顔を見上げれば、そこにいたのは野球部のユニフォームを着た山本が爽やかな笑顔で立っていた「こんなところで何してんだ?」と聞かれて思わず言葉がつまる。そう言えば、山本は放課後になってすぐに野球部の練習に向ったから私が綱吉くんに腕を掴まれて教室から出て行ったことをしらない。そう思うと、私はホッと安心する事ができた(あれを見られていないなら、なんとでも言い訳ができる)私はもしかしたら、また山本には私が無理に笑顔を作っているとバレてしまうかもしれないと思いながらも、いつもの様に笑顔を作って答える。
「別に特に何をしていたってわけじゃないんだけど、山本の方こそ何してるの?練習中じゃないの?」
「あぁ、俺は教室に忘れ物しちまってさ、取りに行ってたんだ」
目の前のいつもの様に笑顔を話す山本に私は、ありがとう、と心の中で呟いた。山本にはきっと、気付かれている。今、私が無理に笑顔で会話をしているということを。だけど、山本は優しいから気付かないふりをしていてくれるんだろう。私は友達の、優しさに甘えた。好きな人の、綱吉くんの優しさには、甘える事はできないのに、友達の優しさには甘えてしまっている。あぁ、私は好きな人に甘えることができないから、友達に甘えてしまうの、か。誰かに甘えなければ、頼らなければ、私は、私でいられない。笑顔をつくれないなんて、どれだけ弱いんだろう、私は。好きな人には嫌な思いをさせて、友達には甘えてしまって、自分が傷つかないように、私は周りの人を巻き込んでしまっている(とても大切な人達を、)
関係、とは時に壊れやすくて脆いのに
今のまま、誰かに甘えたままだったら私は好きな人との関係だけでなく、たくさんの大切な人たちとの関係をも壊してしまうかもしれない。そんなのは嫌だ(じゃあ、私はどうすれば良いんだ?)そんなの決まっている私が、強くなれば良いだけの話なんだ。だけど、今の私にとって、それが一番難しいことも分かっていること。でも、頑張らないといけない。私は、これ以上、大切な人との関係を壊したくは、ない、よ(それに、本当は綱吉くんとも元の関係に戻りたい。それは、無理なことなんだけど)
「どうした、?」
「いや、山本が教室に行ったとき、教室に他に誰か残ってた?」
「あー、多分誰もいなかった、な」
私から視線をずらして言う山本の言葉に、私は良かったと、思った。山本の言うように教室に誰もいないのなら、今から教室に戻っても大丈夫だ。京子ちゃんの姿に罪悪感を覚える事も、綱吉くんに嫌な思いをさせることも、ない(だけど、誰もいないと聞いて少し悲しいと思ってしまった、自分はまだ弱い。頑張らないといけないと、思ったばかりなのに)明日からの事を考えると、憂鬱だけど、大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。
「じゃあ、私帰るから、山本も部活頑張って」
さすがに部活の途中の山本をいつまでも呼び止めておいては駄目だろうと思い(って、言っても呼び止めてきたのは山本だけどね!)私は山本に声をかける。その言葉に、目の前の山本は「えっ、いや、もうちょっと待とうぜ、な!」といきなり焦ったように声をだした。私も咄嗟のことに、意味も分からずに動き出そうとしていた足が止まる。何か可笑しな山本に、思わず眉をひそめてしまいそうになるけれど、もしかしたら何か私に用事があることでも思い出したのか、と思い、睨むのは止めた。だけど、山本は何も言い出そうとはしない。
「何?何か用事があるんじゃないの?」
「えー、いや、ちょっとな、」
「何もないんなら、私帰りたいんだけど?」
「そ、そんな事言わねぇで、ほら、だから、あのな、」
歯切れの悪い山本に、私の不信感はますます募る。一体、私を呼び止めておいて、と思ったけれど、先ほど山本の優しさに感謝したばかりだから山本を無下に扱う事はできるわけもない。未だ、目の前で、あー、だの、えー、だの言っている山本を冷たい視線で見つつ、山本の言葉を待つ(お、男ならさっさと言いたいこと言えよな・・・・・・・!)けど、さすがにうざったくなって私はもう山本にはかまっていられない、と思い山本、と名前を呼んだ。
その瞬間に、山本の視線が私からずれた。その視線は、私の後ろを見ている。一体、何を見ているんだと思い振り返ろうとした瞬間に、一番聞きたくなかった(だけど、本当は一番聞きたくて)一番会いたくなかった(だけど、本当は一番会いたかった)人の声と、同時に肩を掴まれる感触。私は後ろを振り返りたくても振り返れなくなってしまった。そして、一筋の冷や汗が、伝うのを感じた。
「。やっと、捕まえた・・・・・山本、ありがとう」
「いや、気にすんな!」
まさか、綱吉くんが私の後ろにいたなんて。それも、あの山本の意味不明な言動はまさか、私を引き止める為のものだったとは。私は、一体どうなっているんだ、と思い訳が分からなくなってしまった。なんで、綱吉くんが、私を捕まえる必要があるの?(もう帰ったと思っていたのに)山本も、山本だ。私の気持ちに気付いていたはずなのに、どうして、綱吉くんが来るまで私を引きとめたりするの?(私が綱吉くんのこと好きだと山本は多分気付いている。だから、この前無理をするな、と言ってくれたんだ)私は、綱吉くんの前じゃ、無理をしないと笑えなくなってるのに。無理をするなって言っておきながら、どうして、こんな無理をしなければならない状況なんて作るの?
「じゃあ、頑張れよ」
その言葉は、私か、それとも綱吉くんに言ったのか分からないけど、山本がその言葉を言えば、肩にあった感触は消えて、私は再び綱吉くんに腕を掴まれる。引っぱられても、頭が回転せずに、何も考えられないし、何も言えない。ただ、後ろを振り返れば、段々と遠のいていく山本がこちらを笑ってみていた(まるで、私と綱吉くんの間に何があったのか、分かりきっているような、そんな笑顔だった)綱吉くんに視線をうつせば、顔は見えずにどんな顔をしているのかは私には分からない。怒っているのか、綱吉くんは何も話さずに私の腕を引っぱっていく。
そして、ふと見えた綱吉くんの首筋に汗が伝うのが見えた。そんなにも、一生懸命に逃げた私を捕まえてくれたの、か、と一瞬でも考えてしまった自分が馬鹿らしくなった。きっと、優しい綱吉くんは先ほどの私の言葉を聞いて、優しく私の告白を断ってくれるんだろう(だって、それしか考えられないんだよ)綱吉くんが、追いかけてきてくれたのは純粋に嬉しかったけど、私は無性に泣きたくなった。何が捕まった方が良いんですか、持田先輩。私は今、捕まったせいで泣いてしまいそうですよ。だけど、私は泣かない。もう、弱い自分は嫌だ。だから、綱吉くんから何を言われたとしても、私は笑顔でいよう。
笑って、この関係が修復できるとは思っていないけど、
万が一の可能性で、笑っていれば、友達と言う関係に戻れるかもしれない
そんな考えがある時点で私は綱吉くんに甘えているんだろう。優しい綱吉くんなら、また友達に戻ってくれるんじゃないかと、淡い期待をしてしまっている。甘えないと、決めたのはさっきのことなのに。馬鹿だな、私。と、そんな事を考えていれば、私はまた綱吉くんに引っぱられて屋上へと来ていた。バタンと、ドアが閉まって屋上に、私と綱吉くんしかいない。その事に、先ほどのことを思い出して、また胸がズキンと痛む。
「ねぇ、」
私は頭を下げて、綱吉くんの顔は見ようとはしなかった。上から聞こえてくる声が、いつもと変わらない優しい声色だったことだけに、綱吉くんは怒ってはいなかったのだと少しだけ安堵した。どうやったら、綱吉くんと友達に戻れるんだろうと言う考えが頭を駆け巡る。だけど、どう考えても良い策は思い浮かばない。自分の頭の悪さに、泣きたくはなったけど、私はグッと歯を食いしばり、笑顔を作って綱吉くんを見た(そうだ、笑っていれば、もしかしたら友達と言う関係に戻れるかもしれない)
「綱吉くん、さっきのは聞かなかったことにしてくれないかな?」
咄嗟に出た言葉は、私が思ってもみなかった言葉だった。自分でも、さっきの言葉を無かったものにできるとは思ってもいない。なのに、この言葉をいつの間にか発していた。私の言葉に綱吉くんの表情が曇る(あぁ、やっぱり無かった事にしてもらえるわけが無い)とても、泣きたい。だけど、私は泣かなかった。泣いたら、駄目、だと。もう心配して貰えるような友達と言う関係ではないのかもしれないのだけど、綱吉くんに迷惑をかけたくはない。笑顔、笑顔、笑顔。自分に言い聞かせるように心で唱えた。その心は笑みを浮かべる表情とは裏腹に、まるで子供の様に声を出して泣いていた。
「そんなの嫌だ・・・・・・聞かなかったことになんて出来るわけが無いよ」
まっすぐと綱吉くんが、私の目を見た。私一瞬だけ目を見開いたけど、すぐにまっすぐと綱吉くんの目を見る。先ほどのようなつらそうな顔でもなく、怒っているような顔もなく、ましてや笑っている顔でもなく、綱吉くんの顔はいつになく真剣な顔だった。あまりに真剣な顔に、私はどうしてか、すぐに目を逸らしてしまった。
戻りたかった関係について
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(2008・01・31)
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