彼と色々行動するようになって私は今まで無くしていたものを一気に取り戻したような気分になった。それはほとんど私にとってはいらないものだと判断して捨てたもので、私が認めなかったとしてもそれは六道骸と一緒にいることで私の中にまた戻ってきている。
怒り、と言った感情もその一部だろう。
私はそれが嫌で嫌でたまらなかった。それらが私の中に戻ってくるのを感じるたびに、私は優等生のから一歩ずつ遠ざかってしまっているような気がする。折角手に入れた地位を手放すなんてこと私には出来ない。それなのに、六道骸は私にかまう。お願いだからほっておいて。私は貴方と違うからすべてを完璧にこなさなければすぐにただのに戻ってしまう。悔しくてそんな事言えないけれど、私はただのになるのは怖かった。ただのはとても弱く儚い存在だったからだ。少しだけ六道骸がうらやましくなった。
六道骸は何があったとしても六道骸であり、その存在はとても強いものに違いなかった。
「」
いつの間にか彼は私のことを名前で呼ぶようになっていた。でも、決してその関係は甘いものなんかではない。まるで、契約でも交わしたかのような形式上の関係。初めて彼に名前を呼ばれた日はそれはそれは驚いたものだった。ここ数年名前で呼ばれた覚えなんてなかった。友達と呼ばれるような人からも名前では呼ばれてなかったから。名前で呼ばれたのは雲雀恭弥が私を突き放す前以来で私の心は僅かに弾んだ。まだ、人間としての感情なんてないと思っていたにも関わらず、私にはまだ嬉しい、と言う気持ちが残っていたらしい。相手が六道骸であったとしても、久しぶりに家族から言われた自分の名前に私は少なからず嬉しい、と感じた。
だが、どんなに六道骸が私の名前を呼ぼうとも私はいつでも「六道くん」と彼の名を呼んだ。こんな気持ち気づかれたくない。そうは思っていても、もしかしたら六道骸はもう気づいているのかもしれないとも思った。
「六道くん、いい加減飽きませんか」
「何に飽きると言うんですか?」
「私にですよ。私と一緒にいることに飽きはまだ来ませんか」
優等生のも、ただのも一緒にいて楽しい人物ではないことが、自分が一番理解している。だからこそ、六道骸はいずれ私という存在に飽きるだろうと思っていた。それなら、できるだけ早く飽きて欲しい。私が六道骸に対して何らかの情をもつまえに、早く私に飽きて私から離れて欲しかった。情をもってしまってからの別れがつらい、と言うことを私は雲雀恭弥との出来事で痛感しているからこそ、のこの思い。今となっては雲雀恭弥とのことなんて、ただの思い出の一部になってしまったけれどあの時の私にとっては泣いてしまうほどつらかったのは、紛れもない事実だ。確かに私はあの頃とは違う。だけど、優等生のになりきれていない以上、人との深いかかわりを持ってしまうのは怖かった。
目の前の六道骸は私の問いに一瞬だけ驚いた表情を見せたけれどすぐにいつもの笑みを作って微笑みながら「君は本当に面白いですね」と言った。私のどこが、面白いんだろうか。私はつまらない人間なのに。そう思いながら、私は不満ありげに眉をひそめる。その表情を見て、六道骸がさらに微笑を深くしたような気がした。
「何が面白いんですか」
「クフフ、だって僕が君に飽きるわけないじゃないですか」
さも当たり前のように言ってのける六道骸の言葉。思ってもみなかった言葉に、私は少し驚いた。六道骸は人をまるで玩具のように考えていると思っていた。だからこそ、飽きたらすぐに棄てるとそう思っていたし、そもそも飽き性だとも思っていた。なのに。
「僕が君ほど興味を持った人間は今までいないんですよ」
今までであった誰よりも勝る興味を僕は君にもっているんです、と。そんな興味今すぐにでも棄ててもらいたかった。だけど、その言葉が嬉しくないわけではなかった。つまらないと思っていた自分自身をこんな風に考えてくれる人間もいると思うと、少しだけ嬉しくてそう思ってしまった自分を恥じた。馬鹿みたいだ。六道骸の言葉が真実と言う確証はないのに。それに私はじゃない。優等生のなんだ。感情で振り回されるなんて、そんなこと許されるわけがないし、自分でも許したくない。私はあの頃の自分に戻ることだけはしたくはないんだ。
「それはそれは、嬉しくない言葉ありがとうございます」
「おやおや、つれませんねぇ」
「こんな言葉で反応なんてしたら、貴方の思うつぼでしょう」
「いいえ。これはこれで、面白いですよ。君の反応は本当に他の女性とは違いますから」
じゃあ、他の女性の反応と言うものを教えて欲しい。その反応をすれば六道骸が私に飽きてくれると言うのなら、私はそんな反応をしてみせよう。
心の奥底で飽きられるのが怖いと思う自分がいる。
そんな思い、抱くことなんて私は私自身を許さない。こんな思い、早く消えてしまえば良い。しかし、どんなに願ったとしてもその思いは消えることなく、とても小さいものではあるけれど私の心の中で僅かにうごめいている。もしかしたら、もう六道骸に対して何らかの情を持ってしまったと言うのだろうか。そんなことあってはならないことなのに。だけど、ただこれだけは言える。その情は恋情と言う情だけはないことを。恋だなんて、したくもないし、しようとも思わないのだから。
「あぁ、そう言えばつい先日、雲雀恭弥にまた会いましたよ」
「それは不運でしたね」
「いえ、そんなことありませんでした……面白いことを聞かれたんです」
六道骸が面白いと感じるなんて、どうせ面白くもなんともないことなんだということは分かりきっていた。しかし、興味の沸いた私は「何を聞かれているんですか?」と口にしていた。それを聞いて、微笑む六道骸は少しだけ冷たい笑顔に見えた。
「雲雀恭弥のことだから気になりますか?今までの君だったらそんなこと気にもしなかったでしょう」
思わずその言葉に、押し黙る。その言葉は私にとって図星だった。だけど、雲雀恭弥のことだから興味がわいたわけではなかった。ただ、なんとなく六道骸が面白いと感じたことに私は興味を沸いたんだ。
「君との関係を聞かれたんですよ。僕と君がどんな関係なのか、ってね」
六道骸の言った言葉を何回も反芻する。そんなこと雲雀恭弥には関係もないはずなのに、どうして雲雀恭弥はそんなことを聞いたんだろうか。そんなことを雲雀恭弥が聞くなんてとてもじゃないけど考えられない。しかし、六道骸がそんなつまらない嘘をいうなんてことも考えられない。そして六道骸はその雲雀恭弥の問いに対して何と答えたんだろうか。その答えが聞くのが何故か怖くなった私はそれ以上何かを聞くということはしなかった。ずいぶん、臆病者になったものだ、と吐いたため息は六道骸に気づかれることなく消えた。
(2008・09・16)