中学に入学してからの三年間ここまで軽い足取りで学校に迎えたことなんてあったんだろうか。そんなことを思ってしまうくらい今の私の足取りは軽かった。すべてが解決したわけではないことはわかっている。でも恭弥と話をしたことで今まで虚ろだったところがなくなったのも事実だった。
恭弥と話をして、あの時の自分の愚かさを思い出す。あの時の私はあまりに愚かで、誰かのせいにしなければあの恋心に終わりを告げることができなかった。
恭弥がなぜ自分から離れていったのかを私はわかっていたにも関わらず、だ。
好きだから一緒にいたいと思った。だけど、私は恭弥と一緒にいる自信がなかった。私は恭弥のように力があるわけではない。柄の悪い男たちに囲まれたら怖くて立ちすくんでしまう。立ち向かう勇気なんてない。そんな私の気持ちを分かっていたからこそ恭弥は私から離れていったんだろう。私を危険な目にあわさないよう。危険な目にあってまで恭弥と一緒にいる勇気のなかった私。本当に、危険な目に会ってまで恭弥と一緒にいたいと思っていたのなら私はあの時、恭弥から突き放されたときに縋っているはず。
だけど、私はそれをしなかった。恭弥の言葉を素直に聞き入れ、私は彼から離れた。そして、まるで彼を悪者のように扱って今日まで過ごしてきた。
危険な目に会うのは怖くてたまらなかった。なのに、好きだった、なんてもしかしたら浅はかな想いだと思う人もいるだろう。現に私だってそう思うのだから。
でも、私は、幼き日の私は確かに雲雀恭弥も思いを寄せていた。
恭弥大好き、だったよ。
この想いはきっともう修復はできない。だって、もうこの恋はすでに過去のもの。私にとって恭弥は好きな人間ではあるが、好きな異性というわけではないし、これから先も異性として好きになることはない。
再び優等生の仮面をかぶって私は黒曜中の門をくぐる。もう優等生の仮面をかぶる必要なんてどこにもない。けれど、今さら仮面を取り去る勇気は私にはない。黒曜中には優等生のの場所しか、存在しない。
私をただのとして見てくれるのはこの学校ではただ一人しかいない。
六道骸。ただ一人。彼に少しだけ今、会いたいと思ってしまうのはこの気持ちを吐きだしたいからなのか。の言葉を聞いてくれるのは彼しかいないと思っているからこそ、そう思ってしまうのだろう。でも、会ってもきっと私は何も言えることができない。伝えたいことは、聞いてもらいたいことはたくさんある。だけど、言葉にするにはもどかしく、うまく言葉にできる自信もない。
それなのに、言わなくても彼にならわかってもらえるかもしれない。なんて、私は六道骸を過信しすぎだ。
音を立てていつものようにまるで友達かのようにすれ違う人たちに挨拶をかわす。笑顔をうかべて、声をかければ同じように声を返してくれる。席について時計に視線をやれば時刻はまだ朝礼が始まるには程遠い。僅かに高揚する心の中では、どこか六道骸が来るのを待ち遠しく思っている自分がいる。
最近は六道骸は用がなくても、私に傍に来ることが多かった。今日もそれは変わることなく六道骸が傍にいてくれるなんて思っていたこの時の私はなんて愚かだったんだろう。
だから当たり前だと感じていた日常が崩れることに何の前触れもなく気付かなかったのも仕方がない話なのかもしれない。
苛々しく机を指で叩く。昼食の時間が始まってしばらくたっても、六道骸が私のところへくることはなかった。そればかりか今日は周りからの視線がいつもより多く感じる。これは自意識過剰なんてことはなく、間違いなく、事実、だ。
確かに六道骸と一緒にいるようになってから嫌悪や憎悪を感じる視線で見られることが多くなったが、今日はそれだけではなく違う意図をもった視線を向けられることが多い。まるで憐れむかのような視線が、私に突き刺さり居心地が悪かった。そして、今日一度も六道骸と会っていないことが私の苛々をさらに増幅させていた。
いつもなら呼ばなくても、会いたくないときでも、勝手に私の傍にいるにも関わらず、肝心な時にかじって私の前に姿を見せない。まるで狙っているのではないかと思うくらいのタイミングの良さ、だ。
もしかしたら今朝のことを見られたかもしれないと考えてもみたが彼に対して後ろめたいものなんてあるはずもなく、ましてや六道骸は私にただ興味があるだけで私のことはそれほど気に留めていない。私なんて彼にとっては暇つぶしの玩具か何かであるだろう。
いつまで経っても私の前に姿を見せない六道骸に私は我慢できずに席をたつと、六道骸がいるであろう教室へと向かっていた。今まで昼食は一緒に食べていたのに、何故今日は来ないのか。ただそれだけのことなのにこんなにも気にしてしまう自分が女々しくて仕方がないが、今までいやというほど付きまとっていた人間が急に現れなくなったら気になるのは人間のさがだ。
人であふれかえる廊下を歩けばまた嫌な視線をむけられる。それが嫌で早歩きになりながら、廊下を進み私は一つの教室の前でとまった
六道骸がいるであろう教室。自らここに足を向ける日がくるなんて思ってもみなかった。
ドアを開けて中の様子をうかがう。私の視線に気づいた近くにいた女子が、「もしかして六道くん?」と首をかしげながら私に来ていた。私はそれに素直に頷いて笑顔をつくる。
「あれさん知らなかった?」
名前も知らない女子が私の名前を呼ぶ。この女子の質問の意図が分からずに、首をかしげれば「六道くん、転校したらしいよ」と私にとっては衝撃の一言が告げられた。
一瞬言葉の意味が分からなかった。六道骸が転校?昨日まで何も変わらずに私にくっついていたというのに。私は何も聞かされていないのに。
しかし、いつまでもその場にいることはできずに「ありがとう」と言って再び笑顔をつくると踵を返して私は自分の教室へと戻っていく。
頭の中で繰り返される言葉。だけど、なかなかその言葉が理解できなかった。
だけど時間の経過と共にその言葉は真実として私の中に浸透してきた。あぁ、だから。朝からの不躾な視線の意味もこれでわかった。私と六道骸は付き合っているなんて噂されていたから、別れたんだと思われていたのかもしれない。恋人が転校なんて可哀想。そんな風に哀れがられていたと思うと虫唾が走る。
六道骸が転校した。それが私にどうして関係がある。私は六道骸と付き合っているわけではない。
そうは思っているものの、煮え切れない思いがあるのも確かだ。
自らこの教室へと足を向ける日が来るなんて思ってもみなかった。なぜなら、私が来なくても六道骸が私から離れるわけがないと思っていたからだ。
いや、実際にそう思っていたことに気づいたのは今で、今までそんなことを思っていたなんて自分でも信じられないのだけど。
六道骸が私から離れていかないなんて思っていたなんて勘違いも甚だしい。彼はただ私に興味があっただけで興味が削がれれば私から離れていくことなんてわかりきったことだ。それに彼が一番初めに私に会った時に最後に告げた一言。雲雀恭弥を葬りましょうといった彼にとって恭弥と仲直りしてしまった私なんて価値のないものなのかもしれない。
だから、六道骸が私の前から姿を消してしまのは致し方がないことだ。だけど一言でも伝えてほしかったと思うのはわがままなんだろうか。私の生活を散々乱しておいて、何も言わずにいなくなるなんてあまりに卑怯だ。涙なんてでるわけがない。今、私の心の中に湧き上がるのは六道骸に対しての純粋な怒りのみ。
どうして。何故。
突然消えるならはじめから私にかかわらないでほしかった。こんな気持ちを私の中に残していくなんてことして欲しくなかった。彼にとっても誤算であろう、私がこんな気持ちを抱くようになるなんて。私にとっても誤算である。まさか、私が六道骸を好き、だと思ってしまっているなんて。
私は彼が嫌いではないと思っていた。
だけど、彼がいなくなったことにまるで心の中でぽっかりと穴があいてしまったような気までしてしまうなんてただ嫌いではない人物に抱く気持ではない。たかが嫌いではない人物なんて私に取ったらいてもいなくても同じような人物だ。
だから、もしかしたら私は彼のことを好きだったのかもしれない。今更こんなことが分かっても何もかもが遅い。いや、六道骸が私の前に存在したときにこの気持ちに気づいていたとしても意味がなかったに違いない。彼に好きだといったところで何かが変わるわけではない。多分、別れがもっと早くなっていただけだ。
彼がいなくなって湧き上がる怒り。そして、それを同じように寂しさまでもが湧き上がってしまっていた。寂しいと思いたくはないのに、さみしいと思ってしまう。だけど絶対に泣かない。彼のためには泣いてやらない。噛みしめた唇にはわずかに血の色が浮かび、私はそれを制服の袖で拭う。
六道骸は私の生活だけではなく私の心までかき乱して、私の目の前から消えてしまった。
(2009・03・02)
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