病院をディーノさんとロマーリオさんとの三人で出る。既にいないリボーンとツナのことを聞けば、特訓に向かったらしい。なんとも特訓という響きに嫌な思い出しかないせいか乾いた笑みと共に冷や汗しかでてこずに、思わず成仏してね、ツナと呟いてしまった。しかし、今までのリボーンの特訓を思い出すと仕方がない話だろう。
現にツナなんて入院したこともあるし、今頃死にそうになっているんじゃないだろうか。
(……すっごい、心配になってきた)
いや、でもツナのことだから大丈夫。だって、あのツナだ。言い方は悪いが、なかなかツナはしぶとかったりするし、なんだかんだ言いつつも特訓をこなしているはずだ。今はそう信じて、私もやるべきことに集中させてもらうことにしよう。
ごめん、ツナ。今の私には自分のことで精いっぱいで他のことを気にかける心の余裕なんてほとんどない。あまりに自己中心的な考えに、自分で自分が嫌になるが、これは事実だ。
先ほどの話と、自分のやるべきことを考えるだけで頭の中はパンク寸前で、とてもじゃないが他の人のことを気にかけることなんてできなかった。
僅かに噛みしめた唇の力を抜いて、隣を歩いていたディーノさんを見上げた。
「それで、今はどこに向かってるんですか?」
「あ、並中だぜ?」
平然と言いきったディーノさん。病院を出るまでに聞いたディーノさんの話は晴れの守護者は笹川さんで、コロネロくんというこれまたリボーンと同じアルコバレーノが師匠としてつくこと。山本と獄寺はそれぞれの師匠を見つけてくるだろうということ。そして、最後に。同盟ファミリーのボスであるディーノさんは戦いに参加することはできない、その代わりに誰かの師匠として手助けしてくれるということだけ。
ディーノさんが守護者として戦えないことは非常に残念だ。多分、ツナもそのことを聞いた時思いっきり顔をしかめたことだろうと思う。
だって、部下がいなければただのヘタれでしかないけれど、部下のいるときのディーノさんは本当に強い。
(まぁ、部下がいないと、ってところがネックになるかもしれないけど…)
「今はディーノさんが教える生徒のところに行ってるんですよね?」
私の問いにディーノさんは笑顔でうなづいた。ついでに「雲の守護者らしいぜ」という言葉を付け加えて。
しかし、どう考えてもツナには失礼だが並中にこれ以上ツナと仲が良さそうな人なんて思い浮かばない。まさか京子ちゃんやハルちゃんたちなわけないだろうし……他に並中にツナの知り合いで雲の守護者としてぴったりな人なんていただろうか。
なにものにもとらわれず我が道をいく浮雲
まさか、そんな風に例えられるような人がいるとは思えない。それも並中ってことは中学生ってことだろう。しかし、まぁ。これだけ聞いてみるとなんとも我儘というか、一人が好きそうな守護者だ……って、うん?なんだか思い当たる人物が一人浮上してきてしまった。
けれど、あの人のはずがない。
そうだ、確かに先ほども強い人と聞いて想像はしてみたが実際にあの人に守護者なんてできるわけがないだろう。ただでさえ群れたがらない人なのに、今回の戦いに参加するなんてありえないに決まっている。どんなにその人物が戦い狂であったとしてでもだ。
……だが、万が一ということも無きにしも非ず。
もしかしたら、あの人が関係しているかも、しれない。
「それで……えっと、その生徒さんって結局ど、どなたなんですか?」
少しだけ震えた声色にディーノさんは気づくことなかった。私の気持ちなんて露知らず男らしくきっぱりはっきりと言い放ってくれた。そりゃもう、こっちがすがすがしい気持ちになるくらいに(……いや、正直清々しい気持ちになることはなかったが)
「雲雀恭弥。だよな、ロマーリオ?」
「あぁ、ボス。なかなかの問題児らしいな」
(なかなか、なんてもんじゃないですって)
ハハッ、ボスにそんな奴の家庭教師が務まるのか?なんて笑っていらっしゃるロマーリオさんに苦笑で返しつつ心の中では突っ込んでおいた。
あの人は問題児のさらに上をいく問題児だ。っていうか、問題児の一言で済ませられるような人物ではない。そんな人の家庭教師をしなくてはいけないディーノさんに憐れみの視線をやりながらも、少しだけ自分の今後について嘆いた。
やっぱり、帰りたい。そう思ってしまう自分は決して弱い、というわけじゃない。いや、帰れるんならどれだけ罵倒されたって良いかもしれない。
だけど自分で決めたことだから。
ディーノさんにやるべきことを聞くまで私は帰るなんてことは絶対にしない。まぁ、ディーノさんが並中に着く前までに私のやるべきことをすべて話してくれたら即刻並中から遠ざかることもできて問題解決なんだけど。
だって確実にディーノさんが雲雀さんの家庭教師をやることになったなんて雲雀さんが知ったら、トンファーを取り出すことは分かりきったことだ。多分、リボーンのことだから雲の守護者にすることも勝手に決めたことなんだろう。何も知らない雲雀さんに急に話しかけるディーノさん。
その情景が考えなくても頭の中に浮かんできて、冷や汗が流れた。
「(……帰りたい)」
ディーノさんが話しかけたあと、きっとすぐさま雲雀さんは攻撃をしかけること間違いなしだ。ロマーリオさんが一緒にいるからディーノさんは大丈夫だと思うが、問題は私。近くにいようものなら二人の巻き添えをくらってしまう。
「そう言えば、リボーンがはそいつと知り合いって言ってたな。」
「まぁ、知り合いというか……赤の他人以上知り合い未満くらいです」
「なんだそりゃ?」
そう言ってディーノさんは首をかしげたけれど、まったくもって一字一句間違いのない私と雲雀さんの関係だろう。友達でもないし、これといって仲が良いというわけでもない。いや、むしろ私と雲雀さん仲が良いんですよ(ほし)なんて言おうものなら雲雀さんに一瞬の猶予をもらえることなく咬み殺されてしまうに違いない。
「委員会の先輩?です」
「嬢ちゃん、疑問系になってるぜ」
「それに学校が違うだろ?」
「いや、それは…」
まさか脅されちゃいました、なんていえるわけがなく曖昧に言葉を返しておいた。
***
どんなに嫌だ嫌だと思っていても足を動かしていればいずれたどり着いてしまうのが運命というものなのか。本当に由々しき事態だ。
もう並中にたどり着いてしまった。
応接室へと行くこの道を今までこんなにも長く重々しく感じたことなんてなかったんじゃないかと思ってしまうぐらいに気が重い。まぁ、今までだって進んで応接室に行ったことなんてないけど、それでも今ほど嫌だ、と思ったことはないだろう。
(…胃がきりきりしだしたかも、)
この年にして胃痛もちになってしまうとは、この場合治療代やら慰謝料やら誰に請求するべきなのか…多分リボーンなんだけど、まさかそんなことできるわけがない。
でも、イタリア一らしいボンゴレに所属しているのだからそのぐらいのお金ぽんと出してくれても良いんじゃないだろうか。イタリア一というぐらいだし、結構お金を持ってそうだし(……こんな風に考えちゃうところが庶民なのか)
慰謝料欲しいなー、っていうか、帰りたいなーなんて現実逃避をしていればそんなに広くない並中。応接室へとはすぐにたどりついてしまった。
応接室への距離が長く感じはしたものの、もちろん距離が遠くなっているわけでもないのだから当たり前なのだけど応接室のドアの目の前に立てばそんな風には思えない。
もっと距離を遠くに作ってくれれば良かったのに、と思わず思い違いな思いまでぶつけてしまいそうになる。
だけどディーノさんは応接室のドアの前へとくると、躊躇した様子も見せずにドアをあけた。
私はひっそりと入っていたディーノさんの様子を見守る。入ったすぐに喧嘩へと勃発した様子は見られないからひとまず、ホッと息を吐いた。ロマーリオさんもディーノさんの後に続き応接室へと入って行ったけれど、いつ喧嘩になるか分からないような室内に私が入っていけるわけもなく、応接室の外から中の様子を見守ることにした。
「おまえが雲雀恭弥だな」
「……誰……?」
「オレはツナの兄貴分でリボーンの知人だ。雲の刻印のついた指輪の話がしたい」
話がしたい、と言って素直に雲雀さんが話をしてくれるんだろうか。それもリボーンの知人だなんて言って雲雀さんが黙っているはずがない気がした。もちろん、私の嫌な予感は今のところ絶好調で当たっており今回も悲しいことにあたってしまう。
「ふーん、赤ん坊の……」
雲雀さんが口端を僅かにあげる。じゃあ強いんだ、とこちらを向いた雲雀さんを私は直視できずに、咄嗟に視線を外した。この人、絶対にろくなこと考えていない。
雲雀さんの嬉しそうな表情を見れば、そんなこと分かりたくはないのに一発で分かってしまった。
「僕は指輪の話なんてどーでもいいよ。あなたを咬み殺せれば…」
(この人、咬み殺すことしか頭にないのか!)
「なるほど問題児だな」
これを問題児程度で許せるディーノさんの懐の広さに感激を覚える。一応、忘れがちだが雲雀さんは不良の頂点で、問題児なんて揶揄できるような可愛い存在じゃないだろう。ここ、並中の教師のなかでも雲雀さんを問題児ですませられる人物なんていないはずだ。
それなのに、問題児で済ませられるディーノさんはだてにマフィアのボスなんてしてないということなのか。マフィアに比べれば、中学生の不良なんてたしかに可愛いものなのかもしれない。
まぁ、それは他の不良に言えたことで雲雀さんを可愛い不良とはとてもじゃないけど思えないのだが。
「いいだろう。その方が話が早い」
……なぜか私の目に映るのは鞭を取り出したディーノさんと、雲雀さん。一瞬自分の目を疑ってしまったのは、目の前の現実を否定したかったからだ。今の流れでどうやったらそんな流れになる?いや、まぁ、私の目には明らかに勝負を吹っかけている雲雀さんの姿が目に入っていたのだが、まさかディーノさんがそれに乗るとは思わなかった
。意外とディーノさんって好戦的だったんですね、とは言える空気ではとてもなく、私はただただ息をのんでその様子をうかがった。自分が何のためにここに来たのか、その目的さえ忘れてしまいそうな雰囲気だ。
いや、でも、本当私何のためにここまで来たんだっけ…?
決して。決してこんなことに巻き込まれるためではなく、私は今自分にやるべきことを聞きにきたはずだ。それなのに、ディーノさんは未だに私のやるべきことを話してくれず、結果的に、こうして巻き込まれてしまったと言っても過言ではない。少しだけ恨めしい目をディーノさんに向けようとすれば、鋭い視線を感じて私はそちらへと視線をやった。
そこには、ディーノさんを通り越してこちらを見ている雲雀さんの姿。
あぁ、バレてたんですね。乾いた笑みがこぼれ出てしまう。
「君にも聞きたいことはたくさんあるけど……とりあえず、それはあとで聞くことするよ」
聞かれても私が言えることなんてほとんどない。むしろ、ディーノさんに聞いてください。そう思った私は間違いないはずだ。
空気扱いしていただいてかまいません
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