一歩前に踏み出して、男達を見れば、青年が私の方を見て、驚いたように口を開いた。しかしどんな表情でも美形は美形。間抜けな表情をしようともかっこ良いのだから凄いと思う。
護身術がどこまで相手に通用するかなんて分からない。
でも、やってみなければ分からない。少しだけ湧き起こった好奇心に私はまた厄介事を招いてしまっている。


「あ、危ないでござるよ!」
「(ござる?!)大丈夫ですよ、多分」

「今、多分って言っ「言ってません。聞き間違いじゃないんですか?」」


私が言えば青年はムッといいながら黙った。その表情が先ほどまで男達を次々に倒していた青年の顔とは思えずに、私は可笑しくなり思わず笑みを零した。
この青年、きっと癒し系だ。
場違いなその考えに気づいてか、気づいていないのかは分からないけど(多分、気づいていないと思う)青年は、怪訝そうな顔で私の顔を見ていた。そりゃ、こんな男達に囲まれていて笑っていたら可笑しな奴だとは思うわな。私だってきっとそんな人を目の当たりにしたらきっと引く。
だけど、実際自分が引かれたのかと思うと、少しだけ傷ついたのは本心だったりする。



「何、イチャこらしてんだ!」
「(イチャこらって……死語だ!)」


私と青年の会話に、男達が片眉を上げて言う。イチャこらって……!
そんなもん死語だよ!と咄嗟にツッコもうとしたのだけど、それは私の隣にいた青年により遮られた。


「は、は、破廉恥である!」

「「「「……は?」」」」


私と男達の声が、重なった。何が破廉恥なんだ、何が。思わず青年に詰め寄ってそう聞きたかったのは山々だけど、顔を真っ赤にしてもう一度「破廉恥である!」と叫んだ青年にそんなこと聞けるわけもなく、私は呆然とした顔で青年を見た。

「真田様……」と後ろから少女の力なき声が聞こえてくる。それは呆れたような声色にも感じられた。

私達を取り囲む男達もあっけにとられた様子で、その青年を見る。なんともいえない空気がその場に漂った。しかし、そんななんともいえない空気が漂っても男達は、ハッとした表情に戻るとこちらを睨んできた。
チッ、あのままなんとも言えない空気が漂ったままだったら良かったのに。
そうすれば、この集団からも逃げられたかもしれないのに。そう思いながら私も青年の顔から男達のほうをにらみつけた。

隣の青年もその空気を感じてか、先ほどの真っ赤にした顔から急に真剣な顔へと変わっていた。


「さて、行きますか」


一呼吸をおけば、男がこちらへと向かってくる。さすがに力で敵うわけがないというのは分かっているので、さっと避けて足を払い男を地面へと押し付けた。


「お主、中々やるでござるな」
(だから、何故にござる?!)……いやいや、そんなことないですよ」


「某、名を真田源二郎幸村と申す!お主の名を教えては下さらぬか?」

「(それがし、って言った……!)」


今の時代、ござる口調はまだなんとか全国探せばいそうな気もしないこともないけど、某は全国探してもきっといないと思う。っていうか絶対にいない!
この人、コスプレしてると思ったら、心の中もちゃんとそのキャラに成りきってるのか!
思わず感嘆の息が零れながら、だけど、こんなキャラを見たことない私は一体、何のコスプレをしているのかと少しの時間考え込んだ。



「教えては、下さらぬのか……?」
「あっ、はい、といいます!」


考え込んでいたせいで、一瞬青年のことを忘れてしまっていた。青年が眉を下げて不安げな顔をさせながらこちらにを見ているのに気づきやばい、と思いながら自分の名を言えば、青年は笑いながら「よろしくでございる、殿!」と言った……この人忘れてるんじゃないだろうか。

私たちが今どんな状況にいるのか、ということを。そんな私達の状況をもちろん黙って男達が見ているわけもなく、青年もとい、真田さんの方に一人の男が棒を持って近づいていた。
青年はもちろんニコニコした笑みを浮かべながらこちらを見ている(いや、確かに可愛いだけどさ!今の問題はそこじゃなくて……!)


このとき、ちくしょっ!と叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
体を前にやり、青年を押しのければ、目の前には男が振り下ろした棒。ガツン、とそれが脳内を揺さぶる。あまりの痛さに声にならない叫びが、そして僅かに視界が歪んだ(泣くな、泣くな)


「…いったぁ」

こ の 男 、 ど う 殺 し て や ろ う か 


女の子としてこんなこと思うのはどうかと思うがそう思わずにはいられない。ギロリ、と目の前の棒を振り下ろした男を睨みつけていれば「大丈夫でござるか?!」と青年の焦ったような声が聞こえた。
青年の方を見れば、私の方を驚いた様子で見ている青年の顔が目に入る。


「大丈夫です」
「しかし……」

「本当に大丈夫です!だから、」


今はこいつらを倒す方が先ですよ。と言えば青年はもう何も言わずにコクリと私の言葉に頷いた。
叩かれた頭はガンガン痛むけど、今はそんなことは言ってられない。とは思ってはいたものの、ほとんど男達を倒したのは青年だった。どうやら私が心配なんてすぐ必要がないくらい、この青年は強かったらしい。なんとも、コスプレ青年凄いな、と思いながら私は少女の方を見やる。
たくさんの男達が倒れた中で、怯えた表情をしていた少女も私と目があえば、ゆっくりと微笑んだ。頭は痛むけど、その表情が見られたのなら、そう思う自分。

もしかしたら生まれてくる性を間違えたかもしれない。





「ありがとうございました」

頭を下げた少女に私は「そ、そんな!」と言って、あたふたしてしまう。少女は顔をあげ、私の方を一度見てから青年の方を見れば「ありがとうございました、真田様」と言った。

真田様って。本当になんで、様呼び?と思いながら、私は真田さんの方を見た。

見事なコスプレ姿。だけど、こんなコスプレ姿でどうして山にいるんだろうか。それに周りの男達も、この少女もどうして着物姿なんだろう?
多くの疑問に頭を悩ませていれば、こちらを見た真田さんが目を見開いて私の頭の方を指差しながら「殿!」と叫んだ。


「あ、はい、どうしました?」


あまりの真田さんの驚きぶりに私も驚きながら、真田さんの指差すところに手をやった。ぬめり、とした暖かい感触。嫌な予感が頭をよぎり、そのぬめりとした正体を見れば、それは真っ赤な液体だった。
たらり、とそれが私の頬を流れていくのを感じる。思わず引きつる頬に、私はフッと意識を手放した。
遠くで「様?!」と私の名前を呼ぶ少女の声と、「殿ぉぉぉぉ!!」と呼ぶ暑苦しい声はきっと私の勘違いなんかじゃないだろうと思う。





***





私が気づいた時には、何か知らない部屋へと寝かされていた。畳の匂いが香る、その部屋で私は一体何処だろうと考えながらあたりをキョロキョロと見渡す。純和室の部屋、なんて学校になかったはずだけど。
茶道室はあったけど、そこにも窓の一つや二つあったはず。
なのに、ここに窓なんてものはなくふすまがあって、あきらかに学校の施設じゃない。確かに私が気を失う前にいた場所は何故か、森の中だったけど、その前は確かに学校にいた。

まったく、やってられない。


「……どこだよ、」


紡いだ言葉にもちろん返ってくる返事はなく、とりあえず、起き上がりふすまをあければ、そこには立派な庭が広がっていた。

いやいや、広がっていたじゃないだろ。どこなんだよ、ここ。

学校で階段から落ちたと思ったら、森にいて。森にいたと思ったら、次は立派な部屋で寝かされていた……どっきり?どっきりなのか?だけど、たかが15歳の小娘を騙すようなどっきりにこんな大掛かりなことをする?っていうか、私にどっきりしたって面白くもないだろ。

反応もきっと芸能人のように面白い反応なんてできないし、それに頼まれたノートを運んであげていた私をどっきりにかけるなんて、とてもじゃないけど非道すぎるよ。



じゃあ、これはどっきりじゃない?
でもだとしたらここは何処?


「分からないことだらけ、だ」



そう零した瞬間に部屋の中から、カタッと音がしたような気がした。しかし、部屋の中を見渡しても別に何も変わったところはない。
聞き間違いか、と思い再び視線を庭の方へとやった。



さぁ、どうしようか。誰か人はいないかと思って右と左を見ればあるのは長くて綺麗に磨かれた廊下。
その視線の先には人は一人もいない。


「誰かいませんか……?」と聞いても、何も聞こえる声はない。
ハァ、とため息を零しながら頭に手をやればいつの間にかそこには包帯が巻かれていた。起きた時点で気づけよ、私!どうやら、あの男に棒で殴られた傷は誰かが治療してくれたらしい。
そうだ、そう言えば真田さんとあの少女は何処に行ったんだろうか。
私が倒れる直前に聞いた声はきっと間違いなくあの二人のもの。特にあの暑苦しい叫び声は真田さんのものに間違いないはず。

じゃあ、もしかしなくても、ここに連れてきてくれて頭の治療をしてくれたのはあの二人のどちらか?

そんなことを考えながら、どうしたものかと廊下を左右にうろちょろしていれば「何をしておるのだ?」と、どこからか声をかけられた。
あわてて声のしたほうを振り返ればそこには人の良い笑顔をうかべたスキンヘッドの人が、これまた着物で、両手を組みながら立っていた。


「……いやいや、また着物?何、最近着物がはやってるわけ?確かにここは着物を着た人が似合うくらい立派な家だけど、だけどさ!」
「どうしたのだ、娘?」

「えっ、な、なんでもありません!」


私がそう焦ったように言えば目の前の人は「そうか」と言って、微笑を深くした。だけど、次の瞬間に空気が変わる。
いや、にっこりとした笑顔にはなんら変わりはない。だけど私と目の前の人物を包む空気が何か鋭いものにかわったような気がした

「お主、幸村が連れてきた娘であろう?そんな格好で、あんな山の中何をしておったのだ?」

何か探られているような口調。幸村、と言うのはきっと真田さんのことで、私はあまりの空気の鋭さに息を飲んだ。
大丈夫、そう自分に言い聞かせて口を開く。


「……覚えてないんです」
「覚えてないとは?」


「気づいた時にはあの場所にいて、自分でもどうしてあの場所にいたのか分からないんです」


学校でノートを運んでいたはずなのに、と言う言葉は心の中で呟いた。その言葉に目の前の人は少し考え込む仕草を見せると「そうであったのか」と言って、私の頭に手を置いた。


「それはさぞかし不安だっただろう」


確かにその人の言うとおり不安だった。
ドッキリか、ドッキリじゃないかも分からず、訳の分からないことばかり起きるこの現実が。つねっても痛い頬がこれを夢だと見ることを許してはくれずに途方にくれた。暖かみのある掌が私の頭を撫でるのを感じながら、視線をおろす。


「記憶喪失とは大変だったな」

「……」


あ、あれ?なんかこれ可笑しなほうに話していってないかな?いつの間に、私記憶喪失になってるの?
そう思い顔を上げれば、目の前の人は豪快に笑いながら「ならば、記憶が戻るまでわしの家におれば良い」とこれまた豪快に言って述べた。


「・・・あ、はい?えっと、あの、」


ちょっと、話の展開についていけないぞー?っていうか、ここが何処なのか私まだ分かってないぞー?

そんな私の気持ちなんて一切気づかずに「おい、佐助!」と目の前の人が声をあらげれば、空と言うか天井からスタッと人が落ちて、いや、降りてきた。「ひぃぃ」と声にならない叫び声をあげればその落ちて、いや、降りてきた人は「良い反応」と言いながらこちらを見て笑った。


「はいはい、大将お呼びですか」
「うむ、この娘どうやら記憶喪失らしいのじゃ。これは甲斐の虎、武田信玄としてはほっておけぬ」
「甲斐の虎って関係なくない?……それで、俺様は何をすれば良いわけ?」
「少しわしは席をはずさねばならない。その間、この娘の世話を頼む」


私抜きでどんどん、会話が進められている。会話の途中の甲斐の虎、と言う言葉と、武田信玄、と言う名前が気になったけどツッコミをいれることもできず、私はただただ唖然とした顔で見ていた。
自分でも想像のしてなかった展開。

本当に何これ?っていうか、その前にここはどこ?そう考えると私は自分の置かれている状況がさらに分からなくなってしまっていた。

 





(2009・04・01)
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