あの後、私は有無も言わせぬ勢いの雲雀さんに応接室へと連れてこられた。そして、渡された治療箱。一体これは、と思って治療箱を持ったまま突っ立っていた私に雲雀さんはただ一言「それで、治療しなよ」と言ったのだ。
多分、雲雀さんが言っているのはこの膝の怪我のことなんだろう。私としては、治療するほどの怪我ではないのに、と思ったけれど、ここは雲雀さんの好意を素直に受け取とり(小さな声で、あの変態保険医にセクハラされても良いんなら良いけど、といわれたら受け取らないわけにはいかない)(やっぱり、ね、シャマルさんからのセクハラはちょっと、ね!)真っ白なガーゼを傷口にあてた。
まさか、雲雀さんから治療しなよ、といわれる日がくるなんて……これ、夢じゃないよね?と思ったりもしたけれど、ヒリヒリと痛む傷からはその考えは却下された。
わぉ、これって夢じゃないんだ。今日は絶対この後、土砂降りになるね!
「(でも、なんで応接室にこんな治療箱が……あー)」
そう思い視線を雲雀さんへとうつす。どうせこの人のことだから保健室を利用するのが嫌なんだろう。それはもちろん、群れるのが嫌だという理由もあるとは思うけど、一番の理由はきっとシャマルさんだ。サクラクラ病のこともあるし、シャマルさんはあの性格だ。雲雀さんが嫌悪をしめすのもしょうがないと思える。だけど、雲雀さんが自分が怪我したからと言って、それを治療する姿も想像できない。
……多分、これは草壁さんか心優しい風紀委員が置いていったんだろう。
保健室を嫌い自分の怪我にも興味を持たない我らが委員長が怪我して帰ってきても大丈夫なようにと。雲雀さん、良い部下に恵まれましたね。だけど、その部下さえも咬み殺してしまうなんて。
いや、この場合、咬み殺されてもこの人についていく風紀委員に問題があるのか?
もしかして、風紀委員って実はエム……いやいや、この話題は考えるのはよそう。実は雲雀さんには私には分からなくて風紀委員には分かるよさがある。うん、それでオールオッケー!
「で、君は何をしてたわけ?」
さて、何て答えようか「それは俺が説明するぞ」え、本当に?リボーンが答えてくれるなら大安心だ。雲雀さんはリボーンには甘いし、きっと咬み殺されることは……って、
「あー!」
「……赤ん坊じゃないか」
目の前には先ほど、私を見捨てどこかに行ったリボーンがいた。突然現れたリボーンに驚いているのは私だけでなく、雲雀さんもだ。まぁ、雲雀さんの場合はすぐに嬉しそうに微笑んだんだけど(今度、子供好きって噂流してやろうかな)(……原形をとどめないくらい咬み殺されるに違いないけど)リボーンはこちらを一瞥すると雲雀さんのほうに向きなおし、「悪いがにはまだ用事が残ってるんだ」という。
え、まだ変装調査続けるの?私としてはもう、ギブアップしたいんですけど……「まぁ、赤ん坊に貸しをつくれるならしょうがないね。今日だけは特別に許可するよ、」
「(ギブアップはさせてもらえないんですね…!)」
「当たり前だろ」
「心の声にツッコミするのはやめて!」
***
とりあえず、応接室から開放されたころには授業は終わりみなそれぞれに帰る準備をしているのが廊下を歩きながら見て分かった。まだ用事が残っているということは生徒の観察を続けろ、ということなんだろう。
でも、もうみんな帰る準備をしているところを考えると急がなければ生徒の観察はできやしない。
まぁ、部活をしている生徒の方が基礎体力もついているし……と思うことにして下校中の生徒の観察は諦めることにした。生徒が一斉に歩いていく中に紛れながら、あたかも自分も並中生のように装う。
とりあえず、グランドの方に行こう。そう決めて階段をおり、靴を履き替えようと外に出ようとすれば「」と名前を呼ばれた。
「あれ、獄寺。ツナ達は?」
「……10代目は先に帰った。山本は、部活」
「あぁ。それで獄寺は何してるの?」
獄寺にしては珍しく声を静かに私と会話をする。大体、私と獄寺が話すときは怒鳴りあいのほうが多いくらいだからこれだけ静かに会話をすることは私達の間ではとても珍しいことだった。獄寺は私の近くまでくると、私の腕を手に取る。一体何を思っての行動なのかは私には分からない。だけど、獄寺がいつになく真剣な顔つきをしていることは分かる。
「あの時の怪我はもう大丈夫なのか?」
「あの時の、怪我……?」
眉を寄せ意味が分からないと言った感じで獄寺を見れば、獄寺は「俺をアニマルヤローから庇ったときの怪我だ」と言った。そして、視線が獄寺が掴んでいる私の腕へと行く。私もそれにつられるように、獄寺が掴む私の腕を見た。その腕は確かにあの時、犬くんの鋭い歯が深く食い込んだ腕だった。
別に獄寺が気にすることではないのに「大丈夫に決まってるじゃん」と言えば僅かに緊張していた獄寺の顔がホッと安心したかのように見えた。
「本当に大丈夫なんだな?」
「だから、大丈夫って!それに、あの怪我は別に獄寺が気にするような怪我じゃない」
勝手に自分から飛び込んで、勝手に自分で怪我した腕。獄寺に心配してもらう価値なんてまったくない。
「何が気にするだ!あの怪我はあの時お前が俺を庇ってできた怪我だろうが!」
眉間にしわを寄せ、獄寺が少しだけ声を荒げる。私はその事に少しだけ驚き、目の前の獄寺を見据えた。まさか、獄寺がここまで怪我のことを気にしているとは思いもしなかった。でも、不謹慎かもしれないけれど、獄寺が心配してくれていたことが嬉しいと感じていた。
「獄寺、ありがとう。でも本当にもう大丈夫だから」
「……チッ」
私が言えば獄寺は舌打ちをしながら私の腕から視線を外す。舌打ちをされても嫌な気分にならなかったのは、この舌打ちが獄寺の照れ隠しだろうとなんとなく感じたからだ。遠巻きに見ていく生徒達のなみのなか、静かな時間が私と獄寺の間に流れた。
本当は私のほうが気になっていた。獄寺の怪我だけでなく、みんなの怪我が。
だけど、きっと私が聞いてもみんな大丈夫だとしか言わないだろうということは分かりきったことだった。みんな私に心配をかけまいと、気をきかせてくれる優しい人たちだから。私が聞いても本当の怪我の状態なんて答えてくれない。私はみんな大丈夫、という言葉を信じることしか出来ない。
「用はそれだけだ。お前はまだ帰らないのか」
「あ、うん。まだ、ちょっとね」
帰らないというか帰れないというのが正しい表現なのだけど、私は獄寺の言葉に頷いた。獄寺は特に何も言わずに踵をかえし、私に背を向け歩き出す。小さな声で「……頑張れよ」と聞こえたのはきっと勘違いじゃないんだろう。それが嬉しくていつの間にか私は獄寺の背中に向かって「ばいばい、獄寺!」と声をかけていた。
その声に獄寺の足は止まり、こちらを振り返る。僅かに見開いた瞳が、私をとらえると、「あぁ、じゃあな」と言葉を返してくれた。その顔が少しだけ笑っているように私には見えた。
歩き出した獄寺の背中を見送り私も歩き出す。グランドで部活に励む生徒を眺めながら特に活躍している生徒を探す。しかし、中々目立つような生徒がいるようには見えなかった。
「(門のほうまで行ってみるか)」
もしかしたら学校の周りを走っている生徒もいるかもしれないと思った私は門の方へと向かった。先ほどよりは帰宅している生徒の数もへって、門のところにいる人はまばらになっている。門から外へとでてあたりを見渡すも走っている生徒の姿は見えない。無駄足だったか、とため息をはき、下がってきた眼鏡を上げれば少し離れたところでキョロキョロしている黒いランドセルを背負った少年がいた。
一体並中に何の用事なんだろうか。ここは悪の巣窟だから近づかない方がよいのに、と思いながら少年を見ていれば少年の視線があがり、私と視線が合う。
「っ?!」
「えっ・・・?」
少年が目が合った瞬間に眼を見開く。すみません、私この少年と面識ないんですけど?!それとも何?!私そんな変な顔してた?!訳も分からずに、どうしようと思いながら目をそらすわけにもいかず少年を見ていれば少年がニコリと笑った。さっき驚いているように見えたのは私の勘違いだったんだろうか。
それにしては、私のことを知っているような感じにも見えたけど。まぁ、良い。とりあえず笑っておこう。少年と同じようにぎこちない笑顔をうかべていれば少年は何故かこちらに寄ってきた。
「すみません」
「あ、はい、なんでしょう!(いやいや、私、小学生相手に敬語?!)」
思わず敬語になってしまうのは、この少年の雰囲気の雰囲気のせいか。どこかで感じたことのある雰囲気に、思わず私は懐かしさを感じた。なんで、どうして?この少年とは初対面なのに?分からない。でも、この空気は懐かしい。
これは一体どこで感じた雰囲気だったかと記憶を辿っていれば、目の前の少年は「お姉ちゃんは、ここの生徒?」とたずねてきた。
そこで何故か先ほどまで感じていた懐かしい空気が消えた。しかし、そこまで深く考えることはせずに少年の質問の答えを考える。さすがに並中の制服を着ているにも関わらずここの生徒ではないなんていえる訳もなく「そうだよ」と答えていた。
……あーあ、嘘ついちゃったよ。私、並中生じゃないのに。だけど、ここで違うよ、って言ってその後少年に何を言って良いのかなんて分からないし。この少年にコスプレなんて言葉覚えさせるわけにもいかない(あっ、コスプレじゃない。変装だったっけ)(私としてはどっちも同じなんだけどな……)
「それで、君はこんなところで何してるのかな?」
私の質問に少年は僅かに顔を歪ませ泣きそうになる。えっ、えっ?!私、変なこと言ってないよね?!と思ってどうしようかと悩んでいれば「お兄ちゃんに会いに来たんだけど、迷ったの」と少年が今にも涙を零しそうになりながら答えた。
「お兄さんは、並中生なの?」
コクリと少年が頷く。私はそれを見て、ハァと息をついた。まだ少ないと思っても門を通る生徒もいる。こんなところに今にも泣きそうな少年をおいていくわけにはいかない。それに……この子のお兄さんを探しながらでも、生徒の観察ができないこともない。「じゃあ、私も一緒にお兄さん探してあげる」この言葉に少年は私を見上げると「ありがとう、お姉ちゃん」と微笑んだ。まぁ、良いことをしているわけだしリボーンに何かされることもないだろう(って、思いたい、な!)
迷子の男の子
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(2008・05・30)
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