手の中にあるたくさんのノートの束に私は僅かに舌打ちを零した。たまたま用事があって職員室へと行ってみれば、まさか他の先生からこんな仕事を頼まれてしまうとは思いもしなかった。
あの担任どうして葬ってやろうか、なんて一瞬思ったりもしたけれど、それでも先生からの頼み。
断るわけにも行かず私は引きつる頬に力を入れて微笑んだ。


「えぇ、了解しました」


その時心の中でどれだけこの担任を罵倒したのかはきっと担任もその場にいた他の先生達誰一人気づかなかったことだろう。ははーん、馬鹿な教師が!と思わず言ってしまいそうになった言葉は静かに飲み込み、ふと考える。

自分のキャラはこんなキャラじゃないはず。

こんなこと思うなんて何か私、ストレスでもたまってるのかもしれない。そう考えて私は、はぁとため息をついた。最近はストレスの溜まる原因に思い当たる節が多すぎる。
頼まれたら断れない性格と少しだけある好奇心。

そのせいでどんどん厄介ごとに巻き込まれてしまっているような気がしてならないがそれでも私の性格が変わってくれることはない。いや、でも断れないとわかって頼んでくる先生も先生だと思う。どうして、こんな性格で生まれちゃったんだろうか。



一冊ではそこまで重みもないノートもクラスの人数分となると、それなりの重さになる。それも今の時間は、生徒がにぎわう昼休み。生徒の間をぬけながら自分の教室まで戻るのは中々厄介なことで、私は人にぶつからないように人の合間合間を縫うように歩いていた。
よろよろとすることはないけれど重さで腕が痺れてきたのは事実で、早く教室に着かないかと前を見据える。だけど、まだまだ教室への道のりは遠い。
ぶつかりそうになった男子生徒を避け、その生徒をまるで睨むかのように見据えた。ちんたら歩くなよ、と内心では悪態をつきつつ私は再び腕に力をいれる。


周りの生徒も少しくらい避けるとか、むしろ私を助けてくれるくらいしてくれれば良いのに。普通、女の子がこんな重たいものを持っていたら優しい人が話しかけてくれるのが少女マンガの鉄則って奴ではないだろうか。

あぁ、そうか。そういう鉄則は可愛い子限定なのか。どうやら私のような平凡少女にはそんな鉄則は存在しないらしい。


「(冷たいなぁ、人間って)」


小学生の頃は助け合いの精神がどうのこうのってよく先生が言っていたと思うのに。もうこの年になってしまうと、そんな子供のときのことなんてきっと忘れてしまうんだね。
少しだけ遠い目で、はは、と自嘲じみた笑みを浮かべた私はその時自分がどこにいるかなんてまったくもって忘れていた。

足を一歩、前へとやればガタンとあるはずの床を踏むことなく、私は見事に足を踏み外した。
その瞬間に、後ろへと倒れる体。



そう言えば私、今階段昇ってたんだっけ



あっさりと導かれた答えに、私の体は何も抵抗なんてことが出来ずにただただ今から来るであろう痛みを待った。ここで何かできるほどものすごい運動神経があるわけでもないし、ここで誰かが助けてくれると思うほど夢見ることもない。

宙を舞う、私とクラスのノート。

このノートを押し付けたあの担任にどうにか責任をなすりつけ、5、6時間はもうサボってしまおうと思いながら私は目を閉じる。きっと痛いだろうな、とは思いながらもあまりに冷静な自分の思考に僅かに驚いた。
自分が階段から落ちていると言うのにこんなに落ち着いていて良いものだろうか……良くないよなぁ。だけど、だからと言ってどう反応しても良いか分からない。


遠くで聞こえる女生徒の声。甲高く響く声に、どうせそこまで高さがあるわけじゃないから大丈夫なのに、とまるで他人事のように私は少しだけ周りの喧騒に眉をひそめた。











「……」

いつまで経ってもこない衝撃。私としては2、3秒であのかたい床へと叩きつけられると思ったのにいつまで経ってもその衝撃はこなかった。いや、これには御幣がある。

衝撃はきたのだ。

だけどその衝撃は私の想像していた衝撃なんかではなく、何か柔らかいものに体が埋もれた感触。そして、私の周りを包んでいた喧騒はいつの間にか消え、あれだけ煩わしいと思っていた声も私の耳には入ってこない。
その代わりに、何か葉のこすれる音と、鳥の鳴き声が聞こえる。

さすがに、このまま目をつぶっているわけにはいかない。でも、開けるのが怖い。もしかしたら、あの落ちる瞬間に意識を失い、保健室へと運ばれてきたのかもしれないと思ったけれど、私は意識を失った覚えもない。それに、この緑の香り。
ドキドキ、ともしかしたら、と思い気合を入れなおして恐る恐る目をあければ、私の視界には多くの高い木とそして、遠くに青い空が見えた。


「…う、うん?いやいや、ちょっと待て。そうだ、ちょっと落ち着こう。そうだ、そうだよ」


深呼吸を数回する。自分はさっきまで学校にいた。そうだ、そのはず。なら、なんで今の私はこんなたくさんの木々たちに囲まれて、森の中、のようなところにいるんだろうか。

可笑しくないか?いやいや、可笑しいに決まっている。

まさか、あの高さで私は15年と言う短い生涯を終えてしまったんだろうか。あぁ、たくさんのノートに囲まれて最期を迎えるなんて……少し、自分が哀れで仕方がないんだけど。それに、あのノートはクラスメイトのもの。
なんだか、申し訳ない気がしてならない上に、落としてしまったせいで皺になったノートもあるかもしれない。


「(りりん、に怒られる)」


そして私の友達は確実に自分のノートがそんな目にあったら怒るに決まっている。綺麗好きの私の友達はきっと、私よりも自分のノートの方が順位が上だと思う(あれ、これって友達って言って良いの?いやいや、今はそんなことより目の前のことを考えよう)
そう思うと、サァと顔が青くなるのを感じた。しかし、こんなところに来てしまった今、私が出来ることなんて一つもない。とりあえず起き上がり回りを見渡す。
つねってもちゃんと痛みはある。それに、死んだ時に渡ると噂される三途の川もない。

私は何処に来てしまったのか。少しだけ途方に暮れていれば、ガサガサと周りの草が音を立てる。何事かと、思いそちらの方を伺っていれば、一人の女の子が草をかきわけ、でてきた。
それも、その少女の姿は今の時代では少なくなった着物。こんな森の中で、着物とは動きにくかっただろうにと考えていれば、目の前の少女は私を見て目を見開いていた。



「……っ?!」


酷く驚いた様子の女の子に私はなんとなく「あ、どーも」と言葉をかけた。
しかし、その女の子から言葉が返ってくることはなく焦った様子で後ろを振り返っていた。


「どうかしました?」

「えっ、あ、あの……!」


そのあまりの焦りように何かよくないことを感じた私はその女の子に聞けば「追われてるんです」と衝撃の一言。
意味の分からない場所で一番初めにあったのがこんな可愛い女の子だったのはある意味神に感謝したいところではあるけれど、面倒ごとは勘弁だ。

そう思ってはいるものの、私の手は彼女の手を掴み、いつの間にか走り出していた。彼女の言うように後ろからは追っ手と思われる男達の声が聞こえる。


「あの?!」


後ろから焦ったような声が聞こえる。当たり前と言ったら当たり前。普通いきなり現れた女が自分の手を引っ張って走り出したりしたら驚くに決まってることだろう。
だけど、私はこの女の子を一人にしたら駄目だと感じた。
それに追われている女の子を見捨てるなんてこと私には出来ない。後ろの少女の荒い呼吸に気づき、少しだけ速度を落としてみたものの、すぐ近くまで男達の声は聞こえてきていた。


「キャッ!」

「このアマァァ!」


汚い男の声。それと共に聞こえた少女の声に私は思わず、あぁ、これが女の子の声なんだ!と思ってしまっていた。

もし私がこんな目にあったとしてもこんな可愛らしい叫び声はきっとでないと思う(と言うか、絶対にでない)すっごいなー、っていうか可愛い声だな!私もこのぐらい可愛い声が出せたら、そして、顔がもっと可愛かったらあの時ノートを一人で運ぶハメになることにはならず、誰から手伝ってくれてたかもしれない(うわぁぁ、ちょっと自分で言ってて悲しくなってきた……!)
しかし、今はそんな事考えている場合ではない。


「何するんですか!」


少女を自分の後ろにやり、目の前の男達を見る。いや、見ると言うよりは睨み付けると言ったほうが正しいのかもしれない。
人数にして5人。
これまたきているものが着物なのが気になるところではあるけれど、今は気にしないでおく。それよりもこの女の子の方を助ける方が大事だ。



「何してるって、そんなの決まってるだろ」
「その女が俺達にぶつかったから、少し詫びをしてもらおうと思っただけさ」



ビクッと後ろにいた少女の肩がゆれる。思わず零れた舌打ちに、目の前の男達の顔が歪んだ。
何が、詫びだ。どうせ自分達からぶつかってこの少女にいちゃもんをつけたくせに。後ろの少女が私の手を握る手が強くなるのを感じ、私は少女に「大丈夫だから」と言って、その手をやんわりと外させた。
さすがに、少女と手をつないだままではこの男達を相手にするのはまずい。と言うか正直、内心逃げてしまいたいような気がとてもする。


「(護身術なんて言っても自分の身を守るためのものだからな……)」


小さい頃から一つ上の兄と習い続けた護身術。だけど、これだけの人数を一人で相手にするには少々というか、かなり不安である。

さて、どうしたものか。
しかしそんなこと考える間もなく決まっていた。とりあえず、目の前の男達は絶対に倒す。可愛い女の子を泣かせた罪は大きいし、それに見ているだけで腹が立つような顔に私はイライラを隠すことができなかった。
こちらに手を伸ばした男に、私は怨念をこめながらその手を払いのけようと手をだせば「何をしておるのだっ!!」と言う声が聞こえて来た。


後ろの少女からは「真田様?!」と驚くような声が零れた。知り合い、なんだろうか。それに、様、だなんて、敬称がついているとは偉い人がきた?
しかし、その声にはいまだ幼さを感じるものがあった。

若いのに、様付けだ何て一体どんな人なんだ、と気になった私は声のした方に顔を向ける。

真っ赤な鉢巻が風にゆれ、後ろで伸ばされた髪もゆらゆらと風にゆれていた。そして、手に持つは彼の着ている服のような真っ赤な二つの槍。
まっすぐにこちらを見る顔はまだいささか幼さをのこすものの十分、青年と呼べるような年頃だろう。っていうか、まだ着物とか(違和感はばりばりあるけど)ならどうにか見てみぬふりはできたけど、さすがにあの格好は見てみぬふりはできない。


「……コスプレ?」


思わず零した言葉は正直な私の気持ちだった。顔はかっこ良いのに、もったいない。そうは思いながら、その人を見れば、その人はまた声を荒げながらもう一度「何をしておるのかと聞いておる!」と言った。

えぇぇ、何その口調ー。呆然とその人を見る、私と男達。

しかし、その男達はハッとすると「う、うるせぇ!」と声をだしながら、私に手を伸ばした。思わず、握られた腕に悪寒が走るのを感じながら私は思わずその男をねぎ伏せていた


「(初めて役に立った気がする、護身術が……!)」


実践で初めて役に立った自分の技に感動していれば咄嗟の私の行動に男達は青筋を立て私を睨みつけながら「テメー」と言っている。
あれ、これってやばくない?……やばいよ。普通にやばいよ!とどうしたものかと思っていれば、私の目の前に先ほどの青年がいつの間にか立っていて、私と少女を庇いながら「大丈夫か?」と声をかけてくれていた。


「あ、はい」

いい人がいる!ここにいい人がいる!
ノートを運んでいる時は人間って冷たいな、なんて思っていたけど、この人は違う。


「女子に手を出すとは、恥ずかしくないのか!」
「(良い人がいる。良い人がいる!)」

「なんだと……!」


青年の言葉に腹を立てた男達は次々とその青年へと向かっていった。しかし、それを物ともせずにその青年は次から次へと持っていた二つの槍で相手を倒していく。ぶっちゃけ、コスプレだけど、この人強い……!
あまりの強さに私はただただその光景をジッと見やっていた。


あっという間に片付けられていく男達。だけど、どうやら敵はそれだけではなかったらしく、新たな男達が現れる。ザコキャラというのはゲームやアニメの世界だけでなく、集まる習性でもあるのか。
そんなくだらないことを考えていれば、ジリジリと男達が私達を囲む。さすがに青年も私とこの少女を守りながら戦うのは大変らしい。

もちろん、私だってただいま絶賛この男達にはムカついている。と、いうことはやるべきことは一つ。
私も微力ながら助太刀するしかない。


「可愛い女の子を泣かせた罪は重いですよ?」


にっこりと笑顔を作りながら、私は目の前の男達を見据えた。こんなこと言いながら内心では、無理だ!絶対無理だ!と思っていたのは誰にも内緒の話である。護身術を習っていたとはいっても、一応普通の女の子。まぁ、だけど、少しくらいならこの青年の力になるかもしれない。そう思いながら私は一息、呼吸をついた。

 





(2009・04・01)
ネタ日記で連載してた戦国BASARAな平凡な日々。とりあえず設定は平凡な日々の設定でBASARAってもらおうと思います。
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