もうじき桜が咲き誇るだろう校庭の片隅には私ひとりしか立っていなかった。涙一つながすことなく終えた卒業式の余韻はもうこの学校内から消え去っている。先ほどまでは生徒であふれかえっていた校舎内も、校庭にも誰一人影さえも残っていない。その中でただ一人私だけが蕾をたくさんつけた桜を見上げていた。
まるでからっぽな
。六道骸に会って、感情をふたたび取り戻せたと思ったが結局私は最後の最後まで優等生のとして振る舞い終えた。この学校の中の誰にも私はとして接することなく、優等生のであった。


卒業式の答辞は教師に頼まれ、笑顔で引き受け、思い出なんて一つもないのに私は卒業式で思い出を語った。

私の答辞に涙を流している卒業生を壇上で見ながら、私の心は冷めていた。終わった後、友達と呼んでいた人たちに話しかけられたけれどそれに曖昧に返し私は早々に教室を後にした。校舎内にも、校庭にも人があふれかえるほどいるというのに、その中には決して六道骸はいない。


そして私はこの桜の目の前へと来ていた。ただ、なんとなくという気持ちだけで。別にこの桜にこれと言って思い出があるわけではない。家に帰ろうと思ったけれど、なんとなくここに立ち寄ってしまったのだ。
いつの間にか経っていた時間に人の気配が少しずつへり、私以外の人間はこの学校からいなくなっていた。


つまらなかった。


彼がいる時にはこんなこと思ったことなんてなかったのに。そう思っても彼が私の目の前に姿を現すことはない。恭弥にそれとなく聞いたこともあったけれど、彼は何も知らなかった。ただ忌々しそうに眉を潜めていたところを見ると、もしかしたら思い当たる節があったのかもしれないと思うが私は恭弥にそのことを言及することはなかった。
彼が言うつもりがないのなら私も聞かない。

恭弥とは今でも良好な関係を築いている。連絡を取り合うようになったし、たまに直接会って話すこともある。まるで昔に戻ったようだと感じることもあるけれど、私と恭弥の間にあるのは確かな友情だけだ。昔のように恭弥を想うことはない。


今私が想うのは彼、だけ。


でもこの想いはもう届くことはない。未だに引きずっているなんて女々しすぎるけれど、きっとこの想いだってもう少しすれば風化してなくなってしまうだろう。




たまに彼が私の隣にいたことも夢だったんじゃないかと思ってしまうときもある。そのぐらい彼は自分のいた痕跡をきれいに消し去っていた。風化する以前の問題であり、風化するものなんてない。だってそこにあるはずのものは既に消えて存在しないのだから。
だけど恭弥と向かい合って話すことができて、自分の中に湧き上がる感情を覚えたときに私は彼がいた事実を認めることができた。



六道骸のおかげ、とは言わない。六道骸のせいで嫌な思いをしたのも間違いなく、彼にはとんだ被害にあった。



だけど、彼と過ごした三か月と満たない時だけをつまらない学校生活のなかで忘れることはなかった。さわさわと桜の葉が風に揺れているのをもう一度見上げて、私は踵を返そうとした。







けれど、目の前で紡がれた言葉に私は動きをとめ、そして私の名前を紡いだ人物を目を見開いて見つめる。そこにいたのは確かに私の目の前から消えた六道骸だった。
制服ではなく私服に身にまとい、彼はそこに存在していた。



「六道…骸」

「はい」



私が彼の名前を呟けば
覚えてくれていたんですね、と彼は言う。忘れるわけがない。仮にも好きだった相手の名前だ。いや、彼を目の前にして高鳴る鼓動は好きだった相手だと、彼のことを過去のことにはしてくれない。
突然あらわれた彼に驚いて高鳴っているだけだと思いたかったけれど、高鳴る鼓動は彼の登場に驚いているだけではないということを私はわかっていた。
六道骸は微笑みながら私の前に手を差し出し、「僕と雲雀恭弥を一緒に
りませんか?」と口を開く。


覚えのある言葉。彼が私と初めて会ったときに言った言葉だ。私は差し出された彼の手に自らのを伸ばし、叩いた。



「私、雲雀恭弥は大切な友人だから遠慮する」



返す言葉はあの時とは違う。恭弥より六道骸は嫌いではない。それに私はあの時とは違い恭弥のことを憎んでもいない。三年前とは返された言葉が違うにも関わらず彼は嬉しそうに微笑みを深くした。


「クフフ、やっぱり君は興味深いですねぇ」
「…三年間どこにいたんですか」

「ちょっとイタリアのほうに用事がありまして。まぁ、その用事が終わったので久しぶりに日本へとやって来たんですが、僕がいない間寂しかったですか?」


ここで正直に寂しいなんて答えたら彼は私のことを馬鹿だと笑うんだろうか。しかし、これ以上彼の前で自分を偽るのも馬鹿馬鹿しく思えて私は素直に「はい」と返していた。

どうせ、私はなんと答えようと六道骸は私の答えを知っているに違いない。

そう思って返事をしたつもりだったのに、彼はわずかにその表情に変化を見せた。少しだけ開かれた瞳は私のその答えを予測できていなかったようだ。彼のこんな表情は珍しく思わず、私は彼を凝視してしまう。だけど、私の視線に気づいた六道骸はいつものように笑みを作る。


その笑みが今まで、三年前に見たどの笑顔よりも暖かい笑顔に見え、「」と私を呼ぶ声さえもやさしいものに聞こえた。
再び私の目の前に差し出された手。

この手が意味するものがわからず、私は目の前にいる六道骸を見上げた。彼のオッドアイは私の眼をまっすぐに見つめている。



「では、僕と一緒にイタリアに来てはくれませんか?」



思ってもみなかった言葉に差し出された手と彼の瞳を交互に見やる。彼はイタリアに来てくれないかと、私にお願いしている。でも、その理由が私には分からなかった。


「僕は君に興味があると言ったでしょう?」
「だからって、なんで私が一緒に行かないといけないんですかそれもイタリアに」


日本ならまだしもイタリアなんてあまりにも遠すぎて、現実味さえ湧いてこない。六道骸に疑いの目を向け、はっきりと告げた。
それに私はもう春から通う大学だって決まっている。一緒に来てと言われて、行けるわけがない。ましてやたかが六道骸が私に興味があるという理由だけで。しかし私の答えを予想していたのか、六道骸はうっすらと笑みをうかべた。



「君が愛おしいからです。弱いくせに強がるその姿があまりに綺麗で、なのに儚い。だから守ってあげたいと思ったんですよ」



差し出されていた手は私がつかむ前に、彼自らが手を伸ばし私の手を捕まえる。引き寄せられ、彼の温かさを直に感じながら耳元で
「僕にを守らせてください」と言われた。
この三年間一切姿を見せなかった彼に言いたいことはまだたくさんある。それに通う大学だって決まっている。だけど、私はいつの間にか彼の胸元に顔をうずめていた。拒否の言葉なんてでるはずがない。彼に話しかけられて害ばかりだったけれど、もしかしたら一利くらいは良いことがあったかもしれない。


それはきっと彼と出会い知ることのできたこの想いのことを言うんだろう。


百害あって一利なし







(2009・03・03)

完結しましたー!ということであとがきという名の言い訳です。
短い連載のくせに完結までの時間が一年もかかってしまうのは思ってもいませんでした。最初と最後は話ができていたんですがその間はまったくできていなかったというまさに私の計画性のなさが問題です。骸をまともにかけるようになろうと思って始めた連載でした……が、結局私のかく骸はかっこよさも真面目さも微塵も持ち合わせていないようです。残念!この最後の一話は前回より三年後のお話です。いきなりの展開すみません><でも始めからこんな展開にしようと思っていましたので……!最初から最後まで意味の分からない小説だったと思いますがどうぞこれからもサイト共々よろしくお願いします(土下座


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