コンコン、と軽快な音をたててノックをすればいつものように返ってくる優しい声。


まだ顔を見たわけでもないのに声を聞いただけでキュンとしてしまう自分の心臓が忌々しい! それでも、そんなことを知られるわけにもいかず私もいつもの自分を必死に繕いながら部屋の中へと足をふみいれる(あぁ、でも!いつもの自分ってどんなんだっけ?!)







いつも綺麗にされた応接室はこの学校のなかで一番綺麗な部屋に違いないと毎回訪れるたびに思う(…自分たちの教室はお世辞にもきれいとは言えない)床には汚れの一つも、窓にはくすみ一つもない。


雲雀さんが掃除をしているところんて想像も出来ないけれど、間違いなく雲雀さんはきれい好きなんだろう。








思えば雲雀さんの部屋も何かと散らかりやすい私の部屋とは違って、清潔感あふれる部屋だ(うらやましいと今まで何回思ったことか!)ただ同時に少しだけ寂しいと感じてしまう部屋でもあった。とは言っても、部屋の中をジロジロ見るなんてこともちろん私にできるはずもなくパッと見の感想ではあるけれど。





だけど、なんとなくその部屋を見てお父さんの言葉を思い出したのも確かだった。





まるで生活感のない部屋はまさに寝に帰るためだけの部屋のようできつく、胸をしめつけられるようで、考えたくもないのに、雲雀さんにとって今でも家はただ寝るための場所じゃないのか、なんて不安に思ってしまう。


でも、そんなこと直接本人に聞けるわけもなく、ただただ私はそうでなければよいのに、と願うことしかできない。








「……」



?」








ぼんやりと雲雀さんを見つめていれば、机に座り何かの書類を片づけていた雲雀さんが顔をあげた。まっすぐに見つめられ、私もまた見つめ返す。





目を合わせることなんてとてもできなかった日がまるで嘘のようだ。彼の噂をすべて鵜呑みにして(確かにそのほとんどが事実だけど…)怖くてたまらなくて、とても彼の目を見ることができなかった。 鋭い瞳はいつもにらまれているように感じられて、肉食動物を思わせた。
だからこそ、彼の瞳が柔らかくほほえんだときは幻覚を見たものかと思ったものだ。






だってあの雲雀さんが笑うだなんて、信じられなかった。






それでも、それは幻覚ではなくて、紛れもない事実で彼は、私に優しい笑みをくれた。今なら彼が鋭い瞳をもっていたとしてもそれが本当は優しい瞳をしていることがわかる。






、いらっしゃい」


「は、はい!」






優しい笑みに私はゆっくりと安堵の息を吐いた。この笑みを見れば私が問題を起こした、というわけではないことが分かる。どうやら私は呼び出された理由が分からず、自分に身に覚えがないとは思っても知らず知らずのうちに体には力がはいっていたらしい。


息を吐くと同時に、体からも余分な力が抜けた気がした。






(でも、なら、どうして私はここに呼び出されたんだろう?)






呼び出されたわけが未だにわからない私は入ってすぐの場所で足をとめて、雲雀さんに理由を聞こうと声をかけようとした。しかし、それよりも先に雲雀さんが口を開いた。





「良い紅茶が手に入ったんだ」


「はいぃ?」





声が裏返ってしまったのもご愛敬だご愛敬……しかしながら、まったく、私が呼び出された理由が分からない。






唐突な雲雀さんの一言は私の頭を混乱させるのには十分な一言だった。校内放送で呼び出されての、この言葉。これが雲雀さん相手じゃなかったら、だからどうした、と返していたと思う。


だけど、相手は雲雀さん。そんな風に返せるわけがない!





「え、あ、あの、」


「ほら、早くそこに座って」





雲雀さんの言葉に戸惑っていれば、机の前にあるソファーの片方に座るように促される。少しだけ強引な雲雀さんに逆らうことなんてできず素直に言われるがままソファーへと腰を落ち着かせた。意味が分からずに戸惑う私を雲雀さんは気にした様子もなく私に背を向けてお茶の準備をする。

ものの数分もせずに机の上にはここが学校とは思わず忘れてしまいそうなくらいの光景が広がっていた。






「わぁ……」






透き通った紅茶が目の前におかれる。そしていつも帰りに買ってきてくれるようなおいしそうなケーキも高そうな食器にのせられ、目の前におかれた。


思わずこぼれた声がとても女の子とは思えないような声になってしまうけれど雲雀さんはそれを気にした様子もなく自分も私の前のソファーへと座った(全然女扱いされてない気がする!)(いや、わかってはいたけどね!!)






「これは、いったい」


「本当は帰ってから一緒に食べようかと思ったんだけどね、あいにく仕事がたまってるみたいで帰るのが遅くなりそうだったから」






眉を寄せながら紡がれた一言。最初の頃よりも最近の雲雀さんは確かに忙しそうで、帰ってくるのも遅くなることが多くなった。

そりゃ、さすがに夜中になるなんてことはないけれど、間違いなく部活生よりも、どの先生よりも最も遅くまで並中に残っているんじゃないかと思ってしまうくらいの時間だ。





それでも、絶対に家へと帰ってきてくれる雲雀さんとのおやすみのやりとりを欠かしたことは一度もない。本当はもっと話したり、もっと一緒にいたいと思うけど、でも、そんなわがまま雲雀さんにはいえるわけがない。



それに遅くまで風紀の仕事をして疲れて帰ってきた雲雀さんに家のなかでくらいではゆっくりとしてもらいたいとも思う。






「うれしい、です」






おいしいケーキが、高い紅茶が嬉しい訳じゃない。いや、それだって確かにとても、嬉しいんです。だけど、理由はそれだけじゃなくて。






雲雀さんが一緒に私と食べたいと思ってくれる。雲雀さんが家だけじゃなくて、学校でも一緒にいたいと思ってくれる。それが私が義妹だからという理由だけでも、とても、とても嬉しい。


うぬぼれるわけじゃない。


でも、ほんのちょっとでも雲雀さんが私と同じ気持ちで、一緒にいたいと、思ってくれているんだと思うと、嬉しくないわけがなかった。





私は間違いなく、果報者、だ。





他の人が知らない雲雀さんの一面を知っている。雲雀さんが、義妹、という理由であったとしても優しくしてくれる。こんなすてきなことが他にある?





(だから、そう、だから。これ以上、望んだらいけないんだ)



私はこれだけで十分幸せで、幸せだと思わないといけない。








ケーキのお礼なんかには全然ならない。そんなことはわかってる。むしろ私がいた方がじゃまかもしれないとは思いつつも手伝いを申し出た私に雲雀さんは「そう、」とだけ言って書類を渡してくれた。この前とまったく同じ仕事。けれど、この前より何倍もスムーズにこなしていき、時間はあっと言う間にすぎていく。






暗くなった帰り道を隣を歩くことにも慣れた。雲雀さんと視線を合わせることにも慣れてしまった。だけど、この慣れが少しだけ怖い。いつか離れて行ってしまうぬくもりに慣れてしまうことが怖いこととを私は知っていたから。


でも、ずっとずっと、とは言わない。今の幸せがもう少し続きますように、と私は願わずにはいられなかった。








これ以上は、望まないから。











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(2010・04・01)
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