「……へぇ」
あまりにも現実離れしたことに、私の口からは言葉を成さない音だけがこぼれ出るだけだった。
ヴァリアーというボンゴレ独立暗殺部隊なんてもの、そもそもマフィアという存在も自分の中では想像上のものなのに、そんな部隊があると聞かされてもなんといって良いのかわかるわけがない。
しかし、ロマーリオさんから話を聞いてやっと色々と整理がついてきたかもしれない。
まだ、わからないことはあるけれど先ほどのパンクしそうな頭の中と比べたら全然綺麗に片付いていることだろう。だが、こうやって聞かされると改めて大きなことに巻き込まれた、ということに呆然とせざるをえなかった。
今回だけは、巻き込まれてやろうと、思っていた。でも、今回だけ、になりそうにないのは私の思い違いなんだろうか。
今から起こる出来事に片足でも突っ込んでしまえば、そのまま巻き込まれ続けるんじゃないかという思いが私の中に芽生える。
10日後に再び現れるらしい、あの銀髪の人とその仲間たち。その人たちが狙っているリングは今ツナたちが持っている。ボンゴレの家宝とも言えるリングを手渡されたツナたちは多分だが、もうボンゴレから逃れられる気がまったくもってしない。
そして、私自身も。
リボーンは本気で一般人である私をマフィアにしようとしているのか。今までそんなこと言われても頭の片隅では冗談だろうと思っていたのが事実だ。だって、私なんかをマフィアにしてどうする?
戦いもできない、頭だって普通の学生となんら変わりはない。
怖いものもあるし、怯えることだってある。
未だに私に利用価値なんてとてもありやしないと思うのに、こんな話を聞かせたということはそう考えても可笑しくはないはず。だって、こんな血生臭い話、関係ない人間にあのリボーンがするわけがない。
これは紛れもない事実で、冗談や嘘なんかどこにもない。
冗談であって欲しい、嘘であってほしいと私がどんなに願ったとしてもそんなもの今聞いた話の中には一つもありやしなかった。
最強と言われる暗殺部隊が、ツナたちの持っているリングを奪いに来る。
それには、もしかしたら殺されるかもしれないという危険性がある。
このすべてが紛れもない真実で、現実ではありえないとは思いながらも私はそれを信じることしかできなかった。だって、この前の出来事がこの話が真実だと語っている。
あの銀髪の男の強さはツナや獄寺、山本さえも叶わない力の持ち主だった。
そんな奴が何人もやってくるなんて、今の私たちにはもちろん勝ち目なんてものは一パーセントも存在しない。
私はあと一歩のところが踏み出せずにいた。いや、嘘じゃない、冗談じゃないからこそ、私はその一歩が踏み出せずにいる。
獄寺も山本も、あの銀髪を倒すための特訓を、と言って走り去っていった。けれど私にはそんな勇気一欠片さえ持つことはできなかった。
強くなりたいとは思ったけれど、相手はマフィアの、それも最強とうたわれる暗殺部隊。私はそんな相手に戦う術も持たない、ただの中学生だ。
この前、目の当たりにしたあの銀髪は私とは比べようもないくらいに強い、ものだった。そんな相手を前にして、私に何ができる?殺されるかもしれない、と思うと純粋に恐怖がこみ上げてきて体もふるえそうなのに、私なんかに何ができるというんだろうか。
(何も、できるわけがない)
どんどん暗くなる思考にまるで目の前が真っ暗になったようにさえ感じてしまう。多分このまま関わっていたら、これから先これよりも危険なことに巻き込まれてしまう可能性だってあるに違いない。
自分が殺されるのも人が死ぬのも怖いと思っているような私にリボーンはどうしてこんな話を聞かせたんだろうか。
指先が震えている私に彼は何を求めるというのだろうか。
両手で顔を隠して、下を向く。そんな私にロマーリオさんは何も言ってこずにただただ窓の外へと視線をやり、遠くを見ているだけだった。
(怖い、な)
もしも私が力を持っていたらそんなこと思わなかったのだろうか。いや、先ほどのツナだって私となんらかわりなく恐れている様子だった。
でも、ツナはどんなに嫌だと思っていてもあいつらが来ると決まった以上逃げることなん出来やしないんだろう。それがどんなにツナが知らなかったとしてもツナがボンゴレの10代目のボス候補だということに間違いはない。
しかし、私は違う。
私は一般人で優しいツナのことだから、私は関わりたくないと言えば彼は何も言わずリボーンが何を言ったとしても私を巻き込むようなことはしないだろう。だけど、本当に私はそれで納得できるんだろうか。
獄寺や山本はもう特訓へと向かった。ツナだってすぐに特訓を始めるんだろう。
それなのに私一人だけ逃げることを決めて、関わらないと決めて、普通の生活に戻って、それでどうする?ツナたちが傷つく姿をただただ何も知らずに、これからものうのうと生活していくんだろうか。
あぁ、でも。
そんなのは嫌だな、
私の知らないところで彼らが傷ついて私は何も知らないだなんてそんなの耐えられない。あの時だって、そうだ。ツナたちが黒曜中に行くと言った時、私はすぐに覚悟をすることができなかった。
知らないふりをしようとさえした。その結果が、あれだ。
ツナ達は傷ついて、骸さんや犬くん、千種くんという大切な人たちの居場所を奪った。
あの時何もできなかった自分に散々泣いて、苦しい思いをしたのに私はまたそれを繰り返してしまうんだろうか。
思えばツナ達だって私とはなんらかわりのない中学生だ。なのに彼らは、無謀にも10日後にやってくる敵と戦おうとしている。なのに、私は本当にただ怖がるだけで、無理だと決めつけて、逃げ出しても良いの?
骸さんたちとのことがあったあの日に決めたことは、覚悟もないウソだった?
誰かを守るために強くなりたい。
今だって、殺されるかもしれないという恐怖に押しつぶされそうだけど、でも、やはり私は大切な人たちを失いたくはない。もう、一度失っているからこそ尚更そう思う。骸さんたちのように、望んでもない別れの仕方をツナたちと私は絶対にしたくないし、するつもりもない。
自分の居場所、それをこれ以上壊したり、壊されたりするのは絶対に嫌だ。
下げていた顔をあげて、ロマーリオさんをみあげる。ロマーリオさんが私の視線に気づいたのか窓の外へやっていた視線をこちらへと向けた。その瞬間にドアがノックされて話が終わったんだろうか、ディーノさんが部屋へと入ってくる。
その傍らにはリボーンがいないところを見ると、ツナを連れてどこへと行ったんだろう。
多分、今から学校なんてこと関係なく特訓ができる場所へ。私も時刻はもうすぐ学校の始まる時間だったけれど、学校へ行こうとは思わなかった。彼らにやるべきことがあるように、ここでロマーリオさんから話を聞かされた私にもやるべきことがあるはず。
何かを言おうとするディーノさんを遮るかのように私は立ち上がり、ディーノさんを見据えて「私のやるべきことを教えてください」と言葉を紡いでいた。
私の言葉を聞くなり、二人は眼を丸くして私のほうを凝視した。それを見て、私はもう一度はっきりと告げた。
「私のやるべきこと、教えてください」
ディーノさんの視線がするどくなり、真剣なものへとかわる。
「お前が関わろうとしているのはマフィアの、裏の世界のことだ。それでも、知りたいか?」
低い声で告げられた言葉は暗に関わるな、と言われているような気分だった。いつもとは違い、雰囲気が違うディーノさんに私は震えそうになった掌を力一杯握りしめる。
もう何回も自問自答を繰り返した。もう後戻りはできないかもしれない。殺される可能性だってあるかもしれない。
だけど、私は決めた。いや、だからこそ決めたんだ。そんなところへ身を置く、ツナたちをほおっておくことは私にはできない。
彼らの居場所は私の居場所でもあるから私も彼らと一緒にそれを守りたい、と思った。
「マフィアなんて世界私は知りません…でも、私も守りたいんです」
「…嬢ちゃん」
「だから、私のやるべきこと教えてください」
もう一度はっきりと告げれば、ディーノさんは真剣な表情から口端をあげて、笑った。ディーノさんが首へと片手をやりながら、視線をそらし「ったく、本当にリボーンの人選にはぬかりなしだな」と呟けば、ロマーリオさんも「あぁ」と言ってうなづいていた。
話の展開が私にはつかめないのだが、やはりディーノさんとロマーリオさんはボスと部下ということか、しっかりと会話ができているようだ。
「じゃ、とりあえず俺と一緒に行くか」
「は?」
ディーノさんの突然の一言に、声をあげればディーノさんは私のことなんておかまいなく手を引っ張って歩き出した。ここで幸いだったのがロマーリオさんが一緒にいてくれたことだろう。もしここにロマーリオさんがいなかったらディーノさんのドジっ子っぷりに私まで巻き込まれていたはずだ。
ディーノさんのあのドジっ子っぷりは間違いなく他の人だったら死んでるんじゃないかと思うことも多く、私だったら死ぬ。確実に死んでる。
だから、ロマーリオさんがいて良かったとは思いつつも突然のディーノさんの行動には驚かずにはいられない。
いや、本気でこの人どうしたの?私のさっきの真面目な一言はこれはもしはスルー?
かなり覚悟を決めての一言なのにする―とはひどすぎる。そう思ってはいても年上の人を相手に手を振り払うことなんてできるわけもなく私はディーノさんに大人しくついていく。
そんな私に気づいてか「俺もここにずっといるわけにはいかないんだ。悪いが話は歩きながらな」と苦笑交じりに言われ、私はどこへ行くかも分からないまま「はぁ」と何とも頼りない返事を返しておいた。
……とりあえず、スルーではないらしい。
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(2009・07・05) 感想が原動力になります!→ 拍手
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