今日は本当についていない日らしいだと思いながら、私は一人で誰もいない放課後の廊下を歩いていた。まさか放課後またあの数学の先生に呼び出されたと思ったらいきなり数学の係りを命じられるなんて誰が予想できただろうか。確かに放課後、帰ろうと思ったときに放送で呼び出されたときは何か良くない事が起こるのかとうすうす思ってもいたけど、まさかこんな理由だなんて思いもしなかった。











「(なんで私が!!)」











そもそも、たかが名前を書き忘れたくらいで、数学の係りにするなんて先生も横暴すぎる。これって教育委員会に訴えても良いんじゃないかな?なんて疑問を抱えるのもしょうがない話ってものだ。だって、数学の係りになった生徒は宿題を集めたり、たまに先生が使う道具を運ばされたり面倒くさい事この上ない。去年、数学の係りになった友達を見たとき、心の中ではご愁傷様だと唱えたぐらいだ。そんな損な役がまさか私に回ってくるなんて・・・・!!












ガラッ











教室についた私はドアに手をかけて、勢いよくドアをあけた。放課後はいつもりりんと帰っているから呼び出されたときにも待っていてくれると(珍しく)言われたので、一応急いで教室まで戻ってきたつもりだったのだけど、そこには私を待っているはずの人はいなくて代わりに沢田くんが何か一生懸命、机に座って書いているようだった。私はりりんが本当にいないのかすぐに沢田くんから視線をはずし、確かめるように教室を見渡した。しかし、どこにもりりんの姿は見られなかった。











「(え、先に帰られた?!)」











悲しいことながら、それもありえてしまうのが私の友達なのだ。今日はなんだか機嫌が良かったから待っていてくれると思っていたのに。とことんついてないやと思いながら、少しの間、教室の入り口で固まっていると、こちらに気付いたらしい沢田くんが顔を上げた。その瞬間、沢田くんと目があう。











「さ、沢田くん、りりんがどこ行ったか知らない?」





「高崎さんなら、用事があるって出て行ったけど、すぐに終わるから待っててって言ってたよ」











高崎さん、高崎さん・・・・あ、りりんの名字だった。友達の名字忘れるって大丈夫なのかよ自分と思いつつ、自分の机に歩み寄れば、沢田くんは再び何かと葛藤しているように見えた。自分の机に座れば、後ろから沢田くんが何か考え込んでいる様子が良く見える。何をやっているのだろうかと気になるけれど、いきなり声をかけるのもどうかと思いつつ私は結局何も出来ないまま、たまたま持っていた本を読むことにした。












「あ、あのさん・・・・」





「えっ、はい、何?!」













本のページをめくる事もなく、前の方の席から困った顔をした沢田くんが私を呼んだ。一体、どうしたんだろうと思いながら顔を上げれば沢田くんが少しだけ視線をずらしつつ口を開いた。












「・・・悪いんだけど、実は数学教えてほしいんだ」





「数学?」





「今日のところでわかんない所あったんだけど、わかんない所あったら家で困るんだ」











分からないところがあったら、なんで家で困るんだろうとは思ったけど、あまりに沢田くんが冷や汗をかきながら今にも死にそうな顔で言うものだから、私は思わず頷いてしまった。私はどちらかと言えば数学は得意のほうだ。今日やったところだって、別に私としてはちゃんと理解できたから沢田くんに教えるくらいはできるだろう。それに、人に教えるのってなんだか頭の良い人みたいで少しだけ憧れていたんだ(私って単純!)




















沢田くんの前の席に腰を下ろして、私は沢田くんが広げてあるノートを覗き込む。男の子らしい字で、ちゃんと今日の分のノートはちゃんととられているようだった。しかし、今日のところは結構簡単だと思っていたんだけどなぁ。沢田くんは数学が不得意なのだろうか。










「それで、どこか分からないの?」





「えっと、ここが」




「あぁ、ここは・・・」











静かな教室の中で私の声だけが響く。できるだけ沢田くんに分かりやすいように説明しようと思うのだけど、それが中々難しい。だって、自分が思っていた以上に人に説明は難しくて、なんて説明して良いのか分からなくなってしまう。それでも沢田くんは、私が言う事に頷いてくれたり何かしら反応をしめしてくれて、私は申し訳ない気持ちになった。いや、本当にこんな説明でもちゃんと聞いてくれるなんて沢田くんって優しいよ。だけど、やっぱり私が沢田くんの隣(と言うか前だけど)にいることに何か違和感を感じた。だって、私と沢田くんはただのクラスメイトなんだからこんなに近くにいるなんておかしい事だと感じてしまうのだ。










「で、ここがこうなるってわけ」





「そっか、ありがとう、さん」





「いや、良いんだけど本当に分かった?」





「うん。さんって説明上手だったし」













柔らかく微笑む沢田くん・・・・君って本当に良い人だよね。これからはもう少し、数学の授業はちゃんと聞いておこうと思う。またこんな事があったときにもっと分かりやすく説明できるようになっておきたいし、なんて思っている自分がいてビックリした。今日はたまたま私が残っていたから沢田くんは聞いてくれただけであって、普通なら私なんかよりももっと仲の良い人に聞くだろう。私と彼は所詮、クラスメイト。良く言ってただの友達なのだから。












「だけど、獄寺くんとかに聞いた事が良かったんじゃないの?」







えぇ?!そ、それは無理!!絶対、無理!!」










思いっきり、首を横に振りながら必死に言う沢田くん。だけど、獄寺くんといえば確か1年の時から結構テストとかでも上位者で張り出されていたりしたし、私なんかよりよっぽど頭は良いはずなんだけど。それに他の人には厳しかったりするけど沢田くんには「10代目!!」なんて言って、まるで忠犬のようにべったりな感じもする(そう言えば、なんで10代目なんだろう)そんな獄寺くんなら、沢田くんにも分かりやすく丁寧に説明してくれると思うのに。












「なんで?」





「獄寺くんの説明って色々、すごいんだよね。だから俺には到底理解できなくて」





「へぇ。そうなんだ」





「もしかして、さん俺に教えるの嫌だった?!」





「あ、違うよ!!私なんかの説明じゃ、分かりにくかったんじゃないかと思って」





「そんな事ないよ!!むしろ今まで聞いた人の中で一番分かりやすかったから」













沢田くん・・・!!あまりにも沢田くんが良い人すぎて私、涙でそうになったよ。あんな説明が分かりやすかったなんて、嬉しいよ!!いや、だけど、あんな説明が今までで一番分かりやすかったなんて今まで聞いた人が悪かったんじゃないのかな?山本は馬鹿だし、獄寺くんは沢田くん曰く説明下手みたいだし。あ、だけど京子ちゃんなんて頭も良いし、以前分からないところ聞いた時すごく分かりやすい説明してくれたな。沢田くんも私なんかより仲の良い京子ちゃんに聞けばよかったと思うのに。











「それにしても分からないところがあって、なんで家で困るの?私なんか、分からないところあってもテスト前にしか確認しないよ」





「あはは、家に帰ったとき分からないところがあると家庭教師がうるさいんだよね・・・・」





「沢田くん、家庭教師なんているの?」





「いや、まぁ、いると言えばいるのかな。
俺としてはいない方が嬉しいんだけど











最後に何だかボソリと言ったようだけど、私には聞こえなかった。でも、普通分からないところを教えるのが家庭教師だと思うんだけど、うるさいなんておかしな話だよね。そんな事を思っていると、前のドアがガラリと音を立てて開いた。私はりりんが来たのかと思って、咄嗟にドアの方に顔を向けたのにそこにいるのは獄寺くんと山本だった。2人が一緒なんて珍しい。











「10代目!!お迎えに上がりました!」




「ツナ、帰ろうぜー」






「あ、うん」







2人の登場に急いでカバンの中身を片付ける沢田くんを一瞥してから、私は沢田くんの前の席から立ち上がった。ガタンと言う音を立てながら立ち上がると私はしっかりと椅子を直す。なんだか、少し残念な気持ちになったような気がしないこともないけど、それはクラスメイトとして沢田くんと話すのが楽しかったからだろう。少しだけ、沢田くんともっと仲良くなりたいと思った。









「じゃあ、さん、今日は助かったよ。また明日ね!」





「バイバイ」





「じゃあな!!」






「山本も獄寺くんもバイバイ」










沢田くんを待っていた山本が声をかけてきたので一応山本にも、獄寺くんにもバイバイを言った。獄寺くんもさりげなくボソッと言ったので、悪い奴じゃないんだろうね。山本と獄寺くんのほうに向かう沢田くんの後ろ姿を見送れば、いつのまにか再び教室は静かになっていた。












?」





「あれ、りりん。用事は終わったの?」





「えぇ」










自分の席で本を読んでいると、沢田くんたちが帰ってすぐ用事を終えたらしいりりんが前のドアから入ってきた。それを見て私もカバンを持ち、りりんの机がある窓際へと向かう。片づけをするりりんを横目に窓から外をうかがえば、グランドを歩く沢田くんと山本と獄寺くんの姿が見えた。少しだけその様子を見ていると、沢田くんが一瞬こちらを見上げたような気がした。だけど、ここからじゃもう遠くてこちらを見ているのは分かるけど、何を見ているかまでは私には分からなかった。











「・・・あっ」




「沢田のやつ、あんな何もないところでこけるなんてやっぱり駄目ツナね」













沢田くんがグランドの中心で勢いよく躓いたのが見えた。あの様子だと無事ではないだろう。そして、それに近付いていく女の子の姿も。そう、沢田くんに近寄っていたのは私なんかよりも何倍も沢田くんの隣が似合う京子ちゃんの姿だった。














やっぱり駄目な君について


















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(2007・09・12)