最近の雲雀さんは例えるならば、とびっきりあまいはちみつのようだ。















お母さんとお父さんたちが旅行から帰ってきて数日。お土産一杯で帰ってきた二人を私と雲雀さんは一緒になって出迎えた。

その時のお父さんとお母さんの表情があまりにも嬉しそうで少しだけくすぐったくて気恥ずかしい気持ちになったけれど、雲雀さんがいなくなってから言われた「仲良くなったんだね」というお父さんの言葉には素直に頷いた。もしかしたら仲良くなったと思っているのは私だけなのかもしれない。



だけど、それでも、お母さんたちが旅行に行く前よりも雲雀さんに近づけたと思えたことを、否定することは私にはできなかった。







私が夕食やお弁当をつくることもなくなって、雲雀さんの作った美味しい朝食をたべることもなくなった。

もちろん、ご飯を作るのだって大変だし、雲雀さんに美味しく食べてもらえるかという不安もなくなって、万々歳のはずなのにそれが少しだけ寂しい。









そして以前にもまして雲雀さんが私を甘やかしてくれるようになった気がするのはきっと自意識過剰なんかではなく事実で、たとえば雲雀さんは遅く帰ってくる日は必ずといって良いほど私にお土産を買って帰ってくれるようになった。



それはコンビニのちょっとした甘味だったり、すごく有名な、それはもう並ばないと買えないくらいの並盛一美味しいと言われるケーキ屋さんの伝説のケーキだったり。





どっちも雲雀さんが買ってきてくれたというだけで美味しく感じてしまうのは当たり前の話で。





たまにお母さんとお父さんの分も買ってくるけど、私の分しか買ってきてないときは「二人には秘密だよ」と悪戯な笑みを浮かべて私の頭を撫でてお土産を渡してくれる。

そんな雲雀さんの態度に私はもう沸騰寸前で、真っ赤にした顔を見られないように頷きながらありがとうの言葉を口にすることしかできなかった。







やっとのことで自覚した自分の気持ち。

そんなものお構いなしに甘やかしてくれる雲雀さんに、勘違いさえしてしまいそうになる。







雲雀さんのバカ、







本人を目の前にしたらとても言えないような言葉を内心つぶやきながら私は、布団の中に潜った。

だけど、その雲雀さんの優しさを拒絶するもできなくて、むしろその甘さが心地よくてついつい甘受してしまう私はきっと雲雀さんよりも馬鹿に違いない。



だって、雲雀さんには下心なんてこれっぽっちもないのに、私は下心満載で…雲雀さんと話をする度にもっと、もっと雲雀さんと仲良くなりたい、と思ってしまう。

その上少しでも私のことを好きになってくれてもよいのに、なんて浅はかなことさえ考えてしまう。







好きだと思ってもそれを口にする勇気もなくて、そのくせ期待だけは大きくなる。







誰よりも馬鹿なのは、雲雀さんでも他の誰でもない。



私だ。






























次の日の放課後。いつものように帰りの準備をしている中、以前も体験した恐怖体験をすぐ後に再び体験することになるとはこの時の私は思いもせずにルンルン気分で鼻歌まで歌っていた。

今日の雲雀さんのお土産は何かな、なんて最近気になりだした体重のことなんて忘れて鞄を手に取る。





そしてさぁ帰ろう、と花と京子ちゃんのほうへと近寄り声をかけようとした瞬間に放送のスピーカーからガタン、という音が聞こえてきた。その音に騒いでいた子たちも一斉に静かになる。



この時、教室中、いや、学校中に緊張が走ったに違いない。



もし風紀委員による放送だった時、聞き逃しているものなら咬み殺される。きっとみんなそう思ったんだろう。









(以前の私だったらみんなみたいに多分すっごくおびえてただろうな……)









以前の私だったら、呼吸もとめてきっと放送に耳をすましていた。そりゃもう、もしも自分が呼び出されたらと思うと怖くて怖くてたまらなかったし、風紀委員も、雲雀さんも私にとっては閻魔さまにより怖いものだったと思う。

でも、それは雲雀さんの妹になる前の話で、雲雀さんの妹になって、さらには仲良くしてもらっている今ではそんな風には思わない。いや…風紀委員の人は中には顔が怖い人一杯いて、少し戸惑うことは今でもある。だけど前よりは顔見た瞬間に逃げ出したい、と思わなくなった(と、思う!自信はないけど!)



だからこそなのか、落ち着いた気分で放送に耳を傾けていた。それに、呼び出されるようなことをした覚えは私にはなかったのだ。









『2年A組のは急いで応接室へ』









いつぞやのデジャブ。前にもこんなことなかったけ?とつい最近の記憶をさぐればすぐに思い当たるできごとを思いだした。



教室中の視線を一気に集め私は、はは、と乾いた笑みを浮かべながら呼び出された理由を考える。

今日は遅刻もしなかった。授業をサボる度胸だって私にはない。悪いことなんてした覚えは一つもなくどうして私の名前が呼ばれたんだろう。雲雀さんからのいじめ?なんて一瞬思ってしまったけれどあんな優しい雲雀さんがそんなこと…しないと思う。でも、間違いなくこの呼び出しは雲雀さんによる呼び出しなんだろう。





それにしてもどうして放送なんかで呼び出しを?出来ることならもっと目立たない方法で呼び出してほしかった、と思っても時すでに遅く、







「何笑ってんのよ!あんたまた何かしでかしたわけ?」

「またって……って、行っておくけど前回も別に何もしてないよ。遅刻はしたけど」



「それをなんかしでかしたっていうのよ!」







近くにいた花が私の両肩をつかんで揺さぶる。そのあまりの力強さに言葉にならない声が私の口からこぼれ、止めようにも制止の声をかけることもできない。

死ぬ!死んじゃうから!普段は冷静な花からは想像もつかないくらいの動揺っぷりには驚いているものの自分が死にそうなときにそんなことはいってられない。



そんな私の状況をみかねてか、止めに入ってくれたのは京子ちゃんだった。京子ちゃんの言葉にやっと我に返ったのか花は私の肩から手を離してくれた。







「大丈夫?」



「だ、大丈夫」







まだ脳みそがぐるぐるしているような気はしたけれど心配そうに眉をよせる京子ちゃんに笑顔で言葉を返す。京子ちゃんも良かった、と笑みを浮かべてくれた。

けれど、すぐにその表情はかわり京子ちゃんも花も表情をくもらせてこちらへと視線をむける。二人の言いたいことはわかる。前回呼び出された時も二人は本当に心配してくれた。







ありがとう心配してくれて。でも、







「大丈夫、大丈夫。二人が心配するようなことは何もないよ」







ごめんね。こんなことしか、言えなくて。







私の言葉にも二人は表情を曇らせたままだ。雲雀さんとのことを言えない今はただそれだけしか言えなくて、それが少しだけ切ない。



本当のことを言えたら良いのに。

いや、言おうと思ったら言える、でも、もし雲雀さんの妹だと本当のことを伝えたとのに二人の反応のことを考えると怖い。もちろん二人が私が雲雀さんの妹になったことを伝えたところで私への態度を変えるとは思ってない。





だけど、だけどちっぽけな不安は未だに拭いきれなくて。





今では雲雀さんの妹になれたことを誇りに思う。その一方で、雲雀さんみたいにかっこ良い人の妹が私みたいなので申し訳なくも感じてしまう。雲雀さんは不良の頂点かもしれないけれど、風紀の人たちからは信頼されてるし、勉強だって運動だってできる。



それに凄くかっこいい人だ。







でも、じゃあ、私は?







勉強だってそこそこにしかできなくて、運動だって中の中。並盛中でも目立たない一般生徒で、一人が大嫌いだなんて、甘ったれた性格ですぐに誰かに頼ってしまう。雲雀さんと比べてしまうのもおこがましいくらいに弱い、弱い存在だ。



まったく正反対な私と雲雀さん。



そんな私たちが兄妹になった、なんて私には言えない。まだ雲雀さんと仲良くなる前なら、今よりも言いやすかったかもしれない。だけど、今は仲良くなったからこそ他の誰かには言いづらくなってしまった。





雲雀さんがどれだけ凄い人なのかを、改めて知ってしまったからこそ自分の小ささが際立つ。









私は精いっぱいの笑みを浮かべて二人へと手をふりながら教室をでた。京子ちゃんも花もごめんね。

いつかもうちょっと勇気がでたときに本当のことを伝えるから。 段々と人通りが少なくなっていく応接室までの廊下を歩きながら心の中でひっそりとつぶやいた言葉はいつまでも私の心の中に残っていた。








近づいているはずなのに、遠い











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(2010・02・22)
第三部の始まり?です。なんだか最初の予定よりもシリアスモードになってるんですけども…OTL
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