朝早くから城下町を抜けた先の森へと特訓へとでかけた幸村さんへのお使いを佐助さんから頼まれたのは今さっきのことだった。
本来なら佐助さんが行くことになっていたのだけど、急な用事が入ったらしく、たまたま近くにいた暇そうな私に白羽の矢が立ったらしい。
まぁ、現に暇だったので私としては良い暇つぶしが出来て少しだけ嬉しかったりするのだけど、佐助さんはとことん心配症らしく、何回も「迷子にならないようにね」と私に言い聞かせた。 子供じゃないのだから。そう何度も言い返す私に最後にボソッと佐助さんは「旦那は今でも迷子になるんだよ…」と力なく本音を聞かせてくれた。
あぁ、そりゃ、迷子の心配もしちゃいますよね。
思わず頷きそうになった瞬間だった。
佐助さんは極度のおかん体質だと改めて感じながら、城下町を通り過ぎて行く。
一人では来たことはない。しかし、何度か幸村さんや他の女中さんに連れられて来たその場所で迷うこともなく、私は軽快な足取りで進んでいた。
これなら佐助さんの心配なんて、なんのその。すぐに幸村さんへとこへ、このお弁当(というか、おにぎり)を届けることができると思う。というか、お弁当を忘れるなんて幸村さんどこの学生だ、とちょっとだけ思ったりもする。
道の途中で見かける甘味処の誘惑に負けないように、女の子にしてはいささか早足で進む。段々と人通りが少なくなってきたと思えば、木々が多く生い茂る場所へとでることができた。
木々の間には、これは道?たぶん道。な砂利道が見えるからきっと間違ってはいないはず。
ここまでは時間通り(私の腹時計による、時間だけど)幸村さんと一緒に食べようと思って自分のお握りも握ってきてしまったから、少しだけ時間はおしていたのだけどこれで予定通りの時間くらいに幸村さんのところへとつくはず。
まだついてもいないのに、良かったと安堵の息を吐きながら私はその砂利道へと足を踏み出した。
来た当初は現代の整備されたコンクリートの道に慣れ過ぎて、こんな砂利道を歩いているとすぐに足が痛くなっていたけれど今ではそんなこともない。少しずつではあるけれど、この世界に順応しているんだろう。
まぁ、たまに急ぐ時に佐助さんに俵担ぎにされて移動すこともあって、それには未だになれないのだけど。いや、これからもなれる予定はない。
お願いだから佐助さんにはもう少し私を人間扱いして欲しい。
「……?」
(なんだ、これ?)
砂利道をどんどん進んでいく足が、思わず止まる。ポツン、ポツン、と地面へとしみた赤黒いあと。いったい何なのかは分からずに、首をかしげた。
しかし、なんとなく見覚えのあるそれ。
もしかして、血?
いやいや、そんなまさか。そうは思いつつも、眉を寄せて地面を凝視すればするほど、その赤黒い跡が血に見えて仕方がない。なんでこんなところに血痕があるのかは分からないけれど、たぶん動物の血かなんかだろう。
この先には幸村さんの特訓場所しかないし、ひとを襲うような動物はここらへんにはいない。縄張り争いか、それとも餌の取り合いか、いずれにせよ、人の血という可能性は低い。
まぁ、人の血でないでほしいという私の願いもあるんだけど。
いつまでも、血痕を見ているわけにもいかずに私は歩き出す。
点々と続く血の跡は見ていて楽しいものではないけれど、ついつい視線がそのあとをおってしまう。
それに気づいたのは少し歩いてからだった。 真っ直ぐに続いていた血の跡が、いきなり脇道へとそれ森の中へと消えている。うずうずと刺激される好奇心に負けてはならないとは思いながらも、少しだけ、と思い私はその森のほうへと視線をやった。
木漏れ日が差し込むなか、何かが反射したのか眩しい光が目に入り私は眼を細める。
(こんな森の中で日の光を反射するものなんてあるっけ?)
石が反射したのかもしれない。
それでも、なんとなく気になった私はその中へと足を踏み入れてしまっていた。
着物で森の中を進んでいくというのはかなりの重労働だ。大股で歩くことはできないし、履物を履いているとはいっても素足のせいか足もとに生えている小さな木の根に受けるダメージは意外と大きく小さな切り傷を残していく。
それでも、一度わいた好奇心には勝てないらしく女の子にしてはいささか大胆に(むしろ女の子としてはちょっと……なくらいに)歩を進めた。
こんなところを佐助さんに見られようものならきっと、一日説教なんかじゃすまされないかもしれない。女の子の仕草云々の話から最後は関係のない話までされそうである。
その光景を想像し、少しだけ青ざめていればすでに場所は目的の場所の近くまで来ていて、佐助さんってば本当におかんだよ、とこぼしながら顔を上げた。
―――っ?!
目を見開いて息をのむ。
出そうになった悲鳴は、なんとか両手で口を押さえてでることはなかったけれど、私は目の前の人物から視線をはずすことができなかった。
こんな森の中に人がいるだなんて、誰が想像できただろうか。
それも恰好を見る限り、明らかに普通の人とは異なる格好。黒い装束に手には佐助さんが持っていたような銀色に輝くそれ。多分反射してみえたのはこれだったんだろう。
目の上からはみえずに、こちらからみえるのは口だけだったけれど、目の前の人も突然現れた私に驚いた様子で座り込んで体を木に体を預けながらもこちらを見上げていた。
銀色に輝くそれを持っている左手に力が込められるのを感じる
。
しかし、それよりも私はその人の右手から血がだらだらと流れていることに気づいてしまい、視線をうつし声をあげていた。
「血、血がでてますよ?!」
思わずかけよってしまってその人の手をとる。だらだらと流れている血はいまだ止まる気配を見せずに私の顔は先ほどの佐助さんのことを考えている時よりもさらに青ざめてしまっていた。
自分の手もその人の血で真っ赤に染まっていくけれど、そんなことを気にしてはいられない。止血、止血、と思い必死に頭の中でどうすればよいのか考える。咄嗟にポケットー!とは思ったものの着物にポケットなんてあるはずもなく、うなだれた。
その間にも流れ出ていく血。
(ど、ど、ど、どうしよう?!)
あせりながらも、そういえば、と思い出してあるものを取り出す。
こちら側に来たときにスカートのポケットに入っていたハンカチはいつも持ち歩いているものだ(もちろんちゃんと洗濯はしている)急いで取り出したハンカチを怪我をしているであろう部位に押しつける。
私が焦っている間に血の出る勢いも収まっていたおかげかすぐに血はとまった。
それでも心配でハンカチを結びつけるようにしっかりとそこにつけ、やっとのことで私は落ち着きを取り戻した。
「って、大丈夫ですか?!」
ハンカチを結びつけた場所に手をおいたまま、見上げて聞けば相手は戸惑いながらも首を縦に動かす。目は見えないけれど、なんとなく相手が困惑しているような雰囲気を感じ取ってうなだれてしまった。
勝手に突っ走ってなにやってんだろうか。まぁ、あんな血塗れな場面を見せつけられてほおっておけというのが無理な話であって・・・自分は悪くないよね?と自分自身に問いかける。
いやいや、悪いわけがない。
こんなけがをしている人を見捨てるだなんてこと、できるわけがないんだから。
「あー、えっと、血を止めるだけしかしてないんで帰ったらちゃんと治療してください、ね?」
コクン、と相手が素直にうなづく。 自分よりも年上な人に失礼かもしれないけれどその姿が少し、小さい子供のように見えてしまい、いつの間にかひきつっていた表情が和らいでいた。
「そのまえに、ちゃんと帰れますかね?」
もう一度、コクンと首が縦に振られる。
私はそれ以上彼に何かを質問はしなかった。目の前の人物が怪しい人物なんだ、ということは分かっている。 それでも、私はそれ以上何を言うでもなく「じゃあ、大丈夫ですね」と声をかけていた。
それに、こんなところでなにをしていたかなんて不躾なことを聞くことなんてできるわけがない。
相手からは今は私に対する負の感情を感じることはなかったし、それ以前にもし殺されているとしたら最初っから手にしている銀色に輝くアレで私は殺されていたに違いない(アレを持つ手に力が込められたときは殺されるかもって思ったけど)
お館さまから以前聞いた話。
天下を狙う戦の中でお館さまには敵も少なくないらしい。戦国時代という時代なのだから、それもしょうがない話だろうと思った。
もしかしたら目の前の人だって、敵、なのかもしれない。
着ているものを見る限り明らかにふつうの人と異なるし、手に持っているものからもそれが伺える。それでも、やっぱり傷ついている人を見たら見過ごすことなんて私にはできない。
佐助さんにはすごく怒られそうな気もするけれど、黙っておけばきっと分からないと思う、というか、思いたい。
そして、私は小さい子や、動物にはとことん甘い自覚がある。あったときは感じられなかったのに、今は首をかしげてこちらを見ている人と小さい子とかぶって仕方がない。
私の葛藤など、露知らず目の前の人は首をかしげて私の方を見ていた。私が笑いかければ、立ち上がり右手の確認をしている。もうすでに左手にクナイは握られておらず、私の気付かないうちに直したようだった。
「あんまり、無理しないでくださいね。止血しているだけですから」
私の言葉に頷く。そして地面をけりあげると、枝を伝いながら高いところまで上っていった。人間離れした運動能力に声をかけることもできずに見上げていれば、その人はこちらをふりかえった。
口元がわずかに動く。決して言葉が紡がれることはなかったけれど、なんとなく「ありがとう」と形作っているような気がした。
(あ!早く幸村さんにおにぎり届けないと迷子になったと勘違いされる!)
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(2009・11・23)
コタ出会い編です。前回からの更新に差があるのは考えていたお話の構想がうまくいかなくて、新しくこのお話を考えたからです(えぇ)コタはすごく可愛い子だと思っています。あと、第二のおかんくらいの勢いで仲良くなってもらいたry
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