そこは猿飛さんの言ったようにものすごく驚くような状況がひろがっていた。飛び散ったふすまや、もうもとの形を留めておらず何かわからないもの。そして、おもいっきり庭にでて殴り合いをしている真田さんと、武田さん。

思わず逸らした視線。

止めたほうが良いのか、と思ったりもしたけれど私はあれをとめれる自信なんてまってくもってない上に、正直巻き込まれたくない(これが大半の理由を占める)見なかったことにしようか。
そう思っていた私に隣にいた猿飛さんが声をかけてきた。


「あれ、武田軍名物。まったく二人とも派手に荒らしてくれちゃって……誰が片付けると思ってるんだよ」


ボソリと紡がれた一言に思わず泣きそうになった。猿飛さん、貴方があれを片付けるんですね!猿飛さんが未だ何者かは分からないけれど、明らかに家政夫ではないはず。
なのに猿飛さんからは明らかにそんな空気がただよっていた。それを思うとあまりに猿飛さんが可哀相に思えてきて「私も手伝いますね」といつの間にか口にしていた。


「……ちゃん!あんただけだよ、そんなこと言ってくれるの!」


そう言って私の手をとった猿飛さんの瞳にはうっすらと涙が、そして何か周りにはキラキラとひかるものがとんでいた。

どれだけ苦労してるんだ、この人は。って言うか、荒らした本人達は片付けないのかよ(まぁ、真田さんは片付けするよりも汚す方が得意なように見えるけどさ!)

そんなことを思っていた矢先、「は、は、破廉恥である!」と言う声が聞こえて来た。

もう声だけで誰か分かるところが悲しい。ちなみに声だけ、と言うよりは言葉だけで、と言ったほうが正しい。
破廉恥だなんて言うのは、あの人くらいしかきっといない。私は頭が痛くなるのを感じながら猿飛さんと二人でその声をしたほうに顔をむけた。視線の先には真田さんがこちらを顔を真っ赤にしてみていた。


その隣には武田さんがいて腕を組みながら「幸村もまだまだだのぉ」なんていってる。
いやいやまだまだだのぉ、じゃないですから!とツッコミたい気持ちを私は何とか抑えた。明らかに破廉恥な場面でもないし、ただ手をつかみ合っているだけ。

それにこれの意味に情なんてものはなく、あえていうなら猿飛さんの感謝(いや、これも可笑しいな)の気持ち。



「猿飛さん」
「何?」


「真田さんの破廉恥基準ってどっからですか?」


イチャついていると言われても「破廉恥」、手を握っても「破廉恥」じゃあ、何が破廉恥じゃないんだろうか。
むしろ、真田さんの格好の方が破廉恥だという言葉は飲み込み猿飛さんに聞けば、猿飛さんは「さぁ」と言いながら私の手を離した。その間も破廉恥と叫び続けていた真田さんには再び武田さんの鉄拳がとんだ。

隣でなにやらぼやく声を僅かに聞こえて来たのを感じて、猿飛さんの苦労を改めて思い知ったような気がした。









綺麗に片付けられた部屋に正座ですわり、目の前には武田さんと真田さんがいた。
見事に片付けられたこの部屋を片付けたのはもちろん言うまでもなく猿飛さんで彼の手際の良さと言ったら、どこぞやの子持ちの母親の空気を思わせるものがあった。

お母さん、と片付けている途中に思わず言いそうになったその一言に、猿飛さんはニッコリとクナイを投げて答え、私はこれは禁句なんだろうと言うことを静かに悟った。って言うか、クナイなんて生で見た上に、初めて投げられたよ!これじゃあ、やっぱりここが異世界だって認めざるをえないじゃないかよ!


「(笑顔でクナイ投げるとか人間じゃないよ……)」


私の横を通り抜けて言ったクナイが、ひらり、と私の髪の毛を切り落としたのも悲しき事実だ。
右の髪が左の髪にくらべて短くそろっているのは、そのせいでもある。

「アハー、てがすべっちゃった」なんて語尾に星がつきそうな言い方をされても、信じれない。
とりあえず、絶対にお母さんとはもう言わない。だけど、その代わりオカンって、言ってやる!!



そして、猿飛さんが苦労している割には良い性格をしていると言うことも知った。この人、苦労はしてるんだけど最後の最後には良い所持って行きそうだ。
うらやましい(私なんて苦労しても良い所持っていったためしなんてないのに!)僅かに切りそろえられた横髪に触れながら、これからは発言に気をつけようと心に決めた。

でも、真田さんを叱っているときの猿飛さんといったら本当にお母さんそのものだった。
少しだけ真田さんが可哀相に思えたけれど、助けることなんてしなかった。これ以上、髪の毛が短くなるのはご勘弁被りたい。



と言ったな」



あの有名な武田信玄(本物かどうかは確認不明)が私の名前を呼んだ。私は触れていた髪の毛から手を離し、膝の上にのせて背筋をしゃんとして真っ直ぐと武田信玄を見すえた。
もし私が本当に戦国時代に来てしまったというのなら、私は教科書でしか見たことのないはずの人に名前を呼ばれたことになる。


一生交わることのなかった線。平行線であったはずのそれが交わったような気が少なからずした。本当は森の中で目が覚めたときから感じていたのかもしれない。
私はここにいるべき人間じゃないと。だけど、それを何とかごまかして認めなくはなかった。

ここが私の世界でないというのなら、ここでの私の居場所なんてなくなってしまうから。
怖い。自分の居場所がないなんて怖くてたまらない。その気持ちが私を支配していく。


しかし、いつまでもそんなことを考えているわけにも私は深呼吸を一回した。

今は居場所のことなんて考えるのはやめよう。暗い私なんて、私らしくもない。隣にいる猿飛さんをちらりと見て、目の前の人物を再び見やる。


、歓迎するぞ」


ニコニコと微笑みながら言う武田さんに、私は驚きを隠し切れなかった。隣で猿飛さんが「ちゃん、驚きすぎっしょー。さっき、大将言ってたじゃん」と言っている。
確かに、さっきも「ならば、記憶が戻るまでわしの家におれば良い」なんて言ってくれたけど、今のように真面目な空気は漂ってなかったし、先ほどの私は動揺しすぎてその言葉を丸々受け止めることができなかったんだ。
私は驚きながらも、猿飛さんにしか聞こえないくらいの声で言葉を発する。



……一国の主がこんな簡単に私みたいな怪しいやつ家に置くなんていってよいんですかね?(まぁ、大将が決めたことだからね。それにちゃんから殺意感じないし)いや、でも、もしかしたら武田さんの命を狙ってる奴かもしれないじゃないですか?(普通それ自分からそれ言わないっしょ?それに、誰もいない部屋でわからないことだらけ、なんて言わないでしょ)えぇぇ、ちょっ、私の独り言聞いてたんですか?!(それが俺様の仕事だからね〜)仕事だからね〜じゃねぇよ!恥ずかしすぎるじゃないですか!独り言って自分だけしか聞こえないように言うからひとり言って言うんですよ!(そんなこと知ってるよ。まぁまぁ、落ち着いて、ね?それにさりげなく俺様に対しての口調が厳しくなってるからね?)あっ、すみません!いやいや、でも、こんな見ず知らずの私なんか置いてもらっても良いものかと(だけどちゃん行くところないでしょ?)……それはそうなんですけど。



「何、佐助とコソコソ言っておるんじゃ」

「えっ、なんでもないです!……でも、その武田、さま、よろしいんでしょうか?」


なんとなく、さんとは言いづらくて、さまをつけて言えば武田さんは豪快に笑いながら「良いに決まっておるだろ。幸村を庇い怪我までさせたんじゃ。このぐらいどうってことないわ!」と言って述べた。
あまりの武田さんの懐の大きさに、私はこの人に一生ついていきたい!と思った。

真田さんが武田さんに懐いている理由がどことなく分かった気がする。こんな良い人中々いない。


「まぁ、そうじゃのぉ。ここにおると言うなら、幸村のようにお館様と言って貰えた方が嬉しいのぉ。もしくは間違えて父上でも」
「いやいや、大将。そんな間違いないから」
「む、そうか」

「(武田さん、可愛いなぁ)」


だけど、さすがに間違えて父上って言うことはないな。家ではずっとお父さんって呼んでるような家庭の出身だから。せめて、間違えてもお父さんだな。


「心配せんでもここにおるのは皆良い奴ばかりじゃ。」

「ありが、とうございます」


笑っている武田さん・・・・いや、お館さまにゆっくりと微笑を返す。何者かも分からない私にこんなに優しくしてくれるこの人たちは凄く、良い人なんだろう。この人たちだったらノートを持って歩いている女の子を気遣うことや、もしかしたらノートを一緒に運んでくれるかもしれない(あの学校の人たちに見習わせてやりたいくらいだよ)(あ、思い出したら腹立ってきたよ……!)




この世界は私のいた世界ではない。今、私はそれをはっきりと認めた。認めても、怖くなくなったから。この目の前にいる、武田信玄という人が、ここでの私の居場所を作ってくれて、私がここにいても良いという。
心の奥底で冷たかったものが、ジワリ、と溶け出し暖かくなっていったような気がした。



「それで、ちゃん。自分の名前のほかに覚えてることないの?」



いきなりの猿飛さんの一言。あぁ、そう言えば私何故か記憶喪失設定なんだっけ?
正直に話しても信じてもらえるか分からない。それならば、もしかしたら記憶喪失で通したほうが楽かもしれないし、その方が良いのかもしれない。それでも、何故かこの人たちに嘘をついてしまうのだけは嫌だった。

それに、いつまでも記憶喪失として突き通せるとは思えない。

私はここの人間じゃなくて、違う世界の人間で、それなら帰る方法も探さなければならなくなるし、記憶喪失と偽ったままその方法を探すのには無理がある。真っ直ぐと三人の顔を見る。言っても信じてもらえないかもしれない。それでも良い。私は一息、息を吐いて口を開いた。



「すべて覚えてます。本当は私、記憶喪失ではないですから」
「さっき、記憶喪失と」

「言ってません。ひっとこっとも言ってません」


お館さまの言葉を途中で遮って言えば、猿飛さんが僅かに声を鋭くして「それって、どういうことなわけ?」と言う。
少しだけ、背中につめたいものを感じながらも私は嘘偽りを言うつもりもなく、ありのままの今まで自分の身に起こったことを話し出した。


言葉が震える。だけど一言、一言をはっきりと伝えていく。この話をすべてし終わった時、もしかしたらまた私はこの世界での居場所を失っているかもしれない。そう思うと、心の奥底で暖かくなっていたものがまた冷たくなるような気さえした。それでも、私は話すことはやめなかった。

 



(2009・04・01)
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