雲雀さんの病室の前で固まること、早5分。大丈夫、手には献上品という名のケーキもあるし、きっと咬み殺されることはないはずだよ、!と気合をいれるも、私は中々雲雀さんの病室のドアをノックすることができなかった。だけど、さすがに何分もここにいるのもなんだろう、と思い(ナースさんがこいつやっべ……!みたいな目で見て来るんだもん)(それは雲雀さんの病室の前にいることから?!それとも、何分も病室の前にいる私が怪しいからなの?!どっち?!)私は数回ドアをノックする。この一瞬、私はとてもじゃないけど生きた心地がしなかった。こ、こ、この中にひ、ひ、雲雀さんがいるんだ!
「(・・・・あれ、返事が、ない?)」
意気込んでいたにもかかわらず、ドアの向こうからは返ってくる言葉はなかった。不思議に思った私はゆっくりとドアをあけて、中を見渡し雲雀さんのを見つけた。ベッドで横になっている雲雀さんの瞼はとじられている……本当に見た目だけは良いんだよな。見た目だけは。ちょっと、女の子でもとおるんじゃないか、って思ったのは内緒だけど(言ったら、私は絶対に殺される。それも一番むごい殺され方をするのは間違いないと思う)だけど、ベッドで眠っている姿は眠り姫だと言われても、納得できそうなものだった。まぁ、結局は見た目だけだけど。
トンファーを振り回す眠り姫なんていてたまるかって感じだし、王子が来る前に、魔女も自分の手で倒しているに違いないよ!そして、王子すらも倒して領地をさらに増やしそうな気がする。そんな姫、おとぎ話にいたら、世の子供達は絶望してしまうことだろう。いや、まぁ、そんなおとぎ話なんてないから、子供が絶望することなんてないんだけど……
「って、今はそんなことどうでもよいよ」
それよりも今は、このあとどうするかってことだ。選択肢としては、いち、このまま帰る。に、ケーキをおいて帰る。さん、雲雀さんを起こ……いやいや、それはないな。私も、まだ死にたくないし。雲雀さんを起こしたりしたら、きっと私が一生の眠りについちゃうからね!
手に持っているケーキを見る。折角買ってきたのに、渡さないで帰るものなんだか、もったいない感じがしないこともない。保冷剤も入っているから2・3時間は常温においておいても大丈夫だろう。じゃあ、ケーキだけでも置いてかえろう、と思い、私は雲雀さんの病室に足を一歩踏み入れた。私はこのとき、忘れていた。以前、雲雀さんが言った一言を。
よく眠っているように見える雲雀さんに近づき、顔を覗き込むようにしてみれば、傷跡が僅かに残っているもののあとが残るような傷は見られなかった。体のほうの傷はどうだか分からないけれど、雲雀さんのことだからきっと大丈夫、だろう。そっとベッドの傍らにケーキを置いて、私は病室を後にしようと踵を返した。のだけど、私の足が動くことはなかった。つかまれた腕の感触。じわり、と冷や汗がうかぶ。一体、この腕をつかんでいるのは誰?
もし、もしもの話だけど、この病室に幽霊と言うものがいたのなら、この腕をつかんでいるのはその幽霊の仕業だろう。だけど、それはもしもの話。別に私が幽霊を信じていないわけではない。むしろ、どちらかと言えば信じている。でも、幽霊だってこの病室に現れることはなしないだろう。私はゆっくりと視線を自分の腕をつかんでいる人物を見た。
そう幽霊がこの病室に現れるわけがないんだ。ここには、雲雀恭弥がいるんだから。
「こ、こ、こんにちは、雲雀さん」
いつ目が覚めたんですか?と言う質問は飲み込んだ。振り向いてみた彼の目はすでに覚醒をしていて、寝起きにはとてもじゃないけど見られない。一体いつから、起きてたんだろうと考えれば、思い出した雲雀さんのあの一言。
「僕は寝るから静かにしておいて。あと、僕は葉の落ちる音でも起きるから」
・・・・私としたことが今になって思い出してしまった。そうだ、雲雀さんは葉の落ちる音でも起きるんだった(本当にこの人、人間なのかな!)だったら、私がノックした時点で起きてなかったわけがない。私としたことが、そんなことも考えずに「わぉ、雲雀さんってば眠り姫みたい!」なんて、調子のったこと思ってたんだ。あぁ、もう、本当やってらんないよ。そんなこと思う暇があるなら、雲雀さんが葉の落ちる音でも起きるってこと思い出して置けばよかった。まったくやってらんないね!
「君、何しに来たわけ?」
「え、え、えっと、あの、ケーキをお届けに、」
「そう……まぁ、ゆっくりしていきなよ」
そう言ってにやっと笑った雲雀さんからは悪意しか感じられなかった。絶対に良くないことを考えているのはあきらかで、私は思わずでそうになる涙をとめ、ベッドのそばにあったいすに座った。どうか生きてここからでられますように。心の中でしっかりと祈った……草壁さん、お見舞いに来たりしないかな?
淡い期待をもったまま、私は引きつった笑顔を雲雀さんに向けた。
「怪我は大丈夫、なんですか?」
「これぐらいどうってことないよ。」
「(ですよねー)」
雲雀さんから帰ってきた言葉は私が思ったとおりの言葉だった。でも、その一言が少しだけ嬉しかった。いつもどおりの一言。ただ、そんなことなのにわたしにとっては嬉しいことだった。
「」
「あ、はい、なんですか……って、えぇぇぇぇ?!」
いきなり雲雀さんから名前を呼ばれ、私はその事に驚き思わず大きな声を出してしまった。雲雀さんの表情がゆがむ。や、やばっ!とは思っていても、私は驚きを隠しきれなかった。今まで雲雀さんは私の名前を呼んだことはない。そりゃ、苗字だったら何回も呼ばれたけど(そして、たまに苗字さえも読んでもらえずに、なんか可哀相な名前で呼ばれるときもあるけど)(……って、私って可哀相じゃない?!)でも、雲雀さんが私の名前を呼んだのはこれが初めてだ。正直、一瞬鳥肌が立った。
なんか、急に名前で呼ばれるのってむず痒いというか、雲雀さんが人の名前を名前で呼ぶのって気持ち悪っ・・・!
「……そう呼ばれてただろ」
「えっ、っと、」
「六道骸からさ」
雲雀さんの口から出た名前。確かに私はそう呼ばれていた。骸さんや千種くんや犬くんからは「」と。もうきっとその名前はあの人たちの口からつむがれることなんてないとは思うけれど。
「僕は駄目なのに、六道骸ならそう呼ばれても良いわけ?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「じゃあ、僕は君の事をどう呼ぼうと勝手だろ」
「いや、はい、まぁそうですけど(俺 様 理 論 !)」
でも、雲雀さんから名前で呼ばれるのってなんかなー、と思ってしまうのは仕方がない話だ。だって、雲雀さんから名前で呼ばれるって、ねぇ?なんかおこがましい気がしてならないんだけど、とは思ってはいたけれど、さすがに呼ぶのをやめてくださいなんて言えるわけもなく、もはや僕の勝手だと言ってる時点で雲雀さんには何を言っても無駄だろう。
そう思いながら雲雀さんを見れば、雲雀さんの鋭い瞳が私の目をまっすぐにとらえた。そして、形の良い口からは、「それで、。君は六道骸と知り合いだったんだ?」と言う言葉が紡がれる。少し、鈍器で頭を殴られたような衝撃が私を襲った気分に陥った。
今の私は、骸さん達の何?
雲雀さんの質問に私は、何も言えずにただ頷くことしかできなかった。何も言おうとしない私に、雲雀さんは、ふぅっと息を吐くとあきれたような顔でこちらを見た。なんで、そんな顔で見られないといけないんだ、と思いながら私は雲雀さんの方を見る。スカートを掴んだ手に僅かに力が入った。
「・・・・・別に無理して聞こうなんて思ってないよ」
「えっ?」
雲雀さんからのまさかの一言に私は動揺を隠しきれなかった。だって、雲雀さんが「無理して聞こうなんて思ってない」だなんてまるで人間みたいなこと言ってる(・・・・・・って、いやいや雲雀さんは人間だから。うん、まぁ、多分だけど)でも、本当雲雀さんがこんな気の聞いた一言をいえる人だったとは思いもしなかった。怪我でもして丸くなったのか?と思い疑いの目で雲雀さんを見ていれば、「何その目?なんなら無理して聞いても良いんだけど」……雲雀さんは人間。雲雀さんは人間。私は心の中で何回もその言葉を呟いた。この人ならどんな拷問をしてでも、聞きかねない。
「君が話せるときになったら話してくれれば良いさ」
「すみ、ません」
「謝らないでくれる?から謝られると気持ち悪い」
気 持 ち 悪 い ? !雲雀さんから言われたくないよ!と言う言葉は心の中にとどめた(さすがにその一言を言ったら自分がどうなるか分からないほど馬鹿ではないからね!)雲雀さんは、その後ボソッと「どうせ、僕が六道骸を咬み殺すことには変わりがないから」と呟いていた。恐るべし雲雀恭弥。こんな大怪我をさせられたにも関わらず、骸さんを咬み殺す気でいる。いや、こんな怪我をさせられたからこそ咬み殺したくてたまらないのか。
「酷いですね、雲雀さんは……だけど、雲雀さんが大丈夫そうで良かった、です」
涙はでなかった。もう昨日十分私は泣いたのだからこれ以上なくわけにはいかなかった。でも、本当に大丈夫で良かったと思う。私は居場所を減らさずにすんだ。これ以上、私は自分の居場所を減らさずにすんだんだ。それはなんとも身勝手で、自分のわがままだということは分かっていたけれど、だけど、骸さん達のところにあった居場所を一つ減らしてしまった私にとって、これ以上自分の居場所を無くしたくはなかったんだ。
「君も早くその怪我治してくれない?そんな怪我されたままじゃ仕事もスムーズに進まないからね」
別に私の仕事は書類処理とか事務的なことだから怪我なんて関係ないのに、とは思いながらもこれはこれでもしかしたら雲雀さんなりの優しさなのかもしれないと思った私は素直に「はい」と返していた。
皆が退院する頃には、また並盛には平穏が訪れていた。この平穏がずっと続けばよいのに、と私は期待に胸を寄せながらツナとリボーンの特訓に耐えた。いまだ、リボーンの特訓で強くなった気はしない。って言うか、特訓が特訓じゃない気がする今日この頃。私は本当に強くなれるんだろうか、と思いながら肌寒い風を感じながら空を見上げた。今頃、骸さんと千種くんと犬くんはどこにいるんだろう。リボーンに聞くわけにもいかず、私はただただ三人の無事を祈ることしかできなかった。
戻ってきた、日々
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(2008・04・16)
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