武田信玄の納めるこの城で生活しだして早数日。もうとっくの昔にこの屋敷の人々にも、この生活にも慣れてしまった。それは、ひとえに私の順応能力が高いだけでなくこの城の人たちが私によくしてくれるのもある。どうやら親方さまは私を記憶喪失設定でこの城の人たちに話したらしい。
そのおかげもあってか、皆優しくしてくれる。その中には同情的な目で私を見る人もいないこともなかったが、特段そんなことはきにならなかった。

それに、良くしてくれる人の好意には素直に甘えておくのが私である。

食事も本来なら、身分も何もない私はお館さま達と一緒に食べるようなことはあってはならないことなんだけれども(それ以前に話しかけることもままならないはずなんだけど)親方さまたちはそんなことを一切気にした様子もなく、私と食事を共にしてくれる。本当に、この屋敷の人たちはお館さまを始めとして優しい人ばかりだ。


猿飛さんもあの言葉通り私を無視することなく、むしろとても良くしてくれる。おまけに猿飛さんの作る食事はもうなんと言うか、表現の仕様がないくらい美味しいし、洗濯も早いし、彼の家事的能力には毎回圧倒されて………って、あれ?猿飛さんって忍びだったよね?え、主夫、いやおかんとかじゃないよね?咄嗟にそんなことを思ってしまえば、顔のすぐ横に何かが通り過ぎるのを感じた。

引きつった顔で視線を後ろへとやれば、そこには壁に突き刺さったクナイが。一層私の顔は引きつる。恐る恐る視線をクナイの飛んできたと思われるほうへとむければ、そこにはニッコリと微笑む猿飛さんがいた。

えぇー、ちょ、この人どんだけー。おかんなんてとんでもない。猿飛さんは立派な忍びの方でした。


ちゃん、気をつけてね」
「あ、はーい」

(あれか!言論の自由とかはここにはないのか!


それも言論の自由以前に思考にも自由がないのかと猿飛さんに言ってやりたい。私考えていただけなのに。口に出した覚えはないのに。

しかしながら、もう既に猿飛さんの餌付けをされてしまっている私は素直に猿飛さんの言葉に従ってしまう。まぁ、それ以前にクナイや手裏剣なんか投げられて命を落とすのは勘弁だから、なのだけど。


(何だかんだいって猿飛さんは良い人だからな……苦労人だし)


そう猿飛さんは結局良い人なのである(私が変なことを考えない限りは、だけど)そして、そんな優しい人たちばかりのこの城の中でも特に私に良くしてくれるのは、真田幸村、その人であった。
始めは怪我を気にしてくれているのかとも、思っていたけれど怪我もなおり包帯をとった今でも真田さんは私に良くしてくれる。

ましてや、この怪我だって別に真田さんのせいでできたわけではないのだ。最近では三時は真田さんと縁側で団子を食べる習慣さえできてしまっている。何だか、真田さんにまで餌付けされている感がひしひしと感じてくるが、このさい気にしないでおく。年上の真田さんにとってはもしかしたら私は妹みたいに感じてくれているのかもしれないし。
私としては真田さんよりも自分のほうが性格的には年上なんじゃないかと感じることが多いのだけど。


殿!お茶にしましょう!」


それにこんな笑顔で誘われて断れる人がいるとしたら、聞いてみたい。どうやったらこの誘いを断れるのか、と。私には到底無理だ。真田さんの後ろにまるでふっさふっさの尻尾が見えてしまうような気がして、断ったときその尻尾がへにょんと垂れ下がってしまいそうな気さえする。

満面の笑みをうかべて立って、こちらを見ている真田さん。そしてその手には美味しそうなみたらし団子。


……私に断る理由なんて見つけることはできなかった。










お団子を食べ終わりお茶をすすり、はぁと息を吐いた。縁側でゆっくりとする時間。心地よい風が吹き、ここが戦国の世だということを忘れさせてくれる。しかしながら、そんなこと言いつつも私はこの城の中以外は知らないしここが本当に戦国時代かなんて確証をえるものは一つもない。
けれど、たまに女中の人たちから耳にする話や、仲良くなった門番の人からの噂を聞く限りここは紛れもなく戦国乱世と言っても過言ではないようだ。

天下取りがどうとか、北の方で一揆がおこっただとか現代の世では聞くことのなかった話であふれている。そして、結局みんな最後は親方さまを褒め称えて話が終わるのだ。
つまり、みんな親方さまが大好きらしい。もちろん、私もすでに親方さまの魅力にぞっこんである。まぁ、さすがに真田さんの親方さま好きぶりには敵わないのだけど。
 

殿」

「あ、はい、何です?」


真田さんに声をかけられて意識を戻す。お館さまといるときは、色男がもったいないと思うくらいに殴られて騒がしいくらいの真田さんではあるが、今は静かに私と同じように縁側に座りゆのみを手にしている。そして、真田さんの視線はしっかりとまっすぐにこちらを向いていた。
その真剣な表情に、いつもと違う真面目さを感じ取った私は徐に背筋を伸ばし姿勢をただした。

殿はここに来る前、兄がいると申されていた…が」とわずか言いにくそうに、真田さんは口にした。先日、ここに来る前のことを話したときのことを言っているんだろう。親方さまから家族のことを聞かれて、私は正直に両親二人と兄が一人いると答えた。


海外に出張にいっている両親と、たった一人の兄。中学の頃は女子の制服を着て学校に通うという奇想天外なことをしてくれた奴だが最近、私が高校生になり本人も背が伸び成長してからはちゃんと男用の制服を着て学校に通ってくれるようになっていた。
元いた世界で今どうなっているかはしらないが、階段から落ちたことには代わりはなく、自他ともに認めるシスコンであるわが兄がうざったい態度をとっているであろうことは容易に推測できる。
真田さん達に家族のことはそのことを思い、苦笑をうかべていた私だけどもしかしたら真田さんにいらぬ誤解をあたえていたのかもしれない。

眉をよせてこちらを見ている真田さん……絶対いらぬ誤解を与えていたようだ。


「その……殿さえよければ、某を兄のように思ってくだされ!!」


(すいませーん、ここにツッコミっていうか猿飛さん一人お願いしまーす)


心の中で、呟く。どうやら本当に誤解……というか心配をかけていたようだ。私としては嬉しいと感じないことはないが頼りない兄は自分の戸籍上血のつながった兄だけで十分だ。どちらかと言えば真田さんと私だったら私のほうが姉のように見えるんじゃないかとも思う(外見的に言えば全然兄弟には絶対に見えない差があるのはもちろんだけど)(見た目からしてあまりにも真田さんと私では違いがありすぎる)
真田さんが何を思ってそんなことを言ったのかは容易に推測ができるが、間違った方向に思いが突っ走ってくれたらしい。

一直線な彼の性格はここ数日で理解したと思っていたのだがまだまだ甘かったらしい。さすがにここまで突っ走ってくれるとは思いもしなかった。


「いやぁ、それはさすがに…」
「遠慮なんてなさらずに。なんなら兄と呼んでもくださってもかまわん」


某のおすすめは幸兄でござる!と元気よく言われる。誰が呼ぶか!と内心突っ込みをいれておく。
さすがにこの年でその呼び方は恥ずかしい上に私のキャラではない。そして、真田さんにはっきりと言ってやりたい。遠慮なんてまったくもってしてないということ、を。でも、さすがに真田さんは私のことを考えていっているということは分かっているからそんなこと言えるはずもない。しかしながら、やっぱり嬉しい、と感じたのは真田さんには内緒だ。真田さんにそんなことを言えば、絶対に調子に乗るなんてこと分かりきったことである。


「えっとさすがに、」


それは…と言おうとしたところで真田さんの頭に見えていた(多分幻覚)耳が思いっきり垂れ下ったように見えた。え、錯覚?そう確認せずにはいられないが目をこすって見てみてもやっぱり垂れ下った耳が見える。
あはは、と笑いながらも私の頬は引きつっていたに違いない。ひくひくと頬が引きつるのを感じながらそれでも視線は真田さんからずらすことはできなかった。


「……」


私は美形という人種があまり好きではない。彼らは厄介事を自らが望んでいなくても起こし、そして周りの人間に被害を被る。今まで被害を被ってきた私にとって美形は好きになれないのだ。
でも、雨の日に捨てられている犬猫には弱い自信が自分でもなんですがすごくある。大概の女の子は小さくてか弱そうな生き物に弱いはず。

こちらを見つめている真田さんの瞳がそんな雨の日に捨てられている犬猫によく似ている気がして私はなかなかその先の言葉を紡ぐことができない。
はぁ、とため息をひとつ心の中でこぼしながら私は笑みをうかべた。


「じゃあ、幸村さんって呼ばせてください。幸村さんも、私のことは名前で呼んでください」


妥協案。その妥協案に真田さんは嬉しそうにはにかんだ。たかがこれだけのことで嬉しそうにしてくれる幸村さんに私もつられて笑顔がでる。さすがに、本物の兄として見ることはできないけれど、家族のように少しくらいなら甘えても許されるんじゃないだろうかと思ってしまったのは心の中にしまっておいた。

 



(2009・04・06)

幸村との話。武田軍と仲良くなろう編始まり。
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