どうしよう、どうしよう
(って、どうしようもないよ!)
雲雀さんのことを考えるとせわしくうるさくなる心臓に私は頭を抱えた。な、なんで、雲雀さんのことを考えるだけでこんなにドキドキするんだ!だって、もう雲雀さんに対して恐いなんて思うことはなくなったのに、ドキドキするなんておかし過ぎる(雲雀さんの妹になった当初はそれはそれは毎日恐くてドキドキしてたけど、)キンコーンカンコーンと言うチャイムの音も、私の中では意味をなすものじゃなくて、私はハァと息を吐いた。絶対、これはおかし過ぎる。今日の私はきっと可笑しい。もしかしたら、朝の雲雀さんの朝の味噌汁に何か変なものが入っていたのかも!って、雲雀さんがそんな変なものいれるわけないよねー。
「・・・・、お前さっきから百面相して気持ち悪「吉田、久しぶりにクラスに来たと思ったらそれ?」」
つい先ほど風紀の仕事がないのか教室に戻って来た吉田に話しかけられて、私はとりあえず落ち着いて雲雀さんのことを考えるのをやめた。それでもまだ心臓は先ほどまでの余韻を残して、ドキドキしている(お、落ち着いて、私の心臓!)「悪かったって!それに、まだ風紀の仕事が残ってるんだぜ」と吉田の言葉に、私は興味なさげにへぇー、と返した。・・・・・・え、すぐに仕事に戻るってことは雲雀さんにもしかして吉田は会ったりするんだろうか。え、それって好都合じゃない?と思い、私はチラリと鞄に視線をうつした。
鞄の中には私がつくった雲雀さんへのお弁当。今の私じゃまともに雲雀さんの顔を見て渡せるような気がまったくもってしない(だって、雲雀さんのことを考えるとドキドキするんだよ!)だったら吉田に頼んで渡して貰えば良いんじゃないだろうか。私は自分にしては名案だ!と思いながら鞄の中をがさごそと探り雲雀さんのお弁当と、一枚のメモ用紙を取り出した「なにやってるんだ?」と聞いてくる吉田に「煩い」とだけ言って私はメモ用紙に文字を書いていく。最後に、と名前を書いてそのメモ用紙を2回折ってから、お弁当箱と一緒に吉田のほうへと差し出した。
「これ、雲雀さんに届けて」
「え、いや、意味分かんねぇし」
「私は吉田と違って暇じゃない。はい、じゃあ、よろしく」
半ば無理やりに吉田にお弁当とメモ用紙を渡す「俺だって暇じゃねぇよ」と文句を言いながらも吉田は大人しくそれらを受け取り、委員長に渡せば良いんだな?と聞いてきた。私はその言葉に頷く。
「自分で渡せば良いじゃねぇか」
「・・・・・・・だから、私は吉田と違って暇じゃないんだよ」
私の言葉に吉田が納得したのかは分からないけど、それ以上私に何も聞くことなく吉田は「はいはい」とだけ返事をした。その返事のあまりのやる気のなさにカチンときたけど、正直、また雲雀さんのことを考えてドキドキする心臓が邪魔して吉田に悪口を言うのもままならない(な、なんで・・・・?!)自分ではどうしたら良いのか分からない、このドキドキに私は再び頭を抱えた。まったく、何なんだ!と叫びだしたくなる気持ちをおさえていれば、チャイムがなり先生が前のドアから入ってきた。それとほぼ同時に吉田は教室から出て行く。さすが風紀委員。先生は吉田を一瞥しただけで吉田に何か言う事はなかった。
「(よし、落ち着け。落ち着くんだ、……っ!)」
まるで自分に喝をいれるかのように言い聞かせる。少しだけ落ち着いてきた心臓に私はハァと息を吐いた・・・・・そう言えば、吉田。私が雲雀さんにお弁当を渡すように頼んでも色々聞いてこなかったな。普通、一般生徒が雲雀さんにお弁当を渡すように頼んだから色々聞いてきそうだし(吉田に雲雀さんの妹になったこと言ってないよね?)、それにあんな素直に渡してくれるわけがないと思うんだけど。あ、も、も、もしかして雲雀さんにお弁当を渡すように頼む人って一杯いるのかな?!だから、あんな吉田は平然としていて……そう考えると、何だか訳も分からずに少しだけ泣きそうになった。そんな、もしそうだとしたらただの迷惑じゃない、か。
誰もが恐れる最強風紀委員長。だけど、雲雀さんは、モテる……らしい。だとしたら、お弁当をあげる女の子なんかたくさんいて、その中には、え、これ、ほんと、素人がつくったの?将来の夢はコックさんとかじゃなくて?とか思ってしまうようなお弁当を作ってくる女の子だっているはずだ。じゃあ、私が渡すように頼んだお弁当なんて、いらない、と思う。だって、普通に卵焼きとかエビフライとかそんなのしか入ってないし、あまりにも普通すぎるお弁当。そんなお弁当を雲雀さんに渡して良かったの・・・・・?
「(よくないに決まってるよ!)」
そうだよ。そんな迷惑になるようなお弁当渡したら駄目に決まってるじゃん。あー、でも、もう吉田に渡すように頼んじゃったし……!!どうしようもないじゃん!ガクンと頭が落ちるのが分かる。机に頭をつけ、私は自分の馬鹿さに呆れた。やっぱり作らなければ良かった。お弁当だなんて。花はあんな風に言ってくれたけど、雲雀さんにとって私が大切な人とか絶対にありえないし、むしろ雲雀さんに大切な人なんかいるのか聞きたいぐらいだし……いや、やっぱり雲雀さんの大切な人なんて聞きたくない、かも。なんだか、雲雀さんに大切な人がいると考えると、胸が痛む(それが自分じゃないと思ってるから、かな)わぁぁぁ、今はそんなことより、お弁当だよ……!ど、どうしよう!と一生懸命考えていれば、私の頭の中に良い考えが浮かんだ。その考えに思わず自分凄いかもしれない、と思ってしまう。
私は頭をあげ、チラッと前にいる先生を見すえる。大丈夫、私の席は先生には特段気にされるような席じゃない。私はその事を確認して、鞄の中から電源を切っておいた携帯を取り出す。周りにも気づかれないように吉田にメールを打った。
お弁当やっぱり雲雀さんに渡さなくて良いから!むしろわたすなよ!
最後の文が平仮名なのは急に先生が見回りを始めたから。私は急いでメールの送信ボタンを押す。画面に現れる、メールを送る画像に私はホッと息を吐いた。吉田のことだし、すぐにこのメールを見てくれることだろう(あいつ、さりげなくハイテクな男だしな!)良かったと、一息をついて、私は黒板に書かれている文字をノートへと書き写しはじめた。先生が教壇に戻った事を確認して、私は携帯を見る。吉田は返事が早いからきっとすぐに返してくれるだろうと思ったからだ。おぉ、やっぱりメールが来てる!と思いながらメールボックスを開いて、私は言葉を失った。段々と血の気が引いていく事も分かった。
今、渡したところだぜ?おしいな。もう少し早かったら、良かったんだけど
力の入らなかった手から思わず携帯がすべり落ちそうになる。吉田の馬鹿!馬鹿馬鹿!と嘆いたところで、今さら吉田があのお弁当を雲雀さんに渡した現実は変わらない。ただ今、4時間目の途中。思わず、手をあげて、早退させて下さい!と叫びたくなる気持ちを抑えて、私は携帯を閉じた。べ、別に大丈夫だよ。そうだよ。雲雀さんも食べたくなかったら、食べないと思うし。そうだ、私が心配する必要なんて……吉田があのメールを雲雀さんに見せてないと良いんだけど、な(今、渡したところって言う事は吉田の近くには雲雀さんがいたに違いない)私の不安や心配なんて他所に、無情にも時間はどんどん過ぎていく。
4時間目が終わり、私は鞄から自分のお弁当を取り出して、花や京子ちゃんのほうへと行こうと立ち上がる。だけど、その瞬間に「、5分以内に応接室」と放送が流れた。どうしよう、これ。行かないと地獄が待っているのは明らかだけど、行っても地獄が待っているような気がしてしょうがない。「大丈夫、?」と心配そうに聞いてくる花や他の人たちに笑顔で接し(多分、その笑顔は引きつっていた)私はお弁当を置いて、教室をでた。5分以内。5分以内。歩いていっても余裕だと思う。だけど、なんで呼び出されたんだろう。お弁当やっぱり迷惑だったのかな、と思うと呼び出されたことよりも、その事の方がショックで、やっぱりお弁当なんて作るんじゃなかった、と後悔した。
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(2008・03・03)