先ほどとは違い、超死ぬ気モードのなったツナは、とても形容しがたいくらい強かった。あの骸さんをも、圧倒し次々に攻撃をしかけていく。そして、私はその中でも何もできなかった。傷を負っていく、二人に何か言葉をかけることも、何かしてあげることもできない。
だからこそ、私は二人の争いから目をそらすことだけはしなかった。しっかりと目にやきつけて、こんなことをもう引き起こさないように、しなければならない。私には今のこの争いを止めることができない。だけど、もしかしたら、私はまた起こりうるであろう、争いをとめることができるかもしれない。だからこそ、私はこの光景をしっかりと覚えておかないといけないんだ。もう、こんなことを引き起こさないためにも。
「、大丈夫か?」
「・・・・リボーン」
いつの間にかすぐそばにいたリボーンの言葉に私は頷くしかなかった。たかがこんな怪我で大丈夫じゃないなんて言ったら、ビアンキさんや獄寺達に失礼だ。皆は私なんかよりよっぽど酷い怪我をしているのに、それでも、耐えていると言うんだから。こんな怪我で、痛いだなんて泣き言言えるわけがない。
「お前は、骸が何の目的でツナを狙っているか知ってるか?」
「知ら、ない……私は、骸さんのことを何も知らない」
そう、私は骸さんのことを何も知らないんだ。ただ、彼との繋がりは、何ヶ月と言う短い期間を一緒に過ごしたという思い出だけ。リボーンは私の言葉には、何も言わず骸さんのほうを見た。リボーンは骸さんと知り合いだった私が何かを知っているかと、思ったんだろうか。それなら、悪いことをしてしまったのかもしれない。
私は骸さんのことを何もしらない。知っているのは、彼が変だけどどこか優しい、と言うこと。そんなこと、リボーンにとっては、何も意味を成さない答えだ。
「マフィア間の抗争がおまえの目的か」
骸さんに問うリボーン。その問いに骸さんはそれを否定し、自分の目的は世界大戦、だと言った。
どうして、骸さんは世界大戦なんて望むんだろう。純粋で美しい血の海なんてあるわけがないのに。世界大戦が生むのは、ただの喪失感や、悲しみ。それを分かっていても、なお骸さんは世界大戦を望むと言うんだろうか……だけど、どんなに考えても私には骸さんの気持ちなんて分からない。彼と過ごした日々は本物だけど、それはあまりに短すぎた。いや、時間なんて関係なく、私は私で骸さんは骸さんだからこそ、私は骸さんの気持ちを知ることもできない。
「だが手始めはやはりマフィア――…マフィアの殲滅からだ」
静かに響く骸さんの声。その声に、私はマフィアがなければ、骸さんは世界大戦を望むことはなかったんだろうか、と考えていた。だけど、そんなことを考えている間も、ツナと骸さんの争いがやむわけじゃない。骸さんの攻撃を受けつつも、ツナは骸さんを攻撃する。その攻撃を受けても、なおも立ち上がろうとする骸さんは、とても必死、だった。そこまでして、ツナのマフィアのボスと言う座が骸さんには必要だったのか。自分が傷だらけになってまで、骸さんはマフィアの殲滅がしたいのか。そのすべてが、私にとってはとても理解できるものじゃなかった。
今までの生活でマフィアなんて無関係だと思っていたから。こんな傷だらけになることもあるわけがないと思っていた。そんな生活をしてきた、私に理解なんて、もしかしたら初めから無理だったのかもしれない。彼らを、守りたいと思ったのが、間違いだったのかもしれない。
そして、ツナと骸さんの攻防は私が思っていたよりも早く終わった。骸さんの負けと、共に。
「終わったな」
リボーンの言葉に、私は立ち上がり骸さんのほうを見た。地面は、崩れその中心に倒れている骸さんの顔は、ただの顔の綺麗な中学生。そして、私の知っている骸さんだった。その表情からはまるで、世界大戦を望み、マフィアの殲滅を企てるような感じには見えない。
でも、今までのことはすべて、現実なんだ。骸さんが私の大切な人たちを傷つけたことも、それをとめられなかった私も、すべては現実。夢物語なんかじゃないんだ。
「骸さん」
骸さんに歩み寄り、骸さんのすぐそばまで来ると、私は座りこんだ「骸……死んでないよな?無事だよな?」とのツナの声を聞いて、私は骸さんへと手を伸ばす。だけど、私の手が骸さんに触れることはなかった。
「近づくんじゃねえびょん!!マフィアが骸さんにさわんな!!」
この言葉が、骸さんに触れることを制した。声のした方を見れば、倒れたままこちらにやってくる千種くんと犬くん。彼らにとっても、私はただの裏切り者で、彼らの嫌うマフィアなんだ。私がどんなにマフィアじゃないと思っていたとしても、もう、私は骸さんに触れることも叶わない。千種くんと犬くんの、瞳に私は息を呑んだ。彼らにあんな瞳で見られる日がくるなんて、考えたくもなかったのに。心が痛む。千種くんや犬くんの瞳に、倒れている骸さんの姿に。私は彼らに否定されたような気がしてならなかった。
「なんでそこまで骸のために?君達は骸に憑依されて利用されていたんだぞ」
「わかった風な口をきくな…」
骸さんと犬くんと千種くんはいつでも一緒にいた。千種くんと犬くんは利用されていると知っても、なお、骸さんをかばう「だいたいこれくらい屁ともねーびょんあの頃の苦しみに比べたら」犬くんの言葉に私とツナとリボーンは眉を寄せた。あの頃の苦しみ、とは一体何なんだろうか。リボーンが犬くんへと、問う。
「オレらは自分のファミリーに人体実験のモルモットにされてたんだよ」
私は、息をのんだ。ファミリーにされた人体実験。それは私が思っているよりも、残酷で、悲しいものだった。犬くんの話す一言一言が、私の中ではありえない事で、それを体験してきた犬くんと千種くんの苦しみがどれだけ大きかったと思うと、瞳から流れる一筋の涙を止めることはできなかった。
私といるとき、彼らは少なからず笑顔だった。その笑顔の裏で、過去にそんなことを体験していたなんて、思いもしなかった。いつも笑顔だったから。だから、私は彼らを自分と同じように見ていたのかもしれない。普通に生活をしている中学生、と、勘違いしてしまっていたのかもしれない。彼らの気持ちが自分にも分かる、と思い違いをしていたのかもしれない。
「オレらに居場所ができた――…」
そんな体験をしてきた彼らにとって、骸さんは、光だったんだ。
「それを…おめーらに壊されてたまっかよ!!」
本当は私だって壊したくなんてなかった。壊すつもりもなかった。もしかしたら、私は、自分もその居場所にいさせて欲しいなんて思っていたのかもしれない。骸さんと犬くんと千種くんといる時間はとても心地の良いものだったから。
だけど、そんな彼らと一緒にいた時間が心地の良いものだったように、ツナや獄寺や山本といる時間も私にとっては心地の良い時間だった。
「でも…オレだって…仲間が傷つくのを黙って見てられない。だって…そこがオレの居場所だから」
どちらも、私の居場所だったなんて思う、私は我侭な人間なんだろう。どちらも、なんて選べるわけがないのに。全員を守りたいだなんて、弱い私にできるわけがないのに。私はツナ達との居場所を守ることはできた。いや、結果的に守ってくれたのはツナだ。私は何もしていない。そして、私は失ってしまったんだ。骸さん達との居場所を。裏切り、と言う最悪な形で。どんなに私が裏切ったつもりでなくても、彼らにとって私の行動はそうなんだ。もう、彼らとの居場所を築くことなんて、私にはできないんだ。もう、戻れない。彼らとの心地の良い時間には。笑いあったり、語りあったりなんて、夢のまた夢。
私は自らの手で、大切な居場所を一つ、壊してしまったんだ。
「医療班がついたな」
リボーンの言葉にドアの方に顔を向ければ、そこにはとてもじゃないけど、リボーンのいう医療班には見えない人たちが立っていた。人であるかさえも怪しい背格好。ゾクッと背筋に走る冷たいものは、勘違いなんかではない。この人たちは医療班なんかじゃない。別の、何か、だ。
「い…いったい誰!?」
「復讐者」
ウ゛ィンディチェ、と聞きなれない言葉を復唱する。彼らは長い首輪のついた鎖を千種くんや、犬くん、そして、骸さんへとかけていく。何をして、と思いながら見ていればリボーンが言う「マフィア界の掟の番人で法で裁けない奴らを裁くんだ」法で裁けない、の言葉に私は目を見開いた。彼らのこれからが、容易に推測できてしまったから。もしかしたら、殺されることはないかもしれない。でも、つらい目にあうのは確かだ
「千種くん!!犬くん!!」
名を呼び、二人と目が合う。だけど、二人は私からすぐに視線をはずした。まるで、私なんかを知らない、かのような目で。骸さん、と最後につぶやいた声はとても声なんてものじゃなく、自分でつぶやいたにも関わらず、私の耳には入ってこなかった。もう、私には彼らの名前をつむぐ事さえできないのかもしれない。
「やつらに逆らうと厄介だ…放っとけ」「あ、あの3人どーなっちゃうの?」「罪を裁かれ罰をうけるだろーな」「ば…罰って…?」「さーな。だが軽くはねーぞ」「オレ達の世界は甘くねーからな」
遠くで聞こえるツナとリボーンの声。罰を受ける骸さん達。ねぇ、骸さん。私達はやっぱり、もう会えないし、もう笑いあったり、語りあったりできないんでしょうか。許して欲しい、と思う。でも、何を許してもらいたいのかは分からない。こんなことをしたにも関わらず、また貴方達と一緒にいたいと思ってしまう、この浅はかな感情を許して欲しいんだろうか。また貴方達と一緒に過ごす日々を願ってしまう、強欲な気持ちを許してほしいんだろうか。だけど、どんなに許して欲しくても、許される日がくるわけがない。それだけは、分かりきったことだった。つれていかれる三人に私はそれ以上何も言うことはできなかった。
失った居場所
(それは私にとってかけがえのない居場所だった)
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(2008・03・29)
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