ガラリ、と開いたドアを見ればそこには黒曜中で有名な六道骸がいた。私は詳しい事は知らないが、この男、この数日間の間に今までいた不良たちをしめあげ、黒曜中を支配、と言う言い方をして良いのか分からないが、支配した。しかし、そんな事、クラスも違う私にとっては関係のないこと。煩い生徒。そんな生徒達に注意も出来ない先生。荒れ果てた校舎。この学校での生活は私にとっては、とても下らないことだった。だから、六道骸と言う男がこの学校を支配した、と言っても、それもまた私にとっては下らないことの一つだった。だが、彼は何故、ここのクラスのドアをあけたんだろう。彼は先ほど言ったようにこのクラスの生徒ではない。それに、彼には友達はいない。柿本千種と城島犬といわれる忠実な部下以外、彼は自分の周りに人を近づけなかった、らしい。これもまた、人に聞いた話だから詳しい事は知らない。別に私が知る必要も無いことであった。六道骸は、教室でたった一人で佇む私を見て、ゆっくりと微笑んだ。転入早々はその顔の綺麗さで注目されていたとおり、とても綺麗な笑顔だった。そう、綺麗な笑顔であったのだが、私は背筋に冷たいものを覚えた。数日と言う短い間にこの学校に居た不良をしめあげた六道骸の笑顔を、純粋に綺麗だとは思えるわけが無かった。私は時計の時刻を確認する。時刻は、まだ三時間目の授業中だ。なら、何故この教室には私以外の生徒がいないんだろうか。それは、彼らが今は理科の実験室で授業を受けているから。なら、何故私はその教室に授業を受けに行っていないのか。それは、




「サボりですか?」

「えぇ、そうですね。サボりです」

「おやおや、貴方は優等生と聞いていたんですが」




確かに六道骸が言うとおり私はこの学校の誰よりも優等生だろう。あの日辻が六道骸に倒され、と言う言い方をして良いのか分からないが、倒された後、先生達に次の生徒会長になって欲しいと頼まれるぐらい私は優等生なのだ。それに、成績もこの学校で最も優秀。いや、この学校の中で優秀なだけで、他の学校と比べられたらあまり良くないのかもしれない。この黒曜中は不良のたまり場と言っても良い学校であり、その学校で成績が良い事はあまり誇らしいことではない。近くにあるどの学校よりも頭の悪い学校であることは私もちゃんと理解している。だが、そんな事は関係なく私がどんなに頭の悪い生徒であったとしても私は先生達にとって都合の良い生徒であることは間違いないはずだろう。頼まれた仕事はしっかりとこなし、先生達に口答えすることもない。この学校ではきっと、とても珍しいと分類されるような生徒だ。だが、世渡り上手な私はそんな珍しい存在であっても友達と呼ばれるような人たちとは上手くやっている。友達と呼ばれるような人たちと言うのは、私が一切友達とは思ってもいないからなのだが。




「まぁ、そんな事はどうでも良い。さん、貴方次の生徒会長を任されたらしいですね」




六道骸がまさか、私の名前を知っているとは思いもしなかった。できる事なら、知って欲しくなかったとは思ったが、私はこの学校では確かに珍しい存在。六道骸が私の名前を知らないのも可笑しい事ではない「任されましたけど、お断りしましたよ」私は日辻ほどこの学校に愛着もなければ、この学校を良くしたいなんて思い一切無い。そんな奴が生徒会長になるなんて、可笑しいと思う。それに、私はこの学校の為に自分の時間を削られるようなことはしたくない。どんなに先生達に都合の良い生徒であっても、私は逆にそれを利用していることもあるし、友達と呼ばれている人たちと上手くやっているのも、色々と好都合な事が多いからだ。私は、結局自分のことを考えての行動しか、この学校ではとっていない。だからこそ、私は生徒会長という役目をお断りしたのだ。




「そうなんですか・・・・・・しかし、生徒会長は何かと都合の多い事もありますよ?」




六道骸の言葉にドキッとした。こいつ、私が何を考えて日々の生活を送っているか知っている。私が本当はこの学校のことなんて一切考えず自分の損得で行動していることを知っている。





「別に私はそんなものに興味はないですよ。それに、そこまで言うなら、六道くんが生徒会長をやれば良いじゃない」

「僕には人の上にたつようなことはできませんよ」




白々しい、と思った。現に六道骸は黒曜中のトップであると言っても良いのに。それなのに、そんな事が言えるなんて。それも笑顔で言えるなんて、彼は嘘が上手い。私以外の人になら、きっとその言葉が嘘だという事がバレることはなかっただろう。だが、私はその笑顔には騙されない。彼は、きっとこの学校の誰よりも、この学校の頂点に君臨して良い人間だ。私は、時計を再び見た。三時間目が終わるまであと、5分。未だに六道骸がこの教室に来た理由を私は知らない。できる事なら、早くこの教室から出て行って欲しいとは思ったが、さすがにそんな事は、人が良い優等生のが言っても良い言葉じゃない。だが、私の本心としては早くこの教室から出て行って欲しい、私に構わないで欲しいと、ずっと思っていた。六道骸は、ドアを今まで開いていたドアを閉めると、こちらのほうへと寄って来た。始終、微笑んだ顔に変わりは無い。そして、私が座っていた席の前へとやってくると「貴方、雲雀恭弥の幼馴染らしいじゃないですか」久しぶりに聞いた、幼馴染の名前に思わず眉をひそめた。何故、こいつがそんな事を知っているんだろう。私はそんな事、この学校の人間にもらしたことはない。ましてや、一言も話したことが無い人間が知るはずがない。六道骸は私の些細な変化に気付いているのかいないのか、微笑をさらに深くする。




「生徒会長になれば、並盛の風紀委員長との接点もありますよ」

「私はそんなもの望んでいません。それに幼馴染と言う話も、過去の話ですから」

「雲雀恭弥ともう一度、仲良くなりたいとは思わないのですか」

「思いませんね」




あの男は群れるのが嫌いだ、と言って、いきなり私を突き放したのだから。そんな男と今さら仲良くするつもりはまったくない。それに、幼い頃そんな男に持っていた恋心なんて、今の私はもう無くしてしまった。彼が私を突き放した瞬間に、そんな思いを抱いていた自分が馬鹿らしくなった。私にとって雲雀恭弥は、もう関係のない人物。彼に何の感情も無い。あるとすれば、憎しみか、そんな感情しか生憎持ち合わせていない。それに、生徒会長になり、雲雀恭弥と接点ができてしまうなんて、もっと生徒会長なんてなりたくない、と思った。




「それは残念ですね。君が生徒会長になってくれれば色々とこちらも都合が良かったのですが」

「それは良かったです。私、人に利用されるのってとても嫌いですから」

「クフフ、君は面白いことを言いますね」




別に面白いことを言った意識は無い。ただ、本当のことを言って述べただけ。しかし、目の前の六道骸は本当に愉快そうに笑っていた。




「そんな君に特別に良いことを教えてあげましょう。雲雀恭弥はもうすぐ、いなくなりますよ」

「いなくなる?」

「えぇ。僕が、雲雀恭弥を葬りますから」

「それは、とても楽しそうですね」




私の言葉に、驚いたのか、六道骸は少しだけ驚いた顔をしていた。彼は私が、雲雀恭弥が好きとでも勘違いしていたのだろうか。いや、そんな事は思っていなかったことはないかもしれないが、雲雀恭弥が葬ると言った六道骸の言葉に、楽しそう、と返すとは思っても見なかったのだろう。彼はすぐに、いつものすかした顔に戻すと、クフフ、と彼特有の笑みを零した。




「気が変わりました。どうです、僕と雲雀恭弥を一緒に
りませんか?」




私はその言葉に立ち上がる。チャイムがなるまであと、何秒といった時刻にまでなっていた。六道骸が、手をこちらに差し出す。きっと、彼は自分の誘いに私が乗ると思っているのだろう。私はその手を一瞥する。雲雀恭弥は今頃元気にやっているのだろうか。なんて、たまに聞く彼の噂から元気でやっていることは確かだ。少しだけ、懐かしいと過去の自分を思い出した。私は六道骸の手に自分の手を近づける。だが、その手は、彼の手を握ることはなく、ただ小さい音をたてて、彼の手を叩いた。




「私、雲雀恭弥より貴方のほうが嫌いみたいだから遠慮する」




私は鞄と持つとそのまま教室からでようと、ドアの方へと歩み寄った。教室の外からは先ほどよりもにぎやかな声が聞こえている。一気に、現実に戻されたような気分になった。六道骸と話している間、ここがまるで別の空間のように感じられていた。それは、彼が、まったく自分と関わりの無い人間と思っていたからなのか、それとも、彼の雰囲気がそうさせたのか、どちらかは分からないが。確かに、六道骸と話している間、この教室は異空間であった。学校でないような、いつもの騒がしい教室とは違った空間。さほど、気には留めなかったがこの教室は彼が入ってきた瞬間から、そんな空間へと変わっていた。私がガラリと教室のドアを開ける。もう今日は帰ろう。六道骸と話して、気分が悪くなったような気分だ。体ではない。心の気分が悪い。




さん」



名前を呼ばれて足を止める。振り返る気はまったくなかった。この瞬間さえ終われば、彼とはまた別の世界に生きる人間となるんだろう、と思う。彼はこの学校の不良とトップとして。私はこの学校のただ都合の良い優等生として。また別の世界で生活を始めるのだろう。




「僕は君に興味がでてしまいました」





まったく、迷惑な話だ。あの六道骸に興味をもたれるなんて、生徒会長をするよりもお断りしたい話。はぁ、と思わずため息を零せば、そのことに気付いたのか、クフフと、あの笑い声が聞こえてきた。その声を遮るかのように、私はドアを思いっきり閉めた。声はそこで消えた。私の気は重かった。






(2008・02・10)