心地よく聞こえる響きはとても久しぶりなものだった








あせない想い.7









日吉がこちらに寄ってきているのが分かる

だけど私はこの前の様に逃げようとはしなかった








久しぶりに呼ばれた名前は以前と何も変わらない響きだったから









いつの間にか日吉は私の目の前まで来ていて

この前は日吉の顔が見れなかったけど、今の私は日吉の顔をちゃんとみることができた




一年ぶりに見た日吉はあの頃よりもっとかっこよくなっていた









自分はあの日から何も変われていないのに日吉は確実に変わっていっているんだ








そう思ってしまったが最後、日吉の顔がぼやけて見える




「っ!」







日吉が目を見開く。そして、片方の眉を歪ませてまるで私に懇願するかのような声をだした

その声は悲痛なもので、こんな声私は今までに聞いたことがあっただろうか







「泣くな・・・!!」









だけど、そんな風に言われても自分ではどうしようもできない

本当は日吉の前で泣きたくない筈なのに涙が止まってくれない








「ごめ・・ん、な・・・さい」








私その場にいるのが心苦しくなって踵を返して教室から出て行く。そのまま学校から出て行くまで力の限り走った

保健室から下足箱まで授業を行なっている教室もなくて廊下を走っても怒られることはなかった




本当は学校にはたくさんの生徒や先生がいるはずなのに、自分ひとりしかいないのではないかと思えた














走ったせいで熱がまたあがってしまったようだけど、大丈夫だと自分に言い聞かせる












いつもと同じ帰り道のはずなのに、今日はいつもより長い道のりに感じる

そのせいか私はもう少しで家に着くってところで急に気分が悪くなってしゃがみこんでしまった












しゃがみこんで何とか耐えるもあと少しのこの距離がもどかしい

どんなにこんなところでしゃがみこんでいてもここは閑静な住宅街。ほとんど人の通る気配は感じられない










遠くの方から誰かが走ってくる足音が聞こえたと思ったらその足音はちょうど私の後ろでとまった

後ろを振り返って、確かめたいのだけれど気分が悪くて何も出来ない






「大丈夫か?」








先ほどまで聞いていた日吉の声が上から降ってきた。だけど私は答える事ができない

それが気分が悪いせいか、それとも日吉と話したくないせいなのかは分からない



私が声を出すことが出来ないことを察してか日吉は自ら口を開いた






「・・・少し待ってろ」







そう言うと日吉は走り去っていった。日吉の背中がだんだんと遠くなっていく

この光景はあの日と同じで









私は離れていく日吉の背中をただ見ることしか出来ない










でもあの日と違って今は悲しい気持ちなんて微塵も感じられないのは、日吉が必ずここに戻ってきてくれると分かっているからだと思う







少し経つと日吉が再び走って戻ってきてくれた。さっきまで持っていたテニスバックと鞄は持っていなかった

私はというと、もうしゃがみこんでいるのも限界で倒れてしまいそうで










日吉は何も言わずに私の鞄を持ち、私を抱きかかえた――――――









抵抗しようにも頭が良く働かず、何も口に出せない。そんな私を日吉は気にせずに歩き出した

こんなところを誰かに見られたらって思ったけど、ここは閑静な住宅街

特にこの時間の人通りは特に少なかった










そして何より私がとても嬉しかったから何もいえなかった










私の玄関前まで着くと降ろされた



今日はお母さんも出かけて帰ってくるのは夜遅くだったはず

鍵を取り出してドアを開ければ静かな空間が広がっていた










あぁ、日吉にお礼を言わなければ









そう思っているのもつかの間日吉が私の腕をつかんで玄関をあがった

ひっぱって連れて行かれたのは2階の私の部屋









「着替えて寝ていろ」









日吉は言い終わると部屋から出て階段を下りていった

私は言われた通りパジャマに着替えてベッドの中に潜り込む


静かな部屋に自分ひとり。熱の時はいつも以上に独りがさびしく感じてしまう








日吉はもう帰ってしまったんだろうか?





それに、なんでこんなことまでしてくれる?






どんなに考えても分からないことばかりで、少し期待してしまっている自分が嫌になる

もしかしたら自分は嫌われてないかもなんて











そんなことあるはずないのに










階段を上ってくる音が聞こえた




出そうになった涙を急いでパジャマの袖で拭う。

寝ているから見ることはできないけどドアが開く音が聞こえてきて、日吉はまだこの家にいるんだと安心した。

部屋に入ってきた日吉は氷枕を持っている








「ほら、これを使え」










渡された氷枕を頭の下に置く。とても気持ちが良い



私はそのまま目を瞑った。

すると急に額に何か触れた感触が








あぁ、これは日吉の手だ・・・








ひんやりと冷たい日吉の手。小さい時は私が熱をだすと毎回こうしてくれていたことを思い出した













、大丈夫か?」










「うん。若の手、冷たくて気持ちが良い・・・」




「お前が熱いだけだろう」




「そんなことないよ。なんか、まるで魔法使いの手みたい」




「・・・・・まったく熱のせいでおかしくなったんじゃか?」





「そんなことない!!」





「分かったから、大人しく寝とけ」













もう昔のことだけれど思い出は今でも鮮明に残っている



あの時まるで熱を吸い取ってくれてるかのように感じて、私は若の手を魔法の手だと思ったんだ

どんな薬よりも若がいるだけで私は元気になれるような気がしていた









「日吉君は何で・・・ここまでしてくれるの?」









手が置かれたままの状態で私は気になっていたことを質問した

日吉から私を突き放したのに、なんでここまでしてくれるのかが分からない









「私のこと、嫌いなんでしょう?」








「・・・・・別に嫌いじゃない」










私は自分の耳を疑った。日吉は私のことが嫌いじゃない?

そんなことあるわけない。そうあるはずがないんだ








「う・・そだ」


「うそじゃない」







「じゃあ、なんであんなこと言ったの!!」









額に置いていた手を払いのけ私は体を起こして、日吉を睨みつけた

呼吸をするのもきついのに私は声を荒げていた







「あの時、私、がどれ・・だ・・け」








涙がどんどん溢れてくる。もはや声なんてでていないのかもしれない。それでも私は日吉を睨むことだけはやめなかった

そんな私を日吉はずっと変わらない表情で見ている








「若、なん・・て・・・嫌いだ」






本当はそんなの嘘だ






だけどこれ以上優しくされたら私のこの想いは若にとって重荷になってしまう

若には手鷲さんがいると分かっていても、この行く先のない想いがどんどん膨れ上がってしまう









そんなの自分が惨めすぎる








涙が未だ止まらない。私はいつの間にか日吉ではなく昔の様に若とよんでいた


















私の涙をすする声だけしかしなかった部屋の中でその声は響いた











「俺はお前のことが好きだ」








若を見るとまっすぐに私を見ていた。

時計の音は聞こえてくるのに私はまるで時がとまったかのように動けない



若が私のことを好き?

でも、あの時若は








「私のこと迷惑って言ったじゃない」







涙はいつのまにか止まっていた。それに、




「若には手鷲さんがいるでしょ?」













 こ  れ  以  上  私  を  振  り  ま  わ  な  さ  い  で









  








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(2007・05・02)