山本のお勧めで購入した焼きそばパンを屋上でほおばりながら、ツナ達との食事を楽しんだ。なんと言うか、良いよね、この空気。獄寺がうるさいことには変わりはないけれど、どたばたしているわけでもないし、和やかな空気。以前まではこんな空気の中で生活していたはずなのに、いつの間にか疎遠になってしまっていたものだ。
本当、最近の生活、なんかありえないことばっかり起きてたような気がするし……とは言っても実際は現実離れしていたのはあの一日だけ。最後に骸さん達とあったあの一日だけだ。マフィア、とか、実験とか、憑依とか、あの日はありえないことばっかり起きて、聞いたような気がする。
私はそこまで考えてフッと息を吐いた。しんみりするのはやめようと、決めたのに。考えるのはいつもあの日のことばかりだ。
あの日のことを考えるのをやめ、新しいことを考えようと思いもう一度三人の顔を見渡した。もしも、私が並中に通っていたらこんな風に食事をしていたのか、と考え頭を振った。ツナだけならまだしも、山本と獄寺とはきっと私はかかわりを持とうとは思わなかったに違いない。自ら、敵を増やすようなまねなんてしたくもないし、それに、それなら私は京子ちゃんと花ちゃん(この前、京子ちゃんに紹介されたんだよね!)とお近づきになりたい。
焼きそばパンの最後の一口を口にいれ、イチゴ牛乳を口に含んだ。少しだけ甘ったるい液体を流し込むようにして飲み込み、私の食事は終了した。
「焼きそばパンがすっごい美味しかったです」
「(何で敬語なのー?!)」
「だろ?一回、に食べてもらいたかったんだよな!!」
「うん、これは食べてみる価値……いやいや、ちょっと待て待て」
今、あまりにも自然すぎて自分でも気づかないままスルーしちゃいそうになっちゃったけど、何で山本は私のこと名前で呼んじゃってるのかな?本当、あまりに自然すぎてスルーしちゃいそうだったけどここはスルーできないよ、私。ついさっきまで、と呼んでいた山本がいつの間にかって呼んでいるのはおかしすぎるだろ。うん、おかしい(あれ、自己解決できちゃったよ)
目の前の山本はそんな私の気持ちなんて知りもせずに「ん、どうした?」なんて首をかしげて聞いてくる。え、何この子、自覚無し……?!さっすが天然王子は違うね!と思いつつ、コホンと一回咳払いをし「なんで、山本は私のこと名前で呼んでるの?」と未ださわやか笑顔をうかべていた山本に聞いた。
「はは、なんかツナが呼んでるのかうつっちまったみたいだな!」
うつっちまったみたいだな!……じゃねぇよ!!と叫びたいのをなんとかこらえ、あ、そうなんだ、あはは、と山本に返すことしか私にはできなかった。そんなさわやか笑顔で言われたら何もいえなくなると言うか、さも当たり前だろ?みたいな感じで言われるともう、ね。それに山本に何を言ったところで聞いてもらえる……いや、理解できるとは思えない。隣に座っていたツナがこちらを見て、苦笑していた。
まぁ、別に名前くらい良いか、と自分に言い聞かせながらイチゴ牛乳のパックをつぶす。
さて、この後はどうしよう。リボーンからは偵察をしろと言われたけど、正直何をして良いのかは良く分からない。それに、もうそろそろ帰りたくなってきた、と思っていればその場にチャイムが響いた。多分、予鈴なんだろう、その音を聞いたツナ達は急いで弁当を片付け始めた。
「じゃあ、俺達教室に戻るけどはどうするの?」
今まさにそれを考えてたんだよ、と言う言葉は飲み込んでもう少し屋上にいると言う言葉を返した。寒くなったと言っても今日は天気が良くて、気持ちが良いしこのまま屋上で昼寝でもしたいな、と考えつつ教室へと向かうツナ達の背中を見送る。バタンッと大きな音を立てて屋上のドアがしまったかと思えば同時に静寂がその場をつつむ。
お腹は満たされているし、天気も良い。少しだけうつらうつらとなる意識のなか、本当にこのまま屋上で昼寝でもしてしまおうかと思い目をつむろうとすれば、凄まじい音と共に私の顔の横を一発の銃弾が通り過ぎ、すぐ後ろにあった壁へと突き刺さる。流れる冷や汗。
そして、ゆっくりと視線を銃弾が撃たれたほうへと向ければ、そこには銃をこちらに向けているリボーンの姿があった。
用事があったんじゃないの、なんて聞けるわけもなく私は少し下がった眼鏡をあげた。ニヤリと口端をうかべるリボーンが「偵察がまだ残ってるぞ」とそれはそれは可愛い声で紡ぐ。私はただただ「そ、そ、そうですね!」と言って立ち上がることしかできなかった。
「丁度、三年がグラウンドで体育をしてるみたいだぞ。ここなら目立つ奴も分かりやすいだろ」
そう言って、リボーンは屋上からグラウンドの方を見る。私もそれに従い柵のほうへと向かいグラウンドを見下ろした。リボーンいわく三年の男子が楽しそうにサッカーをしているのが目に入る。しかし、見ていてもこれと言って目立つ人物がいるわけでもない。隣にいるリボーンも「良い奴はいねぇみたいだな」と言っている。
「あ、笹川さんだ」
選手交代でもしたのか、サッカーをするメンバーの中に最初はいなかった笹川さんがいた。さすが自称、極限なだけあって見事なフットワークをしている……ボールがついていってはないけど(メンバーが嘆いてるよ)(あれだけ良い動きしてるのに、ボールがついていかなかったら意味がないのに……!)
だけど、確か笹川さんはあの日、肋骨を骨折したと聞いたのだけど今じゃそんな面影全然ない。
肋骨折って、一ヶ月もしないうちにあれだけ元気に走り回れるのだろうか。いやいや、それはありえないでしょ。凄まじい回復力を持ってるんだろうな、笹川さんは。と感心しながらサッカーを見る。後ろからギィッとドアが開く音がしたことにも気づかないくらい今の私はサッカーに見入っていた。
「ワオ、こんなところで堂々とサボりかい?」
「っ?!」
突然かけられた言葉に私は勢いよく振り返った。もう既に冷や汗が流れているのは、彼の声を聞いた瞬間、もう既に彼だと分かっているからだ。私は彼の姿を見ると、すぐに冷や汗が流れてくる。まるで、パブロフの犬のように。やはり、と思うこともなく、私はドアを開け声をかけてきた人物……雲雀さんの姿を視界にいれた。
見つかってしまった、と思ってもどうやら雲雀さんは私が誰とまでは気づいてないらしい。
僅かに私との距離をつめるとトンファーを取り出し、「僕の学校で堂々とサボるとは、度胸があるね」と言いながらこちらをにらみつけた。
「(いやいや、そんな度胸私にはないですから!)」
もしも、私が仮にここの生徒だったとしたら雲雀さんという存在がいるにも関わらずサボりなんてことはできるわけがない。
それもこんな屋上だなんて目立つ場所で。それなら、保健室に行ってサボった方が……って、いやいや、保健室も駄目だ。シャマルさんがいるし、何をされるか分かったものじゃない(本当なんであんな人が教師なんてできてるんだろ……)(京子ちゃんとか花ちゃんとか大丈夫なのかな?!)それに今の私はどんなに並中の制服を着ていたとしても、私はここの生徒ではない。それなのに、授業をしているクラスに忍び込めるわけもなく。そうだ、ここにいるのは不可抗力なんだ。リボーンから言われたから仕方がないだけで、と思い私はハッとした。
確か雲雀さんはリボーンのことを気に入っていたはず。それならリボーンから何か言ってもらったら、雲雀さんもトンファーをしまってくれるんじゃないだろうか。そう思った私は雲雀さんにいっていた視線をリボーンのいるはずの場所へと向けていた。
「なんか言ってよ、リボー……って、いないし!」
しかし、先ほどまでリボーンがいた場所には誰一人としていなかった。ちくしょー、逃げられた!と思っても、もう遅い。雲雀さんは眉をひそめると「何一人でごちゃごちゃ言ってるの?」と言いながらトンファーでビュンッと風をきった。雲雀さんのほうからきた風は冷たく、私は身震いした。
だけど、このまま大人しく雲雀さんに殴られるわけにはいかない。もしかしたら、私がだと言うことがバレたらもっと酷い仕打ちがまっているかもしれないし。
それ以前に、コスプレしてました、なんて雲雀さんにバレたら嫌味をこれほどかって言うくらい聞かせられてしまうと思う。
そんなの嫌だ……!
雲雀さんの嫌味って、精神的ダメージが大きすぎるし!
視線を雲雀さんが入ってきたドアへとやる。ここの出入り口はあの一つしかないドアだけ。さすがに、ここは屋上で飛び降りるなんてことはできないし、逃げるとしたらあそこしかないだろう。でも、その前には雲雀さんがいる。逃げようにも逃げられないこの状況に私は再び冷や汗が流れるのを感じた。
「(どうにか雲雀さんを避けて……)」
「……咬み殺す」
「って、えぇぇ?!」
私が考えているにも関わらず雲雀さんは私のほうへとトンファーを振りかざしてきた。何、この人!私に考える時間も与えない気かよ!普通、正義の味方が何か決め台詞を言うのを悪役は待っているのがセオリーと言うものじゃないの?!とは思っていても、雲雀さんにはそんなもの通用しない(確かにいつも、悪役今のうちに襲えば良いのに、とか思ってたけどさぁ!)
「ひぃぃぃぃ」となんとも女の子らしくない声をあげ、振りかざされたトンファーを避けようとし、体を横へと動かした。その瞬間に足がすべり、思いっきりこけた。
「・・・・・・・」
「(い、痛い!)」
少しだけすれた足が痛むけれど、それ以上に痛かったのは雲雀さんからの視線だった。折角、雲雀さんのトンファーを避けたと思ったのに……!雲雀さんはとても可哀相なものをみるような目で私のほうを見てきた。「面白くない」とボソッと呟いた雲雀さんに、私はこれで諦めてくれたんじゃないかと少しだけ期待した。
でも、そう相手は雲雀さんだった。「でも、サボりは見逃せないね」と言って再び私のほうにトンファーを向けた。女の子がこけて足を怪我しているにもかかわらず何とも非道な!先ほど、昼休みになった直後雲雀さんの写真を見ていた女子達にこの現実を伝えてやりたい気分になった。しかし、さっき避けてこけたおかげで、私と雲雀さんの場所は見事に入れ替わっていた。
つまり、私の後ろにはドアがある。この屋上からの唯一の逃げ道が。そして、私はもう一度雲雀さんが攻撃をしかけてくる瞬間には走り出していた。
「ご、ごめんなさい!!」
でも、別に私はサボっていたわけじゃないんです、と言う言葉は声になることなく、私は急いで階段をおりていく。バッと振り駆れば雲雀さんと一瞬だけ目があった。少しだけ驚いていた雲雀さんは、直ぐにいつもの顔に戻すと口端をあげ、何かをいっているように見える。この距離では聞こえずに、私は口の動きだけを頼りにその言葉を知ろうとした。
お も し ろ い
……殺される。殺される。これはもう間違いなく雲雀さんを怒らせてしまったと言うことはわかりきったことで、あぁぁぁ、どうしよう!!いや、どうしようもならないことはわかりきったことなんだけど……!とりあえず今は逃げるしかないと思った私は走った。草壁さんに追いかけられたときとはとても比べようもない恐怖。痛む足からは僅かに血がでているにも関わらず私は足を止めることをしなかった。どこに向かうかなんて考えもせずに。
しかし、そんな状況の中でさえ、リボーンの「偵察がまだ残ってるぞ」と言う言葉だけはしっかりと頭の中に残っていた。今すぐ、並中から出て行きたいにも関わらず出ることができない。一体、私はどうすればよいの!と言う心の中の叫びは誰に聞かれることもなく、消えた。
極限に走れ!
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(2008・05・23)
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