消毒液の独特の匂いが立ち込める病室の中心に、私は自分の腕に包帯が巻かれていいくのを眺めながら座っていた。包帯はボンゴレの医療班の人が巻いてくれている。こんな怪我したなんて、吾郎にはなんと言い訳をすれば良いんだろうと、頭のかたすみで考えながらも、私は骸さん達のほうが心配でたまらなかった。



今頃、どうしているんだろう。連れていかれた、彼らは無事なんだろうか。私の考えることはそればかりだ。







「ありがとうございました」








その言葉を後にして、私は病室を出る。私の横にあるいくつかの病室にはツナ達がいる、らしい。ツナと獄寺と山本は同じ病室で治療を受けているらしいけど、雲雀さんだけは個室だと、先ほど治療してくれた医師から聞いた。そりゃ、雲雀さんが起きた時ツナ達と一緒の病室だったらどうなるかなんて容易に推測できる。傷だらけであろうと、雲雀さんはトンファーを取り出し、ツナ達を容赦なく咬み殺しにするに決まっている(考えたらちょっと、怖くなってきた……!)





さすがに、今はみんなの傷だらけの姿を見る勇気もなく、私は一人病院を出た。暗くなる空を見上げ、私は歩き出す。向かうのは家ではなく、思い出の詰まったあの場所。



私の足が自然と向かう先は先ほどまで、自分がいた、あの場所だった。











****









私が黒曜センターについた頃にはもう辺りも真っ暗だった。あまりに静かなそこは先ほどまであんな騒音を立てながら争いがあった場所とはとても思わない。そうだ。私にとっては、争いがあった場所と言うよりも、骸さんや千種くんや犬くんとの思い出の場所なんだ。だから、ここに来てよみがえってくるのはその3人と過ごした日々だ。何も考えずに過ごせたあの日々が懐かしい。


まさか、今日の朝まで、そんな日々を懐かしいと思うなんて考えても見なかったけど。でも、私にとってもう過去のことであるんだ、あの3人と過ごしたのは。








「千種くん、犬くん」






名前を呼んでも返ってくる言葉はない。ただ、私の声が静かなその場所に響くだけ。





「む、くろさん」





私は貴方達の居場所を壊してしまった。それはもう事実で、私はどうしようもないことをしていまったのだと悔やむことしかできない。止めたかった。私は骸さん達が、大切な人たちが誰かを傷つけるところを見たくなかった。

でも、でも、私は結局ここに来ても何もすることができなかったんだ……ごめんさない、なんて一言では謝罪しききれない。彼らのあの瞳を私は忘れてはならないんだ。あの、私を見つめる冷たい瞳を。





もし、骸さん達が罰を受けて、こちらの世界に戻ってきたとき、彼らは私を軽蔑したままなんだろう。もう私と会うことすらしてくれないかもしれない。ごめん、と言う一言も言わせてはくれないのかもしれない。謝って許されるなんて、甘い考えなんだ。許されるわけがないんだ。私は彼らの居場所を無くした上に、彼らを裏切ってしまったのだから。








「ごめん、な、さい・・・・!」





ごめんさい、と何度も呟く。その声は彼らに届くことはないんだろう。そうは思っていてもこの声はとめられない。流れてくる涙だって、私には止められなかった。ごめんなさいと、言うたびに零れる嗚咽。それを止める術を私は知らない。






泣かないで、下さい






ふと聞こえてきた声に、私は下げていた顔をあげ、あたりを見渡す。暗い敷地内で、人なんて一人もいるわけがない。私の聞き間違いだったんだろうか。わずかに骸さんの声に似ているような気がしたけど、そんなわけがない。彼はもう、私の優しい言葉なんてかけてくれるわけがないんだから。この声が骸さんなわけがないんだ。





思い出す、骸さん達と過ごした日々。優しい笑顔。優しい声色。どれも、すべて思い出であって、もう現実ではありえない。















突然名前を呼ばれ、私は急いで声のした方を振り返った。そこにいたのはディーノさんで、もしかしたら骸さん達ではないかと思った自分があまりに馬鹿らしくて、嫌だった。彼らがここにいるわけがないと言うのはもう分かりきったことで、彼らに名前を呼ばれることがないというのも分かりきったことなのに。もしかしたら、なんて考えるだけ無駄だと分かっていたつもりなのに。

ディーノさんは静かに私に近寄ると
「お前のせいじゃない」とだけ言ってくれた。そんなことはないのに。「ディー、ノさん」と流れる涙を私は服の袖で拭い、ディーノさんを見上げた。









「泣きたいだけ、泣いたほうがスッキリするぜ?」







ゆっくりと微笑みながらディーノさんは私の頭の上にポンッと手をおいた。その手が暖かくて、拭いきれなかった涙が地面へと落ちる。また零れだす涙。ディーノさんはその間何も言わずに、私の頭の上に手を置いたままだった。ディーノさんが何故ここにいるか、とか気になるところはたくさんあったけど、私は聞くことよりも今は泣くことを選んだ。





「本当は、止めたかった、のに……誰かが傷つくところなんて、見たくなかった」



「あぁ。分かってるさ。お前はそういう奴だからな」





「だけど、」






だけど、私には何もできない。止められなかった自分の弱さに反吐がでそうだ。私は骸さんが言ったとおり、弱い。憑依する価値もないほどに、私は弱い存在だった。私はどうすれば、骸さん達を助けてあげられたんだろう。守ることができたんだろう。


これから先、私はこのままで大切な人たちを守りたいなんて、そんなこと口にしてもよいんだろうか。人を守れるほど、強いわけじゃないのに「私は、どうすれば守れるように、なれるんですか?」私はどうすれば、大切な人たちを守れるんだ。それに答えたのはディーノさんではなく、ただ一人の赤ん坊だった。






「強くなるしかねぇぞ」



「リ、ボーン?」






「誰かを守りたいと思うならなら、お前は強くなるしかねぇ」







確かにリボーンの言うとおりだ。自分が弱いから誰も助けられないのなら、私は強くなるしかない。だけど、どうやったら私は強くなれる?どうやったら、大切な人を守れるくらいに、私は強くなれるんだろう。考えても、その答えは出ない。答えをくれたのは、私なんかよりはるかに小さい、存在だった。











「そりゃ、もちろん、俺との特訓しかねぇだろ。安心しろ、ツナも回復しだい特訓だからな」








ニヤリと笑いながら、こちらを見ているリボーンに、私とディーノさんの顔は僅かに引きつった。強くなりたいと思ってのは紛れもない事実だけど、リボーンの特訓と言うのは勘弁したいのが本音だ。ディーノさんもリボーンの言葉に冷や汗が見える。過去にこの二人の間に壮絶なやり取り(むしろ、リボーンが一方的にディーノさんに攻撃をしかけたここと)が容易に推測できる。



ディーノさん。どんなに立派なボスになったとしても過去のトラウマはなかなか拭うことができないものなんですね。ディーノさんの様子に少しだけまた涙が出そうになった。だけど、今、リボーンの被害にあうのはディーノさんではなく、私、だ。人の心配をしているわけにはいかない。








「あの、いや、それは、お断り」






ます、と言おうとした瞬間にリボーンの銃口が私の方を向く「是非、よろしくお願いします!」とっさに出た言葉は思ってもなかった言葉だった。となりではディーノさんが「……」と哀れそうにこちらを見ている。誰か私を助けてくれる人はここにはいないのか!と思っても、そこにはリボーンと私とディーノさんだけ。助けてくれそうな人は一人もいない。






「じゃあ、もう遅いし帰るか!」


「・・・・・そうですね」








ジャリッ、と足元から音がする。私の涙はすでに乾いていた。




もう一度、私は黒曜センターを見つめる。もう、もしかしたら、なんてこと考えない。そんなこと考えるだけ虚しいくて、寂しい気持ちになってしまうから。だけど、いつか、ちゃんと戻ってきて下さい。元気な姿で。私のことを裏切り者とののしろうと、私はそれだけのことをしてしまったんだから、それでも良い。



だけど、私はそれ以上に骸さんや、犬くんや、千種くんが無事でないことのほうが嫌だ。私は大切な人を守れるくらいに強くなる。その大切な人たちの中に、貴方達がいることを、忘れないで、欲しい。







「それで、ディーノさんここまで一人で来たんですか?」



「そうだけど、どうかしたか?」


「・・・・・こけませんでした?」



「あー、・・・・・えっと、まぁ、何回かな」







やっぱり、と私は息を吐いた。ディーノさんの肩に乗るリボーンが「やっぱりな」と笑っていた「やっぱりってなんだ!やっぱりって!」……すみません、ディーノさん。私もやっぱり、って思ってました。だって、あのディーノさんがここまで一人で来たなんて、ねぇ?大通りに出て街頭の元ディーノさんの顔を見れば暗くて気がつかなかったけど、ディーノさんの顔には僅かに傷があった。こけた時、ついたんだろうと言うことはすぐにわかった 。









「(だけど……)」





ディーノさんがここまで来てくれて助かったかもしれない。確実に、私はディーノさんが来る前に比べれば気持ちはすっきりしていて、すがすがしい気分だった。まだ、思うところは一杯ある。でも、私はこれから自分のするべきことが何なのかにちゃんと分かった。だから、大丈夫、だ。ディーノさんとリボーンと一緒に歩きながら、私はしっかりと自分の進むべき道を見つけていた。明日はツナ達のお見舞いに行こう。それが、私のするべき最初のことだ。









進むべき道









 





(2008・03・31)