夏休みも始まり、氷帝テニス部はいつも以上に力を入れて練習に励んでいた。私達は一度は流した涙を無駄にしないためにどんなにきつい練習であっても泣き言なんて誰一人吐かなかった。もちろん、マネージャーである私もいつも以上に多い仕事に悪戦苦闘をしている。しかし、どこか全国大会行きを喜んでいる自分がいて、大分、この部活に愛着をもってきてきたのかと、気付いた。はぁ、と気付いてしまった事に悲しさを覚え、洗ったばかりのタオルを干していく。こんな日は早く乾いてくれるから助かると思っていると、忍足先輩がいつのまにか私のほうに近付いていた。









ちゃん?」






「何ですか、忍足先輩」






「今日は午前中の練習で終わりらしいで」






「何でですか?」






「詳しい事は知らんけど、監督がレギュラーとマネージャーに話があるんやて」








「・・・分かりました」






「じゃあ、今日は日差しが強いけ、気をつけり」










そういうと忍足先輩はテニスコートの方へと走り去って行ってしまった。多分、監督の話は全国大会についてのことなんだろうと思う。蝉の声の響き渡る中、私はさんさんと照りつける太陽を見上げた。雲ひとつない晴れとはこの事を言うのだろう。部員が熱中症にならないように気をつけないと。私はそう思いながら額から流れ落ちる汗をぬぐい、残りのマネージャーの仕事へととりかかった。



















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練習も終わり、着替え終わった私達は監督に呼ばれた時間になるまでを部室で過ごしていた。外は暑いけれど、部室はとりつけられたクーラーのおかげかとても涼しく快適な温度である。まぁ、部室にクーラーが取り付けられているなんて、他の学校、いや、他の部活だったらありえない事だと思う。こんな待遇を受けているのは男子テニス部だけだろう。まったくもって羨ましい部活である。しかし、どんなに良い待遇を受けている部活であっても帰宅部のほうが私にとっては理想的な部活である事には変わりは無い。









「そう言えば、監督の話ってなんなんでしょうね?」







「今度のオーダーの事じゃないのか?跡部、何か聞いてないのかよ」






「いや、俺様も何も聞いてねぇ」






「跡部が何も聞いてないのかよ。侑士は何か知らねぇの?」






「何で跡部が知らんのに俺が知っとるわけないやろ」






「それもそうだよな」










先輩達の話を聞き流しながら、私は書き終わった部誌を閉じる。ソファーではジロー先輩が気持ち良さそうに寝ていた。本当にこの先輩はどこでも寝れるんだなぁと感心しながら見ていると、急にジロー先輩の顔が苦痛に歪んだ。それに気付いた私はジロー先輩を起こそうと手を伸ばす。しかし、私の手がジロー先輩に触れる前にジロー先輩は焦ったように自ら起き上がった。ジロー先輩は起き上がると、汗でもかいていたのかそれを手でぬぐう。










「どうしたんだよ、ジロー。大丈夫か?」






「宍戸・・・」






「ジローが自分から起きるなんて珍しいじゃん」






「あ、なんか嫌な夢見た」






「どんな夢だったんですが」






「日吉。それが・・・」






「それが・・・?」











「覚えてないCー」










ジロー先輩の言葉に日吉は、はぁと息を吐いた。一瞬静寂な雰囲気になった部室に再び笑い声が響き、先ほどまでの空気を取り戻していた。私はその空気に安心感を抱き、鞄の中に手をやる。鞄の中には日吉から借りていた本が入っている。私はそのブックカバーのついた本を取り出すと、近くにいた日吉を呼んだ。私が声をかけると彼は目の上で切りそろえられた前髪をなびかせながらこちらを見る。彼の少し鋭い瞳が私を見据えた。









「はい、これ。やっぱり日吉が貸してくれる本は面白いね」






「・・・こんな本、面白いとか言える女、お前ぐらいだろうな」






「日吉も面白いって言ってたじゃん」













「俺は男だ」












「お、なんだその本?」











岳人先輩は興味津々と言った様子で聞いてきたので私はしょうがなく本をカバーをはずす。そこには、学校の怪談と赤い血文字のような文字で書かれて、セーラー服を着た血だらけの女子生徒がこちらを見ている様子で立っていた。










「って、何だよ、この本?!」






「うわ、日吉こんなの読むの?」






「このぐらいで恐がってんじゃねぇよ、長太郎」






「だけど・・・」







「フン。こんな本ただの子供だましだろうが」






「でも、結構恐かったですよ?」






「跡部さんは恐くて読めないかもしれませんね」







「アーン、なんだと日吉?」







「ほらほら、二人ともやめんかい」







「侑士の言うとおりだぜ。それに、そろそろ監督に呼ばれた時間だぜ」











岳人先輩の言葉に私達は時計を見る。時計を見れば12時45分。監督に呼ばれた1時までは。あと15分だった。











「じゃあ、行こうぜ」










宍戸先輩が部室のドアを開ける。私は立ち上がると全員が外に出るまで待っていた。全員出たのを確認し、外へでれば先ほどの天気がうその様に空は暗くて厚い雲に覆われていた。














「なんや、この天気。さっきまでは晴れとったんに」












忍足先輩の言葉がまるで、その雲に飲み込まれているかのように吸い込まれていった。





















  











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(2007・08・13)