいとは思うけど。







、千石くんには近寄ったらダメだぞ?妊娠するからな」







あれ、何これ?デジャウ゛?


すっごい誰からか言われたことがある気がするんだよね。






「ちょ、ちょっと吾郎くんー?!人聞きの悪いこと言わないでよね!!」


「はぁ、本当のことだろ?」


「違うよ!もう、ちゃんも信じないでね。これは吾郎くんが一人で勝手に言ってるだけだから」




「あはは、」





めちゃくちゃ吾郎以外の人たちにも言われたことある気がする。

だけど吾郎一人というよりは千石さんと知り合いの人たちは全員言ってることですよ、という言葉は飲み込んだ。




まぁ、確かに見た目よし。そしてたらし。

と来たら、ありえないこともないのかもしれない。


でも、一応まだ見た目は中学生に見えないとしても不純異性交遊はやめたほうがよいと思う。




後々自分が困ることになることは間違いない話だし。






でも、結局付き合ったことなんて一度もない私としては世界が違う話。

千石さんと女関係なんて言っちゃ悪いかもしれないけど、

これっぽっちも興味ないし、ちょっとくらい痛い目を見たほうが良いと思う。




あの先輩達があんなに言うのだから先輩達が言っていた噂もあながち外れてないのかもしれない。




火のないところに煙はたたないとよく言ったものだ。





「その目はまったく信用してないでしょ?本当に違うからね。僕は女の子が好きなだけ」



「あー、はぁ」




だからどうした。

そして、あんまり言ってることもカバーになってない。

どうやら千石さんは意外と(いや、見た目と同じく)頭の弱い人みたいだ。






「千石」


「亜久津〜、そんな恐い顔しないでよ」


「そうだよー。ほら、笑って笑って。千石くんみたいに馬鹿みたいに笑えとは言わないけど少しは笑ったほうが良いよー」



「吾郎くん、俺のこと嫌い?」


「俺、博愛主義者だよ?
確かにウゼェとは思うけどね




「今、ボソッとなんか言ったよね?!言ったよね?!」








吾郎につめよる、千石さんを遠い目で見る。

馬鹿、ばっかりだな、と思わず思ってしまうのもしょうがないことだろう。



それにあくつと呼ばれた人は依然として眉間に皺を寄せ「あ゛ぁ?」みたいは雰囲気を醸し出しているし、

さっさと帰りたくなってきた。





零れそうになるため息。これに気づいてくれる人はこの場にはいなさそうだ。

とりあえず不良さんの機嫌がこれ以上損なわれないことを願う。

お願いだから吾郎よ、変なことはしないで欲しい。


あんたのしたことの責任はいつも私がとることになるんだから。






さすがに不良さんを相手には私もしたくはない。





「亜久津先輩、千石先輩!」






突然聞こえて来た声。

目の前にいる二人がその声に反応して私と吾郎の後ろを見た。






「あ、壇くん」






おいおい、また新たな人の登場かよ、と内心うざく思いながら声のしたほうに視線をやった

振り返りその人物に目をやる。千石さん達と同じ制服を身にまとい、頭にしたヘアバンドは今にも下に落ちそうになっている。



一目見ても、可愛い部類に分類される男の子だということは一目瞭然で、

不本意ながらこの男の子とは仲良くなりたい、と思った。





。可愛いものは大好きなお年頃だ
(え、俺だって可愛いじゃん!)(鏡見てよ、吾郎)








「あ、壇くんだー!今日も可愛いね!」



「ダダダダーン?!これは、吾郎先輩じゃないですか!お久しぶりです!!」







可愛いし、礼儀もできてる。

この子言うことないと思った瞬間だった。




それにしても吾郎の知り合い、

そして千石さん、亜久津さんとの知り合いということはこの子もテニス関係者なんだろう。

吾郎に敬語ということは、私と同い年か私の一つ下か。






それは分からないけれど、自分と同い年でこの可愛さだったら少し私へこみたいかもしれない。







「壇くん、こっちは吾郎くんの妹のちゃんね。言ってたとおり可愛い子でしょ」





おい、千石。お前、何言っちゃってんの?!(敬語使う価値なし)




千石さんの最後の一言に引っかかりを感じながらも、この子の前で千石さんに

何かできるわけもなく、私は引きつった笑みを浮かべた。





「ハジメマシテ。えっと、で、す。」


「はじめましてです!僕は壇太一と言います。よろしくお願いしますです!」


「うん、よろしくね。壇くん!」



「はい!……えっと、先輩と呼んでも良いですか?」


「良いよ、なんとでも呼んでね!」








どうやら壇くんは一年生だったらしい。

どこぞやの、青い春の学校の一年の生意気ルーキーとは大違いの礼儀正しさだ。



どこぞやの生意気ルーキーにも見習って欲しいものだ。





まぁ……あれはあれで可愛いと思ってしまう自分がいるけど







「じゃあ、ちゃん。ハニーって呼んでも
「千石さんには言ってませんよね?あんまり調子にのらないでください」






千石さんの一言を冷たい視線で返して、私は壇くんに笑みをむけた。

扱いが違うだの、千石さんが言ってみるみたいだけどあえてそれは無視する。

人間扱いの違いがでてくるのはしょうがない話。



それに私は美形はもともと嫌い、なのだ。だから千石さんの扱いが悪くてもその顔のせいということで我慢して欲しい。




いや、美形が嫌いだからと言ってその扱いというわけじゃないけど。

(美形でも、普通の人には普通の対応してるし)




千石さんの場合はその性格、のせいだ。







「本当だよ。千石くんあんまり調子乗らないでね。
あることないこと、流すよ



「えぇぇ、吾郎くん?!」



「フン、ざまぁねぇな、千石」








そう言って亜久津さんが笑う。この人笑えるんだ、と思ったのは内緒だけど、

吾郎と普通に話しているところを見ると(若干嫌々ながらのように見えるけど)悪い人じゃないのかもしれない。




見た目は不良っぽいのに……人は見た目じゃないというのをあらためて感じた気がする。






「じゃあ、三人ともまたね。実はが体調悪いみたいで急いで帰ってた途中だったんだ」



「えっ、ちゃん、大丈夫?」



「千石くんが引き止めなかったらよかったんだけどね」



俺のせい?!






千石さんと吾郎の会話を聞きながす。

吾郎はちゃんと私の心配をしてくれたらしい。こういうところは良い兄とは思う(ミクロン単位で、だけど)

その言葉を聞いてか、不良さんこと亜久津さんの視線がこちらに向けられた。



はっきり言って本人はそのつもりはないのかもしれないけど、目つきが悪いせいか睨まれてる気がする。

いやいや、違う。ただ見ているだけ。

睨んでるわけじゃないと自分に言い聞かせた。






「テメー……」






いや、やっぱり睨まれていたみたいだ。

テメーって!普通、初対面の人に言わないと思う!とは思っても、

チキンな私はそれを言葉にすることはできない。




亜久津さんが何を言い出すのかとヒヤヒヤしながら、亜久津さんを見れば、

かけられた言葉はとても意外なものだった。








「大丈夫……なのか?」


「あ、はい、大丈夫で、す」


「そうか……。さっさと妹連れて帰れ」


「分かってるってば。じゃあ、またねー!!」



ちゃん、体調には気をつけてね」







千石さんにそう言われ、ポンッと軽く頭の上に手をおかれた。

それを私がはじく前に、吾郎が払うと吾郎はにっこり微笑みながら、千石さんに何かを言った。




残念な事ながら私にはそれは聞こえなかったけれど、その後千石さんの顔色は青かった。

無念、千石さんと思いながら私と吾郎は歩き出す。







「壇くんも……亜久津くんも良い子だったでしょ?」



「うん」







吾郎の言葉に私は頷いた。

目つきも悪いし、不良さんみたいだったけれどあくつさんは良い人だった。

それに壇くんも非常に良い子だった。だけど、吾郎の言ったなかに千石さんの名前はなかったけれど、

そこは気にしないでおこうと思う。


とりあえず、千石さんに会ったことはあの人たちに黙っておいた方が良さそうだ。

何をするのかわかったものじゃない(特に鳳と滝先輩が)





 







(2008・09・17)