私は結局まともに雲雀さんの顔を見れずに次の日を迎えた。朝5時に設定しておいた目覚まし時計にその日はちゃんと早起きができて、朝食もお弁当もわたしお手製だ。内心、雲雀さんの作る食事のほうが美味しいからどうしようかとも思ったのだけど昨日のお弁当を渡したときの雲雀さんを思い出すと、大丈夫だという確信が何故か持てた。



そして雲雀さんは私が思っていたとおりにありがとう、と嬉しそうに柔らかく微笑んでくれて、そんな雲雀さんの顔をみるとまたドキドキしてきて、やっぱりまともに顔を見ることができなかった。








一体、本当に私はどうしてしまったんだろう。








これもすべて雲雀さんがかっこよすぎるせいだ!と雲雀さんに責任を押し付けながら集中できないまま授業を受ける。雲雀さんに初めて笑顔を向けられた時とは変わってきた想い。
その想いがいまだに、なんと言う名前なのか私には分からない。






「で、あんたはいつまでボー、としてるわけ?」
「あれ、花に京子ちゃん?」
「ふふ、もう放課後だよ。ちゃん、一緒に帰ろう?」






いつの間にか放課後になっていたらしい。私朝からの記憶ほとんどないんだけど……!昼食も食べた記憶も全然ないんだけどこれってどういうことー!!引きつった笑みを浮かべながら、急いで帰る支度を始める。それを見つめながら花はため息を一つこぼした。京子ちゃんも少し心配そうな表情でこちらを見つめている。

その事に気づき、教科書を鞄につめながら二人に視線をやれば、眉間に皺を寄せた花が口を開いた。






「あんた昨日から様子が変よ?」


「あ、はは」








確かにその実感はある。昨日、応接室から帰ってきても午後からの授業には集中できなかったし、今朝からいままでのことを覚えてないくらいにボーとしていた。だからこそ、私は花の一言に何とも言えない笑いを返すことしかできない。別に雲雀さんと兄妹になったことを花たちになら言っても構わないと、思っているけれどまだその覚悟ができない。




だって、あの雲雀さんの妹になったなんて。




でもこんな心配させるくらいなら言った方が良いのかもしれないとも思えてくる。友達に秘密ごとなんて、私はできないし、あまりしたくないと思っているから。








「それにしても最近、応接室に呼び出される回数多いわよね」
「そ、そうかな?」




「あんた本当に何もしてないの?」







ジトーと効果音がつきそうな視線でこちらを見つめてくる花に、私はさらに顔の筋肉が引きつるのを感じた。な、何もしてないよ!雲雀さんと兄妹にはなったけどね!なんて、とてもじゃないけどいえない。
でも、何もしてないのは事実。

私は頷きながら「何もしてないよ」と言った。ちょ、ちょっと花さん、その表情は疑ってるね!本当に何もしてないんだから!……というか、私に応接室に呼び出されるようなことをする勇気なんてまったくもって微塵もない。









雲雀さんと兄妹になるまえは恐くて近寄ることも出来なかったし、これでも真面目な一般生徒だ。
確かに吉田と仲が良いけれど、私が不良というわけじゃないし。










「まぁ、あんたにそんな度胸があるとは思えないけどね」










まったくもってそのとおりだよ、花。私の友達として花は私のことをよく理解していると思う。私が言いたくないことを察してかそれ以上、何も聞いてくることはなかった。それは京子ちゃんも同じく。二人に気を使わせていると思うと、胸が痛むがだけど私はこの気持ちを花たちになんて説明したらよいのかわからない。








私は雲雀さんがカッコイイからこんなにドキドキしているんだろうか。



だけど同じくカッコイイ山本くんや獄寺くんを見てもここまでドキドキすることなんてないのに、









なのに、なんで雲雀さんを見たり、雲雀さんのことを考えただけでこんなにどきどきと心臓が高鳴ってしまうのかが分からない。あの雲雀さんが笑ったりするから?
今まで並中最強と思っていて、恐い人だと思っていた雲雀さんが本当は優しくて、笑う時もとても暖かく笑うということを知ってしまったから?







だから、こんなにドキドキして、そんな姿を私しか知らないと思っているから、私の心臓が高鳴ってしまうの?






どんなに考えても分からないまま、私は花と京子ちゃんと一緒に帰路についた。どうやら、今日は雲雀さんも帰ってくるのが遅いらしく先ほどメールがきた。たかがメール一通だけで、こんなに嬉しく感じるなんて、やはり可笑しい。可笑しすぎる。吉田から来たメールなんて読んでも、メール返さないで良いか、なんて思ってしまうときがあるというのに雲雀さんからメールがきたときはすぐに返信してしまった。

頭で考えるよりも早く指が動く。












(やっぱり、可笑しいよねぇ……)













お米を研ぎながら考える。やっぱり、可笑しい、という答えしか出ずに私はどうしたら良いのか分からない。そして考えている間にも夕食の準備はいつの間にか終わってしまっていた。本当に昨日から、記憶がほとんどないと言っても過言じゃないかもしれない。それでもちゃんとした夕食ができているところを見ると自分って意外と凄いのかもしれないと思ってしまう。






ふふ、私ってばやる女なんだよ……!








思わず腰に手をやり、胸を張って高笑いしてしまいそうになるのを途中で気づき、ハッとして顔に手をやった。何をやっているのか、と自分でもつくづく思う。
静かな家の中、自分の笑い声が響くなんて寂しすぎる上に少し恐い。段々と窓の外から入ってくる光が減り、私は電気をつけた。カーテンをしめて、テレビに電源をいれる。
それでも、良い番組が見つからず次から次へとチャンネルを変えていった。テーブルの上に置いた携帯には連絡はない。











寂しい。そう思ってしまうのは仕方がないこと。






でもそれを口に出すことは駄目だ。周りの人を悲しませてしまうから。寂しいのくらい慣れっこだし、我慢できる。










そう自分に言い聞かせる。小さい頃お父さんが亡くなってからお母さんは、一人で私をここまで育ててくれた。忙しいお母さんが家に帰ってくるのはいつも遅い時間。だから一人で慣れているつもり。






それでもここで暮らすようになってからは誰か必ず家にいたから、寂しいなんて感じることは少なくなった。






昨日だって何だかんだ言いつつ雲雀さんは早く帰ってきてくれて……寂しくなんてなかった。でも、雲雀さんに甘えるわけにはいかない。寂しいから早く帰ってきて欲しい、なんてそんなの私のわがままだ。雲雀さんには雲雀さんの生活があって、本来なら家に帰ってくるのも結構遅い。それなのにお母さんもお父さんもいないからといって雲雀さんは無理して、帰ってきてくれていたんだ。




そんな優しい雲雀さんにこれ以上、何を言おうとしてるんだ、私は。雲雀さんなら寂しいといったらもしかして、なんて考えている自分が浅ましい。









一人なんて慣れてるじゃないか。ここで暮らすまでいつだって夜は一人だったんだから。









目頭があつくなる。寂しくて泣きそう、だなんてかっこ悪い。いや、それだけじゃない。いつかこんな日がくると思うと恐いのかもしれない。今は雲雀さんは私に優しい。妹だから、といって私を甘えさせてくれる。でも、それだっていつまでも続くわけじゃないんだ。








雲雀さんもいつか彼女ができるかもしれない。妹より彼女の方が大切なんて当たり前の感情。それが寂しいと、思ってしまうのなんてお門違いなのに。








(我がままになったのかもしれない)









こうして雲雀さんの妹となって、お父さんが出来てお母さんが家にいるようになって、私はそれが当たり前になってしまった。だからこそ、こんな風におもってしまうのかもしれない。









一人が当たり前だったのに、一人が嫌だと思ってしまうようになってしまった。
雲雀さんなんて自分にとって関係ない人だったのに、今は早く帰ってきて欲しいと思ってしまうようになってしまった。








その事に気づき最悪、と思わず悪態をつきたくなってしまう。携帯の時間を確認し8時をすぎたその時刻に、私は立ち上がると財布を持って外に出た。少しだけ頭を冷やそう。コンビニでも行けば気が落ち着くかもしれない。それにお風呂上り用のアイスもなくなっていたし、丁度良い。アイスも買って来よう。ドアをあけ空を見上げる。

暗い夜空に瞬く星を見て、思い出すのは雲雀さんと兄妹になってしまった二日目のことだ。








あの時よりも確実に近づいたはずなのに、あの時よりもたくさん話すようにもなったのに、満足できない自分に嫌気がさす。あの時はもう少し仲良くなれば満足できると思っていたのに。どんどんと我がままになっていく、自分に思わずため息がこぼれた。









近づけたはずなのに、寂しい











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(2009・01・06)
久々すぎてとりあえず自分死ねば良い
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