平凡な日々

〜他校との遭遇・2〜








この前は目の前を行き交うテニスボールをぼんやりと見やりながら、私は杏ちゃんとの会話を楽しんだ。


杏ちゃんとの出会いは男と女であればきっと、運命と言えるような出会いだんじゃないかと思う。



……うん、自分キモイ。




何を隠そうつい先日駅前で柄の悪い男に囲まれているところに遭遇した私は

たまたま持っていた広辞苑やその他殺傷能力の高いと思われる辞書の入った鞄を

その男たちにむかって、振り下ろした。



一発KO。



あの時ばかりは本当に人を殺してしまったんじゃないかとヒヤヒヤした。





しかし、やはりそういう男に限ってGなみの生命力を持っていることは言わずと知れず

何かかっこ悪い捨て台詞をはきながら去っていった。

僅かに涙目だったのは私の中だけに収めてあげようと思う。

いやもし、向こうから何かされたらバラしてやるけど。






そんなこんなで私は可愛い杏ちゃんと知り合いになることができた。







あの時の私、グッジョブ!とは思ったのもつかの間、杏ちゃんが不動峰のテニス部と聞いたときは内心驚いた。

まさか神尾や伊武くんと知り合いとは思わなかったけど、世間ってせまいと思う。



……まぁ、なんか最近私が知り合うのがテニスに関係がある人ばかり(そして無駄に美形)

って言うのが気になってしょうがないけ ど、そういうこともあるんだろう。






これが世間一般で言う世間は自分が思っているよりも狭いと言うやつなんだろうか。





それを考えると切実にもっと世間が広くなって欲しいと思う。

知り合いが増えるのは別に良い。



だけど、テニス部じゃなくて美形じゃなくて、ごくごく普通の人と知り合いにさせてくれ。

まぁ、杏ちゃんとか橘さんとか常識的な人は大歓迎なんだけど。






不動峰のような公立学校の地味さをうちの学校にもくれ。切実に!









「……はい、そしてやってきました千葉県ー」


「うわー、海だー!千葉ってすげぇな!」


「うるさい、騒ぐな」






隣で騒ぐ馬鹿。正式名称、いや、馬鹿の方が正式名称ではあるけど、一応正式名称は吾郎。

何故か監督からのお使いを頼まれたら、駅でばったとりこいつに会ってしまった。




そして何故か、こいつも竜崎先生から、お使いを頼まれたらしい。




どんなにまこうとしても、笑顔でついてくる吾郎は私にとっては怖くてたまらないものだった。

こんな時にそんな労力を使わないで、もう少し家のことにその労力を使って欲しいと思ってのは言わなくても分かることで、

まくのを諦めた私は結局、吾郎と一緒に千葉県まで来てしまっていた。




何、この不幸。




私は結局、家の外以外でも吾郎のお世話をしてくちゃいけないわけなの?

マジで本当に私のこの状況が幸せだと思ってる人がいるなら、本気で代わってくれ。






私に誰か平穏な生活と言うのを、送らせてよ……!








「ほらー、。何、ぼぉっと突っ立ってんだよ。早く行かないと晩飯遅くなるぜ?」


「お前が言うな。お前が。」





まぁ、今回は吾郎もいつもの青学のセーラー服ではなく、ちゃんとした学ランをきているから、大丈夫だろう
(と思いたい)

もし吾郎がセーラー服だったら私は何としても吾郎をふりきり、一人で千葉県にまで来ていたと思う。


だけどセーラー服吾郎よりも、学ラン吾郎のほうが若干(ここ重要ね)だけど、テンションは低いから我慢して一緒に来た。


本当に僅かな違いなんだけど、見た目がまともな点で私は一緒に歩くことを許可してるんだろう。






それでも、似てない兄妹のせいか電車の中では本当に屈辱的な勘違いをされたもんだけど。

これならセーラー服でいてもらったほうが良かったのかもしれない。





「(私と吾郎がカップルだって?認めたくないけどこれでも兄妹なんだよ!!)」




兄妹、という事実も受け止めたくは無いけれど、カップルなんて勘違いされるのはもっと嫌だ。




本当に屈辱的な勘違いだ。




その言葉を聞いた瞬間鳥肌が一気にたったのは当たり前のことで、

その言葉を言った女子高生らしき人物二人に凄まじきまでの殺意を覚えた。




「……なぁ、。海の方行きたい」


「勝手に行っておいで」


「えー、一緒に行こうよ」





「私、監督に任された仕事があるから」





「え、俺もあるよ?」





えっ……あ、うん、そうだね
なら、仕事が優先だろ?







仕事があると分かっているのに、悪びれた様子も無く海の方に行きたいという吾郎。

絶対に竜崎先生は仕事を任せる相手を間違ってるとおもう。



と言うか、こいつが今まで真面目に仕事をこなしてこれたのか不安にもなってきた




ごめんなさい、竜崎先生。



こんな奴を、マネージャーにしてくれたにも関わらず、こいつは自分の仕事も全うできない奴みたいです。





「ちょっとくらい良いじゃん!浜辺で追いかけっこなんて兄妹の夢だろ?!」


「え、いや、なんで、そこで私がキレられないといけないわけ?っていうか、それは兄妹の夢じゃないから。

むしろ熱々カップル、付き合って一週間くらいの回りもムカつくくらいピンクいオーラだしたカップルがするもんだから。」





「カップルも兄妹も似たようなもんでしょ」




どこがだよ。お願いだから、彼女とでもやってくれ」





私がそういうと吾郎は頬をふくらませながら、しょうがないなーなんて言っていた。

その言動にムカついて米神がピクピクしたのを感じたけれど、ここは私が大人にならないといけない、と言い聞かせて、

私は吾郎に何か言い返すことはしなかった。



 な の に





「だけど、海なんか滅多にこれないし、見るくらいしようぜ!」


「あ、こらっ……って、引っ張るなー!!」




吾郎は私の腕を掴むと、引っ張って走り出した。

人の話聞いてたのかよ、こいつは!と思わず怒鳴りだそうとして、




声を張り上げようとした瞬間に「あー、佐伯くんだー!」と吾郎が声をあげ、私の怒鳴り声がその場に響くことはなかった。





「あ、吾郎じゃないか」





そんな声が遠くから聞こえてくる。

吾郎は私の腕を引っ張ったままその声のするほうほうへと近寄っていった。

千葉県に知り合いなんていたんだ、と思いながら私は吾郎が名前を呼んだ人物のほうに視線をやる。





真っ赤なユニフォームを着たその少年は、それはそれは、イケメンと言う言葉が似合う少年だった。




周りにキラキラしたものが見えて、思わず私は目をこすって幻覚じゃないか確かめたくらいだ。

そして、その佐伯くんとやらの周りにもこちらを驚いた様子で見ている人が何人かいる。






「佐伯くん、久しぶりー。それに他の皆も久しぶりだね」


「本当にな……って、あれ、その子。」


って言うんだ、可愛いだろー?」





吾郎はそういいながら私を自分の前へと追いやった。佐伯くんとやらと、他の人の視線が私に集まる。

正直、一番右端にいる髪の毛の長い帽子のかぶった人がクスクス笑っているのを見て、

誰かに似ていると思った。それが一体誰だったかはわからないけど…・…でも、あの笑い方には覚えがある。



そんなことを考えながらいれば、黒髪の人が




「なんだ。吾郎の彼
「違います。まったくもって、違います。。正真正銘、これの妹です」



「これって、酷くない?!」




正真正銘、これの妹だなんて、認めたくもないけれど、彼女と間違われるよりはましだ。

私が力一杯そう言えば、黒髪の人は「あぁ、そうだったのか。すまないな」と言って謝ってくれた。



この人、絶対良い人。直感で私はそれをなんとなく感じ取った。






「そう言えば、前に言ってたね。目に入れても痛くない可愛い妹がいるって」





キラキラした爽やかな笑顔で言う、佐伯くんとやら。あまりのキラキラっぷりに目がかすみそうなんだけど……


って、いやいや、何を言ってるんだよ、吾郎。
これぞまさに羞恥心。




他の視線が少しだけ痛くなってきた。




私、ここに何しにきたんだっけ?



六角中にテニス関係の書類とどけに来ただけだよね……?


なんで、こんな真っ赤な集団に囲まれちゃってるんだよ!!当初の目的と随分かけはなれちゃってんじゃん!!





「えっと、初めまして。俺は佐伯虎次郎。よろしくね、ちゃん」


「あ、はい、よろしくお願いします」




吾郎とため口のところを考えると佐伯くんとやらは、吾郎と同じ中三なんだろう。

これからは佐伯さんと呼ばせてもらおう、と考えながら次々に自己紹介をしてくる人たちに



あぁ、この人たちは比較的まともな人たちだと思った。




個性的すぎる人が一人もいない。みな、まともと言われる精神をしていそうだ。




そして一番驚いたのは、あの木更津さんに双子のお兄さんがいたとこと。

笑い方がそっくりなところを見ると、この人も要注意人物なのかもしれない。






そんなことを考えながら目の前の人たちと吾郎のつながりを考えていた。

千葉に吾郎の知り合いがいるとは思いもしなかった。それもこんなイケメン。




……類は友を呼ぶ?いやいや、だったら、この人たちも変人の部類になってしまうし。

それにしてもこの人たちは本当に誰なんだろうか。



私としては早く六角中テニス部にこの書類を届けたいんだけど。






そして、さっさと家に帰りたいんだけど(これ、本音)






「サエさーん!!」


「あぁ、剣太郎」


「おっ、あれが噂の一年部長か」





そう言って吾郎は近寄ってきた少年に挨拶をしていた。

噂の一年部長と言う言葉に首をかしげながら、吾郎の様子をそっと見る。





「あ、貴方が吾郎さんですか!!うわぁ、本当に……男ですか?」


「うん、これでも男だよー。よろしくね葵くん」





吾郎は本当に何処に言っても有名だと思う。

この顔のせいもあるかもしれないけど、人見知りしないし、すぐに他人と仲良くなる。





「ほら、


「えっと、です。よろしく?」





私はダメ、だ。吾郎の存在なんて関係なく、すぐに他人と仲良くなんてなれない。

人見知りが激しいわけじゃないとは思うけれど、でも、苦手なのかもしれない。





「……さんって呼んで良いですか?」

「あ、いいよ!」





……いつの間にか剣太郎くんとやらは自己紹介してくれていたらしい。

ごめん、聞いてなかった。とはさすがに言えずに愛想笑いを浮かべる。





こんな風に吾郎と一緒に他の人たちをいるとたまに、思うことがある。





この人たちはきっと、私が吾郎の妹ではなかなったら、私なんかを相手にしないんじゃないかと。

吾郎の妹ではなかったら、話をするのも億劫な相手なんかじゃないかと。

こんなこと本当は考えたくもない。卑屈ばかりの自分が嫌にもなる。



でも、それは紛おう無き事実で時としてそれは私を苦しめる。





吾郎の妹。




段々と頭が痛くなってきた。

ガンガン、とまるで叩きつけるような痛みが襲ってきて、私は笑うのも億劫になってくる。







だから、吾郎と行動したくなかったんだ。





こいつに振り回されるのが嫌なんかじゃなくて、こいつと一緒にいると、私はこいつの妹として見られてしまう。

それが嫌、なんだ。

なのに、吾郎はいつも私のすぐ傍にいて、綺麗な笑みを浮かべている。

今だって、きっと面白みの無い私に目の前の人たちは飽き飽きしてるんじゃないかと思ってしまう。



こんなこと思いたくないのに。


そんな事思うような人たちには見えないのに。





こんなこと思ってしまう、自分が一番嫌なのに。






ちゃん、大丈夫?」




心配そうな表情を浮かべた、佐伯さんが私に声をかけてくれる。

その表情を信じたいのに、やっぱり心のそこでそれを否定しまう自分がいた。




吾郎の妹だから。




本当は私の心配より吾郎との会話を楽しみたいに決まってる。




「あ、はい、大丈夫です。少し、暑いだけ、」




です、と言おうとしたのに、その言葉は紡がれることなく、私の視界は反転した。

吾郎の声や、黒羽さんの声が聞こえる。

だけど、私はそれに応えることが出来ずに咄嗟に伸ばされた佐伯さんの手に倒れこむことしかできなかった。




自分ここに何しに来たんだっけ?


こんな思いするために来たんじゃないことだけは確かなのに。







 








(2008・08・29)