違う、といってもだれも私の言葉には耳をかたむけてくれないどころかこちらを見てくれることさえなかった。皆が見ているのは私の兄、だけで私の存在は兄のおまけというだけの認識しかしてもらえない。
血が繋がっていなかったら吾郎は私を相手にはしない、らしい。
吾郎がいなかったら誰も私の友達にはなってくれない、らしい。
すべて周りから言われ続けた言葉で、段々と私はこの言葉を真実だと思うようになっていた。誰も、誰一人として私自信の存在なんて認めてくれない。
そんなこと言われなくても、自分でも分かっていた。
私は吾郎のおまけだということを。
彼は私とは違い社交性だってあるし、私とは違い平凡な容姿をしているわけではない。だけど、吾郎は誰よりも私を可愛がってくれていた。
吾郎は私のことを一人の存在としてちゃんと認めてくれていて、周りの人間はどうであれ仲の良い人間は吾郎と同じように私のことをそうやって認めてくれていると思っていた。
だけど、それがただの勘違いだったということに気づいたのはいつのことだっただろうか。
遠い昔のことのようにも思えるし、最近のことのようにも思える。でも、その記憶だけは確かに存在していた。忘れたくても忘れるわけにはいかない記憶。私にとってつらく悲しい記憶は今の私の中に根付いている。
自分が吾郎のおまけだということを、分かってはいても認めたくない事柄を認めざるを得なかった記憶。
「あんたは吾郎さんの、おまけでしょう?」
何がそんなに面白い。そんなに笑って、そんなことを言わないで。
幼い声が、発する言葉はとても重く、そして、とても痛々しい、ものだった。
「……っ!!」
朝から最悪な目覚めに鳴り響いていた目覚まし時計を思いっきり叩いてしまった。それでもただ叩いた音がいつもより盛大に響くだけで目覚まし時計はびくともせずに、ただその鳴り響いていた音を止める。
不愉快にも流れていた汗をぬぐい、少しだけ乱れていた呼吸をただそうと、吸ってはいてを何回か繰り返した。
嫌な夢。
思い出したくもない記憶が徐々によみがえりそうになり無理やり思考を違うことに変える。しかし、それでも中々朝起きたばかりの頭ではいきなり思考を変えることなんてできなかった。思い出させる記憶たち。
どうして、なんて声はでなかった。
最近ではこんな夢みていなかったはずなのに。いや、もしかしたらだからこそこの夢をみたのかもしれない。
あのときのことを忘れずに、いるために。そして自らの身の程をちゃんと自覚させておくために。だからこそ今日久しぶりにあの夢を私は見たのかもしれない。
あの時のことを思い出すたびに痛む胸は、自らの心を戒める。自分という存在がいかに小さいものかということを。
しかし、こんな夢をわざわざ見せられる必要もなく私はちゃんと身の程をわきまえている。
自分の立場を忘れたわけでもないし、これからも忘れるわけではない。勝手に期待して、あんなつらい思いを強いられるなんてこともう体験したくない。
私は"彼"のおまけの存在で、私は彼の妹だからこそ存在を認められる。
(……こんな夢見たくなかった)
米神を流れてきた汗をぬぐい、私は少しの間ベッドの中で唇をかみしめていた。大丈夫だと、自らに言い聞かせながら。
早く起きて朝食を作らないといけないとわかってはいても、中々私の体は動こうとはしてくれなかった。
言うことをなかなか聞いてくれない重い体を引きずるかのように学校へと向かう。唯一の救いは今日、テニス部の朝練がなかったことだろう。あんな夢を見たせいなのか、そうでないのかでは分からないけれど体調が芳しくない。
朝食だって作ったもののほとんど手はつけられなかったし、それに学校につくまでに何回吐き気がこみあげてきたことか。
これなら大人しく学校を休めばよかった。いや、でも私が休むとなると吾郎も俺も一緒に休むなんて言いだしそうだし、それはそれで困る。
それに、誰かに心配をかけるのは嫌いだ。私が我慢するだけで済むのなら、私は我慢するほうを選ぶ。
「気分、悪っ…」
口元を手で押さえながら教室ののドアを開けば、いつもと変わりのない光景がひろがる。挨拶をしてくれるクラスメイトに、悟られないように笑顔をつくり、私も挨拶を返していた。
内心気分が悪くて死にそうだなんて、きっと誰一人気づくことはない。それに気付かせるわけにはいかない。
重たい荷物を自分の机へと勢いよく置いて、私は席へとつく。
既に隣の席には日吉が座っていて、静かに本を読んでいたけれど私に気がつくと顔をあげた。
「おはよう」
いつものごとく声をかける。しかし、日吉からは返事が返ってこずその代わりに日吉は眉を寄せた。
え、何コレ?朝から顔見せてんじゃねぇよってこと?
なにやら不機嫌そうな表情の日吉。今日は話しかけるのも億劫な私は、ヘラッと笑みをうかべたあと鞄の中のものを机の中へとうつす作業へとはいった。でも、なんで日吉はこんなに不機嫌そうなんだろうか。
朝から忍足先輩でも見たのかもしれない、と思ったけれど日吉は私と目が合った瞬間にさらに眉間に皺を寄せて、先ほどよりも不機嫌そうな表情をつくる。
どうやら不機嫌そうなのには私に理由があるようだけど、私にはまったくでも身に覚えはまったくもった微塵もない。
昨日の部活だって特に日吉に何かをしたわけではないし、帰りには普通に挨拶をかわしていたはずだ。それがなぜ?考えても答えがでることはなく、頭の痛い私は早々に考えることをあきらめた。
「大丈夫か?」
やっと声をだした日吉に、私は視線を向ける。思ってもみなかった言葉に首をかしげ、日吉の様子を窺う。だって、言葉の意味が良く分からない。普通、おはようと言ったらおはようと返されるものじゃないだろうか。
「なんで?」
「……あまり顔色が良くない」
日吉に言われて自分の顔をペタペタと触る。そんなことをしても鏡を見ない限り自分の顔色なんて分からないものだけど、でも顔色なんてあまり変わっていないと思っていた。
今までも気分が悪くても、隠そうとすれば隠せていたし、そんな時見た自分の顔色はまったく普段とかわっていなかった。
今だってきっとそこまで分かるほど顔色が変わっているとは思えない。
「大丈夫。朝食食べ忘れただけだから」
誤魔化すように笑って答えた。人に心配させたくない、と思えば咄嗟にそんな嘘が口から出ていて日吉は「そうか」と言って私から視線を外した。
見た目とは反して、日吉は凄い良い奴だ。
まぁ、見た目と反してなんて言い方は失礼きまわりないけれど、でも目つきは悪いし話し方もきつい日吉はよく日吉を知らない人からは冷たい人だと思われているらしい。
これもどこで仕入れてきたのかは知らないけれどりりんからの情報だ。
……何気にりりんは情報通で、だからこそ少し恐い(りりんだったら笑顔で人を脅しそうだ)
「ありがとね、日吉」
「別に。」
私の言葉に日吉はそっけなく、言葉を返す。しかし私の心はじんわりと暖かくなっていた。しかし、だからと言って私の体調が良くなるわけでもなく結局気分は悪いままだった。
学校中にチャイムが鳴り響き、先生が少し遅れて教室へと入ってくる。悪気のなさそうに謝る先生の態度もいつもと変わることがない。
朝のホームルームも先生の話なんて頭の中になんて入ってくることがなくずっと俯いたままただ時間が過ぎ去るのを待ってはいるけれどこういうときに限って時間が過ぎ去るのはとても遅く感じてしまう。
ふと、りりんと途中視線があったけれど、りりんは私の顔を見るなりすぐに前を向いてしまった。小さく手をふってくれたって、先生にばれないと思うのに。
少々薄情なりりんの態度に寂しさを感じながら私は手で頭を支える。ズキズキと痛みだす頭。
あぁ、もう。
こんなことなら吾郎なんて無視して休んでしまえばよかったかもしれない。
ぼんやりとする頭の中、私はただただ先生に視線をやりこの時間が過ぎ去ることを願っていた。
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(2009・04・01)
サイト2周年ありがとうございます!これもすべて皆様のおかげです。ここから本編はシリアスまっしぐらだと思いますがお付き合い頂けると嬉しいですv そしてシリアス突入に合わせて書き方も変えてみました。というか、平凡復活と同じような書き方になってますが……こちらのほうが私が書きやすいんですが見にくいって方がいらっしゃったら直しますのでご報告頂けると助かります><
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