雲雀恭弥に会ってしまってから数日。私にとって不快な噂が黒曜中に出回ってしまった。と六道骸は、付き合っているらしい、と言う噂。みな、六道骸を恐れて声を大にして言う事はないが、ひそひそと出回っているその噂はもう学校の殆どの生徒に知れ渡っている。いや、生徒だけではなく先生達にだって知れわたっている始末だ。最悪、なんて一言だけでは済まされない事態。私の友達と呼ばれる人たちにも、何回も聞かれた「六道くんと付き合ってるの?」と。その瞳は好奇や、嫉妬で溢れていて、誰一人、私のことなんて気にかける様子はなかった。所詮は形だけの友達。分かっていた事だ。しかし、六道骸と付き合っていると言う噂のせいで、馬鹿みたいな女子に目をつけられてしまったのは煩わしい。とは、言っても、その虐めみたいな行為はすぐに終わった。六道骸の手によって。
「クフフ、どうしましたさん?僕と一緒に昼食を食べるのがそんなに不服ですか?」
「えぇ。私の昼食が貴方と食事する事によって、まずくなってしまいますから」
「そうは言っても、君が一人でいれば、階段から突き落とされたりしてしまう。だったら、僕といたほうが貴女は安全なんですよ。これもすべて貴女のためです」
微笑む六道骸に、クソッたれと言ってやりたかった。六道骸と付き合っていると言う噂が流れてすぐに、私は馬鹿な女子に虐め、というこのようで最も馬鹿な行為をされた。靴を隠されたりはしなかったけど、靴箱の中には砂が、階段を使えば、突き落とされそうになる始末。本当に馬鹿な奴らだ。そんな事している暇があれば、少しでも勉強でもして自分の学力を向上させる努力をした方が有意義であると言うのに。そもそも、噂は噂であって、真実ではない。と六道骸が付き合っている、と言うのは、所詮は噂なのだ。それなのに、そんな噂ごときに騙されるなんて、まともな人間になれやしない。いや、虐めなんて事をしている時点でまともな人間ではないなんてことはもう分かりきった事ではあるが。そして数日そんな日が続いた。だけど、私は誰にもその事を言うつもりはなかった。この虐めが六道骸のせいと言う事は確かなことではあったが、それ以上に六道骸と関わるのが嫌だった私は六道骸にも何も言わなかった。六道骸に助けを求めるような行為が嫌だったんだ。ましてや、この学校でこの虐めを止められるような人物がいるとは思えなかったのだけど。
「僕といつも一緒にいれば虐められなくなりますよ」
そんな日が数日続いたある日、六道骸は私にこう言ったのだ。私としては虐めなんかより、よっぽど六道骸と一緒にいるほうが苦痛で仕方がなかったのに、六道骸はその一言を私に言ってから片時も、と言うほどではないけれど、一緒にいる時間が増えてしまった。授業の合間はおろか、貴重な昼休みにまで。いや酷い時には放課後、一緒に帰る日まである。そして、それからと言うもの、虐めはなくなった。でも、この学校の中では噂が真実に変わってしまった。何故、私が六道骸と付き合わなければならないのか。私は優等生だ。不良との付き合いなんてするはずがない。六道骸のせいにして良いのかは分からないが、先生から仕事を頼まれることも減ってしまった。
折角、馬鹿な先生達を手玉にとっていたというのに、いらないことをしてくれる男だ。ただでさえ、雲雀恭弥と会ってから、私の気分は落ちているというのに、六道骸のせいで私の気分はどん底だ。
「六道君。この前の事で分かったでしょう。私と雲雀恭弥はもう幼馴染でも全然ないんですよ。だから、私にかまっても何もありません」
「僕は雲雀恭弥なんて関係なしにさんに興味があるんです」
「私はただの一般生徒です。興味の対象としてみるには物足りないと思いますよ」
「おや、この前のテストで一番をとった人がただの一般生徒、と言うことはないでしょう?」
別に一番であったとしても一般生徒ではないということはないだろう。むしろ、私としては六道骸と一緒にいるほうが一般生徒からかけ離れて言ってしまっているような気がするんだけど。しかし、そんな事、六道骸に言ったとしても、ただ笑われてそれでおしまいだろう。なら、もうこの男と会話するのも苦痛なのだから、これ以上何も言わない方が利口だ。私は、六道骸の方を一瞥し、弁当に箸をつけた。学校で食べる昼食を美味しいなんて思ったこと今までも一回もなかったけど、六道骸と食べるようになってから格段とその思いは強くなったのは確かだ。
「それに、君は他の生徒と違う」
「そんなことないです。私は他の生徒と一切違わないところなんてありません」
「クフフ、違いますよ。なぜなら、」
君はここの生徒とは違い馬鹿じゃないですから、と六道骸は微笑みながら言った。あぁ、そうだよ。私とここの生徒は違う。私はここの生徒とは違い馬鹿じゃない。それに、ここの先生とも違い、私は馬鹿じゃない。でも、そんなこと言えるわけがないじゃない。それに、六道骸以外にはこの私の本性、は気づかれてはいなかったのに。少しだけ力を入れて、唇をかみ締めれば、唇からは血の味がした。どうやら切れてしまったらしい。でも、今はそんなことなんて関係ない。
「確かに私は馬鹿じゃない」
「おや、優等生の君がそんなことを言って良いんですか?」
「六道くんがそう言ったから、認めただけですよ。私が馬鹿ではない、だけど、だからと言ってこの学校にいる他の人を馬鹿だと認めたわけじゃない」
「要するに、この学校にいる人はみんな馬鹿じゃないと言いたいんですね」
「えぇ。この学校にいる人たちは皆、素晴らしい人たちですよ」
思ってもいない言葉に、私は吐き気を覚えた。この学校の人たちが素晴らしいというならば、それは、私の手ごまとしてよく働いてくれる面だけだろう。この学校の人たちの褒められるところはそこだけだ。この学校の人たちは馬鹿だし、秀でたところもない。六道骸に私の本性なんてもうとっくの前にバレている。だけど、私のすべてをバラしたくはなかった。気づかれたくはなかった。私の領域に誰かが足を踏み入れるのは、嫌だ。そして、離れていかれるのも、嫌だ。だったら、始めから人との距離を作ればよい。自分以外はすべて馬鹿だと思うことで、私は人との距離を作ってきたんだから。これからも、そうだ。私以外の人は馬鹿で良い手ごま。もちろん、この目の前の六道骸だって、その中の一人。
だったら、良かったのに。
六道骸は他の奴らと違って馬鹿じゃないから困る。気をぬけば、こちらが手ごまとして使われてしまいそうなぐらいの頭の良さだ。もしかしたら、学年一位は私かもしれないが、私なんかよりよっぽど頭は良いのかもしれない。ここ数日、六道骸と一緒にいて、私はそう考えるようになっていた。馬鹿ばかりだと思っていたこの学校にいる、天才、とでも言うのだろうか。その天才に、優等生の私の仮面がはがされてしまいそうだ。
「素晴らしい人ですか・・・・・とても白々しい言葉ですね。よく思ってもないことが言えますね」
「六道くんこそ、思ってもないことたくさん言ってるでしょう」
「クフフ、そこは否定しませんよ」
私も六道骸みたいに、顔が良くて、発言にも説得力があって、喧嘩も強ければ、ちょっとやそっとのことじゃの人物を壊すことはなかっただろうに。六道骸は何があっても、六道骸なんだ。みんなの前では紳士的な顔をもつのも、六道骸であり、私の目の前でこの学校の人たちを馬鹿呼ばわりしているのもどちらも、六道骸。私とは違う。みんなの前じゃ、私は優等生のだけど、今の私はただの。どちらも、同じではない。だから、私はいつも優等生のをつくっていなければならない。六道骸のように上手い具合に使い分けができるほど、私はまだ器用ではないから。
「(六道骸と私とでは演技てきた年月が違う)」
もう六道骸の演技は演技と言ってよいものじゃない。もしかしたら、何年も小さいときから表と裏を使い分けなければならない場所にいたのかもしれない。私がこうやって優等生のを演じるようになったのは黒曜中に入学してからだ。そう、雲雀恭弥から離れてから。まだまだ私では、六道骸にはとてもじゃないけど敵わない。別に敵いたいなんて思ってもいないけれど。隣で笑顔で食事をしている六道骸を横目に私はこれからどうするか考えていた。優等生のは、まだ壊されてはいけない。
(2008・04・06)