男の子の手を引きながら歩けば、すぐに野球の練習をしているグランドまでくることができた。その男の子、名前はみーくんと言うらしい(本名はわからなかった)(僕、みーくんって言うんだ!とか凄い可愛い笑顔で言われたら何もいえないよ!)小学生の少年と手をつないでグランドの中を見渡す私って……と思ったけれどそこは気にしないでおこうと思う。





まぁ、かなり周りの部活をしている生徒の視線が痛いけどね!




だけど、こんなにっこり微笑んでいる少年を見捨てるわけにもいかないし、早いところみーくんのお兄さんを見つけてしまおう。だけど、みーくんお兄さんの部活が終わるまでどうするつもりなんだ?




あれ、結局私この状態から野球部が終わるまで解放されないされない?もしかしなくても、リボーンに殺されたりしちゃわないかな?









「(生徒の偵察ができなくて殺される……!)」










あのリボーンのことだよ。あぁぁぁぁ、どうしよう!だけど、見ている限り目立つような生徒はいない。それによくよく考えてみれば、リボーンがマフィアに勧誘したいと思うような生徒なんていても困る。それに私がその人を見つけたせいで、その人をリボーンの毒牙にかけてしまうのも申し訳ない気がしてしょうがない。



それなら頑張って探したんだけどいなかった、と言うことしてここは探すフリだけしておくことにしよう。

そう思いもう一度野球部の部員達を見渡す。みーくんのお兄さんを探しつつ、そしてリボーンからの任務をまっとうするために。








「……あ、山本だ」







少し離れたところでランニングしている山本の姿を見つけた。そう言えば獄寺が山本は部活に行ったと言っていたっけ。普段のさわやかな笑顔とはうってかわって真面目な顔で練習に励んでいる山本からは、いつもの天然発言がまるで嘘かのように感じる。本当はかっこ良いんだよね(だけど、人間やっぱり中身が一番大切だと思うんだ)今気づいたけど、山本に熱視線を送っている子も何人かいるみたいだし。さっすが、天然王子っ!





「お姉ちゃんの知ってる人?」





みーくんが私の呟きに気づいて顔をあげる。みぃくんに視線を合わせ、頷きながら「友達」と答えていた。






「大切な人なの?」



「一応、ね……
まぁ、天然王子だし、空気読めないけど








それでも山本は私にとって大切な人の中の一人だ。確かに天然王子だし、空気も読めないけれど、友達を身をていして友達を、ツナを守った山本に私は心のそこから尊敬の念を感じる。


目前に迫った野球の試合よりも、山本は友達を選んだ。そして、ツナを守ったんだ。


今だって、野球の練習に専念はしているけど本調子ではないだろうに。怪我だってもしかしたらまだ完治していないかもしれない。だけど、それを感じさせないのはやはり回りに心配をかけさせないようにする為なんだろう。








「山本は大切な人だよ。私の大切な友達」








もしかしたら、友達だと感じているのは私だけかもしれないけど、と言う言葉は飲み込んだ。これは骸さん達にも感じていたことで、友達だと感じているのは自分だけかもしれないというのはいつも思う。それでも私がみんなを大切だと思う気持ちが変わることはない。


一方的な思いだとしても、この気持ちに偽りはない。




少しだけ思い出した過去。大切な人たちとの思い出。夕焼けに染まる街の下で骸さんと千種くん、犬くんと過ごしたあの日々がよみがえってくる。骸さん達の闇なんて考えもせず、ただ馬鹿みたいに笑って、話して、考えようともしなかった。骸さん達の過去の闇を。


マフィアをあれだけ憎むような過去があるなんて思いもしなかった。









最後に見た千種くんと犬くんの冷たい視線。たまに夢で見る二人の表情はいつもそれだ。笑いあっていた夢なんてあの日から一度も見ていない。そして、段々と千種くんや犬くんの笑っている顔を思い出すのに時間がかかるようになってきた。夢のせいか、鮮明になる二人のあの冷たい表情。それとは反対に段々と薄れていく覚えておきたい二人の笑顔。










「お姉ちゃん、泣いてるの?」








ふとみーくんに言われ目元に手をやれば、一粒の涙が頬を流れていく。

あぁ、私泣いていたんだ。
まるで他人事かのようにその涙が地面に吸い込まれていくのをみる。泣いたって、あの日々が戻ってくるわけじゃないのにね。





「どこが痛いところでもあるの?大丈夫?」





心配そうに眉をひそめて、みーくんが私を見上げる。涙は一粒地面に吸い込まれただけで、それ以降、頬を涙が流れていく感触はしなかった。私は一つ息を吐き、みーくんに笑顔を向ける「友達のことを思い出してたんだ」、と。私はみーくんに何を言うつもりなんだ?だけど、自然と私の口は言葉を紡いでいく。



こんなこと、こんな小学生の少年に話しても意味なんてないのに。話して楽になるわけでもない。なのに、何故か、私は言葉を紡いでいた。






「ともだちのことって?」



「うん。もしかしたら友達って思ってたのは私だけかもしれないけど、とても大切な人だった。」







いや、今でも大切な人、と言いなおす。みーくんの顔には僅かに好奇の色が見え隠れしていて、つまらなそうにしている様子には見えなかったから私は言葉を続けた。









「本当に大切な人なんだ。だけど……嫌われるようなことしちゃったんだ。」



「お姉ちゃん、」



「謝っても許されないことを私はしてしまった。それは自分でも分かってる。だから、嫌われても良い」








嫌われても良い。でも、彼らが無事じゃないのは嫌、なんだ。と。みーくんにとったら意味の分からない言葉なんだろう。そう思いみーくんを見れば、意外にもみーくんはこちらを真剣な顔で見ていた。その表情はとてもじゃないけど小学生とは思えないし、感じさせない。




またどこかで感じたことのある雰囲気が私達をつつむ。この雰囲気を私はどこで感じていた?懐かしいこの雰囲気を、私は何処で。遠くない昔に私は確かにこの雰囲気を感じていたはずだ。しかし、いくら考えてもそれが思い出せない。うっすらと笑みをうかべるみーくん。先ほどのみーくんとは、全然、別人だ。私はこの子を知ってるかもしれない。なんとなく、自然とそう感じていた。










「きっと彼らが私を許してくれることはない。それでも、私にとって彼らは大切な人で、彼らが傷つくのは絶対に嫌」




「僕は、」







みーくんの僅かに大人びた落ち着いた声が耳に入る。この子、こんな声が出せたんだ。そして、僅かにこの声色が何か私に懐かしさを感じ出せた。私は本当にこの子を知らないの?こんなに懐かしいと思えるのに。






「僕はその人たちが裏切られたと感じているとは思えません。それに、貴方を嫌うことなんて絶対にない。それこそありえるわけがない。」





だから、その人たちが帰ってきたらおかえり、と言ってあげて下さい。






そんなこと言える権利なんて私にはないと感じていた。本当に私は言っても良いの?その言葉を。本当に、私は。









「その言葉を言ってよいんですか、
骸さん








出ていた名前は無意識だった。でも、この懐かしい雰囲気はいつも骸さんの傍で感じていたものだ。落ち着いた雰囲気の声も、優しい声も、すべて。うっすらと笑みを浮かべているみーくんであるはずの人物は「えぇ、もちろんですよ」と頷いてくれる。もし、これが本当に骸さんの一言だとしたら私はどんなに救われた気持ちになれるんだろうか。



この人は誰?もしかしなくても、本当に骸さんなんだろうか。いや、でも骸さんも、千種くんも、犬くんも、復讐者に捕らえられて、ここに戻ってこれるかも分からないのに







「だけど、そうだとしたら、凄く嬉しいのに」





零れる涙とは裏腹に私の頬は緩んでいた。そうだとしたらどんなに嬉しいことだろう。




いつの間にか、休憩時間になったらしく多くの部員達がそれぞれタオルをとりにいったり、水分補給していたりしている。私のみーくんの手を握る手に僅かに力が入った。






「あっ、お兄ちゃんだ!」






みーくんの声が変わる。子供の声。こちらに走り寄ってくる少年が、きっとみぃくんのおにいさんなんだろう。私はゆっくりと手をはなし「もう大丈夫だね?」とみーくんに問いかける。みーくんは満面の笑みをうかべ「うん!ありがとう、お姉ちゃん!」と元気よく声をだした。私はそれを見て、じゃあね、と言ってこちらに走り寄ってくる少年に軽く会釈をしてみーくんに背中を向ける。








また、いずれ。






その声に、バッとみぃくんのほうを振り返る。しかし、そこにはみぃくんのお兄さんらしき人と、みーくんが仲がよさそうにはなしている光景が広がっているだけだった。今の声は聞き間違い。いや、そんなわけはあるわけがない(……違う。ただ聞き間違いだと自分が思いたくないんだ)私の名前を確かに呼んだ、彼の声を聞き間違いなんかにしてしまいたくはない。私は確かに彼に名前を呼んでもらえたんだと、そう思いたいんだ。






「早いうちに会いましょうね、骸さん」






彼にこの声は届いただろうか。それは分からないけれど私は彼の言った言葉を忘れないようにしよう。千種くんや犬くんが私の前に再び姿を現してくれるときがきたのなら、その時は笑顔で彼らにおかえりを伝おう。もちろん、骸さんにも。もしかしたら、私の願いでもあるのだけど、ただいま、と言ってくれるかもしれない。もう思い出となってしまった、あの笑顔で。思い出す笑顔はやっぱり鮮明ではなくて、彼らの冷たいあの表情の方が鮮明に思い出せる。だから、どうかこの笑顔がまだ記憶に残っているうちに、冷たいあの表情に埋もれてしまわないうちに、どうか帰ってきてください。私は貴方達の帰りをいつまでも待っていますから。












大切な人たちへ





(いつまでも待ってます。だから、絶対に帰って来て下さい)











 




(2008・06・01)