さすがにいつまでもバジル……くんを凝視しているわけにもいかず、私はすぐに視線を窓の外へと移した。以前もこんな風に空を眺めたような気がすると記憶を辿っていけばあぁ、あれは確か雲雀さんが入院していた時だ。
まぁ、あの時はこんな和やかな空気なんて一切なく殺伐とした、ハルちゃんの言葉を借りるならバイオレンスな空気が病室を包み込んでいて、生きた心地がしなかったけれど。
しかし、あの時と同じように見つめた先にある空は何も変わらないのに、ここ数ヶ月と言った短い間で私を取り巻く多くのものは変わってしまった。
ツナ達と出会い、骸さん達が連れて行かれて、怒涛の日々といっても過言ではないだろう。
だからといって、私は何も変わってはいない。でも、ツナ達は日々成長してふと、たまに私は置いていかれているような気分になってしまう。追いつきたい、と思う。
けれど、私なんかが追いつけるのだろうかと思ってもしまう。
卑屈な自分に嫌気がさす。今回だって何も出来なかった。帰れ、と言われた時の山本と獄寺の表情はとても悔しそうだった。けど、彼らは戦った。ただ私が見ていることしか出来なかった時に彼らは傷を負いながらもあの銀髪に立ち向かっていた。
それなのに私は、なんて無力なんだろか。あの時のリボーンに言った言葉に嘘偽りなんて一つもなくて、もっと強くないたい、と思っていたのに。
私はあの日から強くなど、なっていない。ずっとずっと弱いままだ。
私がもしもあの日から変われていたとしたら、山本や獄寺の傷だってそこまで深くなかったに違いないし、この子の怪我だってたいしたことはなかったかもしれない。
所詮は、かもしれない、と言う仮定でしかないけれど今よりもずっと状況は良かったに決まっている。
はぁ、とため息と共に肩を落として私は俯いた。下を見つめて、目をつむって手を握り締める。それで何か変わるわけではないけれど、そうしなければ耐えられなかった。あまりの自分の無力さに。
「う…、おぬしは、」
「っ!」
聞こえた声にハッとして顔をあげれば、眉をひそめて苦しそうに顔をゆがめた少年が体を起こそうとしていた。思わずそれに手を伸ばして少年が体を起こすのを手伝う。
少年が起きたことをディーノさんに知らせたほうが良いかとも思ったけれど、ディーノさんの先ほどの言葉から考えれば待っておいたほうが良いのかもしれないと思いなおした私は上げた腰をおろして、少年と向かいあった。
……見れば見るほど男の子とは思えない。確かに声は女の子にしては低いし、格好も一瞬どこのホストだよも思えるような柄シャツを来ているから男の子に見ようと思えば見えないこともない。
だけど、やっぱり自分よりも可愛い子が男の子って言うのはちょっとショックだったりする。
「えっと、体は大丈夫……?」
「は、はい、大丈夫でござる」
「そう、なら良かった」
少年の言葉にホッと息を吐くけば、少年は一瞬だけ目を見開いてゆっくりと微笑んだ。その笑みもこれまた男の子には見えないくらい儚げで、内心またもやショックを受けたことは内緒である。
「おぬしは優しいんですね」
「……は?」
「先ほど拙者を庇おうとして」
「あ、でも、あれは結局ツナが助けてくれましたし、皆は怪我を負ったりしてるのに、私一人無傷ですし」
そう、優しいなんとことは全然ない。助けたい、と思ったのもツナ達を助けたい、と思うよりも、ツナ達が傷つくところを見たくないという所詮は自己満足でしかないし、そんな私が優しいわけがない。
必死に否定の言葉を発していく私に少年は首を横にふった。
「そのようなことは……殿はあの時、拙者を助けようとしてくれた。」
「いや、そんなことは……って、えぇぇぇ、私の名前ー?!」
シリアスな場面をぶっ壊すのがどうやら私は得意中の得意らしい。先ほどの銀髪が去っていく時にも見事シリアスな場面を壊してしまったけれど、今回も思っても見なかったことに私は声をはりあげた。
目の前の少年も私が急に声をはりあげたことに驚いて目を丸くしている。そんな顔も、男の子に見えなくて……って、さっきから私何回もこれ言いすぎ!
とりあえず落ち着けと自分に言い聞かせながら思わず立ち上がってしまった私は席に座りなおした。またもや安っぽいパイプ椅子がギシリと嫌な音をたてたけれど、そんな音今の私の耳には入ってこない。
私とこの少年は初対面のはずだ。
現に私は彼の名前をここに来てからディーノさんが言うまで、私は知らなかった。それなのに、この目の前の少年は私の名前を知っている。ここに来るまで、彼が目を覚ますことはなかったし、もちろん私の名前なんて知る由もないはずだ。
なのに、何故?
私は眉間に皺をよせて、のろのろと後ろへとパイプ椅子ごと下がっていく。その動作を少年は首を傾げてみるだけで、何故私が後ろへと下がっているのか原因についてはきづいていないようだった。
「な、なんで私の名前……!」
「あぁ、親方さまから聞いておりましたので拙者はバジルと申します。」
「あ、よろしくお願いします」
バジルくんから頭を下げられて、私もそれにつられるかのように頭を下げる……自分そうじゃないだろ!つっこむところがあるだろ!
しかし目の前にいるのは怪我人で思いっきりツッコミをいれることができないのが苦々しい。深呼吸を一つしてから、なるべく声を荒げないように落ち着けせて、「あの親方様って言うのは?」とゆっくりと言葉を紡いだ。
ちなみに心の中では親方様って誰だよ!とつっこんでおいた。
バジルくんはその質問に笑みをうかべ、「拙者のお師匠さまみたいなものです」と言った。私としてはもっとふかく名前とか色々聞きたかったのだけど、これ以上追求するのも面倒くさいし、どんなに相手が私の名前をしっていようとも私はマフィアに関わるつもりもないので、親方さまのことを聞くのは諦めた。
「お、目が覚めたか」
ガラリ、と扉が開いてディーノさんは入ってくる。その後ろにはロマーリオさんだけで、リボーンはいない。どうやらリボーンは家へと帰ったらし。あぁ、ツナご愁傷様と心の中でこっそりと手を合わせながら、入ってきたディーノさんに視線をやる。
「ありがとな、」
「いえいえ、」
たかだか30分くらい様子を見ていただけであって礼を言われるようなことはしてない。しかし、バジルくんからも礼を言われてしまい少しだけ戸惑ってしまった。
しかし、私のことを殿と呼ぶバジルくん。
親方様についてはツッコミはもうしないつもりではあるが、この話し方にはツッコミをしても良いのだろうか。明らかに瞳の色や、髪の色からは日本人ではないと思われるのに話し方は立派な日本人と言うか、正しくは古風な日本人であるのだけど、見た目とのギャップがありすぎる。
でも、今更ディーノさんもいるし人の話し方なんてそれぞれ違っているに決まっているから、つっこむこともできずに少しうずうずしてしまった。
ツナ達と行動するようになって、いつもつっこんでいたからつっこまずにはいられなくなってしまったらしい。
さっきだってあの銀髪に思わずつっこんでしまったし、嫌な癖がついったものだと心の中でため息を吐いておいた。さっさとこの癖治しておかないと今後の私の人生において後悔してしまうようなことがきっとでてきてしまうだろう。だって、今だって実はあの銀髪についつっこんでしまったこととか鞄を投げつけてしまったこととか後悔している。
思い立ったらすぐ行動なんてするもんじゃない。
「あ、そういえば」
「はい、どうしました?」
「いや、そのな……」
ディーノさんの言葉が歯切れ悪く、まるで何かを言い渋っているように見せる。そんなディーノさんを見ている限り、嫌な予感しかしないのは普段の彼は陽気で、あんまりこんな様子を見たことがないせいだろうか。
それとも、こんなディーノさんの様子の時は絶対にリボーンが関係していることを私が知っているせいだろうか。
きっと、その理由はどちらもなんだろう。普段こんな言い渋ったりすることもなく空気の読めないような発言をしてしまうディーノさんだけどもリボーンが関わってくると、空気をよめる男になるのだ。まったく分かりやすいとなんと言うか……いや、それでわかってしまう自分も自分なんだけど。
つくづく自分がディーノさんやらツナ達と関わっているのかを改めて知ってしまった気分だ。
こんな美形さん、ツナと出会う前の私なら絶対に関わることのなかったのような人に決まっているのに。
「どうせリボーンのことでしょう?何かあったんですか?」
ディーノさんが、自分の頭の後ろに右手をやり私から視線をずらした。あぁ、これはもう……今からディーノさんが言うであろうことは私にとって悪いことであるということは決定的だ。
ちょっと泣きたい。まぁ、さすがにそんなことでは泣いたりしたいけど。それでも、自分がかわいそうだ、と思ったりしてしまう。折角の休日に吾郎に連れ出されたと思ったら、そのままあんなことに巻き込まれたりして。
つくづく運がないというかなんというか。
ディーノさんもついに決心がついたのか私のほうに視線をやった。今ここで耳を防いで逃げてしまいたい、と思うけれど私はツナとは違いリボーンからは逃げられないということは身をもって知ってしまっている。
「リボーンからの伝言だ。明日の朝、もう一度ここに来いってな」
「明日の朝ですか?」
「あぁ。学校に来る前にちょっと寄ってくれれば良い。多分、獄寺も山本も来る」
お前達は、帰れと言われたこの二人は今頃何を思っているのだろうか。
「それにツナ、もな」
「あはは、」
もう引きつった笑みしか浮かばない。ツナもかわいそうに、やっぱり逃げ切れなかったらしい。それにしても明日の朝から厄介なことに巻き込まれなければいけないと思うと僅かに憂鬱だ(いや、実際僅かっていうか、かなりだけど)それでも、来なければならないんだろう。
それに、今回のことは気になることはたくさんあるし、ここまで首をつっこんでしまったのなら、この際今回のことには巻き込まれてしまおう。
しかし、だからと言ってマフィアになるなんてことは絶対にない。今回だけだ、今回だけ……!
「えっと、じゃあ、今日は帰りますね」
「おう、明日は寝坊するなよ」
「しませんよ」
したらどうなるか後が恐すぎますからね。したくでも、できませんよ、と言う言葉は飲み込んでおく。どうせ、言わなくてもディーノさんも分かっていると思うし。
立ち上がり、ディーノさんに軽く頭をさげてから、ドアまで行ってバジルくんと視線を合わせた。
「じゃあ、バジルくんもお大事に。」
また、と行って微笑みながら(とはいっても、ディーノさんからのリボーンの伝言により引きつってはいたけど)ドアに手をやれば、二人から「明日な!」「えぇ、また。殿本当にありがとうございました」と声をかけられて私はもう一度病室内を振り返り、「はい」と一言と頭をさげて病室から出て行った。
家に帰り着けば吾郎から何もなかったかのように「おかえり」と言われて怪我がないか、聞かれる。もちろん怪我のなかった私はそれを吾郎に伝えて、部屋に忘れていた携帯をとりに二階へと上がった。もうそろそろ夕飯を準備しないといけない、時間だ、と思いながら携帯を開けば不在着信が一件。
珍しい獄寺からの着信に思わず眉を寄せてしまったけれど、時間を見る限りその着信はあの銀髪に遭遇する前に掛けられたものだった。
どうやら、みんなで今日は遊んでいたようだけど私もそれに誘ってくれるつもりだったらしい。留守電に残された獄寺の言葉に米神がひくついたが、まぁ、その留守電はすぐに消して聞かなかったことにしてやった。
実は今日は私は誘われなかったとちょっと落ち込んでいたのだけど、そうではなかったようだ。
実は誘われてなかったと思って落ち込んでいた、と言うのは誰にも言えない。
「ー、スーパー行こうぜー」
「あ、うん」
一階から吾郎に呼ばれて急いで、階段を下りていく。明日からのこと、きっと私はとんでもないことに巻き込まれてしまったに違いのだけど、吾郎に言うべきなんだろうか。でも、マフィア、なんて単語とてもだせるわけもなく、しかし心配だけさせるのも嫌、だ。せいぜい怪我だけに注意して、いつもどおりを振り舞わなければならない、と心の決めて私は最後の一段を降りた。
隠したいこと
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(2008・12・21)
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