平凡な日々


〜お届けモノを届けましょう・4〜








隣で腹部をさすりながら「成長したな・・・」なんて呟く吾郎を横目に私ははぁ、と息をはいた

いつになったらこの書類を渡せて帰れるんだろうと思うけれど、なんだか一生無理なような気がしてきた













だんだんと赤く色づいてくる空を見上げれば、今頃氷帝で部活をしているであろうみんなの顔がふと頭に浮かんだ














やっぱり氷帝でマネージャーの仕事しとけば良かった




まさかこんなことを思う日がくるなんて思いもしなかった。しかし、

氷帝で仕事をしていれば今頃こんなことに巻き込まれることもなく、無事に一日を終えられていたはずだ・・・・
多分






こんな目にあったのも、すべて吾郎のせいだ。なんで今日に限ってコイツはここにいるのだろう













あはは、今日の朝のテレビの占い私、何位だったけ?


そこまで、悪くなかったとは思ってたのにな・・・(遠い目












「良い蹴りだな」






「そうだね」









空を見つめていた視線を声のした方にうつせば、迫力美人な人と、帽子を被ったおっさん
・・・じゃなくて、大人っぽい人がいた

その人たちの登場にテニスコートの外にいる女子は歓声を上げている













迫力美人さんは私を見るとニコリと微笑んでいて、その笑顔はそこらへんの女の子より全然綺麗だった



















「初めまして。俺が部長の幸村精市だよ」













迫力美人さんは私のほうに近寄ってくると、微笑みながらそう言った

部長と言うことは、私はこの人に書類を渡せれば帰れるはずである。私は持っていた書類を迫力美人さんに差し出した












「氷帝のマネージャーのです。今日はこの書類をお届けに参りました」












新たな美形の登場にひきつる顔をなんとか抑え、笑顔をつくる

頬のあたりがピクピクしている気もするがそれもご愛嬌ということで見逃して欲しい











「ふふ、ありがとう」












私の引きつった笑顔とは比べものにならないくらいの笑みを浮かべながら書類に手をのばす

その姿も綺麗だなぁと思っていたのに、迫力美人さんはなかなか書類を受け取ろうとしない













何でだ?と疑問に思っていると迫力美人さんは書類を受け取らずに私の腕をつかんだ











こんな事前にもあったなんて思い驚いて迫力美人さんを見上げればさきほどよりも更に笑みを深めていた


その笑顔を見て、私はあの時のことを思い出した















あぁ、滝先輩に捕まったときと似ているんだ












あの時のことは今でもたまに夢に見る。あの瞬間こそが悲劇の始まりと言っても過言ではない



多分と言うか絶対、この人は滝先輩と同じというか似た属性の人だと思う。

掴まれている腕は全然痛くないけれど、テニスコート外の女子の目がとてつもなく痛い











「名前は?」









名前?私さっき言ったと思うんだけどと思うけれど、

この人たちの登場で騒がしくなったテニスコートの中ではもしかしたら聞こえなかったのかもしれない



そう思った私は再び自分の名前を口にする。今度は先ほどより大きな声で











ですけど」







名前を言ったはずなのに、迫力美人さんは一瞬眉をひそめた。とは、言っても

すぐにあの綺麗な笑顔に戻ったからもしかしたら私の勘違いかもしれない










「そうじゃなくて、下の名前は?」









下の名前なんて、そんなの聞かなくても良いんじゃないかと思う。






けれど、微笑んだ顔がどことなく鳳に似ているような気がして


私は言わずには生きて帰れないような気がした












です」









声が少しうわずってしまって、声をだすのもいっぱいいっぱいだった





腕を掴まれているせいで流れてくる冷や汗を拭うことも出来ない。妹の命の危機なんだからどうにかしろよ

と起き上がった吾郎の方を見るもパッと目をそらされた












え、この人本当に私の兄なんですか・・・?











妹の生命の危機なんだからどうにかしてくれと言う私の望みは儚く散ってしまったらしい














「幸村、が痛がっているみたいだぞ」











しかし救世主は近くにいた




幸村さんと一緒に登場した、帽子を被った少年(?)が怯える私を気遣って幸村さんに声をかけてくれた

その言葉に幸村さんは謝りながら、腕を離してくれた






滝先輩と違って意外と優しい・・・?いや、しかし騙されちゃいけないぞと自分に言い聞かせる

ここで油断してはいけないと本能が告げている












能ある鷹は爪を隠すとよく言ったものだ












私は離された腕をさすりながら横目で吾郎を睨みつけた

吾郎はあからさまに口笛をし、目をそらしながら私の目を見ようともしなかった














そんな吾郎に殺意を覚えながらもう用事も終わったし帰ろうと踵を返そうとする

しかし、幸村さんから呼び止められ、その足は止まる








何事かと思って、幸村さんのほうを見ればなんともいえない顔をしている







「赤也が君に失礼な事を言ったみたいだね」





「嫌な気持ちにさせてしまったな。すまない」










「あ〜、いや、別に・・・」









幸村さんと帽子少年がすまなそうな顔で私に言ってきて、どうしたら良いか分からない

というか、周りの目が痛すぎてそっちの方が気になってしまう。
もう別に気にしていないから早く帰らせて欲しい










幸村さんはワカメのほうに振り向くと、先ほどより少し低いトーンの声でワカメに話しかけた








「ほら、赤也もちゃんと謝って」





「で、でも幸村部長!!」







謝りたくないのか、幸村さんに抗議の声を上げるワカメ

確かに好きになった女の子が男だったことで傷心している上に、さらにムカつく女に謝るのは嫌なんだろう







そんなワカメを見て、幸村さんはさらに微笑みを深くした。その笑みにテニスコートの外にいた女子は更なる歓声を上げる















「謝るよね?」











(((((怖っ・・・・!!)))))








今、あの笑みに騙されなかった人たちの気持ちが一つになったような気がします

だってすごく笑顔で疑問系のはずなのに、疑問系に聞こえないと言うマジックがありましたよ



それに気付いていないのか、テニスコートの外の女子はキャーキャー言って騒いでいる












事実を知らないということも、時には幸せなんだと思う













ワカメもさすがにあの笑顔には逆らえないのか、私の方を見ると小さな声で言った










「・・・悪かったよ」










なんだか少しワカメが可哀想だと感じつつ、用事も終わったことだし帰ることにしようと思う









「では、私は失礼させて頂きます」








?!ちょ、ちょっと待って。えーと、封筒、封筒・・・」










吾郎も書類を届けにきていたのか、どこから取り出したか分からない鞄の中から茶色い大きな封筒を取り出して幸村さんに渡していた

私はといえば、そんな吾郎を待つはずもなく柳生さんやら外国人少年やらに頭を下げてテニスコートから出て行こうとしていた

















出て行くときに銀髪少年と目が合った瞬間彼の片方の口の端がつり上がったのは勘違いだと思いたい
















このままゆっくりとした足取りで歩いていれば、絶対吾郎に追いつかれると思った私はテニスコートを出た瞬間に猛スピードで走った

本当は吾郎に追いつかれると思っただけじゃなくて、テニスコートから出たときの女子達の目が異様に怖かったのも理由にある














あれはテニスコートから出た瞬間、ぶっ殺すというオーラが出ていた













いつもは妬みあっている女子の心を一つにしてしまったみたいだ



信じたくないが、私は氷帝だけでなく立海の女子も敵に回したらしい

なんで望んでもないのに敵がこんなに増えていくなんて、あまりにも理不尽すぎる









沈みゆく夕日の中、駅まで走った私は少し涙目だったかもしれない















これから監督におつかいを頼まれても絶対断ることにしよう、そう心に誓った今日この頃


そして、












テニス部には美形・変人が多いことをあらためて知った一日となった













  











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(2007・05・26)