確かにあれから六道骸が話しかける頻度は減った。ただし、それは人がいる所に限りだ。放課後一人残って先生の手伝いをしていれば、六道骸は何かしら理由をつけてそれを手伝おうとするし、回りに人がいなければ六道骸は執拗に私に話かけてくる。ただ、その事を回りの人たちには気付かれてはいない。本当に馬鹿ばかりの学校だ、と悪態をつきながら私は一人まだ明るい街を歩いていた。少しばかり遠い距離にある家は、中学になる前に引越しした一軒家。まぁ、そのおかげで雲雀恭弥と同じ学校に行かなくて良くなったのだから文句も言ってられない。が、私が持っている鞄の中身の重さに少しだけ、眉をひそめてしまう。しかし、私は優等生なのだから仕方がないんだと自分に言い聞かせるかのように言った。
優等生の私には他の黒曜生と違って、置き勉なんて許されない。それに、参考書などたくさんの勉強道具がこの鞄の中には入っている。勉強が楽しくない?勉強なんてしたくない?そんな事は言ってられない。私は優等生なのだ。勉強が楽しくなかろうが、したくなかろうが、テストで良い点をとらなければこの地位は守られることは無い。まぁ、所詮あの学校の馬鹿な先生が作るテストなんて簡単すぎて困るぐらいなのだが。
「・・・ざ、けん・・・!」
「もう、・・や、・・てくれ!」
ふと聞こえてきた懇願とも取れるような声に頭をあげる。視線の先には学ランを着た男達に、ボコボコニされている黒曜生。周りを歩いている人たちはまるでそれを空気のように扱い皆、知らない顔で歩きぬけていく。もちろん、私もその中の一人だ。変なことに巻き込まれて優等生としての居場所を無くしてしまっては困る。私は常にその気持ちを抱き、家に帰ってしか安心する事ができないのだから。何処で誰が見ているか分からない。だからこそ、私は、巻き込まれることを避け、知らないふりをして歩いていた、が、その気持ちはたった一言聞こえてきた声に、壊されてしまった。そう、たった一言で。
「群れてるから悪いんだ」
みなければ良かったと思った時には遅かった。私はしっかりと自分の視界に雲雀恭弥をとらえてしまっていて、しっかりと彼を見つめていた。会ったのは何年ぶりだろうか。たぶん、中学なって一回も会ってはいなかったと思う。身長は私の記憶よりも伸びていて、いささか男の子らしくなっていた。それに、聞いていた噂のとおりどうやら元気にやっているらしい。トンファーを持って男達を見下ろしている姿からそんな事は容易に推測できた。しかし、優等生であるがいつまでもこうやってぼおっと立っているわけにはいかない。久しぶりの幼馴染と感動の再会なんてあるはずもなく私は歩き出そうとした。しかし、どうやらその足は動いてくれそうにない。彼と、雲雀恭弥と目が合ってしまった。お互い何かを話すわけもない。二人の間には距離がある。だけど、目がそらせない。何故か雲雀恭弥も逸らさない。まるで二人だけの空間になったようだ、と言ったらまるでその空間が甘ったるいまるで恋人同士の再会のような空間だと思われるかもしれないが全然そんな雰囲気ではなくどちらかと言えば、二人を覆う雰囲気は暗かった。
「さん」
しかし、そんな雰囲気を打破するかのように六道骸は現れた。後ろからかけられた声に私は素直に振り返る。そこにはいつものように笑顔をうかべる六道骸が立っていて、私は困惑した。一体なんで私は困惑したんだろうと考えれば答えは意外にも簡単に出た。六道骸が今、近くにいる雲雀恭弥を葬るとこの前言っていたからだ。今、六道骸が雲雀恭弥を葬るようなマネをしてしまえば、私はきっと六道骸によってそれに巻き込まれるだろう。そんな事されては優等生としては非常に困る状態となってしまう。私は偽りの笑顔を作り、六道骸と接する。ここは外だ。六道骸と二人きりと言うわけではない。だからこそ、私はをつくらなければならない。人の良い、を。
「六道くん、こんな所で何をしてるの?」
「いえ、別に何をしていたわけじゃありませんよ。そういう君は?」
「私は丁度帰っていたところ、」
そこで運悪く雲雀恭弥と会ってしまったんだけど、と言う言葉は飲み込んだ。六道骸はその言葉に微笑を深くすると小さい声で「帰っていたと言っている割りには、ここで立ちつくしているように見えましたが」と言った。この男、と思い何か言い返そうと思うも、私は何も言わなかった。いや、この場合は言えなかったの間違いか。私が言い返す前に、違う人間が六道骸へと話しかけてかけてきたのだから「一体、君ここで何してるわけ?」その声に、私は眉をひそめた。以前より声が低くなっている、雲雀恭弥がそこにはいた。雲雀恭弥の視線は私ではなく六道骸をしっかりと捕らえている。私なんて眼中にないらしい。他人なのだから、それはきっと当たり前のことなんだろうけど。
「帰っている途中ですよ。君も何をしているんです?ここは並盛ではなく、黒曜ですよ」
二人が知り合いというよりは顔見知りと言う事はなんとなく二人の会話から分かった。そもそも、雲雀恭弥が知らない奴に話しかけるなんて事はしなさそうだし、六道骸は雲雀恭弥が並盛で有名なことを知っていると言う事も、顔見知りだからなんだろう。私としても、とても二人の会話はどうでも良く、どちらかと言えば早くここから離れたかった。男二人に女一人。周りからどのように見えるかは容易に推測できる。それも、二人とも有名な男だ。必然的にその二人の間にいる私にも注目が集まってしまうのも時間の問題だろう。早くここから離れてしまいたい。しかし、この二人からでている雰囲気がそれを許さなかった。重いかばんが更に重さを増したような気がした。
「僕が咬み殺したいと思った場所で、誰を咬み殺そうと自由だろう」
「えぇ、そうですね。僕には何ら関係のないことです。では、帰りましょうか」
いつの間に私は六道骸と帰ることになったんだ、とは思うものの肩を掴む六道骸に何を言って良いのか分からず、私は心の中でため息をついた。この場を離れられるんならそれでも良い。この私の肩を抱く六道骸の手を今すぐ叩きおとしてやりたいのは山々ではあるけれど、それよりもさっさと私はここから離れたい……それにしても、つい先ほどまで名字で呼んでいたくせに、名前で呼ぶなんて一体何を考えているんだろう、この男は。私は六道骸が歩き出したのに合わせて私も一歩足を動かす。雲雀恭弥はその様子をただじっと六道骸をまるで睨むかのような視線で見ていた。背中に感じる視線は、しばらく続いた。しかし、背中に感じる、とは言っても雲雀恭弥が見ているのは私ではなく六道骸であることはもう分かりきった事。視線を感じなくなった所で、私は六道骸の手を思いっきり叩き落し、六道骸を睨んだ。
「おや、どうしましたか?」
「茶番はここまでです。もうここまで来れば雲雀恭弥は見てないでしょう」
私が言えば、クフフ、と六道骸は何が面白いのか笑みを零した「僕としてはもう少しこうしていたかったんですけどね」と言う六道骸の言葉に私は思いっきり眉をひそめた。今日は最悪だ。雲雀恭弥と会ってしまって、六道骸に名前で呼ばれて、あまつ肩さえ抱かれて、吐き気がしそうなぐらい気分が悪い。そして、私は今この時知りはしなかった。この様子を黒曜中の女子の軍団に見られていて、次の日から自分がくだらないことに巻き込まれることになるとは。この時点で分かっていたのならまだ打つ手はあったのかもしれないと思っても、もう遅い。
(2008・03・16)