六道骸はあれから頻繁に私に話しかけるようになった。まったく迷惑な話だ。優等生として有名な私と、不良として有名な六道骸。そんな組み合わせはここの生徒の好奇の目を集めないわけが無かった。友達と呼ばれるような人たちからも何かと六道骸とのことを聞かれる。彼女達はどうやら六道骸に憧れを持っているらしくお近づきになりたいような言動を見せた。私はそれに気付かないふりをして、いた。笑っている彼女達だけど、内心穏やかではないんだろう。私みたいな地味な女に六道骸みたいな綺麗な男がかまうことが。しかし、私はどうでも良かった。彼女達の嫉妬も、所詮私にとってはどうでも良いものだった。先生達からも、心配をされた。いや、先生達は結局は自分達の心配をしていたのだ。六道骸と私がつるむようになれば、この学校で都合の良い生徒が一人もいなくなってしまう。先生達は私のような駒を失いたくはなかったのだ。私はその事もどうでも良かった、が、先生達に取り入っている事に越した事はないので「何もありませんよ」と先生達には伝えた。先生達はまだ何か言いたそうな顔をしていたけど、それ以上何も言う事はなくなっていた。これも日頃の行いの良さのせいだろう、と私は放課後の階段を上りながら口端を上げた。
「おや、さんじゃないですか」
「・・・・・六道君」
最近良く聞く声に見上げればそこにはまるで本当に驚いているかのような顔をしている六道骸がいた。きっと、彼と私がここで偶然に会うことは彼にとって必然だったんだろう、とその顔を見て思った「犬、千種。すみませんが先に行って下さい」六道骸の傍にいた、柿本千種と城島犬がその言葉に大人しく従い私の横を通り過ぎながら階段を降りていく。柿本千種はこちらをちらっと一瞥しただけだったが、城島犬にいたってはまるで品定めするかのような視線で見られた。しかし、彼は私にそこまで興味をもたなかったらしく、フン、と通り様に鼻を鳴らして階段を降りて行った。私は二人が私の横を通り過ぎるのを確認して、目の前、と入っても階段の上にいるんだが、六道骸を見上げるかのようににらみつけた。彼はそんな私の視線にひるむことなく、笑顔を作ったまま。なんとも、憎らしい男だ。
「それで、あの二人を先に行かせて私に何か後用事でしたか」
「いえ、ただ貴方とお話がしたかっただけですよ」
その一言に、またか、と思った。六道骸は私を見かけるとすぐに話しかけてくる。いつもこの一言を言って。その一言を聞いた友達と呼ばれる人たちには付き合っているんじゃないかととまで勘違いされた。すぐに弁解はしたが気分の良いものではなかった。六道骸と、付き合っているなんて、憎んでいると言っても良い雲雀恭弥よりも嫌いな相手なのに付き合えるわけがない。最近の六道骸の嫌がらせにも近いこれらの言動に、私はあの時以上に六道骸が嫌いになった。彼の興味が早く私から違うものへとうつってはくれないかと、常々思う始末だ。
「そう言えば、さんは今まで何処に行ってたんですか?」
「職員室に所用で」
「また教師のお使いですか?」
「まぁ、そんなところです」
言葉とは裏腹にそんなわけがないじゃないか、と心の中で私は悪態をついた。私が先ほどまで先生に呼び出されていたのはこの六道骸のせいなのだ「六道骸と何か関係があるのか」と。こんな男と何か関係があるなんてことあるわけがないのに、まったくここの先生は馬鹿で困る。いや、馬鹿だからこそ使いやすいということも言えるのだが。六道骸は「どうせ僕のことで呼ばれたんでしょう」と微笑んでいった。始めから分かっているのなら聞かなければ良いのに。六道骸だって気付いているんだろう。六道骸が私に話かける事によって、私の日常が段々と壊れていっていることを。先生達は単純だから良いが、これ以上厄介な事に巻き込まれるのは御免だ。
「えぇ、その通りですよ。貴方のせいで私は先生に呼び出されたんですよ」
「それならそうと、始めから素直に言えば良いじゃないですか」
「貴方のせいで呼び出されたことは私にとって屈辱的なことでしたので」
「おや、それは。その事が僕にバレてしまったことはもっと屈辱的なのでは?」
クフフ、と笑いを零す六道骸はどれだけ最悪な人物なんだろう、と思う。確かに今私は六道骸によって屈辱的な気分を味わっている。何故、私がこの男のせいで呼び出されなければならないのか。それも、私からは話しかけたことは無い。いつも六道骸から話しかけてきていることを先生達は知っているはずなのに、私を呼び出すなんて可笑しな話じゃないか。普通は六道骸の方を呼び出してよいものを、と考えて止めた。私のような生徒にしかあの先生達は聞けないのだ。不良のトップである六道骸を呼び出すなんて事あの先生達にできるわけが無い。まったく、弱い、先生達だこと。
「とても屈辱的ですよ、六道君」
「クフフ、僕にそんな口を聞けるのはこの学校で貴方ぐらいですよ」
「それは、嬉しくない事実ですね。この学校の生徒と、教師がどれだけ貴方にどれだけ屈しているか分かってしまいましたから」
「それもありますが、」
六道骸はそこで言葉を止めて、階段をおりて私の方へと近寄ってきた。私は六道骸が階段を降りてきた事に、いささか驚きながら一歩足を後ろに動かした。カクンと落ちるような感覚が私を襲うが、それでもなんとか私は足をその場につなぎ止め、近寄ってくる六道骸を見上げた。また六道骸は微笑を深くする「君でなければ僕はそいつを生かしていませんよ」意味が分からなかった。何回も心の中でその言葉を反芻してもその言葉の意味がわからない。私は意味が分からないと言った顔で六道骸を見る。
「僕は口の聞き方には煩いんですよ。だが、君は特別です」
「どうして、私が特別なんですか」
「前にも言ったでしょう、興味があると」
「私の何に興味があるんです?こんなつまらない優等生の女に」
吐き捨てるように言えば六道骸は「貴方が雲雀恭弥の幼馴染だったから興味があったんです」と言って述べた。そんな理由で興味を持たれるなんて、それも今は雲雀恭弥と幼馴染でも何でもないのに。むしろ何ら関係のない仲なのに。しかし、六道骸もまったく物好きな男だ。雲雀恭弥と幼馴染だからと言って私みたいな女に構うなんてよっぽど暇で退屈しているんだろうか。それに、つい先日、六道骸が私に興味があるといったときに、私は言ったはずだ。雲雀恭弥と幼馴染だったのは過去の話だった、と。それなのに、いまだ私に興味を持つ理由が分からない。放課後の階段は音もなく、いつもの煩い学校からは考えられないぐらい静かだった。彼といるときは、いつもその場にまるで誰もいなくなったかのような静かな別空間が広がっているような気がするのはきっと私の勘違いではないんだろう。
「しかし、今は違いますよ。今はただ純粋に、という人物に興味がある」
「・・・・」
「クフフ、そんな嫌そうな顔をしないで下さい。別に君に危害を加えるつもりはないので」
「現に私は被害を受けているけど」
六道骸が私に話しかけてきて、損する事は少ないだろう。だけど、私は六道骸と言う不良が私に話しかけてくることに沢山の被害を被っている。やっと手に入れた優等生と言う立場も危ういものになってしまうし、友達と呼ばれるような人たちに誤解もされてしまう。例によってはこの学校にいる馬鹿な女達から勘違いされるようなこともある。六道骸は噂によれば紳士的で女子に対する態度も優しい。だが、彼が自分から話しかける女子はまったくと言って良いほどいなかった。そんな彼が話しかける女が私のような女で馬鹿な女達が納得するわけがない。虐めと言う面倒くさいものの標的になるかもしれないという可能性もでてくるのだ。まったく、私はそんな面倒くさいものとは無縁でなければならない。私は黒曜中でただ一人の優等生、なのだから。
「まぁ、そうですね。君に嫌われては困りますから、少しは控えることにしましょう」
「少し、と言う言葉は気になりますが、そうして下さい。私も余計な事に巻き込まれたくないので」
私の言葉に六道骸はまた愉快そうに笑った。私を見下ろすように見てくる瞳が気に食わなかった。どうせなら、もう話しかけないで欲しい、とは優等生のの口から出てはいけない言葉だった。だから私はその言葉を口にする事はなかった。
「それは無理かもしれません」
「は?」
「僕は色々厄介な事に巻き込まれやすいので。それに、君は雲雀恭弥の幼馴染だった女ですから」
確かに自分で雲雀恭弥と幼馴染だったのは過去の話だと言ったが、他人から、それも六道骸からそんな風に言われるのは心中穏やかではなかった。しかし、別に私が雲雀恭弥の幼馴染だった女だとしても私はその事で厄介な事に巻き込まれたことは無い。そもそも六道骸以外にその事を知っている人物は少ないのだ。だから、その理由で私が厄介な事に巻き込まれることは絶対にないと言い切って良い。それも、六道骸が厄介な事に巻き込まれやすい体質であっても、それは何ら私とは関係ないじゃないと思う。まぁ、どのことも六道骸が何もしなければ、の話なのだが。六道骸が私と雲雀恭弥が幼馴染だった事を言い、自ら私を巻き込んだりしなければ、の話。
(2008・02・25)