なんで名前は俺のこと名前で呼んでくれないの?
君の名を呼ぶ <後編>
「名前なら呼んでるじゃない、千石って」
「そうじゃないよ、前はキヨって呼んでくれたじゃん」
前っていったて、もう2年も前の事で今さら別に気にするようなことではないと思うのだけど
私は確かに小学校と中学の1年の間は千石のことをキヨってよんでいた
そう呼ぶのを止めたのは別に名前で呼ぶのが恥ずかしいって訳じゃない
私が特別でいたかったからだ
小学生の間は千石のことをキヨって呼ぶのは私だけだった。もちろん私のことを名前と呼ぶのは彼だけ
でも中学生になると女子のほとんどがキヨって呼んで、私はいつの間にか特別じゃなくなっていた
私のことを名前で呼ぶのは彼だけなのに、彼のことを名前で呼ぶ女子はたくさんいた
どうにかしてキヨにとって特別な女の子でいたかった私はキヨと呼ぶのを止めた
そしてその代わり千石と呼ぶようになった・・・
千石って呼ぶのは先生か男子ぐらい。そのぐらい女子はみんなキヨって呼んでいたことになるんだけど
そのたくさんの女の子の中で私だけが千石って呼んでいる
本当に些細な自己満足でしかないし、他の人にはくだらないと思われるかもしれない
たまにキヨって呼びたいと思うこともある。だけど名前で呼んだって好きになってもらえる訳じゃない
それなら、どうせ私を好きになってはもらえないのだから
これから千石が本気で好きになった子ができた時の為に
その時の悲しみが大きくならない為に
これ以上自分が傷つかない為に
「別に深い意味はないよ。私が呼ばなくてもまわりの可愛い子が呼んでくれるでしょ?」
そうだよ、私が名前で呼ばなくても千石の周りには可愛い子がたくさんいるんだから
それを言うと千石が急に黙った
私はそれ以上何も言えず千石の顔を見れなくなった
「悪いけど、今日は帰るよ。じゃあね」
千石は立ち上がると鞄を肩にかけて、私に背を向けた
なんだか声が怒っている様に聞こえるのは私の勘違いではない
千石は何も言わない私に怒っているんだ。でも、何に対して怒ってるのかなんて分からない
喫茶店から出て行く千石を見て私は何も言えなかった
だんだんと暗くなる外を喫茶店の中から見ながら私は久しぶりに「キヨ」と呟いた
しばらくは喫茶店でボーとした後、私はたくさんの人で溢れる街の中にとびこんだ
携帯を見ればもう8時。そろそろ帰らないとお母さんに怒られてしまう
でも千石の家の隣にある家が近付けば近付くほど足は鉛のように重くなっていく
家への帰り道ふと横を見れば公園があった。小学生の頃はここでよく遊んだものだ
あの頃はもちろん「キヨ」、「」って呼び合って今以上に仲が良かった
「キヨスミ、か・・・」
暗くて静かな住宅街に思っていたよりもその声は響いた
響いたところで誰も聞いていないのだけれど
私は何を思ったのか携帯をとりだして千石の名前をさがしていた
千石ではなく清純と登録された名前を
緊張した手で呼び出しボタンを押す
数回のコールの後、彼の声が聞こえた。でてくれないかもしれないと思っていたから安心した
『何?』
いつものお調子者な感じからは想像も出来ない低い声
思わず電話をきりたくなってくる
「・・・ごめん」
『?』
「清純、ごめんね」
『っ?!』
それを言い終わると私は電話を切った。ついでに電源も切っておいた
優しい清純のことだから再びかけてくる。今、それを泣かずに聞く自信はないから
もう少し私に貴方を幼馴染と見るために時間を下さい
幼馴染に戻れるなら特別じゃなくても良い。清純のまわりにいる女子と同じでも良いと思った
だから私は以前と同じように清純と呼ぶ
「少し・・・公園で遊んでいこうかな?」
昔のように戻るために、昔を思い出すために、思い出の場所を利用させてもらおう
遊具をひととおり見て回り、砂場のところでしゃがんだ
この砂場も昔と変わりなくある
変わってしまったのは私の清純に対する気持ちだけだ
いや、私の清純に対する気持ちに変わりない。小さい頃から私は清純が大好きだったから
立ち上がって下を見れば砂場が濡れていた。まさかと思って空を見上げても雨が降っているわけではない
私の目から流れる涙が砂を濡らしていた
「キ、ヨ・・・スミ」
涙が止まらない。何度、彼の名前を言っても私の心は満たされない
「呼ばれて飛び出て清純くんだよ〜」
思わず聞こえてきた声に肩が震える
そしてその瞬間、彼は私の腕を引っぱって自分の胸の中におさめた
「な・・ん・・・・で?」
なんでここに貴方がいるの?
「何でって急に電話かけてきて切られたら心配すると思うんだけど?」
「あ、ごめ・・」
でもあんな切り方したら心配と思うより、ムカつくと思うけど
それでも清純の早い鼓動が彼から聞こえてきて本気で嬉しいと感じた
「あの、さ」
私は彼の腕の中で次の言葉を待つ
「が俺の名前を呼んでくれないことに怒ったわけじゃないから」
「えっ・・・?じゃあ、なんで・・・」
驚いて顔をあげれば清純が困った顔をして続けた
「別に千石でもよかったんだ。でも、が俺のことキヨって呼ばなくなって俺を呼ぶ回数が減っただろ?」
確かに、私は千石と呼ぶようになってから前より彼の名前を呼ばなくなった
清純のまわりにはたくさんの女子がいて自分なんかが容易に近付いちゃいけないと思ってた
でもそう思ってたのは私だけで、清純はいつでも私の近くにいてくれたんだ
「俺は他の誰から呼ばれるよりもに名前を呼ばれるのが一番嬉しいから」
「う、ん」
「別に千石って呼んでも良い。けど、もっと俺の名前を呼んで」
「清純・・・」
名前を呼べば清純はいつもの笑顔になって私を腕の中から解放した
そして手をこちらに差し出してきた
「、好きだよ」
どうして彼が名前を呼ぶとこんなに嬉しくなるんだろう
そんな理由もう分かってる
「私もだよ、清純」
そう言えば彼も嬉しそうに微笑んだ
誰でもない
貴方が呼ぶからこの名前も特別に聞こえるんだよね
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(2007.04・22)