優等生の私の朝は早い。いや、優等生なんて関係なくの朝は小さい頃から早かった。朝の静かな時間に登校することが好きな私はクラスでも格別早く学校へと行ってるんじゃないかと思う。
しかし、それも最近ではたまに六道骸がついてくると言うこともあって、私の好きな時間は減りつつあった。学校に行く時間なんて言ったこと無いにも関わらず、彼はたまに私の家から学校へ向かう道の一番初めの曲がり角で私を待っていた。初めて見たときは、無視してとおりすぎようともしたけれど、彼に呼び止められてほぼ強制的にともに学校へと向かった。そして、この後も数回それが続き、私を待っているんだ、と言うことに気がついた。
これでは、本当に付き合ってるみたいじゃないか、と怪訝そうな瞳で見ても、彼は待つことをやめることはなかった。
「」
だが、今日私を待っているのは彼ではなかった。私は咄嗟に反応することができなかった。目を見開き、思わず立ち止まる。
「雲雀、恭弥」
いつも六道骸が待っている場所には、雲雀恭弥がいた。そして、私の名前を紡いだ。彼から名前を呼ばれるのは何年ぶりだろうか。少しだけ過去の記憶がよみがえり、私は不愉快な気分になった。こいつが知っているのは、、だ。何も知らなくて、ただ純粋だったあの時の私。今の私からしてみれば、あの時の私は馬鹿だったのだ。だから、目の前の雲雀恭弥が私の名前を紡ぐのはいやだった。
彼が呼ぶのはあの頃の、私だ。雲雀恭弥を信じきっていた、私。
「何が御用ですか?それとも、六道くんにですか?でも、残念ながら今日は六道くんと一緒じゃないんですよ」
「あいつに用事なんてない。僕は君に話をしに来たんだ」
「話?そんなもの私と貴方にはいらないものでしょう」
なんて言ったって、もう私と雲雀恭弥は他人なのだ。話なんてする必要はどこにもない。無関係、と言っても過言ではない私達の関係に何故話がいるんだろう。
私の言葉に雲雀恭弥は眉を潜めて、こちらを見る。並盛最強と呼ばれる男を目の前にしても私には怯えなんてものはなかった。なぜなら、雲雀恭弥は私が何を言おうともトンファーをだす気配は見られず、今だって不快を感じてはいるようだが、そこから殺気は感じられない。しかし、いつまでもこうしてこの場所で雲雀恭弥とにらみ合いをしているわけにはいかない。
どうやらここは私が妥協するしかないのか。
優等生、のには遅刻なんて許されないから。雲雀恭弥は私と話をするまで私の目の前からどこうとはしないに違いない。私の知っている雲雀恭弥はそういう男なのだ。
私がいつも一番に考えるのは優等生のに利益になるかならないかのことだけ。ただのがどんなに雲雀恭弥と話たくなかったとしても、それでも、ここで話をしなければ遅刻は間逃れないだろう。
だから、私は話さなければならない。この目の前にいる雲雀恭弥と。
「分かりました、それで話とは?」
笑顔をうかべる。
どうせ、貴方はしらないんでしょう?
今こうして貴方と話している私の顔がどんなに笑みを浮かべていたとしても、本当はその裏では泣きそうな顔をしているなんて。
は弱い。だから、優等生の仮面をつけて強がっているだけ。そのことに貴方は気づかない。でも、きっと、六道骸はそのことに気づいているんだろう。いや、気づいているに決まっている。一瞬だけ思い浮かんだ六道骸に自嘲地味た笑みが浮かぶ。何故こんな時に六道骸のことが思い浮かぶんだろうか。
目の前の男と六道骸を比べても意味なんてないのに。
「六道骸とはどんな関係なの?」
「それは何か貴方に関係あることですか?」
「……」
「ない、ですよね。」
私の言葉に雲雀恭弥は答えなかった。押し黙った雲雀恭弥に思わずため息が零れる。六道骸はこの雲雀恭弥の質問になんて答えたのだろうか。この前は何故か恐くて聞けなかったけれど、でも、聞かれて答えられる言葉は決まっている。
「別に何も関係はありませんよ」
私と六道骸の間に関係なんて存在しない。友達でもなく、クラスメイトではない。ましてや恋人なんていう関係でもない。だから雲雀恭弥に聞かれても、六道骸だってこうやって答えるしかできなかったに違いない。
それが少しだけ寂しいと感じているにもきっと何かの間違いだ。
「ねぇ、」
「まだ、何かありますか?」
「僕は、君が嫌いなわけじゃない」
「ハッ、今更」
思わず鼻で笑ってしまった。群れるのが嫌いといって私の手を払った男が今更そんなことを言うなんて可笑しいにもほどがある。あの日、私の伸ばした手を思いっきり振り払ったのは他の誰でもない雲雀恭弥だったのだ。心の奥底がズキリ、と痛む。お願いだから今はでてこないで。ただのは、今出てきては駄目だ。
気持ちに押さえが利かなくなってしまいそうだから。
小学校までの私は感情が表に出やすく、すぐに自分の気持ちを吐き出すような人間だった。それが、だ。優等生なんかじゃない、雲雀恭弥の幼馴染だった私。雲雀恭弥が私を拒むように変わったように、私も変わった。優等生として、感情なんて棄てた。でも、実際は感情を棄てることはできていなかった。六道骸と関わるようになって、様々な感情が蘇ってきて、優等生の私は弱弱しいものになってしまった。
小学校の頃の私が蘇る。雲雀恭弥の幼馴染だった私。感情的だった私。いつも馬鹿みたいに笑っていた私。
「六道骸との関係なんて僕には関係ないけれど、心配だったんだよ。幼馴染で親友の君が」
どうして雲雀恭弥は幼馴染だった、と言わないのだろうか。まるでその言葉では今でも雲雀恭弥と私が幼馴染で親友みたいな言い方ではないか。だけど、雲雀恭弥が再び紡いだその言葉を私は静かに受け止めていた。
本当は分かっていた、すべて。
「本当は分かってた、」
恭弥が突然私の手を振り払った理由も、私から離れていった理由も。でも、私はそれを認めたくなかった。悲しくて寂しくて、恭弥は私のことを思ってしてくれたことでも恭弥を悪者にすることでしか私はそれを乗り切ることができなかった。だからすべてを恭弥のせいにして、またこんなことがおきないように感情を棄てた。優等生として、常に人との距離をはかりながら生活して、そんな生活寂しいだけだったのに、それでも優等生じゃなくなったら誰からも私の存在なんて認めてもらえなくなるんじゃないかと思うと、優等生としてしか生活ができなくなった。
、として見てくれる人間なんて誰一人いないんじゃないかと勘違いしていた。
「恭弥が、不良から目をつけられてたことも。その被害が私にいかないようにしていたことも、本当は知ってた」
「そう」
「でもね、私はそれが寂しかったんだ。恭弥が私のためにしてくれていると分かってたけど、私達幼馴染で親友なんだよ?それなのに何も言ってくれないから、寂しかった」
「ごめん」
謝る恭弥が珍しくて、考えられなくて思わず自然と笑いが出た。久しぶりに自然と笑えたかもしれない。恭弥に幼い恋心をもっていたはもういないけれど、彼の幼馴染で親友ののはまだそこにいる。
優等生のでしか私の存在なんて認めてもらえないとずっと思っていた。でも、六道骸が私の目の前に現れた。彼は、私のことを面白い、と言った。優等生を演じるようになって面白いだなんて、初めて言われて本当は嬉しかった。興味があると言われたのだって、嫌な気持ちはまったくしなかった。よくよく考えれば彼と初めて会った時から、私は優等生のではなくただのとして接している。初対面の彼にサボりだと事実をいい、話し方だって他の人たちのように優しく接することはなく、嫌い、とまで言った。その理由が今、少しだけではあるけれど分かったような気がする。
私は彼が私が優等生じゃないでも、認めてくれるんじゃないか思ったからだ。
私は優等生としていることに疲れていた。だから、たまたま現れた六道骸に私自身を見てくれるんじゃないかと期待して、返事を返した。彼は私がサボりだと言ってもそこまで驚いた様子もみせずに、失望した目でも見なかった。
私は、嫌い、だといったけれど始めから六道骸のことをそんなに嫌いじゃなかったのかもしれない。
(2008・11・20)