長い廊下の端から端をかけ走っていく。ここに来た当初は着なれない着物でこけそうになることが少なくはなかったが今ではこうして走れるまでになっていた。猿飛さんからは「女の子でしょ!はしたない!」なんてまるでどこぞやの母親みたいなことを言われたけれど、私にそんなことを言う前に自分の主に言ってもらいたいと思う。
着物で走っているよりも、あの幸村さんの恰好のほうが危ない気がしてならない。もちろん格好の肌面積もだけど、あの格好で戦のとき怪我をしないのだろうか。
(ま、幸村さん強いみたいだしね)
しかし、強いからといってあの格好はありなのか。この時代、まだまだ不思議な点がたくさんある。
「ちゃん、こっち手伝ってくれるかしら」
女中さんに声をかけられて、意識を戻し私はそちらのほうをむいて返事を返した
さすがにただ飯をずっと食べさせてもらうのは私のほうが心苦しく今では女中さんのお手伝いや他にもいろいろな手伝いをしている。
ここに来る前までは家事を担当してあったおかげか、洗濯も料理も全然嫌ではない。洗濯はさすがにあちらの世界と違って全自動ではないけれど、女中さんとおしゃべりしながら洗濯をするのは楽しかった。
「本当、ちゃんが来てくれてたすかるわ」
「うんうん。若いのにしっかりして、私ももう少し若かったらねぇ」
「あはは、(もう少し若かったらどうするんですか!)」
優しい女中さんたち。私を本当に可愛がってくれていることが良く分かり、私もついつい懐いてしまう。なんて素晴らしき武田軍!とここに来て何回感動したことか。
兵士さんたちともいつの間にか仲良くなっていて、女中さんのお手伝いをしているときは「頑張れよ」なんて声をかけてくれる。この間なんか、田舎に残してきた妹みたいだ、といって頭を撫でられた。このとき真田さんを思い出したのは言うまでもないけれど、私はなんとなくそのゴツゴツとした手が心地よくて、撫でられるままだった。
お父さん、とまでは行かないけれど家族のような暖かさが武田軍にはあった。本当に素敵な軍だなぁ、と日が経つことに思う。
(・・・・・・まだ戸惑うことも多いんだけどねぇ)
味噌汁の鍋をかき混ぜながら、ハァと一つ息を零す。戸惑うことの一つは武田名物殴り愛。どこらへんに愛がこめられているのか問い正したいかぎりではあるが、お館さまや幸村さんに聞いたところで首をかしげるだけだと思う。あの人たちただ殴りあいがしたいだけだろう。
しかし、常識人である猿飛さんでさえとめようともしない殴り愛をとめることなんて私にできるはずもなく、ただただ遠くで見つめるだけだ。
いきなり現れたり、人の心よんではクナイを投げてくる猿飛さんでさえ止められないなんて、殴り愛・・・・・・凄すぎる。でも、猿飛さんの場合は自分が巻き込まれたくないように見えないことも無いけれど。
あぁ、しかし、結局片付けるのは猿飛さんなんだから、猿飛さんだって止めれるものなら止めたいのかもしれない。
「アッハー、ちゃん失礼なこと考えてない?」
「(ぎゃっ!!)」
ポンッといきなり肩を叩かれて、声にならない声でさけんでしまった。叫び声は女らしさなんて一欠けらもなく、声にならなかったことにある意味感謝しながら、私は後ろを振り返った。
やっと慣れてきたかと思っていたけれどやはり猿飛さんの登場の仕方にはいつまで経っても慣れることいはないらしい。というか、このせいで寿命が縮んできているんじゃないかと思っている私は間違っていないはず。
猿飛さんのせいで人生80年計画が、75年へと変わってしまいそうだ。
しかしながら、もちろん文句なんて言うことは出来ずに、引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。頑張れ私。負けるな、私。それに心を読まれたからって死ぬわけじゃない……はず。
というか、さすがに本当に猿飛さんが心を読めるなんて思ってもいない。私の表情。そんなに分かりやすいのだろうか。
「猿飛さん、ふ、普通に登場してくださいよ」
「俺様忍者だよ?これが、普通ってもんさ」
いやいや、私はただの人ですから。忍者なんかじゃありませんから、そこらへんは私に合わせてくださいよ。私こっちに来たばかりなんですからそのぐらい優しさ見せてくれても良いじゃないですか?
それに忍者だからと言ってこんな登場じゃないといけないなんて法律はこの世界にはないはず。その前に法律なんてものがないと思うのだけど。もう少し、私の心臓にも優しい登場の仕方をしてもらいたいものだとは思いながらも、猿飛さんのこの笑顔。言っても無駄なことだろう。
この人、私が驚くのを面白がっている節がある。
「それにしても、ちゃんって意外と家事上手だったんだね」
「そうですか?」
意外とってなんだ、意外とって!とは思ったけれど、口に出したら最後精神的につらい目にあうような気がして言葉にすることはなかった。猿飛さん相手だと、思っても口にできることが少ないような気がしてならない。
口端がピクピクとなるのを感じながら味噌汁をかき混ぜていれば、「うん。女中さん達助かってるって聞いたよ」と言われた。
思ってもみなかった言葉に、少しだけ照れてしまい、言葉がなかなか出てこない。それでも、なんとか「それは、よかった、です」と言えば、猿飛さんは笑みを浮かべた。
「何この生き物!照れちゃって可愛いー」
「いや、照れたのは事実ですけど可愛くはないですから!!」
頭をぐしゃぐしゃとなでてくる猿飛さんの手を払いながら片方の手は味噌汁をかき混ぜる。我ながら器用である。にやにやとした笑みを浮かべている猿飛さん。男前だから、見た目的には全然問題ないがこれがそこらへんにいる男の人だったら変態に間違われていたことだろう。
これだからイケメンは!
それに猿飛さんの場合幸村さんなんかとは違って自分の顔の価値がわかってやっていそうだからもっと性質が悪い。幸村さんは、きっと自分の顔が美形とか気づいてなさそうだし、むしろどうでもよさそうだが、猿飛さんの場合は自分の顔の良さを最大限に利用していそうだ。
……猿飛さん、それなのに苦労してるってなんだかそれはそれで可哀想でもある。
「あれ、またちゃん、俺に失礼な「ことなんて、全然思ってません!」」
猿飛さんの言葉を遮るかのように、きっぱりと言い放てば猿飛さんはこちらに意味深な視線を向ける。
「そう言えば、旦那はえらいちゃんに懐いたみたいだね」
「(懐いたって)」
他に言い方があるでしょうよ。懐くだなんてそんな犬みたいに…しかし、つい先日の幸村さんを思い出せばその言い方もあながち間違っていないと思ってしまうのだから、不思議な話だ。
いや、でも、あの時の幸村さんは本当に犬の耳としっぽが見えたような気がしてならなかった。猿飛さんにもたまに見えるんだろうか。幸村さんの、しっぽと耳が。
思えば、猿飛さんが「旦那ー、団子だよー」なんて言いながらお団子片手に登場した時なんて、これでもか、というほど尻尾が左右に振られている幻覚が見えるのだから、きっと猿飛さんにも見えているんだろう。
……だけど、自分の主のこと犬みたいに扱って良いのだろうか。いや、良くはないだろうけど。
「それで、ちゃんはいつ俺様のこと名前で呼んでくれるのかな?」
「そんな約束した覚えないですけど…、」
「旦那のことは名前で呼んでるのに俺様は駄目なわけ?」
言ってることはとってもかっこいい!多分、女の子だったらキュンとなっちゃう台詞なんだろう。だけど、だけど、その右手にももっている鋭く光ってるものが私には気になって仕方がないんですけど!!
満面な笑みを浮かべつつも、目は笑っていない猿飛さんに「ぜひ、名前で呼ばせてください」とよわよわしい声で言う。この時、正直に言えば土下座をしそうな勢いだった。
せめてもの救いか、私の中にほんの少しのプライドからか土下座をすることはなかったが、別に私が名前で呼びたいわけではないのに、何故こんな思いをしなくてはいけないんだろうか。
「よし、じゃあ練習してみようか?」
「たかだか、名前呼ぶのに練習なんていらないと思、っいません!」
ちらっと光る猿飛さん愛用の忍者道具。どこからだしてるんだよ!涙目ながら訴えてやりたい。
腹をくくり、猿飛さんを見上げる。猿飛さんの名前、確か佐助だったか、と思いだし(忘れたなんて言ったら台所がスプラッタ状態になるに違いない)佐助さん?と声を絞り出した。声が震えそうになったのはスプラッタ状態の台所を一瞬思い浮かべてしまったからである。
血だらけの姿でアハーと笑っている猿飛さん。容易に想像ができてしまい、怖かった。
「うんうん、合格」
「あ、ありがとうございます?」
「これからはちゃんと名前で呼ぶんだよ?」
分かった?と首をかしげる猿飛さんあらため、佐助さんに、はい、と脱力気味で答えた。
可愛がってもらえるのは嬉しいとおもうが、もう少し優しくしてもらいたいと思う私は間違っているのだろうか。いや、間違っていないはず。佐助さんは、もっと私に優しくするべ……いえ、佐助さんは十分に優しい…です…!言論の自由が欲しい!
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(2009・05・11)
更新が遅すぎてすみませんOTL が、頑張ろう!!
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