コンビニでアイスを数個と、プリンを二つ買って暗い道を一人で帰っていた。暗い夜道。気を紛らわせるために外に出たというのに、暗いことばかり考えてしまう自分が嫌だ。







寂しいだなんて、言葉もう口にしないと決めたのに。



小さいころ、お父さんがいなくなってから、お母さんは私のことをたった一人でここまで育ててきてくれた。だから、寂しいだなんてそんな我儘言うわけにはいかなかった。



お母さんを困らせたくない、というより私がお母さんの困った顔を見たくなかったのかもしれない。一回だけ小学校の低学年の頃くらいか、寂しい、と伝えたときのお母さんの表情を今でも私は鮮明に思い出すことができる。眉を寄せて、何かをこらえたような顔。

それでも、笑みをつくりながらお母さんはたった一言「ごめんね」と私に言った。



私は謝ってもらいたかったわけじゃない。それに、お母さんを悲しませたかったわけじゃなかった。なのに、私はお母さんにそんな表情をさせてしまった。









もう、誰かのあんな表情見たくない。









私の知っている雲雀さんなら、私が寂しいと言えばその時のお母さんと同じ表情をつくるんだろう。私の知っている優しい雲雀さんは、きっと。

だけど、私は雲雀さんにそんな顔をさせたいわけじゃないんだ。







でも、一緒にいてほしい、なんて思ってしまう。







どうしてこんな気持ちになる?これが雲雀さん相手でも同じ気持ちになった?

先ほどから心の中で繰り返される言葉の答えは未だにでない。初めてできた兄に甘えたいだけなのかもしれないとは思っても、雲雀さんと一緒にいる時の高鳴る鼓動の疑問が残る。他の誰でもこんなに胸が高まることがない。一緒にいたいと切実に思うこともない。










「……雲雀さん」
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相手が雲雀さんの時だけ。私はいつもと同じようにはいられなくなっている。

まるで胸がぎゅっと締め付けられるような感じ。そんな初めての気持ちに私はとまどってばかりだ。







街灯の少ない道を歩いていけば、すぐに自宅が見えてくる。今だに二階には電気がついていないところを見ると雲雀さんはまだ学校で居残っているんだろう。風紀委員長として彼は忙しい。当たり前と言ったら当たり前のことなのだけど、家での雲雀さんを見ていると、とてもじゃないけれどあの雲雀恭弥だということを忘れてしまいそうになる。



柔らかい笑み。優しい声。



不良の頂点だといわれる雲雀さんの姿はそこにはない。だから、私もいつの間にか怖い怖いと思っていた彼にそれだけじゃない感情を抱くようになっていたんだ。









優しくて、暖かくて。









こんなこと並盛生に言ったら、まさか、と驚愕の声をあげることは間違いないと思う。私だって雲雀さんの妹になるまでにこんなこと言われたら、そんなわけがないと首を横に振っていたに違いない。だけど、これは紛れもない事実で、いつの間にか私は雲雀さんに気を許していた。

だから、寂しいと泣きつきたい気持ちになるのかもしれない。それが許されないことだとはわかっていながらも彼に縋りたくなってしまう。



こみ上げてきた笑みは自嘲の笑み。



馬鹿な事ばかり考えてしまう自分を嘲笑うかの様に、笑みがこみ上げてくるのを抑えることが出来ない。 ガサリ、と音をたてたコンビニの袋に視線をやり、中に入ったプリンを見つめる。雲雀さんがプリンを食べるなんて想像ができなかったけれど一緒に食べたいと思って買ったプリン。

寂しいと泣きつくことはできないけど、もっと一緒にいてほしいと口に出すことはできないけれど、プリンを一緒に食べよう、というくらいは許されるだろうか。







雲雀さんのほんの少しの時間で良いから、私に。







馬鹿馬鹿しい願いを星に祈っていれば、家の目の前に人の影が見えた。肩で荒く息をしているその人は、私のたてた音に気づくとこちらへと顔を向ける。ハッとしたように目を見開くと、「!」となんだか切羽詰まったかのような声色で私の名前を紡いだ。







「ひば、りさん?」







おかえりなさい、と言葉を紡ぐまえに、雲雀さんは私の前まで来ると私の肩をつかんだ。見上げた雲雀さんの額からは汗が流れている。普段から涼しげな表情を浮かべる雲雀さんでも汗をかくんだ、と思わず見当違いなことを考えてしまった未だに肩で息を繰り返す雲雀さんは私と目が合うとただ、一言静かに「良かった」と呟く。







掴まれた肩への力がまし、少しだけ肩に痛みを感じる。だけど、私はそのことを雲雀さんに言うことははばかられた。







多分きっと、あまりに雲雀さんが必死に見えたから。乱れていた息が整うと雲雀さんは、こちらに視線をやったまま眉を寄せた。怒ったようにも見えるその表情に私は思わず息をのむ。何か怒らすようなことをしてしまったんだろうか。

少しだけ怖い。









「こんな夜遅くに外に出て、君は何を考えてるの?」

「え、いや、その」



「まったく、襲わるかもしれないなんてこと思わなかったのかい?」









次々に雲雀さんの口から飛び出てくる、言葉に言い返すこともできない。雲雀さんが言うことが正しいことは私にだってわかる。しかし、私なんかを襲う人がいるのかなぁと思わないこともない。花みたいに色気があるわけではないし、京子ちゃんみたいに可愛いわけじゃない。私を襲うような物好きな中々すくないんじゃないだろうか。

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それに、雲雀さんが守っている並盛にそんなことをする人がいるとは思えなかった。



雲雀さんが一生懸命に守っている並盛。そりゃ、暴力だってふるっちゃうような人だけど私は彼の妹として生活するようになってから、それに理由があることを知った。





でも、ここは素直に謝っておくべき…だと思う。万が一、本当に万が一だけど雲雀さんがトンファーなんて取り出しちゃったら確実に私、泣く。この年で、と思うかもしれないけれど、それでも恐いものは恐い。







「ご、ごめんなさい」

「馬鹿」



「……はい、返す言葉もない、です」







しょぼん、とうな垂れる私の肩に置いた手を雲雀さんは離すと視線を下げた私の表情を覗き込んできた。近すぎるキレイな顔に思わず動揺して、一歩後ずさりそうになったけれど、右手を掴んだ雲雀さんがそれを許してくれなかった。

近くで見る雲雀さんの顔は、やっぱり美人さんで、羨ましくなるようなきめ細かい肌に、長い睫。ちょっと女として嫉妬してしまう。







「本当に分かってるの?」



「も、もちろんです…!」







私の威勢の良い返事(もちろんそれは雲雀さんが近すぎて動揺してるからなんだけどね!)に、雲雀さんは細めていた目を戻し、フッと笑みを作った。それがまるで凄く愛おしいものを見るかのような表情に見えて、思わず私は固まってしまう。







凄く凄く優しい表情。私が、大好きな表情。







引き込まれそうな笑み。高鳴る胸は止まる術を知らない。だけど、恥ずかしくて雲雀さんには知られなくて、私は顔をそむけた。雲雀さんの顔が直視できない。

寂しいと思っていた心が雲雀さんで満たされる。なんだ、この気持ち。今までに体感したことのない名もなき思い。







「…雲雀さん、コンビニでプリン買って来たんです。一緒に食べませんか?」







たかがこんな一言にも緊張する。雲雀さんからの返事が気になって仕方がない。雲雀さんは私の言葉に目を丸くしながらも「うん」と、笑みを作ると頷いてくれた。

そのことが嬉しくて私もつられるかのように、笑顔になる。







「でも、その前に夕食を食べないとね」







一緒にいてほしいなんて我侭は言わない。だから、ほんの少し、プリンを食べるくらいの時間だけでもいいから一緒にいてほしい。








名もなき思いの正体は




(あぁ、きっと。雲雀さんを大好きだという想いだ)








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(2010・01・16)
第二部?完結です。次からきっと第三部の…予定です。大変お待たせして申し訳ありませんでした(土下座
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