後ろから来ているであろう(これはあくまで予想なのだけど)(でも、あの雲雀さんが狙った獲物をやすやすと逃がすとは思えない!)雲雀さんの姿は振り返っても未だ見えることはない。今まで何回も、追われるゲームをやったことがある。ゾンビや、お化け。あれらのゲームは何とか怖い怖い言いながらクリアすることができた。それに実際、今まで色々な人に追われたこともある。
なのに、今までに味わったことがないくらいの恐怖。
これはきっと追っている人物が雲雀さんだからなんだろう。あの人に追われているなんて……まさにこれこそ本物のリアル鬼ごっこだ。いや、鬼なんてものじゃない。魔王って言ったほうがきっとぴったり来るに決まっている!
「」と名前を呼ばれ、ビクッと肩を震わせる。声のしたほうをみればそこにいるのは雲雀さんではなく、雲雀さんのそばをいつも飛んでいる鳥だった。あぁ、この鳥にはコスプレ……いや、変装なんてしていても、私がと言うことがわかったんだろう。
なるほど、これが野生の勘か。
「、!」と言いながら私の周りを飛ぶ鳥に、私は「ちょ、ちょっと、静かに!」と声を荒立てた。
こんなところ雲雀さんにでも聞かれてしまったら。それに、草壁さんに聞かれて私が誰かとバレてしまった日には……考えるだけで頭が痛くなる。
よし、このままこの鳥が名前を呼び続けるというのなら、焼き鳥にしてやる。その思いが鳥に伝わったのか、私と視線があうと鳥は私の名前を呼ぶのはやめて並中の校歌を歌いだした。良かった、と胸を撫で下ろしたものの、私はまだ安全なところにいるわけではない。この鳥が黙ってくれたところで、私が雲雀さんから追われなくなるわけじゃない。先ほどの雲雀さんの口パクを思い出し、私は背中につめたいものを感じた。
「……何としても逃げ切らないと」
静かな廊下に、その声は意外にも響いた。そうだ、こんなところで立ち止まっている場合じゃない。私は再び、気合を入れ走り出した。私の肩にとまり校歌を歌っていた鳥も、走り出した私の肩から飛び立つと私の後についてきた(ついてこなくて良いのに……!)しかし、ついてくる鳥に攻撃をしかけられることもできずに、鳥を気にすることはやめ、足音を立てないように走ることだけに集中した。
キュッと音を立てて廊下を曲がれば、私の目にとびこんできたのは授業中のはずなのに、ある教室の前のドアの前に立ち、そのドアを開こうとしているツナと獄寺と山本の姿だった。三人も私のことに気づいたのかこちらに視線を向けると、目を丸くして驚いた顔をした。しかし、山本だけは直ぐに笑顔をつくりと「さっきぶりだな!」と言った。
「なんで、三人がここにいるの?」
「テメー、それはこっちの台詞だろうが!」
「いや、だって、今、授業中なのに……サボり?」
サボりならやめた方が良いのに、と心の中でささやく。サボったりしたら、某並盛中学風紀委員長が容赦なく咬み殺してくるって言うのに。まぁ、今その標的は私なんだけど、ね!(雲雀さん、ここにサボりいるから、私咬み殺すのをやめてください!……って、さすがにツナを見捨てることはできないけど)
「サ、サボりじゃないから!」
「ちょっと、先生に頼まれごとされてな。それよりはどうしたんだ?」
「……」
「どうしたの、?なんか、顔色悪いみたいだけど……」
「さっさと言わねぇか!」
「……雲雀さんからサボりと間違われて追われてる」
「「………」」
「はは、そりゃ災難だな!」
「(笑っていうことじゃないんですけどー!!)」
一気に黙るこみ顔を真っ青にさえるツナ。それとは裏腹に敵意をむき出しにする獄寺。そして、絶対にこの意味の危険性が分かっていないであろう山本。
三者三様の表情をうかべる三人。その三人の表情を見ればこの中で誰が今の私の気持ちを分かってくれたかなんてすぐに分かる。きっと、ツナにしか今の私の気持ちは分かってもらえてないんだろう。
「あれ、、怪我してるのか?」
そう言って山本の視線が私のひざへとうつる。そこには先ほど雲雀さんの攻撃を避けたときに、自らこけてできてしまった傷があった。既に出ていた血はかたまり、ひざから少し垂れている状態となっている………ちょっと、グロい、な。
しかし、あまり痛みと言う痛みはないので、傷自体は深くないんだろう。それに自業自得と言えば自業自得の怪我。屋上での自分の無様な姿と、あの時の雲雀さんのかわいそうなものを見るような目を思い出し、少しだけ泣きそうになった。
「もしかしてそれ雲雀さんにやられたの?!」
「えっ、いや、違うよ。(原因は雲雀さんにあると信じて疑わないけど)この怪我は自分で滑ってこけただけだから」
「ったく、何やってんだよ」
獄寺のあきれた声にカチンッときながら今はそんなことをしているわけじゃなかったことを思い出す。雲雀さんから逃げなくては!しかし、「だ、大丈夫なの?!」ととても心配そうに聞いてくるツナを無視するわけにもいかずに、「大丈夫だから!」と半ば必死に言った。
ツナは人の怪我に敏感だと、骸さん達とのあの日、気づいた。あの日できた私の腕の怪我もツナはとても心配してくれた。自分の傷の方が深いはずなのに、それでもツナは私の怪我のほうを心配してくれた。
目の前で眉を寄せて、つらそうな顔をしているツナ。こんなこと思ってしまってはいけないのかもしれないけれど、心配してもらえるのは嬉しい、と思う。そんなことを思っていれば、獄寺の顔が一気に真剣なものへと変わり、獄寺はあたりをキョロキョロを見渡した。
「10代目、足音が聞こえます!」
獄寺のその一言にハッとする。そう言えば、獄寺って耳が良かったんだったけ(ツナから聞いたいらない情報ベスト5!)授業があっているにも関わらず聞こえてくる足音は、今のこの場合は雲雀さんの足音しか考えられない。
やばいっ、と思ったそのときには既に獄寺が私の腕を引っ張りすぐ傍にあった教室のドアをあけ、そのなかに私をほおりこんだ。訳も分からず、振り返れば三人がこちらを見ていた。閉められていくドアを呆然と見ていれば、獄寺が「お前がいたら邪魔なんだよ!」と言って音を立てないようにしてドアを閉める。
あぁ、もしかして。獄寺は庇ってくれたんだろうか。普段なら考えられない獄寺の優しさに感謝しつつ、三人の冥福を祈った。アーメン。と呟けば、向こうから小さい声で「保健室にシャマルがいるから、治療してもらってきなよ!」と言うツナの声が聞こえる。
シャマルさんがいるんなら行きたくない、と思っていれば一気にドアの向こうが静かになった。
「君たち何してるの?」
ドキリ、と心臓が音を立てる。断じて恋情のドキリというものではなく、どちらかといえばホラー映画で経験するようなドキリ、だ。
それにしてもやっぱり獄寺の耳って良かったんだ。普段なら珍しいことこの上ないけれど先ほど助けられたこともあり、獄寺に対して、あいつって凄いんだな、という気持ちが芽生えた。いやいや、本当に珍しい。こんな風に獄寺を凄いと思う日がくるなんて思いもしなかったから。それにこの先、もしかしたら思うこともないのかもしれない。
教室の外のガギンッとか、バスンッとか明らかにトンファーでなんかやっちゃってますよね?みたいな音が聞こえてくるのを聞いている限り。
「(こんなことしてる場合じゃない!逃げないと!)」
そうだ。折角、ツナや獄寺や山本が自分達の身をていしてまで、逃がしてくれたんだ。逃げないわけには行かない。教室の外から聞こえてくる音に耳をすませば「もしかして、その教室に誰かいるの?」と何とも的を得たことを言っている雲雀さんの声が聞こえた(いつもは的をはずしたことしか言わないくせに、こんなときだけ!)その言葉に私はサァと顔が青くなるのを感じ、急いで外にでようと窓へと駆け寄る。
いつの間にか私は一階にまで逃げていたらしい。窓を開ければすぐそこには地面が見えた。自分にしてはラッキーだと思ったのは言うまでもなく、私はスカートだと言うことは気にもせずに窓枠を超えた。上靴で外に出るのは、躊躇したけれど、たかがそんなことで自分の命と、私のためにはかない犠牲となってしまった(……いや、まだなってはないんだけど)ツナ達の命を無駄にするわけにはいかない。
とん、と地面についた感触と同時に開かれるドア。ハッと振り返れば、トンファーを手に持った雲雀さんという名の魔王がそこにはいた。ツナ達はここからは見えない。けれど、きっと気絶させられているんだろう、と言うことは容易に推測できた。
「まさか、こんなところにいるとはね」
「(ひぃぃぃぃ!!)」
僅かに口端の上がる雲雀さん。その顔を見た瞬間に一気に冷たいものが背中をはしり、私は走り出していた。走りながら後ろを見れば雲雀さんが軽やかに窓枠を超えるのが見える。
私としては、軽やかに窓枠を超えた雲雀さんが凄いのか、それとも、それでも落ちない学ランが凄いのかは分からないけれど、とりあえず自分の命が危ないことだけは分かった。あまりの緊張で足は止まり、雲雀さんと向かい合う形になる。
どうにか、ここから逃げ出す方法を考えなければ。ただ単に逃げるだけでは絶対にすぐにつかまってしまう。
卑怯でも、良い。
何か良い方法はないのか、と考えていれば、目の前の雲雀さんはそんなことを考える暇もくれないらしい。
「鬼ごっこはもう終わり?」
「(鬼ごっこなんてした覚え微塵もないんですけど……!)えっ、いや、その」
「まぁ、良いや」
咬み殺す、といつもの台詞が聞こえてきたと思ったときには既に雲雀さんは私の目の前にいて、トンファーで私の体を吹っ飛ばしていた。この人、女の子にも容赦なしだ……!人間として最低だ!と思う暇もなくカシャンッ、と言う音を立てて後ろへと倒れこんた……というよりは吹っ飛んだと言う表現の方がぴったしくるのだけど、私は無造作に生えた草の上へとお尻をついた。
トンファーを何とか避けようとして前に出していた手がズキンと痛み、倒れこんださいに地面についたお尻が痛む。
「い、いたっ、い」
涙が僅かにうかぶのはあまりの痛さの為、だ。しかし、なんなんだ、さっきのカシャンッという音は。私の体は吹っ飛ばされてあんな音をたてるわけがないし(サイボーグとかじゃないからね、私は!)そして、私はあることに気づいた。め、目の前のレンズがない……!
先ほどまであった、眼鏡は今は私から離れた場所に落ちている。ハッとして、雲雀さんを見上げれば目を丸くし、私の方を凝視していた。
「?」
「(バ レ タ !)」
確かに今、雲雀さんは私の本名を口にした。どうやら、眼鏡がなくなったせいで、私のコスプ……違う違う。変装がバレてしまったらしい。
ヤバイヤバイと、心臓が早鐘を打つ。これは凄くヤバイ。君ってそんな趣味があったんだ?、とか、僕の学校の制服君みたいなのが着ないでくれる?、とか言われるに違いない!ツナ達が折角犠牲になってくれたのに!と思っても、もう遅く、雲雀さんは「……なんで、並中の制服を着てるわけ?」と怪訝そうに聞いてきた。そんなの私のほうが聞きたいですから!とは言うに言えず、言葉に詰まる。
乱れた三つ編みが風になびく。
逃げるか、逃げれるのか?!いや、だけど、雲雀さん相手に逃げられるわけがない、と少しだけ覚悟を決めれば、目の前の雲雀さんは眉を寄せ、明らかに不機嫌そうな顔へと変わる。
「血」
「は、はい?」
「膝から血が出てる」
ボソッと呟くような声で言うと、雲雀さんは手に持っていたトンファーを何処かにしまった(あのトンファー本当にいつもどこにしまってるんだろうね!)このあとどんな仕打ちを受けるのだろうと心臓がバクバクしつつ、私は座り込んだまま雲雀さんを見上げたままだ「面白くない」と雲雀さんは一言呟くと、私の目の前まで歩いてくる。
こ、殺される……!このままじゃ、絶対私殺されちゃうよ!だって、雲雀さんに私がコスプ、違う違う、変装してるのバレてしまって、その理由にも答えないでこれは絶対に殺されるに間違いない!
「あのですね、雲雀さん。これは、あの、違うんですよ。決してコスプレなんかじゃなくてですね、私の趣味なんかではなくてですね「煩いよ。少しの間黙っててくれない」……あ、はい、すみません」
雲雀さんにそんな風に言われては言い訳もいうことができるわけもなく、私はただただ黙った。いや、本当これからどうしよう。ツナ達の犠牲も無駄になってしまったんだと思うと心痛いところがある。折角、あの獄寺が私を逃がしてくれたと言うのに……とりあえず、リボーンどこ行ったんだよ。雲雀さんリボーンのことは何か特別視してるからきっとリボーンが一言なんか言ってくれたら私大丈夫な気がするんだ。
だから、お願い、助けて、リボーン!(って、言ったところでリボーンが絶対来てくれないのは分かりきったことなんだけどね!)
変装調査失敗みたいです!
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(2008・05.28)
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