貴方の心の中には初めから
私の入る隙間なんてなかったんだね
あせない想い.5
手鷲さんが私の返事を待つかのように少し困ったように笑っている。
早く何かを言わないといけないと分かっているのに声がでない。
「あの、ね、私、若君に迷惑をかけたくないの・・・・」
手鷲さんが顔を赤く染めてうつむきながら言った。
「うん、もちろん言わないよ。それに私、日吉君と話したことないから」
初めから誰にも言うつもりはなかった。もちろん日吉なんてもってのほかだった。
本当は話したことがないわけないのに、無いと言ってしまったのは日吉に迷惑がかかると思ったから。
「ありがとうね、さん」
またあの笑顔で見られる。だめだ、私笑えない
「じゃあ、私急いでるから!!バイバイ」
私は手鷲さんにそう告げると急いで教室をでた。
幸いなのは教室をでてから涙が流れたことだと思う。手鷲さんの前では笑えていたはずだ。
自分の足音しか聞こえない中で考えたくも無いのに日吉のことを考えていた。
先ほどの手鷲さんの様子では、きっと日吉のことが好きなんだろう。
2人は両想いだったんだ
もしかしたら私が知らなかっただけで付き合っているのかもしれない。
私の入る隙間なんて日吉の中には初めからなかった。私の心の中ではいつでも日吉でいっぱいなのに
ふと外を見ればさっきとはうって変わって雲が空を覆い隠しているみたいだった。
遠くの方では雷のような音も聞こえる気がする
急いで帰らないと雨が降り出すかなっと思った私は自然と少し早足になっていた。
どんっ
「す、すいません!!」
ちょうど曲がり角のところで人とぶつかってしまった。向こうも急いでいたらしくぶつかった衝撃は大きかった。
相手が何も言わなかったので不審に思って顔を上げるとそこには日吉の整った顔があった。
こんな近くで見るのはいつ以来だろう
私はハッと我に戻ると、泣いたままだったことに気づき急いで顔を手で隠した
「ごめん、日吉君」
最後の方は声が震えていたかもしれない。
でも、もう私は下の名で呼ぶことも許されていないから
私は急いでその場を去ろうとしたけど日吉が私の腕をつかんでそれをさせなかった。
「おい」
急に呼ばれてビックリして顔を上げた。日吉がジッと私の顔を見てくる。
そして、その瞬間、あの日のことが頭をよぎった―――――
「もう俺に近付くな」
いつの間にか私は日吉につかまれていた手を振りほどき走り出していた。
またあんな事を言われるんじゃないかと怖くなった。
下駄箱につくと私は急いで靴を履き替えて外にでた
外はいつの間にか降りだした雨がたくさんの水たまりをつくっていて、雨もやみそうにない。
それでも関係なしに私は雨の中を歩いた。先ほどまで乱れていた息もいつの間にかととのっていた。
右手に持ったジャージは水を吸い込んで重くなっていた。これは帰ったら直ぐに洗濯しないと
私の頬を、涙か雨か分からないものが伝った
家に帰りつくと全身びしょびしょになっていた。ちょうどお母さんは買い物に行っているみたいで家には誰にもいなかった。
誰もいない家の中で私は、急いで洗濯機の方に向い洗濯機に誰のか分からないジャージをいれボタンをセットした。
ついでに自分の体を拭くタオルもとって、服も着替えた。
帰っているときは何も考えられなかったけど、家に帰ると冷静に考えられるようになっていた。
あそこで日吉とぶつかったということは、日吉はもしかしたら手鷲さんを向かいに行ったのではないだろうか
急いでもいたようだし、そんなに早く手鷲さんのところに行きたかったのかと思うと笑っていた。
まさかあの日吉が女の子のために急いだりするなんて思いもしなかった。
ただいまー、とお母さんの声が玄関の方から聞こえてきて私は考えるのをやめた。
夕食の後、私は乾いたジャージを持って部屋に戻った。未だこのジャージの持ち主は分かっていない
確かテニス部の部員は200人ほどいる。
その中でこのジャージの持ち主を捜すなんて無理な話だ。
とりあえず明日考えれば良いか
私はそう思って布団に入ってねむりにつくことにした
そのジャージが誰のものか分からないまま
朝起きると頭が痛くてなんだか体がだるいような気した
自分の勘違いかなとか思いながら制服に着替えて、一階へと向う。
居間にはお母さんが用意した朝食があったけど、食べる気がしなかったのでそのまま学校に行った。
下足箱につくと、そこには鳳がいた。なんだか最近良く鳳と会うなぁ、と思っていると鳳もこちらに気付いたらしい。
「おはよう」
「おはよう、鳳」
挨拶を軽くすませ、上靴に履き替える私を鳳は待っていた。
正直先に教室に言ってほしかったのだけど、そんなこと言えるはずもなく結局教室まで2人で歩き出した。
何か話題はないかと考えていると、ジャージのことを思い出した。
「ねぇ、鳳。これ誰のジャージか分かる?」
私は紙袋に入ったジャージを見せながら聞いてみた。
鳳はテニス部なんだし、何か分かるかもしれないと思ったからだ。
「テニス部のジャージ?なんでがこんなのもってるの」
「いや、昨日屋上で寝てたらかけられてて。でも誰のか分からないから返しようもないんだよ」
「屋上で寝てって・・・」
「しょうがないでしょ!!いつの間にか寝てたんだから!!」
「はぁ・・・ジャージの内側に名前が書いてあると思うよ」
鳳が呆れた目でみてくる。そんな目で見られたって寝ちゃったもんは寝ちゃったんだからしょうがないじゃない。
私は少しムッとしながら紙袋の中からジャージを取り出して名前を探した。
意外と簡単に持ち主は見つかりそうだ
「えっ・・・」
こんなことあるはずがない
見間違えではないかと再び見るがそこにある名前に変わりはなかった
でも、この名前がここにあることなんて絶対にありえない
"日吉"
「・・、!!」
「えっ、な、何?」
鳳に呼ばれて私は我にかえった。
「もう教室についたよ」
ふと前を見れば自分のクラスのプレートがしっかり掛かっていた。
私は急いでジャージを紙袋の中に直した。
「あ、日吉だ」
日吉がいる?
ふと鳳が言った方をみれば日吉がこちらを見ていた。
「じゃあね、鳳」
いても立ってもいられなくて教室に逃げるように入ってしまった。
日吉のあの視線に少し恐怖さえ感じた。
外では鳳が日吉を大声で呼ぶのが聞こえる
頭がとてもガンガンする
それもすべて熱のせいだ。そう自分に言い聞かせた
お 願 い だ か ら そ ん な 目 で 見 な い で
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(2007・04・06)