平凡な日々
〜怪奇ピンクデジカメの謎・2〜
「気持ちとしては今すぐ忍足先輩を殴ってやりたい気持ちでいっぱいです」
小さい子が遊具で遊んでいるのを遠目に、
忍足先輩とともにベンチに座った私は忍足先輩のほうを見ずに言った。
そりゃもうこれでもかというほど気持ちをこめて。
そのニヤニヤとムカつく笑みを今すぐ殴り飛ばしてやりたい気持ちが公園につき、
お姉さま方からの痛い視線から解放された今でも消えることはない。
あぁ、本当。殴らせてくださいませんか?
たぶんこれが私のことを知っている人じゃなくてただの赤の他人だったら
私了承を得ずに殴って逃げているに違いないと思う。
でも、忍足先輩は私の一応先輩でもあるからここまで抑えられているんだろう。
まぁ、それもかなり細い糸で抑えているのでちょっと何かあればすぐにプツンッと切れて殴りかかってしまいそうではあるけど。
「堪忍なぁ」
「謝ってすむ問題じゃありませんよ。私が道の真ん中で刺されたらどうするつもりなんですか。
言っておきますけど、そんなことになったら呪い殺してでも忍足先輩も道連れにしますからね」
「う、ううん?めっちゃ言っとること怖いんやけど?」
「今のは嘘偽りのない本音です」
私の言葉に忍足先輩は引きつった笑みを浮かべながら冷や汗を流している。
しかし、本音なので仕方がない。
本来なら忍足先輩に言うつもりはなかったけれど、
あんなむかつくニヤニヤとした笑みをうかべている忍足先輩を見ていたらポロっと口が滑ってしまっていた。
あぁ、本当に言うつもりはなかったんだけど。
「で、忍足先輩は何してたんですか?ひまじんですねぇ」
「……まだ俺何も言うてへんのやけど」
「私に話かけてきた時点で暇人決定ですから」
というか、私も会った瞬間に逃げ出せばよかった。
本気で逃げだそうとしたものの、忍足先輩に敵わなかったことが悔しすぎる。
これでも一応男だし、テニス部だし、
私との力の差は歴然としているかもしれないが明日から少しずつ鍛えることにしよう。
今度こんな場面にでく渡したときには絶対に逃げ切ってみせる。そりゃ、もう絶対に。
忍足先輩の腕をへし折る覚悟で逃げてやる(…実際はそんなことはできないし、するつもりはまったくないけど)
「でも、あそこにおったんがちゃんやなくて他の女の子やったら話かけとらんよ」
「なら、私も無視してくださいよ。切実に!」
「そない泣きそうな顔せんでも…!」
泣きそうな顔なんてしているつもりはない。けれど、泣きたい気持ちでいっぱいではある。
本当に切実に話しかけてもらいたくなかった。
ただでさえ視線を集めている忍足先輩。
そんな先輩に話しかけられる人がまだ美人な人だったら周りにいた人たちもあんな視線を向けなかったことだろう。
でも、私相手ではそうはいかない。
見た目平凡。もちろん中身平凡な普通の人間なのだ私は。
そんな人間相手に美形(あまり認めたくはない)な忍足先輩がかまえば
周りがどんな視線を向けてくるかなんてどんなに馬鹿でアホで、部員からひどい扱いをうけていようともそのくらいわかるはずだ。
なのに!なのに!鬼か、この人は!
「まぁ、その俺も悪かったわ。堪忍なぁ」
「誠意がたりません、土下座してください」
「……ちゃん、俺のこと嫌いやろ?」
「あ、今気づきました?」
今までにない笑顔で忍足先輩に言う。
忍足先輩の口端がひきつっていたがそれは見間違いではないと思う。
まぁ、忍足先輩のことは嫌い、というわけではないかもしれない(いまいち確証はもてない)
私のそんな態度に忍足先輩は片手を首元へとやり、はぁと溜息をひとつ零した。
「分かった、次からは気をつける」と、真面目な口調で隣で言われ私はそうしてください、と返しておいた。
「それに折角ちゃんに会えたのに周りに邪魔されんのも、嫌やしなぁ」
「忍足先輩なにしてたんですか?」
「(……)今度、従兄弟がこっちに遊びにくるらしくてどこ連れていってやろうか思うてな」
「忍足先輩の従兄弟、ですか?」
忍足先輩の従兄弟と言われ、良いイメージが浮かばないのはなぜなのか。
もちろん原因は隣にいるこの人物のせいなのだけど。だけど忍足先輩の従兄弟と言うくらいだしあまり期待はできない。
類は友を呼ぶ。
忍足先輩や跡部部長や、氷帝テニス部を見てきて学んだことだ。
中には例外もちらほらいるが、果てしなく少ない。
「ちゃん、眉間にしわ寄っとるで」
「忍足先輩を相手にしているときはいつものことですから気にしないで下さい」
「ほんまに、ひどいな…」
がくんと肩をおとしている忍足先輩を横目に私は忍足先輩の従兄弟の想像を取りやめた。
これ以上考えても良いイメージなんて浮かんではこない。
それに、忍足先輩の従兄弟がこちらへ遊びに来ようとも私とは関係ないし会うことも絶対にない。
万が一あったとしても、今度こそ忍足先輩から逃げ切ってみせる。
「従兄弟さんは何かしてるんですか?」
「あぁ、従兄弟の名前謙也って言うて俺と同い年なんやけどな、同じテニス部入っとる」
「……へぇ」
「なんや、浪速のスピードスターって言われとるらしいで」
浪速のスピードスター……?
これはさすがに何と言うか、残念な異名と言っても良いんじゃないだろうか。
さすがに忍足先輩に従兄弟さんの異名残念ですねとは言えないがそう思ってしまうのも仕方がないような名前だ
(一度も会ったことがない人のことを酷くは言えない)
(忍足先輩の異名だった日には即口に出していたと思う)
浪速の、まではわかる。それにスピードも。
でもスターは関係なく…ない?
他には何かなかったのか、というかそういう風な異名で呼ばれて本人は気にしていないのかが知りたい。
本人が気にしていないなら別に良いが、
ちょっとそこらへんを忍足先輩の従兄弟さんにじっくり聞かせてもらいたい。
「まぁ…その…なんて言ったら良いかわかりませんけど、おも……素敵な異名ですね!」
「今、面白い言おうなったやろ」
「……さぁって、雑談はここまでにしておきましょうか!」
「話の逸らし方が白々しすぎる」
呆れたような視線をこちらにやる忍足先輩を半ば無視する形で私は立ち上がる。
思えば、私はまだ買物の途中で夕食の準備もしなくてはいけない。
あとは帰ってきた吾郎に写真のことも言及しなくてはならない。
本来ならりりんにも問い詰めて聞きたくところではあるけれど、
りりんは怖いのでここは吾郎だけを責めることにする。
触らぬ神にたたりなし。りりんにはその言葉がぴったりとあう。
「じゃあ、私夕食の準備があるから帰ります。今度から学校以外で会っても絶対に話しかけないでくださいね。」
「堪忍なぁ、それは約束できひんわ」
全然、「堪忍なぁ」とは思ってないような顔で見上げてくる忍足先輩。
押さえろ、私。
殴ってはいけない、と自分自身に言い聞かせてなんとか殴りたい衝動を抑える。
引きつった笑みをうかべながら、「また学校で」と言えば忍足先輩は
先ほどの街中での行動からは考えられないほどやけにあっさり、ばいばい、と言って手を振ってきた。
それなら最初からそういう態度をとってくれ!
声を大にしてお願いしたい。
先ほどのあの痛い視線に囲まれたときにそういう態度をとっていてくれたなら、
私はあんな目に合わなかったのに。
怖いお姉さま方ににらまれるなんて体験、もう何回もしてきたが
(哀しいことにすべてテニス部員といる時)何回体験してもその視線に慣れることはない。
これからも慣れようとも思っていないので、テニス部員には全員私への態度を改めてほしい。
手を振る忍足先輩にもう一度頭を下げて私は踵を返して歩き出す。
夕食の買い物をして、家に帰るまでの間少し周りの視線にびくびくなったけれど
後ろから刺されるなんてことはなかった。
本当に良かった。家についた瞬間に心の底から安堵の息を吐くことができた。
しかし、まだ解決していない問題がある。
お風呂を洗ったあと夕食の準備へととりかかる。
丁度味噌汁の具を入れたところでガチャリ、と
玄関のドアが開く音に気づきエプロンをつけたまま帰ってきた吾郎の前へと立った。
靴を履き替えている吾郎が上目づかいで
「うわぁ、がわざわざ玄関まで来てくれるなんて!新婚さんみたい!」
なんてふざけたことを言っている言葉は無視して、私は一つのデジタルカメラを吾郎の前へと差し出す。
オプションはとびっきりの笑顔、だ。
デジタルカメラを出されて何か気付いたらしい吾郎の表情は先ほどとは打って変わり少しひきつったようにも見える。
「さぁ、どういうことか説明してもらおうか?」
「……えへっ!」
少しの間呆然としていた吾郎が誤魔化すかのように笑みをつくり、
その表情を見た私は表情は依然として笑顔のまま米神に数本の青筋ができていた。
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(2009・03・20)
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